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幸せなΩの幸せの約束
運転手はよほど恭順らしく、明らかに拉致された状況でも、黙ってドアを開けた。雪弥からは目を逸らしている。
後部座席に押し込まれて、雪弥は威圧から解放された。しかし、全身が震えて動けなかった。天陽はスマホに告げている。
「俺だ。青翠荘を整えておいてくれ。一時間後に着く」
電話一本で人を動かす天陽には、いつもの無邪気な明るさは微塵もなく、主君のような威容が備わっている。雪弥の前では決して見せてこなかった上流階級一族としての素顔がさらけ出されていた。自宅屋敷にいたときでさえ見せてこなかったそれを、もう隠そうともしない。
スマホをしまうと、威容をまとわりつかせたまま、雪弥の顎を取る。
「可哀想な雪弥。俺にまんまと騙されて。俺の手の中で震えるお前が可哀想で可愛くて仕方がないよ」
そう言う天陽の口元はどこか愉しむように笑んでいる。
怖い、天陽が恐ろしい。
「ど、どこに行く………?」
「誰にも邪魔されないところ。そこで雪弥を俺の番にするよ」
雪弥の肩を天陽は抱き寄せた。雪弥は思わず身を引いた。天陽はその体を強引に引き寄せて、額にキスを落としてくる。
「い、いや……やめろ……」
「雪弥、諦めろ。もう逃げられない」
「そ、そんなに俺をΩにしたいのか」
「ああ、お前が嫌悪していたΩだ。どんな気分だ?」
雪弥は天陽を押した。怒りが一瞬で沸点に届く。雪弥は自動車のドアに手をかけるが無論ドアは開かない。
「いや、いやだ、放せ。放せ。俺を降ろせ!」
雪弥は天陽を蹴った。ドアやシートをも蹴る。運転席のシートも蹴った。それでも運転手は身じろぎもせずに運転し続ける。窓ガラスを叩いたところで、天陽は雪弥を威圧で封じ込めてきた。
「雪弥、大人しくしろ。お前に傷を一つでもつけたくはない」
天陽は威圧を受けて動けなくなった雪弥に唇を重ねてきた。口の中を蹂躙する。舌が無理矢理に雪弥の口をこじ開けてくる。熱い舌が雪弥の口内を丁寧に舐め取る。
雪弥を味わいつくそうとする舌遣いだった。ねっとりと熱い舌が雪弥の舌を絡み取っていく。雪弥の思考までもが絡み取られてしまう。
「……んっ、……ふ……」
威圧から解放されても、雪弥は天陽からのキスを大人しく受け止めていた。じっくりと天陽は雪弥の口を味わっている。やがて、チュ、と音を立てながら名残惜しそうに唇が離れていく。雪弥は、そのまま天陽の胸にしなだれかかっていた。
(て、んよう…………。天陽…………)
天陽の唇をうっとりと追いかけてしまいたい雪弥がいる。天陽の何もかもにいまだに酩酊してしまう。
(天陽……、好きだ、天陽…………)
キスの余韻からゆっくりと覚醒すると、天陽への反発が湧いてくる。
(俺はまだ天陽を…………? 違う、Ωのさがだ。Ωの性で求めてしまうだけだ。俺の災難の元凶は天陽だ)
「て、天陽、俺をαに戻せ」
「戻さない」
「ひどい……。ひどいぞ、どうして?」
「まだわからないのか?」
「わかんないよ! 俺がそんなに憎かったのか!」
天陽は眉をしかめて、一瞬傷ついた顔をした。
「そうだな………。憎いよ」
雪弥はそれを聞いて、悄然と項垂れた。喉に苦いものが込み上げてくる。そんな雪弥の頭を天陽の手が抱いてくる。もう振り払う気力も起きない。
「雪弥が俺以外の奴と喋るのが憎い。俺以外の奴の視界に入るのが憎い。だからお前を俺だけのものにすると決めた。俺以外にお前が触られるくらいならお前を壊したほうがマシだ。雪弥ァ、さっき、秀人に助けを求めたのには随分と腹が煮えたぞ。あれは、かなりこたえた」
雪弥は身震いして顔を上げる。
「お、れに、執着、しているのか?」
「そんな簡単なものじゃない」
天陽の手はわずかだが震えている。目が異様に輝いている。
「じゃあ、何だ……?」
「妄執だよ。俺は欲しいものはどうしたって手に入れる。俺はお前が欲しい。お前の全部が欲しい。お前をΩに閉じ込めて完全に俺のものにする」
天陽は無情に言い放った。
好青年の擬態をはいだ無情な収奪者がそこにいた。
(これが天陽の本性………?!)
