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第八部 人類圏序章
第九十四章 名無しの魔物達
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その後は何事もなく探索を進めた。
だが街と呼べるものが見当たらない。人間の結界内は広大だ。八角の塔の間隔から察するに俺達の魔物の領域のざっと十倍はあると見ていいだろう。その一角だけだがここまで人の痕跡がないのはおかしい。聖女たちの侵攻ルートは何処だ? わざわざ外から回るよりも内から出てくるのが自然だと思うが。この一角だけが特殊なのか? その情報の精査すら出来ない。
これは俺の想像だが、クジラドラゴンが結界の境界線から出てきた時は湧き出る様に見えていた。つまりあの見えている景色はスクリーンのようなものだと考えられる。そうなるとその技術が中にあってもおかしくない。人間の街にスクリーンが張られていた場合、目視での発見は困難だ。そしてその近くまで行くというのはしらみつぶしにマップを埋めるがごとき行動だ。流石に俺達でどうこう出来る問題ではない。
俺達はその情報を手に人間の結界を後にする。
だがその前に片付けておくべき問題があるな。ヒレゴンクジラの本体だ。俺達は侵入して来た場所からは戻らず、本体のいる西に向かう。
ーーー
そこは針葉樹林だった。奴はそこで待ち構えていた。察するにコア付きはこの結界を超えられないのだろうか? デミと魔獣がそれを透過できる。もしくは出来るようになったという所か。
そこにはドラゴンの翼を何枚もつけたクジラが居た。これは仮に世界の改変を禁じられても飛べそうなほどの大きい翼と翼の数だ。面倒だな。竜翼クジラと命名しよう。寧ろ竜翼飛行船クジラとでもした方がいいか。
・・・正直欲しい。あの背に魔素人形格納庫を乗せて空中移動要塞にしたい。
そんな俺の欲望は他所にコイツは手強かった。完全な精神系。世界の改変を禁止してもその精神攻撃は防げない。出しゃばりだけでは足りず、相棒も精神防壁に回る。そして俺とレオニスで本体を攻撃したが足りなかった。
勝利の決め手は魔物の援軍だった。
人馬型のオーガ。そう形容するしかない。俗にいうケンタウロスだ。そいつが参戦して事なきを得た。
俺が鎧を解除し、そいつの元に行くと態度が豹変した。
勝利の余韻に浸る間もなく人馬型オーガはその剣をこちらに向けた。
ーーー
「私を憶えているか?」
その人馬オーガは手に持ったグレートソードをこちらに向ける。それも片手でだ。
これは相棒のスキルではないな。オーガの筋力でもグレートソード程の大きさの鉄の塊を片手で扱うのは難しい。そして魔物武器でもない。これは、黒武器か。魔物にも扱える施された武器。だがそれは、それを扱うには聖女の因子が要る筈だ。
そして、このグレートソードには見覚えがある。
ノーネームド。間違いない。奴が魔物に転生したか。
「憶えているぞ。名も知らぬ聖女よ」
それが合図となり俺達は切り結ぶ。
これは相当に重い一撃だ。グレートソードに馬体を乗せた一撃。重いなどというものではない。その勢いも持続する。下手に受ければ押し切られる。俺は全力で切り払いその勢いを受け流す。しかし相棒が悲鳴を上げていそうだ。単純に重いだけでなくその動きも独特だ。前足を上げてからの振り下ろしは単純に重い。動きが読めてもこちらも切り払いを強要される。その高所から落ちてくる一撃は範囲が広い。生半可な回避などしても追尾してくるだろう。距離を取れば馬体毎飛んでくる。その一撃を切り払うなどというのは突っ込んでくるトラックを薙ぎ払えと言ってるようなものだ。破壊できればそれも可能だろう。しかしこのグレートソードは黒武器だ。破壊不可能な施された武器だ。間違いなくこちらの体勢が崩れ、轢き殺されるだろう。
この一撃だけでも脅威なのだ。この馬体の伸びを活かしたグレートソードの斬撃はその一撃一撃が必殺の一撃だ。対処を見誤ればそのまま体勢を崩され俺の解体ショーに繋がってしまう。
