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暗い決意
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帰りの馬車の中、視察が無事に終わったことに、エミーユはひたすら安堵していた。
警戒を解いたエミーユと目を合わせると、皇帝が、ぽつりと言った。
「幸せそうだね」
「え……?」
「エ、エミ、レルシュ楽長、あなたは幸せそうに見えた。子どもらの中に、あなたの子もいたんでしょう?」
「あ、はあ」
(よかった、皇帝はリベルに気づいていない)
「あなたは、家族や近隣の人に支えられている」
「はい。家族にも近隣の人にも、女王ら王宮の人たちにも、よくしていただいています」
皇帝は、不意に目も覚めるような鮮烈な笑みを向けてきた。
「俺は、あなたが幸せなら嬉しい、嬉しいんだ………!」
そう言う皇帝の目には涙が浮かんでいた。
エミーユは目を見張る。吸い込まれるように皇帝を見つめ返す。
(マリウス………!)
互いの視線が交錯する。エミーユはじっと見つめてくるマリウスから目が離せなくなった。
「あなたは本当に素晴らしい皇帝です。私にまで、そんなにお優しい言葉をかけてくれるとは」
「違う! お、俺は……!」
否定して黙り込んだマリウスにエミーユは戸惑いながらも声をかけた。
「あなたには多くの人が感謝しています。私もあなたのお陰で家族を取り戻せた。あなたのような立派な方が皇帝になってくれたから」
「お、俺は皇帝になりたかったわけじゃないんだ。俺は、ただ、ある人につぐないたかっただけだ。その人に恩を返したかった。俺は、その人を想うだけで強くなれた。ただ、その人のためにやったことだ。そして、その人とは……」
マリウスは言いようのない目でエミーユを見る。
マリウスは笑みを浮かべたまま、その頬に涙を伝わせた。
エミーユは息を飲んだ。
(マリウス………!)
マリウスの泣き顔はエミーユを動揺させる。マリウスに泣かれるとエミーユはどうしようもなくおろおろとしてしまう。
「俺はその人に少しは恩返しができたかな」
マリウスの目から次から次へと涙があふれ出てきた。エミーユはマリウスを慰めたくてしようがなくなっていた。マリウスを抱きしめて優しく撫でてあげたい。
しかし、今のエミーユにはそうするわけにはいかなかった。
「俺はその人の前ではいつもこうやって泣いてしまう。その人がいつも俺を甘やかしてくれたから、俺はその人には際限なく甘えてしまうんだ。だから、足手まといになって、その人にノルラントの草原に置いてけぼりにされてしまった」
(ノルラントの草原……)
「そ、その人は、足手まといに感じたのではなく、おそらくはあなたの幸福を願って、あなたから離れたのでしょう」
「その人はひどい人なんだ……。俺を置いてけぼりにして、俺から逃げて、俺のことなんかすっかり忘れたような顔で、俺に笑顔を向けてくる。今だって、俺を知らないふりして、俺を見てる」
(私がエミーユだと気づいている、のか……?)
マリウスは涙をこぼしながらも笑いかける。
「俺があなたをわからないとでも思った? 俺は目が見えてなくてもあなたの居場所はすぐにわかったでしょ? いつだってあなたにまとわりついてた」
「へ、へいか……!」
(気づいていた……!)