天陽には動物的な貪欲さが確かにあった。何でもおいしそうな顔で無邪気に喰らいつくす。そして、今度は雪弥を喰らおうというのだ。欲しいものは相手を捻じ曲げてでも自分のものにする。
雪弥は身を竦ませた。異常だ、天陽は異常だ。
「頼む、俺を、俺を見逃してくれ」
「番にして、と言ったのはお前だ。お前は最後までアメリカ行きを諦めなかったよな。いざとなったら項を噛めばいいと鷹揚に構えていたが、いつでも俺から離れてどこかにいこうとしている雪弥を、すぐにでも番にしなかった俺の忍耐力を我ながら感心するよ」
「あの約束は無効だ」
「取り消せないと言ったはずだ」
「き、汚いぞお前」
「そうだ、俺は汚い。それのどこが悪い」
「お前ッ、開き直ったな!」
雪弥の振り上げた手を天陽は掴んで引き寄せる。
「Ωになって俺に甘えて俺だけを頼りにしてくる雪弥は可哀想で可愛くてたまらなかったよ。俺を信頼しきった雪弥。従順な雪弥。哀れな雪弥。どの雪弥も俺を満足させた。αに怯えて俺に助けを求める雪弥は陶酔するほど可愛かった。俺をとてつもなく興奮させたよ。ああ、でもやっぱり雪弥は反抗的じゃなきゃな。高慢で尊大なのが雪弥だ。でも、俺から離れて勝手にどこにでも行こうとするのなら鎖につないでおかなきゃなァ。番にして俺につないでおかなきゃなァ」
天陽は雪弥の手をぎゅっと握り込んだ。
雪弥は天陽の手を振り払った。
「やめろ………、やめてくれ」
「やめない」
もう一度、天陽が雪弥の手を握り込んだ。今度は振り払えない。
「てん、よう、おかしいぞ、お前」
「俺にとってはおかしなことではない。俺は、お前を不幸なΩにはしない。お前がαで生きたいのならαとして生きて行けるようにする。社会的にαとして生きて行けばいい。俺といればそれができる」
「いやだ。俺を解放しろ!」
天陽は雪弥の手を見つめて、まるで宝物のように親指の腹で撫でている。その口元は薄く笑んでいる。
「雪弥が嫌がろうとそんなのは関係ない。諦めろ。俺がそう望んでるんだ」
天陽は当たり前のように言い放った。
「天陽、お前狂ってる。狂ってるぞ…………!」
「雪弥ァ、今頃気付いたの?」
天陽は笑んだ。その笑みに雪弥はゾワッとする。物事の道理など通じない顔だ。
目の前にいるのは天陽ではない。天陽の皮をかぶった別の何かだ。
「お、お前、ひどいぞ……」
天陽は再び乾いた笑い声を出した。
「俺に目をつけられたお前が悪い。俺をたぶらかしたお前が悪い」
「いつ俺がそんなことをした」
「最初からだ。会ったときからお前は俺を誑かしてきた。入試得点首位の藤堂雪弥って奴の入寮を聞いて、裏で手を回してルームメートととして待ち構えている俺に、お前、どんな顔を向けたと思う? ひどく間の抜けた笑顔を向けたんだぞ? 眉尻の下がったアホ面を。よろしくな、って。お前、作り笑いじゃないときはびっくりするくらい愛嬌のある笑顔になるんだぞ。しかもその笑顔を俺にしか見せないの知ってる?」
「そんなの………、言いがかりだ!」
「大山とはじめて会ったとき、あいつ、ふざけてお前の頭にチンコ乗せたよな。お前の顔が整い過ぎてるからチンコ乗せたくらいでちょうどいいって。お前は笑い転げてた。あれからだ。俺はその夜、お前の寝顔で精通した。それ以来、俺は奈落の底に落ちた。欲しいものが目の前にあるのに手に入れることができない。他のものなら何でも手に入れることができるこの俺がだ」
天陽は雪弥の頬に手を伸ばして、また口づける。唇を外すと天陽は再び続けた。