そしてグレートソードの剣先が地面に突き刺さる。普通に見ればこれは好機だ。だがそれを支えに馬体の蹄が俺を狙う。流石にそれはフェイントにもならないだろう。だがその蹄は馬体の下半身を全て載せた一撃だ。これも切り払う必要がある。攻撃のチャンスにはなりえない。
クソ! 行動が読めても対処が強要される。完全に相手の方が上手だ。俺が奴の行動に慣れ、戦闘にリズムが出てきた時にそれを崩すフェイントがくるだろう。その行動にディレイを嚙まされるだけでも脅威だ。もしもその一撃が数瞬遅れてきたら、その一撃は最適な一撃にはなりえないがこちらも合わせて切り払う事が出来ない。致命傷ではないが確実に削られる。このまま奴に攻撃権を渡しているのは負けを意味する。
だがどうする? 物理無効はある。これを使えば攻撃を食らっても怯まずに攻撃を叩き込める。だがダメージ自体を軽減できるわけではない。フェイントをかけたディレイの一撃ならそれで対処できる。威力は下がっているからな。だがそれがフェイントでない最適な一撃だった場合、致命傷だ。ダメージ交換で確実に負ける。奴がこの戦闘にリズムを作り出すまでは使えない。
しかしアリエスの回復がないと選択肢の幅が減るな。レオニスもこの応酬のさなかに援護は出来ないだろう。
それにしてもアリエスが俺を狙って魔物に堕ちたのではないという良い証明になったな。本来であればこうだ。言葉もなく殺し合う。これが聖女と魔物の正しい姿だ。
人々に認められ昇り詰めた聖女は魔物に堕ちてまで俺を殺しに来た。ノーネームドの様に。
人々に認められず追放された聖女は魔物に堕ち俺と共闘するまでになった。アリエスの様に。
そう考えれば人間達の判断は正しかったのだろう。
人間としての判断はな。
だが俺達は魔物だ。人間じゃない。コイツを殺してどちらが正しいか思い知らせる必要があるな。
俺は魔素アンカーを取り出す。左からそれを射出すると人馬オーガに吸着させる。相棒を左に持ち替えその刀身に鎖を巻く。右手は脇差『旗織り』に爪を這わせて強化する。相手が加護持ちでは使えなかった戦法だ。加護でアンカーが刺さらないからな。
俺が片手持ちになったと見て好機と判断したのだろう。俺が小細工をする前に叩き潰そうという訳だ。いいぞ。その動き。お前の動きは分かり易い。俺は鎖の巻き付いた相棒を振ると俺自身の体を浮かす。アンカーは奴の動きを封じるものじゃない。俺の動きを読めないものにするためだ。鎖でつないだグラップラー戦闘などお上品な聖女様には思い付きしないだろうな。
左手の剣の振りで奴と繋がった鎖は俺のマニューバを加速させる。動きの読めない人馬オーガがその動きを知ろうと俺の左手の相棒に注視する。俺がその剣を放り投げると人馬オーガの視線と意識がそちらに向く。その隙にすかさず右から魔素アンカーを射出し人馬オーガと繋げると空いた左手で巻き取る。こちらも奴の動きを封じるためじゃない。俺が奴に取り付く一手だ。
人馬オーガに馬乗りになった俺は脇差をその首筋に差し込む。
クハハハ! いつもは神の加護に守られた存在だ。こんな戦い方は知らないだろう? 泥臭く生きあがく魔物の戦い方を知れ!
案の定奴はグレートソードを手放せない。
まあそうだろうな。こんな状況になっても武器は手放せないだろう。後生大事に抱えて死ね。
だがそれは馬体の異変で解除された。
そのままの意味だ。馬体が解除されて振り下ろされた。一瞬でばらけそれが再統合する。
馬体が変形合体だと!?
振り落とされた俺は魔素アンカーを巻き取り相棒を手にする。あの馬体は魔物武器か。黒武器相手では相性の悪い脇差を鞘に納める。魔物武器の集合体? 魔物一体に一本ではないのか? 俺は体勢を戻すと奴に肉薄する。するとその蹄が俺を狙う。俺がそれを相棒で切りつけると違和感がある。これは魔物武器じゃない? この蹄は黒武器だ。魔物武器が黒武器を纏っている。聖女特典で魔物武器が何本も持てて黒武器までもが何本も使用可能なのか? どういう原理だ?
