幸せなΩの幸せの約束

萌於カク

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ファーストアタック6

(誰かが俺に悪意を抱いている)

雪弥はそれを感じていた。

もっともこれまでも悪意を受けることはままあった。その数倍、憧れやら尊敬を抱かれているのもわかっているが、悪意は直に触れるとどれほど毅然としていてもダメージを喰らうものだ。

しょっちゅう受け取る手紙には、「好き」だの「尊敬しています」だの「愛しています」だののほうが多かったが、稀に「死ね」「お前のせいだ」「地獄に堕ちろ」などの罵詈雑言に満ちたものもあった。

優秀な男子生徒ばかりを集めた、エリート意識の高いαの群れで、強い感情を引き寄せてしまえば、互いに能力が高いだけに厄介なことになりかねない。

雪弥が様々な感情を寄せられるのは、その整った外見もさることながら、学園の覇者となったその頭脳で、目立つ位置にいる生徒の宿命のようなものだ。

行き過ぎた好意も悪意もやり過ごすことは、覇者たるものの引き受ける責任の一つだ。

雪弥はそう受け止めている。

受け取った手紙は読まなくなった。私物は盗まれるためにロッカーに置いておくのもやめた。盗撮は無表情と作り笑いを貼り付かせることで対応した。

むやみやたらと隙を作らない、それが日ごろから注目を浴びる存在である雪弥の他者から向けられる感情の対処法だった。

しかし、今回の悪意は、少し様子が違っていた。直接、雪弥に罵詈雑言をぶつけるものではない。直接向かってくるものであれば、濁流を避ければいいが今回のはそうはいかない。

仕組みはごく簡単だ。簡単だが、威力が大きく効果的かつ持続的だ。その直接のターゲットは雪弥ではない。学校内のαだ。







生徒会室でのことがあった翌朝、雪弥は、教室に入るなり、教卓に集まっている生徒の無遠慮な視線を浴びせることとなった。

αが過半数を占めるSSクラスである雪弥の教室で、またもや、雪弥は『好奇』の目で出迎えられることになったとき、雪弥は悪意の主の意図を察知した。

――藤堂……。

教卓を囲むクラスメートが何とも言えない目で見返してくる。朝の爽やかなはずの教室に、異様な空気が漂っている。雪弥はクラスメートらに、あろうことか邪な視線を向けられていた。

雪弥が一歩教室に入った途端、一斉に向けられたのは、『情欲』フェロモンのこもる威圧。攻撃的なものではないが、体内を熱い棒にかき混ぜられるような不快感がある。

それは生徒会室で受けた威圧よりも濃密だった。

より成熟したαの、明確な形を取った『情欲』。

ときおり『情欲』フェロモンのこもる威圧を受けることのある雪弥だが、それらは未発達だったり、明確なものではなかった。そのため、複数人からの明確に形のある『情欲』を咄嗟に跳ね返すことができない。

さすがの雪弥もたじろいだ。

(ぅっ……)

後ずさると、天陽が背中を支えてきた。天陽が異変を察知して、雪弥の前に回って先に教室に入った。

「おい、やめろっ」

天陽の声と威圧で、クラスメートからの威圧は治まった。

朝の教室がいつもの気配を取り戻す。

「すまん、つい……」

教卓を取り囲むクラスメートからは、自分たちが雪弥に対して抱いていた感情を顧みて、恥じ入るような態度になった。さすがに六年も共に学んできた仲間を、あからさまな情欲の対象として見てしまったことにクラスメートらは戸惑っている。

それでも、『してはいけないこと』と考える思考で本能を制御しきれるものでもなく、制御しきれない『情欲』がチラチラと雪弥に絡みついてくる。

『情欲』の残り火のようなものなら軽く交わせるが、それでも雪弥は教室に入るのをためらっていた。

天陽が教卓にずんずんと近寄った。教卓の上には例のコラ写真が載っている。

「ちっ。やっぱりこれか。見つけたのは誰だ? どこにあった?」

天陽の問いにクラスメートの一人が声をあげる。

「教室のドアの廊下側に貼ってあった。まずいと思ってすぐに外した。俺たちしか見てない」

教卓を取り囲んでいるのは、SSクラスでも上位のαたちで、雪弥にも気の置けないクラスメートだ。雪弥への嫌がらせを放置してはいけない、との思考が働いたようだった。

もしも、その写真がもっと長いこと晒されていたら、と思うとぞっとする。気の置けない仲間以外からの、もっと攻撃的で無遠慮な『欲情』を向けられていたら。

「言っとくが、これは顔だけが雪弥のコラだから。雪弥を妙な目で見るなよ」

天陽は低い声でクラスメートに釘を刺す。その迫力にチラチラと雪弥を舐めるように近づく『情欲』フェロモンがさっと潮が引くように消えた。

天陽は写真を手に取ると雪弥に渡してきた。

天陽の向けてくる柔らかい眼差しに、やっと雪弥も強張りがほどた。

その写真をポケットに仕舞おうとして、ふと裏を向ける。そして、凍り付く。もうその文字を見るのは二度目のことなのに。


裏側にはやはり赤い文字が書かれていた。『Victim』と―――。





仕組みはごく簡単だ。簡単だが、威力が大きく効果的かつ持続的だ。その直接のターゲットは雪弥ではない。学校内の上位のαだ。

生徒会にもSSクラスにも上位αが揃っている。まずはその上位αをターゲットに、雪弥を意識させる。狩られる存在として。

Victim = 被害者、犠牲者、被災者、餌食、人身御供、患者―――。

(俺をαの『victim』に仕立て上げるつもり、なのか………?)

自分の前に大きな罠が張り巡らされている、悪意が大きな口を開けて待っている。雪弥は思わず身震いした。

感想 6

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