「毎日が地獄だった。お前を犯したくてたまらなかった。実際、お前の寝顔に俺を擦り付けた。お前にぶっかけたこともある。そんなときにαをΩにすることができるって話を耳にした。人を使って情報を集めた。簡単だった。情欲の対象として見ればいいだけだった。そんなの最初からお前をそういう目で見てる」
「6年間ずっと同室だったのもお前が仕組んだのか」
「当たり前だろ? 俺は汚い手ばかり使ってきた。これからだって何でもやる。俺はそういう男だ」
違う、お前はそんな奴じゃない。首を横に振る雪弥に、天陽は思い知らせる。
「雪弥の寝顔を撮って生成写真作ったのも俺だよ? 生徒会室でみんながお前に注目してる隙に手を伸ばしてドアの裏に貼った。誰も気が付かねえの。笑っちまうよな。クラスのドアには朝ランのついでに学校に忍び込んで貼った。そこまでは簡単だった。でも、お前が発情しかけてからが大変だった。あの日、お前から俺にキスをしたよな?」
雪弥はそのときの惨めさを思い出した。天陽の目にはどんなに滑稽に映っていたことだろう。
天陽は雪弥をどこまでも無残に踏みにじっていく。
「雪弥からのぎこちないキスがあまりに初々しくて感動した。感動し過ぎて油断した隙にお前は逃げた。あのときは焦った。お前が発情してしまえばαを呼び寄せてしまう。案の定、お前は襲われた。あのときは血の気が引いた。あいつらが下位αで良かったよなあ? 上位αなら危うく殺しちまうところだった。知ってた? 文化祭の日、俺はずっとお前を監視してたんだよ? なのにお前は勝手にどこにでも行ってしまうから本当に手を焼いた。お陰で、寮で発情を迎える予定が、自動車のなかになっちまった」
文化祭のときに美術室から出てきた雪弥に天陽は言った。
『雪弥、探しただろ。一人でどこかに行くな。危ないだろ』
過保護などではなかった。これから雪弥に発情が起きることを知っていたのだ。そして、アフターピルまで用意していた。
あの日、雪弥を助けたのではない。陥れたのだ。用意周到に準備して、雪弥を罠に陥れた。
「お、お前、ずっと俺を嵌めてきたんだな」
「そうだよ。俺はずっとお前に狙いを定めてきた。そしてようやく手に入れる。クソモジャがのこのこ出てきたせいで、俺の悪事がバレちゃったけど、それくらいのことで俺がお前を逃がすはずがない」
天陽は、雪弥の手を口元に近づけた。指の一本一本に口づけをしていく。その間じゅう、雪弥の目から視線を外さない。
「雪弥、俺のものになれ」
「そ、そんなの間違ってる……。歪んでる。自分でもわかってるんだろ? 俺はおもちゃじゃない。俺がどんな思いでこの数か月を過ごしてきたかお前はよく知ってるだろ! 俺の人生をめちゃくちゃにして、そんなことが許されるとでも思ってるのか!」
「一生かけて責任を取る」
「今すぐ俺をαに戻せ。そして俺の目の前から消えろ。二度と俺にかかわるなっ!」
天陽は傷ついた顔を一瞬見せた。しかし、すぐに豪胆さを取りもどした。
雪弥は手を引いたが、天陽は握り込んで離さなかった。
「俺が歪んでいようがいまいが、そんなのはどうでもいい。お前が俺以外の誰かの横にいるのだけは見たくない。俺以外の誰かの横で笑うのだけは許さない。それなら俺の横で苦しめ」
天陽は翳った目で言い放った。
雪弥はガタガタと身を震わせるしかなかった。そんな雪弥を天陽が抱きかかえてくる。雪弥を上に向かせると唇を重ねてきた。その手つきはまるで自分の所有物に対するような遠慮のないものだった。
後部座席に押し込まれて、雪弥は威圧から解放された。しかし、全身が震えて動けなかった。天陽はスマホに告げている。
「俺だ。青翠荘を整えておいてくれ。一時間後に着く」
