魔剣士サクラは姫のサクラに負けたくない!

さこゼロ

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決戦の地へ 5

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当初、異世界「炎」には異形の鬼がウヨウヨいると考えられていた。しかし実際は、異形の鬼の数はそれ程多い訳ではなかった。

だが何故だか倒しても倒しても数が減る気配もない。常に一定数を維持しているようであった。

考えられることは、ひとつ。

誰かが意図的にその数を維持しているということである。

   ***

ナナカの救出に成功した、その日の夜。

サクラは砦内に与えられた自室のベッドで横になっていたが、なかなか寝付くことが出来なかった。

鬼との乱戦の中で突然感じた胸の痛み。あの時は、ナナカの「恐怖」を感じ取りでもしたのだろうと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

今ならどこから伝わってくるのかハッキリ分かる。

「ライセ」

サクラは寝そべったまま声をかけた。目線は天井だけをぼんやりと眺めている。

「ん?」

ライセは壁に立てかけてある剣の横に座り込んだまま、目線をサクラの方に向けた。

「もしかして、昔のことを思い出したりした?」

「…なんで、そう思う?」

「女の勘」

「勘…かー」

ライセは「敵わないな」と観念したようにハハハと笑った。

「チラッとだけ、なんだけどな」

ライセは窓の方に顔を向けると、窓越しに見える夜空を見上げながら話し始めた。

「護ると誓った女性を、護れなかったんだ」

サクラはムクリと起き上がった。真っ直ぐにライセを見つめる。

「好き…だったの?」

心がチクリと痛い。

「分からない。でも、そうだったのかもしれないな」

窓から射し込む月明かりに照らされながら、ライセは寂しそうに微笑んだ。

サクラは急に涙が溢れそうになる。バッと寝そべると布団を頭まで被った。

「たくさん思い出せたらいいね!きっといい想い出もいっぱいあるよ」

サクラは最後に「おやすみ!」と声をかけた。話は終わりということなのだろう。

(ああ、そうだな)

