王牙転生~鬼に転生したゲーマーは流されるままに剣を振るう~

中級中破

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第三部 魔族

第四十一章 ベルセルクヒーラー(挿絵あり)

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 ベルセルクヒーラー。
 元聖女の魔物アリエスの姿はまさにそれだ。俺達は監視と新魔物運用のために付き合っているがとにかく前に出たがるのだ。
 その時の掛け声は何時もこれだ。「神の威光を示す」。無駄にデカイ体で、無駄にスピードの出る蛇の体で特攻していく。ヒーラーにスピードがあるのはとても良い事だがそれは突撃するという意味じゃない。しかも今は加護付き弓兵がいる可能性もある。最前線でもなければ出てこないだろうが矢の普及が早まればその限りではない。体の大きさがアドバンテージになる時代は終わっているだろうからな。
 体の大きさと言えば蛇女は魔素の回復自体も行えるようだ。自身の体を花のように咲かせてその胞子を浴びた魔物の魔素を回復できる。いわば単発式魔素ジェネレーターだな。体の高さを上げるほど胞子の範囲が広がり滞留した時間が増えるのに応じて魔素の回復量も増える。逆を言えばここが弱点だ。高さを保てば的になり、低ければ効果が薄い。前線ではなく下がって使うのが理想だな。弓兵が本格的に稼働し始めたら戦闘区域では使用が出来なくなる可能性もある。
 それもあって前線で活性化、下がって回復というのがベターなわけだが・・・、アリエスの場合は胞子を蒔きながら自己強化を施している。
 ヒーラーでありながらヘイトを一身に受けるヒーラータンクというある意味正解なのがまた質が悪い。前線で暴れるアリエスの援護をする俺が弓DPSでシノも魔法DPSとして機能している。人間側から見れば蛇の巨体が街中を縦横無尽に這いずり回っている。それを見れば俺でもそいつにヘイトを向けるだろう。だがこれは散発的な戦闘なら問題ないが前線を組める最前線の人間には効かないだろう。それに魔物側の前衛も動きづらい。俺が弓を持っているのもそのせいだ。ヘイトが動きまくる上に蛇女の巨体が邪魔で敵よりも味方の動きに注視しなければならない。攪乱効果は高いが実質効率的に人間を片付けるなら不向きな構成でもあることがこれで知れたというのもあるな。
 そして何よりも問題が、やはりアリエスは人間を攻撃できない。正確には止めを刺せない。吹き飛ばすなら問題ないがトドメとなる爪を使う事が出来ないでいる。見かねた俺が大地の支配の石棍棒を与えるとそれは使いこなす。だが黒曜石の剣は駄目だ。典型的な刃物が使えないタイプだ。元人間で元聖女ともなればそれはそうだろう。それ故にある意味ヒーラー職である蛇女が最適なのだが、その戦闘センスは前衛寄り。
 ヒーラーに不向きで人間にトドメは刺せないが戦闘センスは抜群という何もかも噛み合っていない構成がアリエスの姿だろうな。

 初期はリンセスも付き合って意見を聞いてたのだが、人間の頃から何も変わっていないらしい。無責任な安請け合いで悪徳領主を討伐に行けば掴まるという、ある意味あれは相手が強すぎたというのもあるが、俺の件も踏まえて能力はあるが運が極端に低いというのがリンセスの総評だ。
 ここでもまた悶着があった。俺がアリエスを信徒にしたというとリンセスが「ズルい」ときた。アリエスのわが父というのが癇に障ったらしい。私という娘が居ながらどうしてという理不尽なリンセスに、わが父の娘は私だけというアリエスの返しに火に油。シノが俺は私の物という事で俺が了承し丸く収まった。だが俺には「女にはモテないが子供にはモテる」という不名誉な称号がシノから与えられれた。
 その時もまた悶着だ。「お前の精神年齢ではそうだろう」というシノに俺は「大人になれないんじゃない。人間になりたくないだけだ」と返した。シノはそれで納得したようだったがそれでも何か譲れないものがあったのだろう。「お前の言うそれは人間か?」という問いかけでその会話は終わった。
 大人=人間だろうな。俺には特に意味もない言葉だったがシノにとって人間ではない=子供と繋がるのは業腹だったのだろう。

 シノのアリエスの評価はまた異なる。俺をわが父と呼ぶアリエスはシノを母と呼ぼうとしたがそれは拒否していた。伴侶ではあっても神ではないと。そして神を下すなら伴侶であってもライバルだと。これは半分俺に言っていたのだろうな。一時的とはいえ俺が神を自称したのがライバル宣言に聞こえたらしい。シノの言を取れば神を自称したものは神ではないのだろうが、それは神への挑戦者を意味していたのか。俺をそれに祭り上げたアリエスにはあまりいい印象はない様だ。
 その力も能力も認めているが使いこなせていないことには言及しない。そこは俺に何とかしろという事だろう。口は出さないというスタンスだ。

 上記の補完シナリオをここに
https://www.alphapolis.co.jp/novel/405630762/696966666/episode/9750960