電話一本で人を動かす天陽には、いつもの無邪気な明るさは微塵もなく、主君のような威容が備わっている。雪弥の前では決して見せてこなかった上流階級一族としての素顔がさらけ出されていた。自宅屋敷にいたときでさえ見せてこなかったそれを、もう隠そうともしない。
スマホをしまうと、威容をまとわりつかせたまま、雪弥の顎を取る。
「可哀想な雪弥。俺にまんまと騙されて。俺の手の中で震えるお前が可哀想で可愛くて仕方がないよ」
そう言う天陽の口元はどこか愉しむように笑んでいる。
怖い、天陽が恐ろしい。
「ど、どこに行く………?」
「誰にも邪魔されないところ。そこで雪弥を俺の番にするよ」
雪弥の肩を天陽は抱き寄せた。雪弥は思わず身を引いた。天陽はその体を強引に引き寄せて、額にキスを落としてくる。
「い、いや……やめろ……」
「雪弥、諦めろ。もう逃げられない」
「そ、そんなに俺をΩにしたいのか」
「ああ、お前が嫌悪していたΩだ。どんな気分だ?」
雪弥は天陽を押した。怒りが一瞬で沸点に届く。雪弥は自動車のドアに手をかけるが無論ドアは開かない。
「いや、いやだ、放せ。放せ。俺を降ろせ!」
雪弥は天陽を蹴った。ドアやシートをも蹴る。運転席のシートも蹴った。それでも運転手は身じろぎもせずに運転し続ける。窓ガラスを叩いたところで、天陽は雪弥を威圧で封じ込めてきた。
「雪弥、大人しくしろ。お前に傷を一つでもつけたくはない」
天陽は威圧を受けて動けなくなった雪弥に唇を重ねてきた。口の中を蹂躙する。舌が無理矢理に雪弥の口をこじ開けてくる。熱い舌が雪弥の口内を丁寧に舐め取る。
雪弥を味わいつくそうとする舌遣いだった。ねっとりと熱い舌が雪弥の舌を絡み取っていく。雪弥の思考までもが絡み取られてしまう。
「……んっ、……ふ……」
威圧から解放されても、雪弥は天陽からのキスを大人しく受け止めていた。じっくりと天陽は雪弥の口を味わっている。やがて、チュ、と音を立てながら名残惜しそうに唇が離れていく。雪弥は、そのまま天陽の胸にしなだれかかっていた。
(て、んよう…………。天陽…………)
天陽の唇をうっとりと追いかけてしまいたい雪弥がいる。天陽の何もかもにいまだに酩酊してしまう。
(天陽……、好きだ、天陽…………)
キスの余韻からゆっくりと覚醒すると、天陽への反発が湧いてくる。
(俺はまだ天陽を…………? 違う、Ωのさがだ。Ωの性で求めてしまうだけだ。俺の災難の元凶は天陽だ)
「て、天陽、俺をαに戻せ」
「戻さない」
「ひどい……。ひどいぞ、どうして?」
「まだわからないのか?」
「わかんないよ! 俺がそんなに憎かったのか!」
天陽は眉をしかめて、一瞬傷ついた顔をした。
「そうだな………。憎いよ」
雪弥はそれを聞いて、悄然と項垂れた。喉に苦いものが込み上げてくる。そんな雪弥の頭を天陽の手が抱いてくる。もう振り払う気力も起きない。
「雪弥が俺以外の奴と喋るのが憎い。俺以外の奴の視界に入るのが憎い。だからお前を俺だけのものにすると決めた。俺以外にお前が触られるくらいならお前を壊したほうがマシだ。雪弥ァ、さっき、秀人に助けを求めたのには随分と腹が煮えたぞ。あれは、かなりこたえた」
雪弥は身震いして顔を上げる。
「お、れに、執着、しているのか?」
「そんな簡単なものじゃない」
天陽の手はわずかだが震えている。目が異様に輝いている。
「じゃあ、何だ……?」
「妄執だよ。俺は欲しいものはどうしたって手に入れる。俺はお前が欲しい。お前の全部が欲しい。お前をΩに閉じ込めて完全に俺のものにする」
天陽は無情に言い放った。
好青年の擬態をはいだ無情な収奪者がそこにいた。
(これが天陽の本性………?!)