俺は距離を取る。
これはなんだ? 人馬の本体はノーネームド。聖女が転生した姿だ。その馬体が魔物武器の集合体。それすらもが黒武器を使えている。つまりあの魔物武器は聖女の転生体。
コイツは、この人馬型オーガは『名無し達の聖女』と『名無しの聖女達』の集合体。これらすべてが聖女の転生体か!
ノーネームドとその後に殺したダース単位の聖女たち。それら全てが同時に魔物に転生したのか。
これは流石に手に余る。
「レオニス。合体するぞ。準備はいいか?」
「ええ。問題ないわ」
レオニスの返事を得て俺はインナースペースにレオニスを取り込む。
そして俺の前面に出現したレオニスを俺の胴体に出現した禍々しい魔物の口で再度取り込む。
完了だ。俺は鎧を顕現し、相棒を聖剣に変える。
(お父様。私は神呪を制御するわ。サポートは出来ないかも)
なるほど。となれば竜翼と加護の同時使用は難しいな。だが俺は神の加護を使える。問題はないか。
(ええ。神の呪いは完全に制御して見せる。存分に戦って)
頼もしいな。だが相手は元聖女だ。現聖女ではないのなら問題はないと思うがそこは用心だな。
「何故貴様が神の加護を使える!!!」
逆上し襲ってくる人馬オーガのグレートソードを神の加護で軽減し聖剣で弾き返す。
「神は我々を裏切ったのか!!!」
再度前足を上げての一撃だ。その間にも前足が施された黒蹄の一撃を食らわせてくる。
馬鹿な。黒武器は仕様変更で神の加護を抜けない、そんな一撃では抜くことすら出来んぞ。
そして振り下ろされるさっきまで必殺だったグレートソードの一撃を神の加護で少しずらし聖剣で上から押さえつけるとグレートソードが地面に突き刺さる。俺はそれを踏みつけると聖剣で人馬オーガの体を切りつけた。
たまらず人馬オーガがグレートソードを手放す。そして馬体から出て来たであろう魔物武器のロングソードで切りつけてくる。
確かに魔物武器は神の加護に有効だ。だが、
俺は『全周囲加護』を解くと『収束した加護』で魔物武器のロングソードをいなす。こうすれば問題ない。
場数が違うのだ。俺達魔物がどれだけ神の加護に苦しめられたか。そしてそれを知るためにどれだけ研鑽を積み重ねて来たか。お前ら聖女にはわかるまい。神の加護があれば魔物など赤子の手をひねるようなものだ。
俺は人馬オーガに聖剣を突き刺す。相当なダメージだろう。人馬オーガがよろめく。俺が追撃を入れようとすると馬体が黒武器を駆使して止めてくる。黒武器など壊れないだけだ。その雑な使い方では簡単に剝がれてしまう。馬体の鎧に使われた黒武器の装甲を弾き飛ばす。アリエスの使い方を見習うべきだな。奴は黒武器の鎧を武器にしていた。そもそもの扱い方が違う。
「何故だ!!! 我々は神に騙されたのか!!! なぜお前が神の加護を纏い我々は魔物として討伐される!!! これが神の意思なのか!!!」
こいつらは。
俺がそれに応えるとでも思っているのか? 殺すべき敵に、しかも転生して情報を持ち帰れる相手に何を与えるというのだ?
