幸せなΩの幸せの約束

萌於カク

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【完結】幸せなΩの幸せの約束4

 天陽は砂浜の流木に座っていた。

 ボケッと海を見ているだけだが、イケメンのせいで物思いにふけっているように見える。

(思えば俺も暴走したものだ。雪弥をΩに変えちゃうなんて。そもそも変えたら別のものになっちゃうだろ。俺が好きになった雪弥は、前だけを向いて傲慢で尊大な雪弥だったのに。あいつ、俺の言うことなんか耳も貸さないような奴だったのに、すっかり従順になっちまって、ちっとも可愛く、可愛く、可愛くなんか……。ああ、可愛かったわ!)

 天陽の目から、ダーッと涙があふれはじめた。

 自分のために泣いているだけだが、やはりイケメンのせいでどこかの誰かのために流す高尚な涙に見える。

(あいつ、俺しか見えなくなって、戸惑って、それでいてどこかで抵抗して、それでもその抵抗をなし崩しに潰していって、不安に陥れて、怯えさせて。俺の手に落ちてきてくれた。この上なく可愛いかった。何より愛おしい存在だった。大体、顔からして好みだった。整ってるのに笑えば間抜け顔って反則だろ。しかも、普段は、人前ではなかなか笑わねえ奴なの。いつも冷ややかな目で見てんの。人を見下すような目でさあ。雪弥に踏みつけにされたい奴はクラスに5人はいたよなあ)

 もちろん天陽もそのうちの1人だ。

(そんなクールビューティーが、部屋に戻ると、すっごい間抜け顔で、『てんよー、これ見てー、可愛いよなー』って子犬の画像とか見せてくるんだな、これが。雪弥の間抜け顔の方が百万倍可愛いからな。苦労してつかまえたのに、リリースしてしまう俺、すげえわ。でもまあ、俺のやったことは決して許されることではない。本人の意思を無視するものだ。最後の最後で道を誤らなかった俺、誰か褒めてほしいな。自分で褒めるか。えらいぞ、テンテン!)

 天陽は流木から立ち上がる。

(さて、行くか! 寮にも家にも戻りたくねえな。沖縄って気分でもねえし北海道にでも行くか。そうだ、イクラ食いにいこう。いや、イクラって気分じゃねえな。どっちかっつうとスーパーの弁当の気分だな。売れ残った弁当の気分。よし、飛行機乗って売れ残り弁当でも買いに行くか!)

 天陽は濡れた頬をぐいっとぬぐった。砂を踏みしめて歩く。一歩一歩が重い。

(にしても、さっきから幻聴が激しいわ)

「てんよー、てんよー」

 振り向けば幻覚まで見えた。

(ほう、幻覚も可愛いな。何かめちゃくちゃ怒ってる。俺、やらかしまくったからな。へへ)

 幻覚はタックルをかけてきて、天陽は砂浜に背中から転んだ。

「うおっ?!」

 幻覚が拳で胸を叩いてくるのを抱き込むと、大人しくなった。

「な、なんで? 何で、追いかけてきたんだ、雪弥?」




 雪弥が天陽の腕の中で天陽をにらみつけていた。もちろん、幻覚でもなく幻聴でもない。本物の雪弥だ。

 天陽は目を丸くして胸に飛び込んできた雪弥を見返していた。

 雪弥には天陽に言いたいことがたくさんあるようだったが、その口からは単純な言葉しか出てこない。

「天陽のバカ!」

「うん。ごめん」

「ひどい、つぐなえ」

「うん、どうすればいい?」

 雪弥はそれきり天陽の胸に顔を伏せた。黙り込んでただ肩だけ揺らす。

 どうやら泣いているらしい。

「どうして、ここがわかった?」

 雪弥は顔を上げた。

「砂浜の足跡をたどった」

「あっ………」

「天陽はやっぱりバカだ。詰めが甘い」

 雪弥は泣き止んでいるが怒りは収まっていないようだ。

(俺、ひどいことしたもんな。雪弥に怒られてやらねえとな)

「一生かけて責任取るって言った。責任取れ」

 天陽は首をひねる。それってどういう意味だ?

 天陽は雪弥の真意を測りかねる。追いかけてきた、それだけでも膨らませてはいけないものが膨らむ準備をしているというのに。

「一生、俺に苦しめってことなら、もうそのつもりだけど」

「違う、お前が苦しめばいいとは思ってない。俺はアメリカに行く」

 さもしい心に膨らみかけた期待が小さいままで破れて、天陽は、胸がつぶれた。

 そりゃそうだ、雪弥はαに戻るのだ。あれほどαに戻りたがっていたのだ。

(わざわざそれを俺に言いに来たのか……? 俺からきちんと去るために……?)