天陽には動物的な貪欲さが確かにあった。何でもおいしそうな顔で無邪気に喰らいつくす。そして、今度は雪弥を喰らおうというのだ。欲しいものは相手を捻じ曲げてでも自分のものにする。
雪弥は身を竦ませた。異常だ、天陽は異常だ。
「頼む、俺を、俺を見逃してくれ」
「番にして、と言ったのはお前だ。お前は最後までアメリカ行きを諦めなかったよな。いざとなったら項を噛めばいいと鷹揚に構えていたが、いつでも俺から離れてどこかにいこうとしている雪弥を、すぐにでも番にしなかった俺の忍耐力を我ながら感心するよ」
「あの約束は無効だ」
「取り消せないと言ったはずだ」
「き、汚いぞお前」
「そうだ、俺は汚い。それのどこが悪い」
「お前ッ、開き直ったな!」
雪弥の振り上げた手を天陽は掴んで引き寄せる。
「Ωになって俺に甘えて俺だけを頼りにしてくる雪弥は可哀想で可愛くてたまらなかったよ。俺を信頼しきった雪弥。従順な雪弥。哀れな雪弥。どの雪弥も俺を満足させた。αに怯えて俺に助けを求める雪弥は陶酔するほど可愛かった。俺をとてつもなく興奮させたよ。ああ、でもやっぱり雪弥は反抗的じゃなきゃな。高慢で尊大なのが雪弥だ。でも、俺から離れて勝手にどこにでも行こうとするのなら鎖につないでおかなきゃなァ。番にして俺につないでおかなきゃなァ」
天陽は雪弥の手をぎゅっと握り込んだ。
雪弥は天陽の手を振り払った。
「やめろ………、やめてくれ」
「やめない」
もう一度、天陽が雪弥の手を握り込んだ。今度は振り払えない。
「てん、よう、おかしいぞ、お前」
「俺にとってはおかしなことではない。俺は、お前を不幸なΩにはしない。お前がαで生きたいのならαとして生きて行けるようにする。社会的にαとして生きて行けばいい。俺といればそれができる」
「いやだ。俺を解放しろ!」
天陽は雪弥の手を見つめて、まるで宝物のように親指の腹で撫でている。その口元は薄く笑んでいる。
「雪弥が嫌がろうとそんなのは関係ない。諦めろ。俺がそう望んでるんだ」
天陽は当たり前のように言い放った。
「天陽、お前狂ってる。狂ってるぞ…………!」
「雪弥ァ、今頃気付いたの?」
天陽は笑んだ。その笑みに雪弥はゾワッとする。物事の道理など通じない顔だ。
目の前にいるのは天陽ではない。天陽の皮をかぶった別の何かだ。
「お、お前、ひどいぞ……」
天陽は再び乾いた笑い声を出した。
「俺に目をつけられたお前が悪い。俺をたぶらかしたお前が悪い」
「いつ俺がそんなことをした」
「最初からだ。会ったときからお前は俺を誑かしてきた。入試得点首位の藤堂雪弥って奴の入寮を聞いて、裏で手を回してルームメートととして待ち構えている俺に、お前、どんな顔を向けたと思う? ひどく間の抜けた笑顔を向けたんだぞ? 眉尻の下がったアホ面を。よろしくな、って。お前、作り笑いじゃないときはびっくりするくらい愛嬌のある笑顔になるんだぞ。しかもその笑顔を俺にしか見せないの知ってる?」
「そんなの………、言いがかりだ!」
「大山とはじめて会ったとき、あいつ、ふざけてお前の頭にチンコ乗せたよな。お前の顔が整い過ぎてるからチンコ乗せたくらいでちょうどいいって。お前は笑い転げてた。あれからだ。俺はその夜、お前の寝顔で精通した。それ以来、俺は奈落の底に落ちた。欲しいものが目の前にあるのに手に入れることができない。他のものなら何でも手に入れることができるこの俺がだ」
天陽は雪弥の頬に手を伸ばして、また口づける。唇を外すと天陽は再び続けた。