ライセは窓越しに月を見上げると、ゆっくりと目を閉じた。

   ***

翌日、偵察に出ていたムサシが帰還した。

彼の持ち帰った情報は、「炎」遠征の根幹に関わる内容であった。

異形の鬼の親玉と思われる存在を確認した、というのだ。

幹部兵士たちは、この長かった任務に漸く終わりが見えたことに安堵すら覚えた。ムサシへの絶大な信頼が、その根底にある。

詳しい説明をしないムサシを、トリナは心配そうに見つめていた。

作戦の立案などはまた後日ということにして、ムサシは幹部組を一先ず解散させた。それから使いを出してサクラをここに呼びつける。

しばらくして、サクラが現れた。

「失礼します」

「わざわざすまないな、サクラ」

ムサシはサクラをソファーに案内すると、自分も対面に座った。

「早速で悪いが、ライセと話が出来ないか?」

「え?」

サクラは横にいるライセを見上げた。ライセは「問題ない」と頷く。

次の瞬間、ふたりはパッと入れ替わった。

「改まって、どうした?」

ライセが切り出した。

ムサシは腕を組んで少し考えたあと、決心したように言った。

「俺と手合わせして欲しい。お互い相手を殺すつもりで…」

「ムサシさま!」

ムサシの後方に控えていたトリナが、驚いたように声を上げた。

ムサシは気にせず、話を続けた。

「サクラのためになるのはもちろんだが、この俺の生存本能に喝を入れ直してやりたくてな」

「それ程の相手なのか?」

ライセは少し驚いた。ムサシの実力は充分すぎるほど理解しているからである。

「俺の本能が、何の準備もなくこれ以上接近するのは危険だと判断した」

「話は分かった。だが…」

「ああ、分かってる」

ムサシの返事を待たずして、目の前の少女の気配が入れ替わる。

「サクラ、あー…」

ムサシはどう話せばいいか悩んだ。

「いいよ」

サクラはあっけらかんと笑った。

「あ?」

逆にムサシが困惑する。

「お前、そんな簡単に…」

「ムサシさま!」

サクラはムサシの言葉を遮ると、バッと立ち上がった。

「ムサシさまも確かに強いけど、ライセの方がもっと強いの」

言って、チラリとライセの顔を確認する。ライセは口を開けてポカンとしていた。

「ライセの実力があれば、私の身体に怪我をさせることなんて絶対にない!」

サクラは胸を張って最後まで言い切った。少し頬が紅潮している。

それに反応したのは、何故かトリナであった。

「サクラ!あなた、ムサシさまがライセに劣ると言うの?」

トリナはツカツカとサクラに詰め寄ると、腰に手を当て仁王立ちでサクラを見下ろした。

サクラは負けじとグンと背伸びした。

「だって、そうだもん!」

サクラの言葉に、トリナは「キーッ」と顔を真っ赤にした。

「ええいいわ、だったらやりましょう。一度痛い目に合えば理解出来るハズです」

トリナが高らかと宣言した。

「真面目な話をしていたんだが」

ムサシは右手で目を覆った。

「お互いの相棒の許可は得られた、ということでいいんだよな?」

   ***

おそらく激しい戦いになることが予想されるので、ムサシたちは砦を出て少し離れた場所に移動した。

「謝るなら今のうちよ、サクラ」

「ムサシさまを元気付ける準備をしといた方がいいよ、トリナさま」

サクラとトリナはバチバチと睨み合うと、ソッポを向いて離れて行った。

「子ども相手に大人気ないぞ、トリナ」

こちらに歩いてきたトリナに、ムサシはやれやれと溜め息をついた。

「あの子はまだまだ子どもですが、歴とした女性です。ならば、半端に誤魔化す訳にはいきません。女の意地です」

トリナは自分の気持ちに敢えて気付かないフリをしていた。相手は一国の英雄である。

しかし、そんな遠慮は無用だとサクラが教えてくれた。サクラの想い人は人間ですら無いのだ。

それに気付かせてくれたサクラには感謝しているが、勝ち負けに関しては別の話である。

「そういうもんか?」

ムサシは「分からん」と頭を掻いた。

「ま、俺は俺で愉しむとするか」

サクラと入れ替わったライセの気迫を受け、ムサシはニヤリと笑った。

ふたりの戦いは、トリナとサクラの想像を軽く超えていた。

ムサシは開始後いきなり雷撃を落とした。ライセはそれを剣で受け流すと、瞬時に地面に放電させた。

一瞬ライセの右足が煌めいたかと思うと、一歩でムサシとの間合いを詰める。そのまま目にも留まらぬ速さで数号斬り結んだ。

業を煮やし大振りになったムサシの上段を、ライセは寸前で躱しそのまま横に薙ぐ。しかし、ムサシの身体が滑るように移動していき、再び二人の間合いが開く。

ムサシの防御魔法だ。こと一対一なら、これ以上ない絶大な効果を発揮する。ライセが勝つためには、ムサシの反応を上回る速度が要求されることになる。

「サクラの期待に応えるのは、なかなか大変だな」

ライセは笑った。

「女の意地と言われたんだ。こちらも易々と負ける訳にはいかん」

ムサシも笑った。

どれくらいの時間が経っただろうか。この長い戦いに、不意に終わりが訪れた。

ふたりの体がそれぞれ魔法壁に包まれたのだ。トリナの仕業であった。

「もう充分です。ここまでにしましょう」

トリナは、パンパンと手を叩いた。

ムサシとライセは少しの間、肩で息をしながら睨み合っていた。それからお互い「ふっ」と笑うと、表情を和らげて剣を収めた。

「流石だな、ライセ」

ムサシはライセのそばにやって来ると、その場に座り込んだ。ライセもその横に座る。

「だが、アレが本当にお前の本気か?」

ムサシほどの実力者なら、その相手が本気かどうかくらいすぐに分かる。

あくまで模擬戦としてだが、全力のムサシとサクラの身体で互角に戦ったのだ。ライセが一切手を抜いていないことは充分に分かっている。

それなのに、何かが腑に落ちない。

「いや、いい。お前が本気だったことは充分に分かっている。変なことを聞いた。忘れてくれ」

ムサシは笑って立ち上がると、トリナの方へ去っていった。
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