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第2章 饗宴編

白宴祭

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 ー2012.09.03ー

 時期は二学期のはじめ。
 未だにしつこく校舎を焼く残暑が例外なく教室の空気を上気させている。クラスの生徒たちは夏休みを経て久しぶりに会ったということもあり、日焼けした肌をひっさげて充実した夏休みの報告で持ちきりとなっている。
 桐崎洋斗は夏休みの間に昼夜問わずの練習の末、無事他の生徒たちに追いつくことが出来ていた。
 そして、ユリアの方も…………。

「それって…………銃か?」
「はい!坂華木先生が勧めてくれたんです」

 ユリアが嬉々として腰のホルスターから抜き取ったのは一丁の銃。
 現代の拳銃というより銃身が短いマスケットのような形状で、女性が片手でも取り回しができる大きさだ。バレルの銀鼠色と木製グリップの琥珀色が独特な年期を醸していた。

「生命力を使って、無属性の噴出点という形で生命力の弾を打ち出すんだそうです。最近は『これ使うくらいなら手から出した方が速い』とか『製作コストの割に旨味が少ない』という理由で数は少なくなっていて、存在自体がとても貴重になってるみたいですけど、遠距離からのサポートとかにはかなり使い勝手がいいそうです。なので私はこれを練習することにしました!」
「なるほど、よかったな」
「はいッ!」

 雲が吹き飛ぶ程の晴れやかな笑顔が、端正な顔から溢れた。

 とまあこんな感じで日々精進していたわけだが、時は朝のクラスルーム。

「「白宴祭?」」

 クラス一同は揃って、思わず初耳の単語を復唱していた。橘先生は小さく頷いて解説を始める。

「はい、一日目はクラスで催し物をしたり部活の出し物を見て回ったり、二日目はクラスの代表者がクラス対抗戦をしたりと、二日にかけて行われる本校の一大イベントなのです!」
 (文化祭と体育祭をまとめてやる、みたいな感じか?)
「あ、ちなみに名前の由来は『砦での防衛戦で勝利、つまり白星をあげたあとに行われた大宴会』にちなんでいるそうです」
 さすがは生き字引こと橘先生、些細な雑学まで網羅済みである。
「という訳で今日は、一日目の出し物で何をやるか、と二日目の代表者を誰にするか、を決めてしまおうと思います。まずは出し物ですが、数人ごとのグループを自由に作ってグループごとにアイデアを出して下さい」

 と言うことで揃ったのはいつもの四人である。

「ってわけだけど…………どうすんの」
「アイデア出してと言われても」
「急には出ないですよね…………」
「…………」
 (取りあえず文化祭の催し物と考えた方がいいか。文化祭の定番…………定番…………)

 中学生の頃の出し物を思い出す。といっても洋斗はイベントにほとんど参加していないため内容は朧気だが、そのインパクト故か、ある出し物が口からこぼれた。

「…………メイド喫茶とか?」
「「「めいど……キッサ?」」」

 洋斗に一斉に向けられる6つの瞳、そこにこもった好奇心の塊に洋斗は狼狽える。

「い、いや!別に俺がやりたいとかじゃなくて…………!」

「ねぇ、その、めいドキッサって何?」

 …………………え?そこから?

「いや、別に大したもんじゃな「私も気になります!教えて下さい!」

 しまった。墓穴を掘った。完全に地雷を踏んだ。
 そもそも、まさかこの世界の日本にメイド喫茶という概念がないとは思いもよらないし、そこに純粋な好奇心で詰め寄られると断る理由が見つからない。

「えーと、メイド喫茶ってのは、メイドさんがウェイトレスをやってる喫茶店で、お客さんがそのメイドのご主人っていうていで話が進むんだ」
 (メイド喫茶ってこんなに説明が難しいものだったか?なんだか背中がむず痒い!)
「ふーん、で、一体それの何がいいのよ?」
「…………さぁ?」

 なんだこの会話は?
 率直に言って洋斗自身そのテの人間ではないので、メイド喫茶の良さは全く分からない。もっとも、本人としてはこのままボツになってくれる方がありがたいんだが、いろんな意味で。

「そうです!うちの叔父様に聞いたら何か分かるかもしれません!」

 ポン!と手を打って、ユリアが不要な助け舟を出した。

「叔父様って、ゴードンさん!?確かに立場的には似たようなもんだけど…………」
「いいねそれ!」
「折角だからユリアの家で遊んじゃいましょうよ!」

 駄目だ。この流れを止めようと試行錯誤している間にさらに加速してしまう。
 この流れは、たかだかイチ生徒止められるようなものではなかった。

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