「毎日が地獄だった。お前を犯したくてたまらなかった。実際、お前の寝顔に俺を擦り付けた。お前にぶっかけたこともある。そんなときにαをΩにすることができるって話を耳にした。人を使って情報を集めた。簡単だった。情欲の対象として見ればいいだけだった。そんなの最初からお前をそういう目で見てる」
「6年間ずっと同室だったのもお前が仕組んだのか」
「当たり前だろ? 俺は汚い手ばかり使ってきた。これからだって何でもやる。俺はそういう男だ」
違う、お前はそんな奴じゃない。首を横に振る雪弥に、天陽は思い知らせる。
「雪弥の寝顔を撮って生成写真作ったのも俺だよ? 生徒会室でみんながお前に注目してる隙に手を伸ばしてドアの裏に貼った。誰も気が付かねえの。笑っちまうよな。クラスのドアには朝ランのついでに学校に忍び込んで貼った。そこまでは簡単だった。でも、お前が発情しかけてからが大変だった。あの日、お前から俺にキスをしたよな?」
雪弥はそのときの惨めさを思い出した。天陽の目にはどんなに滑稽に映っていたことだろう。
天陽は雪弥をどこまでも無残に踏みにじっていく。
「雪弥からのぎこちないキスがあまりに初々しくて感動した。感動し過ぎて油断した隙にお前は逃げた。あのときは焦った。お前が発情してしまえばαを呼び寄せてしまう。案の定、お前は襲われた。あのときは血の気が引いた。あいつらが下位αで良かったよなあ? 上位αなら危うく殺しちまうところだった。知ってた? 文化祭の日、俺はずっとお前を監視してたんだよ? なのにお前は勝手にどこにでも行ってしまうから本当に手を焼いた。お陰で、寮で発情を迎える予定が、自動車のなかになっちまった」
文化祭のときに美術室から出てきた雪弥に天陽は言った。
『雪弥、探しただろ。一人でどこかに行くな。危ないだろ』
過保護などではなかった。これから雪弥に発情が起きることを知っていたのだ。そして、アフターピルまで用意していた。
あの日、雪弥を助けたのではない。陥れたのだ。用意周到に準備して、雪弥を罠に陥れた。
「お、お前、ずっと俺を嵌めてきたんだな」
「そうだよ。俺はずっとお前に狙いを定めてきた。そしてようやく手に入れる。クソモジャがのこのこ出てきたせいで、俺の悪事がバレちゃったけど、それくらいのことで俺がお前を逃がすはずがない」
天陽は、雪弥の手を口元に近づけた。指の一本一本に口づけをしていく。その間じゅう、雪弥の目から視線を外さない。
「雪弥、俺のものになれ」
「そ、そんなの間違ってる……。歪んでる。自分でもわかってるんだろ? 俺はおもちゃじゃない。俺がどんな思いでこの数か月を過ごしてきたかお前はよく知ってるだろ! 俺の人生をめちゃくちゃにして、そんなことが許されるとでも思ってるのか!」
「一生かけて責任を取る」
「今すぐ俺をαに戻せ。そして俺の目の前から消えろ。二度と俺にかかわるなっ!」
天陽は傷ついた顔を一瞬見せた。しかし、すぐに豪胆さを取りもどした。
雪弥は手を引いたが、天陽は握り込んで離さなかった。
「俺が歪んでいようがいまいが、そんなのはどうでもいい。お前が俺以外の誰かの横にいるのだけは見たくない。俺以外の誰かの横で笑うのだけは許さない。それなら俺の横で苦しめ」
天陽は翳った目で言い放った。
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⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
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