【完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

文字の大きさ
21 / 76

路上のバイオリン弾き2

しおりを挟む
 エミーユは夜になれば木陰で寝て、目が覚めればバイオリンを弾いた。腹が減れば、手持ちのパンを食べた。手持ちのパンが尽きれば、開けっ放しのバイオリンケースに投げ込まれた硬貨で、屋台から食べ物を買って食べた。
 エミーユの前にはときおり人が立ち止まった。その数は日に日に増えていった。バイオリンケースに入る小銭も多くなった。
 しかし、小銭はしょっちゅう盗まれてほとんどエミーユの手に残らなかった。ある日、ここで商売をするなら場所代が要ると、やくざ者が金の半分を取っていった。
 それからは金は盗まれなくなり、酔っ払いに絡まれれば、どこからか助けが入るようになった。
 エミーユは来る日も来る日も路上でバイオリンを弾き続けた。
 いつのまにか空が高くなり、木枯らしの季節となっていた。

 エミーユは、ある朝、起き上がろうとしてめまいに立ち上がることができなかった。ぐるぐると視界が回る。
 じっと木陰にうずくまって昼になる頃、顔馴染みの浮浪者が声をかけてきた。

「大丈夫か、おめえ」
「……うん、だいじょう、ぶ」

 浮浪者はどこかにいった。しばらくして、水の入ったコップを持ってきた。欠けたコップは汚れていたが、ありがたくいただいた。

「これ、食えよ」

 浮浪者は揚げ菓子を差し出してきた。

「ありがとう」

 口に入れようとして油の匂いを嗅いだ途端に吐き気にえずいた。それから何も食べられなくなった。身体に異常が起きていることを感じていた。もともと瘠せていた体は痩せこけていた。
 それでも、起き上がれる日は路上でバイオリンを弾き続けた。
 憑かれたようにバイオリンを弾き続けた。

 ある日、立派な身なりの紳士が声をかけてきた。帽子にステッキを手にしている。

「さるお方が、あなたのバイオリンを聴きたいと言っております。その方のもとに参りますので、馬車に乗って下さい」

 手を引かれ、さらわれるように馬車に押し込まれた。
 高級な馬車らしく、スプリングが効いて、乗り心地がよかった。紳士が手渡してきたカップの中の温かな液体は、馬車が揺れないためにこぼれることもなかった。

(紅茶だ)

 エミーユはエルラントを出て以来、久しぶりに紅茶を口にした。ティーカップは母親の大事にしていたものを思い出させた。
 レモンの入った紅茶は飲みやすく、エミーユの手を温めた。
 やがて馬車は、お城のような建物に続く門をくぐったと思うと、庭先に連れて行かれた。
 ゆったりと椅子に座る貴婦人がいた。

(さるお方、かな)

 エミーユは貴婦人の前で、バイオリンを弾いた。
 貴婦人は身を乗り出して聞いていた。うんうん、と満足げにうなづくのが視界の端に見えた。
 一曲終わっても次の曲を弾いた。頭に浮かぶ旋律を思うがままに弾いた。
 何曲も引き続けて、やがて、エミーユは倒れた。若いメイドが小さく叫ぶ声がして、エミーユは意識を失った。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

振り向いてよ、僕のきら星

街田あんぐる
BL
大学4年間拗らせたイケメン攻め×恋愛に自信がない素朴受け 「そんな男やめときなよ」 「……ねえ、僕にしなよ」 そんな言葉を飲み込んで過ごした、大学4年間。 理系で文学好きな早暉(さき)くんは、大学の書評サークルに入会した。そこで、小動物を思わせる笑顔のかわいい衣真(いま)くんと出会う。 距離を縮めていく二人。でも衣真くんはころころ彼氏が変わって、そのたびに恋愛のトラウマを深めていく。 早暉くんはそれでも諦めきれなくて……。 星のように綺麗な男の子に恋をしてからふたりで一緒に生きていくまでの、優しいお話です。 表紙イラストは梅干弁当さん(https://x.com/umeboshibento)に依頼しました。

身代わりの花は包愛に満たされる

天宮叶
BL
突然父親から、平民出身であり騎士団長を務める天人(α)デュークに嫁ぐように命令された花人(Ω)のアルビー。 しかしアルビーには幼い頃に婚約したジルバートという相手がいる。 思わず反論したものの、父親は正式に婚約をまだ発表していないことを利用して、アルビーの代わりに弟のオリビアをジルバートと婚約させると言い出した。 更に、ジルバートとオリビアが両思いだと知ったアルビーは、悲しみに暮れて言葉が出なくなってしまう。 結局、デュークに嫁ぐことになったアルビー。 初めは、口が悪く粗暴な態度のデュークのことを怖がっていたアルビー。しかし、デュークのストレートな優しさや言葉に段々と絆されていき、いつの間にか彼のことを好きになっていって─── 元平民出身で口は悪いけど溺愛しまくり系騎士団長 × 自分に自信を持てない受け の焦れった可愛いラブラブなお話です 世界観統一のため αを『天人』 Ωを『花人』 βを『常人』 と表記しています。 基本的には普通のオメガバースです よろしくお願いしますm(_ _)m

βな俺は王太子に愛されてΩとなる

ふき
BL
王太子ユリウスの“運命”として幼い時から共にいるルカ。 けれど彼は、Ωではなくβだった。 それを知るのは、ユリウスただ一人。 真実を知りながら二人は、穏やかで、誰にも触れられない日々を過ごす。 だが、王太子としての責務が二人の運命を軋ませていく。 偽りとも言える関係の中で、それでも手を離さなかったのは―― 愛か、執着か。 ※性描写あり ※独自オメガバース設定あり ※ビッチングあり

夢の続きの話をしよう

木原あざみ
BL
歯止めのきかなくなる前に離れようと思った。 隣になんていたくないと思った。 ** サッカー選手×大学生。すれ違い過多の両方向片思いなお話です。他サイトにて完結済みの作品を転載しています。本編総文字数25万字強。 表紙は同人誌にした際に木久劇美和さまに描いていただいたものを使用しています(※こちらに載せている本文は同人誌用に改稿する前のものになります)。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

処理中です...