 つまるところ、能力はあるが地雷というのが俺の結論だな。今までの言動を見るに人間の時も前に出がちだったのだろうな。あの聖女にまとわりつく近接DPSがやたらと前に出ていたのはアリエスを前に出さないためか。自分たちが下がったら聖女が前に出るというある意味強迫観念に駆られていたのだろう。これは信用が得られるはずがない。そして失敗を重ねるごとにその傾向は強くなっていったのだろう。神の手先を降ろしたのは勝ちを狙ったものではなくただの焦りだろう。それは戦った俺が一番よく知っている。
 あながちアリエスの「俺が一番アリエスの事を理解している」というのは的を射てたのだろうな。
 それならと問いた。誰がアリエスをヒーラーに仕立て上げたのか。その答えはアリエスの記憶にはない。正直アリエスにはグレートソードを持たせた方が強かったのではと思うのだが。それを言うとアリエスは感激の祈りを捧げて来た。やはり本人にも自覚があったのだろう。ヒーラーは向いてないと。
 本人は否定してるがアリエスはかなりわかりやすい人間だ。俺が一番理解しているというよりも、俺が一番こいつの事を考えていたというのが本当の所だろう。聖女の時からどう潰すか散々に頭を悩ませた。敵の俺が一番聖女の事知っていたとは何とも皮肉なことだ。そしてそれは本人が一番よく知っている。だからこそここに居るのだろう。
 アリエスの信仰か。それがカギだろう。だがまずはその鍵穴を探さなくてはな。

「追放系ザマァ展開ですか?」
 不思議そうに聞き返してくるアリエス。まあ知らないだろうな。
「創作にある展開の一つだ。優秀なものがその力を発揮できない場所で不遇な扱いを受け、追放された後にその真価を発揮できる場所に出会う。そしてその真価を知れなかった元の仲間が歯噛みし落ちぶれるという展開だ」
 そこで俺は一息つく。
「これはお前に当てはまらないか? 聖女として才能がなかったお前が魔物として成功する。お前は元の仲間だった人間達に思う所はないのか?」
「私は彼らに思う所はありません。ただ感謝を。今でもそれに変わりはありません」
「お前を理解しようともしなかった連中だぞ?」
「それでも私は聖女としてあるまじき存在でした。付き従ってくれたことだけでも感謝しています」
「では彼らがお前の前に立ちはだかっても感謝の心を続けるのか?」
「いいえ。私はわが父の信徒。手心は加えません」
「俺が殺せと言ったら殺せるのか?」
「それは、もちろん、わが父の意志とあれば、私は彼らを攻撃します」
 攻撃か。
「お前の信仰では人の命は取れないという事か」
「いいえ。殺します。私は彼らを殺します。私の、信仰に、かけて。私は必ず彼らを殺します」
 これは嘘か。
「お前の信仰ではお前は人を殺せない。そうだな」
「違います。私は殺せます。幾人だってあなたの為に人を殺します」
 無理だな。
「そこに信仰がないのは気付いているか?」
「私は私の信仰に基づいてあなたの敵を殺します。この手で、血に染めて、あなたに献上します」
 ここらが限界か。
「そうか。ではお前にお前の信仰である神として命ずる」
 さてこれがどう出るか。
「お前に人間の殺害を禁じる」

「それは、私には無理だという事ですか。私には何も期待しないという事ですか」
 流石に怒り出したか。
「何故か。答えを出せ」
「私が人間を殺せない無力で哀れな存在だから見限るというのですか。私を否定するのですか。今からでも私は人間を殺して持ってきます。今すぐにでも私は私の信仰を証明して見せます。私に命じてください。神として人間の殺害を」
 自身の決断では無理だと気付いたか。
「命に背き答えも出せないか」
「・・・命に従います。私は人の殺害をしません。答えは・・・私が人を殺せないからです」
 ようやくここまで辿り着いた。
「そうだ。お前の信仰に人間の殺害は含まれない」
「何故、ですか。私はあなたに私の信仰を捧げた。ならば私はあなたの敵である人間を殺害できるはずなのに、なぜ、ですか」
「簡単だ。お前の信仰に人間を守れと刻まれているのだろう。答えろ聖女」
「私は、アリエスです。・・・はい。私の信仰には人間を守れと、守りたいと刻まれています」
 やはりな。
「ならばそれでいい。アリエス。自分の信仰を見失うな。魔物に堕ちたものは必ずその原動力となる物がある。それがお前にとっての信仰だ。お前がもしそれに背いて人間を殺した時、お前は魔物としての死を迎える」
「それは、本当ですか・・・?」
「仮説だ。お前がなぜそれほどまでに人間を殺すのを躊躇うのか。それは自身の消失と同義だからだ。だからまずはその信仰の形を確かめろ。人を殺せない。それはその一つだ。そしてお前の目的を思い出せ。それがこの命の本当の意味だ」
 これで伝わったか。いつもの祈りのポーズも今回は長い。これを受け入れる事が出来るだろうか。
「わが父。ダンナ様。私はあなたに信仰を捧げて良かった」
 漸く鍵穴が見つかったか。

「所でもう一つ言いにくい事がある。心して聞け」
「はい。わが父。何なりと」
「俺の名は王牙。お前の言うダンナ様は旦那という敬称だ。それを理解して使いたいなら止めんが」
「そ、それを今言うのですか! なぜもっと早くいってくれなかったのですか! 私は父と呼んで信仰を捧げた貴方の名前を間違えていたなんて・・・!!!」
「それも神の試練だったのだ!」
「嘘おっしゃい!」
 俺の冗談に怒れるぐらいには元気になったか。
「だがアリエスよ。それほどにお前には余裕がなかったのだ。今はもう大丈夫だな」
「この流れでわが父と呼ばせようとするのはズルいです、王牙様。私を虐めて喜んでおられるのですか?」
「正直な話。名を正す前にお前が聖女としての信仰を取り戻すと踏んでいたからな。名を捨てる時は必ず言え。それがどんな決断でもだ」
「わかりました。私は私の決断を必ずあなたに伝えます。たとえ私がアリエスでなくなったとしても」
 漸くいい顔になってきたな。それでこそ俺を圧倒した聖女だ。
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