このまま死ね。例えリブラであっても何度も死に戻り転生をする存在を許さないだろう。
「私は聖女ではなかったのか。神に見放された。私は間違っていたのか。追放されるべきは私達だったのか。神はお前を望んだのか」
戦意を無くして棒立ちか。戦いであればこんな事は無かっただろう。
だが元聖女が神の加護で討ち取られるか。
・・・流石に神の代弁者であるリブラの醜聞が地に堕ちるな。
リブラがノーネームド達をここに送ったのはコイツラの望みだったからだろう。俺を殺すためではなく、神に勧誘するためでもないだろうな。ただ単純に元聖女の願いを叶えただけだ。
それは実質俺への裏切りでありノーネームド達には誤解を与える。
これは恨みを買うわけだ。
仕方がない。リブラの誤解だけは解いておくか。奴には恩がある。ここらで返すのもいいだろう。
何より戦意を無くした元聖女など、俺は見たくはないな。
▽
Tips
神の加護で魔物武器をいなす描写は「第六十三章 真・TS美少女」に。
全周囲加護の描写は「第六十四章 異界の神」の冒頭に。
だが街と呼べるものが見当たらない。人間の結界内は広大だ。八角の塔の間隔から察するに俺達の魔物の領域のざっと十倍はあると見ていいだろう。その一角だけだがここまで人の痕跡がないのはおかしい。聖女たちの侵攻ルートは何処だ? わざわざ外から回るよりも内から出てくるのが自然だと思うが。この一角だけが特殊なのか? その情報の精査すら出来ない。
これは俺の想像だが、クジラドラゴンが結界の境界線から出てきた時は湧き出る様に見えていた。つまりあの見えている景色はスクリーンのようなものだと考えられる。そうなるとその技術が中にあってもおかしくない。人間の街にスクリーンが張られていた場合、目視での発見は困難だ。そしてその近くまで行くというのはしらみつぶしにマップを埋めるがごとき行動だ。流石に俺達でどうこう出来る問題ではない。
俺達はその情報を手に人間の結界を後にする。
だがその前に片付けておくべき問題があるな。ヒレゴンクジラの本体だ。俺達は侵入して来た場所からは戻らず、本体のいる西に向かう。
ーーー
そこは針葉樹林だった。奴はそこで待ち構えていた。察するにコア付きはこの結界を超えられないのだろうか? デミと魔獣がそれを透過できる。もしくは出来るようになったという所か。
そこにはドラゴンの翼を何枚もつけたクジラが居た。これは仮に世界の改変を禁じられても飛べそうなほどの大きい翼と翼の数だ。面倒だな。竜翼クジラと命名しよう。寧ろ竜翼飛行船クジラとでもした方がいいか。
・・・正直欲しい。あの背に魔素人形格納庫を乗せて空中移動要塞にしたい。
そんな俺の欲望は他所にコイツは手強かった。完全な精神系。世界の改変を禁止してもその精神攻撃は防げない。出しゃばりだけでは足りず、相棒も精神防壁に回る。そして俺とレオニスで本体を攻撃したが足りなかった。
勝利の決め手は魔物の援軍だった。
人馬型のオーガ。そう形容するしかない。俗にいうケンタウロスだ。そいつが参戦して事なきを得た。
俺が鎧を解除し、そいつの元に行くと態度が豹変した。
勝利の余韻に浸る間もなく人馬型オーガはその剣をこちらに向けた。
ーーー
「私を憶えているか?」
その人馬オーガは手に持ったグレートソードをこちらに向ける。それも片手でだ。
これは相棒のスキルではないな。オーガの筋力でもグレートソード程の大きさの鉄の塊を片手で扱うのは難しい。そして魔物武器でもない。これは、黒武器か。魔物にも扱える施された武器。だがそれは、それを扱うには聖女の因子が要る筈だ。
そして、このグレートソードには見覚えがある。
ノーネームド。間違いない。奴が魔物に転生したか。
「憶えているぞ。名も知らぬ聖女よ」
それが合図となり俺達は切り結ぶ。
これは相当に重い一撃だ。グレートソードに馬体を乗せた一撃。重いなどというものではない。その勢いも持続する。下手に受ければ押し切られる。俺は全力で切り払いその勢いを受け流す。しかし相棒が悲鳴を上げていそうだ。単純に重いだけでなくその動きも独特だ。前足を上げてからの振り下ろしは単純に重い。動きが読めてもこちらも切り払いを強要される。その高所から落ちてくる一撃は範囲が広い。生半可な回避などしても追尾してくるだろう。距離を取れば馬体毎飛んでくる。その一撃を切り払うなどというのは突っ込んでくるトラックを薙ぎ払えと言ってるようなものだ。破壊できればそれも可能だろう。しかしこのグレートソードは黒武器だ。破壊不可能な施された武器だ。間違いなくこちらの体勢が崩れ、轢き殺されるだろう。