 天陽はこれが見納めとばかりに、雪弥の顔をじっと見つめた。

(もし、俺がΩになってたら、雪弥は俺と番になってくれてたのかな。でも俺をΩにしようってやつはいねえしな)

 天陽自身にはΩへの偏見はない。Ωをペットにしている家族にはうんざりしている。

 もともと雪弥への欲望だけでこの数年を過ごしてきた天陽だ。それ以外のことはどうでもよかった。

(まあ俺は何とでも生きていけるしな。はあ、この先、生きるのめんどくせえな)

「うん………。そうか………。最後に一つだけ教えてくれ。アメリカには何があるの?」

 天陽の問いに今度こそ雪弥は答えた。

「バットマン。俺、アメコミ好きだろ?」

「えっ、バットマン………、え、そのためにわざわざ?」

「好きなんだからしょうがないだろ」

(え、それで、秀人の土産があのチョイスだったのか? 秀人の奴なんで雪弥がバットマンが好きだって知ってん
だ? クソが。まあ饅頭は俺がほとんど食ってやったけどな)

 そこで唐突に天陽の目にこうもりマークが飛び込んでくる。砂浜に落ちた雪弥のスマホケースにそれが慎ましく載っている。そういえば、雪弥のリュックでもペンケースでも同じマークを見た。

(恋は盲目………………。そうか、俺はバットマンと戦ってたのか。相手が悪すぎたな)

「雪弥、もう俺から離れろ。お前だって早くαに戻りたいだろ。俺といつまでもこうやっていると、いつまでもΩのままだ」

「お前もアメリカに行くんだ」

 天陽は思わず聞き返した。

「えっ?」

「俺と一緒に来い」

「え、え?」 

 天陽は間の呆けた声しか出ない。 

「でも、お前、αに戻るんだろ?」

「俺を番にするって言ったくせに、俺に、番にして、って言わせたくせに、項も噛まずに、逃げ出すってどういうことだ? 俺をお前から離れなくしておいて。あんまりだ」

「えっ?」

「もう、俺はお前のものなんだ。いや、違う」

「んっ?」

「お前が俺のものなんだよ。俺のために何もかも捨てたんだろう?」

 天陽は混乱する。

 天陽はできるだけ期待しないようにする。それでももしかして、と、思わずにはいられないでいる。

 真剣な顔で、しかし、間の抜けた質問しか口にできない。

「えーと、これは、どういうことだ?」

「俺はもうお前の子どもだって生む覚悟が出来てんだ」

「ハァッ?!」

 雪弥は起き上がって砂浜に腰を下ろすと、ポケットの錠剤を突き出した。天陽も起き上がる。髪についた砂がシャツの中に入ってくるが、気にもならない。

「俺だって、お前が好きなんだぞ。Ωになる前からずっとお前が好きだったんだぞ!」

 天陽は口もきけずに、雪弥を見つめている。

 そして言葉の意味を理解して、天陽は急に顔を赤く染めた。そんな天陽を見て、雪弥も顔を真っ赤にした。

「ほ、ほんとに………?」

 雪弥はうなずいた。その目から涙があふれては落ちる。

(え? え? これはイケるのか? でかしたテンテン! になるのか?)

 やがて、天陽は、真面目な顔で口を開いた。

「お前、Ωのままでいいのか」

「今更、そんなことを訊く? お前が張本人だろうが」

「Ωだぞ? あれだけ嫌悪してたΩだぞ?」

「性別に上下はない。俺、Ωになるまでそんなこともわからなかった。αでもΩでも、俺は俺だって、お前も言っただろ」

「うん、まあそうだけど」

「お前は俺を『不幸なΩにはしない』と言った。でも、俺はαを装ったΩじゃない、Ωとして堂々と生きていく。そして『幸せなΩ』を生きる」

 そう言い切る雪弥は、天陽には眩しく見えてたまらなかった。久しぶりに雪弥に会った気がしている。

(ああ、雪弥だ。俺の好きになった雪弥だ)

 雪弥はトップとして学園に君臨していたときのままの雪弥を取り戻している。

「天陽、お前が俺についてこい。お前が犠牲を払え。お前が俺の『Victim』だ」

 天陽は目を皿にして雪弥を見つめている。涙がジワリと浮かんでいる。

「ふははっ、それでこそ雪弥だ。俺の雪弥だ」

「俺は幸せなΩになる」

 天陽は万感の思いで雪弥を眺めた。長年の執着はどうやら叶いそうだ。

「雪弥、改めて訊く。俺と番になってくれるか?」

「嫌だ。それだけじゃ嫌だ」

「えっ?」

(まさか、だめなのか?)

「俺と結婚してくれなきゃ嫌だ」

「ケッコン?!」

「嫌なのか? Ωの診断を受けたら、俺、天陽と」

「そうか! 俺たち、結婚できるのか! うおおおおお!」

 天陽は立ち上がると雪弥を抱き上げた。

 砂浜をくるくると回る。いつか交わした幸せの約束のときのように。

 やがて雪弥を降ろすと、天陽は雪弥を見つめた。

 雪弥は涙をぽろぽろとこぼしながら笑顔を向けている。間の抜けた笑顔だ。最初に会った日から、天陽の心をギュッとわしづかみにしてきた笑顔だ。

 天陽もまた涙に濡れた目で雪弥を見つめ返す。

 どちらからともなく唇を寄せ合う。キスを交わす、約束のキスを。今度こそ、決して離れないとの約束を。幸せの約束を。

 寄せては返す波の音が幸せな二人を包んでいた。

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