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呪いの鎧武者
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例によって喫茶店『ストレイ・ラム』に戻るまで詳細を話す事を拒んだ松岡は、いつも以上に苦痛としか言いようのない態度で一日を過ごしていた。
その帰り道、自分から他愛もない話題を振ってきた松岡は、急に黙り込んだかと思うと、おもむろに人差し指を唇にあてて聞き耳をたてた。目線で微かに後ろを示す。
彼が気にとめたのは、どうやら後ろを歩く二年の女生徒二人の会話らしかった。眉を寄せた俺の耳にも「高科」という名が、微かに届いた。
歩調を怪しまれない程度に落とした俺達は、二人とも押し黙って耳に神経を集中させた。
その内容を要約すると、高科先輩はあの後、突然貧血を起こし病院へと運ばれたとの事だった。そういえば最近顔色が悪かったとか、食欲がないようだったとか、色々な事を言い合っている。
肘で俺を小突いた松岡は「行くぞ」と顎をしゃくり、再び足を速めた。
『ストレイ・ラム』に着くと、店内には大学生らしい二人の男の客と、珍しくカウンター席ではなくテーブル席に一人ポツンと腰掛けた綾香がいた。俺達に視線を投げた綾香は、すぐに視線を窓の外へと戻してしまった。その目が赤く、腫れ上がっている。
「どうだった? 佐藤の様子は」
綾香には聞こえないように、カウンター越しに身を乗り出した松岡が友也さんと依羅さんに訊く。
「頭をかなり強く打ったようだ。――意識が戻らない」
暗い顔で囁いた友也さんが、心配そうに綾香を見つめた。どうやら学校もサボッたらしく、私服のままでいる。
「こうして外を行き交う人達の顔を見てると、悲しいのは私だけじゃないって思うね」
震える声で呟いた綾香は、眉根にきつく皺を寄せ肩を震わせた。
盆に花柄のカップを乗せた友也さんは、持って行こうとする松岡を止めて、自ら綾香のテーブルへと運んで行った。
「でも由美のように、あんな痛い思いをした人って少ないよね、たぶん」
「綾香、大丈夫だよ。――お前の好きなジャスミンティーを淹れたから、飲みなさい」
カチャリと綾香の前にカップを置く。綾香は窓から目を離さず気のない声で訊いた。
「誰が、淹れてくれたの?」
「私だよ」
静かに答えた友也さんに、バッと綾香が振り返る。
「どー……して? お兄ちゃん……! ど……して、今日は、そんな……やさし……の……」
しゃくり上げだした綾香の額に、そっと友也さんが指先で触れた。
その帰り道、自分から他愛もない話題を振ってきた松岡は、急に黙り込んだかと思うと、おもむろに人差し指を唇にあてて聞き耳をたてた。目線で微かに後ろを示す。
彼が気にとめたのは、どうやら後ろを歩く二年の女生徒二人の会話らしかった。眉を寄せた俺の耳にも「高科」という名が、微かに届いた。
歩調を怪しまれない程度に落とした俺達は、二人とも押し黙って耳に神経を集中させた。
その内容を要約すると、高科先輩はあの後、突然貧血を起こし病院へと運ばれたとの事だった。そういえば最近顔色が悪かったとか、食欲がないようだったとか、色々な事を言い合っている。
肘で俺を小突いた松岡は「行くぞ」と顎をしゃくり、再び足を速めた。
『ストレイ・ラム』に着くと、店内には大学生らしい二人の男の客と、珍しくカウンター席ではなくテーブル席に一人ポツンと腰掛けた綾香がいた。俺達に視線を投げた綾香は、すぐに視線を窓の外へと戻してしまった。その目が赤く、腫れ上がっている。
「どうだった? 佐藤の様子は」
綾香には聞こえないように、カウンター越しに身を乗り出した松岡が友也さんと依羅さんに訊く。
「頭をかなり強く打ったようだ。――意識が戻らない」
暗い顔で囁いた友也さんが、心配そうに綾香を見つめた。どうやら学校もサボッたらしく、私服のままでいる。
「こうして外を行き交う人達の顔を見てると、悲しいのは私だけじゃないって思うね」
震える声で呟いた綾香は、眉根にきつく皺を寄せ肩を震わせた。
盆に花柄のカップを乗せた友也さんは、持って行こうとする松岡を止めて、自ら綾香のテーブルへと運んで行った。
「でも由美のように、あんな痛い思いをした人って少ないよね、たぶん」
「綾香、大丈夫だよ。――お前の好きなジャスミンティーを淹れたから、飲みなさい」
カチャリと綾香の前にカップを置く。綾香は窓から目を離さず気のない声で訊いた。
「誰が、淹れてくれたの?」
「私だよ」
静かに答えた友也さんに、バッと綾香が振り返る。
「どー……して? お兄ちゃん……! ど……して、今日は、そんな……やさし……の……」
しゃくり上げだした綾香の額に、そっと友也さんが指先で触れた。
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