この一撃だけでも脅威なのだ。この馬体の伸びを活かしたグレートソードの斬撃はその一撃一撃が必殺の一撃だ。対処を見誤ればそのまま体勢を崩され俺の解体ショーに繋がってしまう。
そしてグレートソードの剣先が地面に突き刺さる。普通に見ればこれは好機だ。だがそれを支えに馬体の蹄が俺を狙う。流石にそれはフェイントにもならないだろう。だがその蹄は馬体の下半身を全て載せた一撃だ。これも切り払う必要がある。攻撃のチャンスにはなりえない。
クソ! 行動が読めても対処が強要される。完全に相手の方が上手だ。俺が奴の行動に慣れ、戦闘にリズムが出てきた時にそれを崩すフェイントがくるだろう。その行動にディレイを嚙まされるだけでも脅威だ。もしもその一撃が数瞬遅れてきたら、その一撃は最適な一撃にはなりえないがこちらも合わせて切り払う事が出来ない。致命傷ではないが確実に削られる。このまま奴に攻撃権を渡しているのは負けを意味する。
だがどうする? 物理無効はある。これを使えば攻撃を食らっても怯まずに攻撃を叩き込める。だがダメージ自体を軽減できるわけではない。フェイントをかけたディレイの一撃ならそれで対処できる。威力は下がっているからな。だがそれがフェイントでない最適な一撃だった場合、致命傷だ。ダメージ交換で確実に負ける。奴がこの戦闘にリズムを作り出すまでは使えない。
しかしアリエスの回復がないと選択肢の幅が減るな。レオニスもこの応酬のさなかに援護は出来ないだろう。
それにしてもアリエスが俺を狙って魔物に堕ちたのではないという良い証明になったな。本来であればこうだ。言葉もなく殺し合う。これが聖女と魔物の正しい姿だ。
人々に認められ昇り詰めた聖女は魔物に堕ちてまで俺を殺しに来た。ノーネームドの様に。
人々に認められず追放された聖女は魔物に堕ち俺と共闘するまでになった。アリエスの様に。
そう考えれば人間達の判断は正しかったのだろう。
人間としての判断はな。
だが俺達は魔物だ。人間じゃない。コイツを殺してどちらが正しいか思い知らせる必要があるな。
俺は魔素アンカーを取り出す。左からそれを射出すると人馬オーガに吸着させる。相棒を左に持ち替えその刀身に鎖を巻く。右手は脇差『旗織り』に爪を這わせて強化する。相手が加護持ちでは使えなかった戦法だ。加護でアンカーが刺さらないからな。
俺が片手持ちになったと見て好機と判断したのだろう。俺が小細工をする前に叩き潰そうという訳だ。いいぞ。その動き。お前の動きは分かり易い。俺は鎖の巻き付いた相棒を振ると俺自身の体を浮かす。アンカーは奴の動きを封じるものじゃない。俺の動きを読めないものにするためだ。鎖でつないだグラップラー戦闘などお上品な聖女様には思い付きしないだろうな。
左手の剣の振りで奴と繋がった鎖は俺のマニューバを加速させる。動きの読めない人馬オーガがその動きを知ろうと俺の左手の相棒に注視する。俺がその剣を放り投げると人馬オーガの視線と意識がそちらに向く。その隙にすかさず右から魔素アンカーを射出し人馬オーガと繋げると空いた左手で巻き取る。こちらも奴の動きを封じるためじゃない。俺が奴に取り付く一手だ。
人馬オーガに馬乗りになった俺は脇差をその首筋に差し込む。
クハハハ! いつもは神の加護に守られた存在だ。こんな戦い方は知らないだろう? 泥臭く生きあがく魔物の戦い方を知れ!
案の定奴はグレートソードを手放せない。
まあそうだろうな。こんな状況になっても武器は手放せないだろう。後生大事に抱えて死ね。
だがそれは馬体の異変で解除された。
そのままの意味だ。馬体が解除されて振り下ろされた。一瞬でばらけそれが再統合する。
馬体が変形合体だと!?
振り落とされた俺は魔素アンカーを巻き取り相棒を手にする。あの馬体は魔物武器か。黒武器相手では相性の悪い脇差を鞘に納める。魔物武器の集合体? 魔物一体に一本ではないのか? 俺は体勢を戻すと奴に肉薄する。するとその蹄が俺を狙う。俺がそれを相棒で切りつけると違和感がある。これは魔物武器じゃない? この蹄は黒武器だ。魔物武器が黒武器を纏っている。聖女特典で魔物武器が何本も持てて黒武器までもが何本も使用可能なのか? どういう原理だ?
