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第2章

ロングレンジフェス 1

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翌朝。

亜衣が異世界支援課の事務室に入ると、珍しく水戸から話しかけてきた。

「亜衣さん。おはようございます」

「あ、水戸さん。おはようございます」

亜衣が室内を見渡すと、お菊とフランも既に来ていた。フランは革の装備への着替えも済ませている。

ふたりは課長席の横のスペースに用意されたソファーに座っていた。事務机のない亜衣たちのために佐藤が用意した物である。

「ふたりともおはよう」

亜衣はソファに駆け寄った。

「おはよう」

お菊とフランも亜衣に挨拶を返す。

「亜衣さん。少しお話、いいですか?」

水戸は自分の机から椅子を持参して、ソファーの近くで腰を下ろした。

「あ、はい。大丈夫…ですけど。私、何かやっちゃいました?」

こういう空気は大体怒られる。亜衣は先手を打って探りを入れた。

「大丈夫よ。そういう話じゃないから…」

お菊の冷静な声が、亜衣の緊張をさらに煽る。

「皆んな、おはよう」

その時、屋上用の扉から佐藤が室内に入ってきた。全員が佐藤に顔を向けて「おはようございます」と挨拶を返す。

「悪い悪い。気にせず話を続けて」

言いながら佐藤は自分の席に座った。

水戸は佐藤に軽く会釈すると、直ぐに亜衣に話しかけた。

「亜衣さんは、アウェイをご存知なんですか?」

「……え?」

亜衣の全く予想外の話だった。

「実は昨日の夜、フランさんに故郷の話を聞いていたのですが、私とフランさんの話の中に共通する人物の名前が出てきたのです」

「それが…アウェイ?」

お菊の質問に、水戸が「はい」と頷いた。

「実は、私がここに来るキッカケとなった最後の戦闘の相手が、アウェイと名乗る魔王軍の大魔導士だったのです」

一呼吸おいて、水戸が悔しそうに拳を握りしめる。

「魔物の軍勢を率いて襲来した彼の力は凄まじいモノでした。私も多少は魔法の腕に自信があったのですが、アウェイには及びもしませんでした。後は皆さんも知っての通りです」

そう言って水戸は力無く笑うと、握っていた拳をそっと開いた。

「亜衣、私にアウェイのこと聞いたよね?」

続いてフランが亜衣に詰め寄る。

「亜衣はどうして知ってるの?」

「えと…」

頰をポリポリと掻きながら、亜衣が少し困ったような顔になった。

「会ったことはないんだけど、ふたりの話とは違う人だと思う」

亜衣は水戸とフランの顔を交互に見る。

「初めてアッチに行ったときから、いろいろと教えてくれるから、たぶん現地の協力員とかだと思う」

「いや、協力員にそんな名前の人はいなかったな」

そのとき佐藤が、横から口を挟んだ。

「…え?」

亜衣が驚いたように言葉に詰まる。

「でもでも、フランが危ないのも教えてくれたし、絶対に敵じゃないよ!」

「そういえば…そんなこと言ってたわね」

お菊が「ポン」と両手を打った。

「どういうこと?」

お菊の発言に、フランが首を傾げた。

「私たちがあの場所に行ったのは、亜衣がアウェイにそこに行けと言われたからなんだよね」

お菊は口元に右手を添え、少し思案顔になる。

「ただ不思議なのは、私もその場にいたのに、アウェイの声が聞こえたのは亜衣だけだったのよ」

お菊が言い終わったのと同時に、事務室の扉が勢いよく開いた。

「おっはようございまーす」

元気な挨拶とともに坂下が入室してきた。後に続いて浅野も入室する。

「色々と気にはなるが、どうせ答えは出ないから今は置いとこう」

佐藤は皆んなの顔を見回した。

「僕の方でも色々と調べてみるから、皆んなはいつも通りに頼むよ」
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