俺は距離を取る。
これはなんだ? 人馬の本体はノーネームド。聖女が転生した姿だ。その馬体が魔物武器の集合体。それすらもが黒武器を使えている。つまりあの魔物武器は聖女の転生体。
コイツは、この人馬型オーガは『名無し達の聖女』と『名無しの聖女達』の集合体。これらすべてが聖女の転生体か!
ノーネームドとその後に殺したダース単位の聖女たち。それら全てが同時に魔物に転生したのか。
これは流石に手に余る。
「レオニス。合体するぞ。準備はいいか?」
「ええ。問題ないわ」
レオニスの返事を得て俺はインナースペースにレオニスを取り込む。
そして俺の前面に出現したレオニスを俺の胴体に出現した禍々しい魔物の口で再度取り込む。
完了だ。俺は鎧を顕現し、相棒を聖剣に変える。
(お父様。私は神呪を制御するわ。サポートは出来ないかも)
なるほど。となれば竜翼と加護の同時使用は難しいな。だが俺は神の加護を使える。問題はないか。
(ええ。神の呪いは完全に制御して見せる。存分に戦って)
頼もしいな。だが相手は元聖女だ。現聖女ではないのなら問題はないと思うがそこは用心だな。
「何故貴様が神の加護を使える!!!」
逆上し襲ってくる人馬オーガのグレートソードを神の加護で軽減し聖剣で弾き返す。
「神は我々を裏切ったのか!!!」
再度前足を上げての一撃だ。その間にも前足が施された黒蹄の一撃を食らわせてくる。
馬鹿な。黒武器は仕様変更で神の加護を抜けない、そんな一撃では抜くことすら出来んぞ。
そして振り下ろされるさっきまで必殺だったグレートソードの一撃を神の加護で少しずらし聖剣で上から押さえつけるとグレートソードが地面に突き刺さる。俺はそれを踏みつけると聖剣で人馬オーガの体を切りつけた。
たまらず人馬オーガがグレートソードを手放す。そして馬体から出て来たであろう魔物武器のロングソードで切りつけてくる。
確かに魔物武器は神の加護に有効だ。だが、
俺は『全周囲加護』を解くと『収束した加護』で魔物武器のロングソードをいなす。こうすれば問題ない。
場数が違うのだ。俺達魔物がどれだけ神の加護に苦しめられたか。そしてそれを知るためにどれだけ研鑽を積み重ねて来たか。お前ら聖女にはわかるまい。神の加護があれば魔物など赤子の手をひねるようなものだ。
俺は人馬オーガに聖剣を突き刺す。相当なダメージだろう。人馬オーガがよろめく。俺が追撃を入れようとすると馬体が黒武器を駆使して止めてくる。黒武器など壊れないだけだ。その雑な使い方では簡単に剝がれてしまう。馬体の鎧に使われた黒武器の装甲を弾き飛ばす。アリエスの使い方を見習うべきだな。奴は黒武器の鎧を武器にしていた。そもそもの扱い方が違う。
「何故だ!!! 我々は神に騙されたのか!!! なぜお前が神の加護を纏い我々は魔物として討伐される!!! これが神の意思なのか!!!」
こいつらは。
俺がそれに応えるとでも思っているのか? 殺すべき敵に、しかも転生して情報を持ち帰れる相手に何を与えるというのだ?
このまま死ね。例えリブラであっても何度も死に戻り転生をする存在を許さないだろう。
「私は聖女ではなかったのか。神に見放された。私は間違っていたのか。追放されるべきは私達だったのか。神はお前を望んだのか」
戦意を無くして棒立ちか。戦いであればこんな事は無かっただろう。
だが元聖女が神の加護で討ち取られるか。
・・・流石に神の代弁者であるリブラの醜聞が地に堕ちるな。
リブラがノーネームド達をここに送ったのはコイツラの望みだったからだろう。俺を殺すためではなく、神に勧誘するためでもないだろうな。ただ単純に元聖女の願いを叶えただけだ。
それは実質俺への裏切りでありノーネームド達には誤解を与える。
これは恨みを買うわけだ。
仕方がない。リブラの誤解だけは解いておくか。奴には恩がある。ここらで返すのもいいだろう。
何より戦意を無くした元聖女など、俺は見たくはないな。
▽
Tips
神の加護で魔物武器をいなす描写は「第六十三章 真・TS美少女」に。
全周囲加護の描写は「第六十四章 異界の神」の冒頭に。
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ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
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