「目を視えなくされていたとき、あなたが俺にとても優しい気持ちを抱いていくれているのをあなたの手つきでわかったけれど、今は、触れてくれなくてもわかる。あなたは俺に優しい気持ちを抱いてくれている。俺を見る目つきでわかる。エミーユ、会いたかった、エミーユ………!」
(私もだ、マリウス。会いたかった。いつか会えるだろうとも思っていた。そして、会えた)
エミーユの目からも涙があふれ出た。
「どうして、あなたも泣くの? 俺には今、あなたが悲しくて泣いているようには見えない。俺を想って泣いてくれているようにしか見えないんだ」
エミーユはゆっくりと首を横に振った。
「私はあなたなど知りません……。あなたは私を誰かと勘違いをなさっています……!」
マリウスは苦しそうな目でエミーユを見つめた。じっと見つめて、やがて、エミーユの拒絶を受け入れてうなずいた。
「ああ、そうだね。あなたがそう言うのなら、そうなのだろう。俺はその人のために生きてきた。最後に聞かせて欲しい。俺はその人に、償いができただろうか……?」
エミーユは目を見張った。
エミーユもまたじっとマリウスの目を見つめ返して、うなずいた。
「十分すぎるほどの恩返しをその人はきっと受けています。陛下、私はその人に代わって、あなたに深い感謝と敬意を示します」
「うん、エミーユ、いや、レルシュ楽長。俺はとても、とても嬉しい」
皇帝は寂しげに目を細めたものの、涙を袖で拭うと、満足そうな笑みを浮かべた。
言葉では確認し合うことはなかったが、二人は再会を果たした。そして、それぞれ別々の道をたどろうとしている。
警戒を解いたエミーユと目を合わせると、皇帝が、ぽつりと言った。
「幸せそうだね」
「え……?」
「エ、エミ、レルシュ楽長、あなたは幸せそうに見えた。子どもらの中に、あなたの子もいたんでしょう?」
「あ、はあ」
(よかった、皇帝はリベルに気づいていない)
「あなたは、家族や近隣の人に支えられている」
「はい。家族にも近隣の人にも、女王ら王宮の人たちにも、よくしていただいています」
皇帝は、不意に目も覚めるような鮮烈な笑みを向けてきた。
「俺は、あなたが幸せなら嬉しい、嬉しいんだ………!」
そう言う皇帝の目には涙が浮かんでいた。
エミーユは目を見張る。吸い込まれるように皇帝を見つめ返す。
(マリウス………!)
互いの視線が交錯する。エミーユはじっと見つめてくるマリウスから目が離せなくなった。
「あなたは本当に素晴らしい皇帝です。私にまで、そんなにお優しい言葉をかけてくれるとは」
「違う! お、俺は……!」
否定して黙り込んだマリウスにエミーユは戸惑いながらも声をかけた。
「あなたには多くの人が感謝しています。私もあなたのお陰で家族を取り戻せた。あなたのような立派な方が皇帝になってくれたから」
「お、俺は皇帝になりたかったわけじゃないんだ。俺は、ただ、ある人につぐないたかっただけだ。その人に恩を返したかった。俺は、その人を想うだけで強くなれた。ただ、その人のためにやったことだ。そして、その人とは……」
マリウスは言いようのない目でエミーユを見る。
マリウスは笑みを浮かべたまま、その頬に涙を伝わせた。
エミーユは息を飲んだ。
(マリウス………!)
マリウスの泣き顔はエミーユを動揺させる。マリウスに泣かれるとエミーユはどうしようもなくおろおろとしてしまう。
「俺はその人に少しは恩返しができたかな」
マリウスの目から次から次へと涙があふれ出てきた。エミーユはマリウスを慰めたくてしようがなくなっていた。マリウスを抱きしめて優しく撫でてあげたい。
しかし、今のエミーユにはそうするわけにはいかなかった。
「俺はその人の前ではいつもこうやって泣いてしまう。その人がいつも俺を甘やかしてくれたから、俺はその人には際限なく甘えてしまうんだ。だから、足手まといになって、その人にノルラントの草原に置いてけぼりにされてしまった」
(ノルラントの草原……)
「そ、その人は、足手まといに感じたのではなく、おそらくはあなたの幸福を願って、あなたから離れたのでしょう」
「その人はひどい人なんだ……。俺を置いてけぼりにして、俺から逃げて、俺のことなんかすっかり忘れたような顔で、俺に笑顔を向けてくる。今だって、俺を知らないふりして、俺を見てる」
(私がエミーユだと気づいている、のか……?)
マリウスは涙をこぼしながらも笑いかける。
「俺があなたをわからないとでも思った? 俺は目が見えてなくてもあなたの居場所はすぐにわかったでしょ? いつだってあなたにまとわりついてた」
「へ、へいか……!」
(気づいていた……!)
「目を視えなくされていたとき、あなたが俺にとても優しい気持ちを抱いていくれているのをあなたの手つきでわかったけれど、今は、触れてくれなくてもわかる。あなたは俺に優しい気持ちを抱いてくれている。俺を見る目つきでわかる。エミーユ、会いたかった、エミーユ………!」
(私もだ、マリウス。会いたかった。いつか会えるだろうとも思っていた。そして、会えた)
エミーユの目からも涙があふれ出た。
「どうして、あなたも泣くの? 俺には今、あなたが悲しくて泣いているようには見えない。俺を想って泣いてくれているようにしか見えないんだ」
エミーユはゆっくりと首を横に振った。
「私はあなたなど知りません……。あなたは私を誰かと勘違いをなさっています……!」
マリウスは苦しそうな目でエミーユを見つめた。じっと見つめて、やがて、エミーユの拒絶を受け入れてうなずいた。
「ああ、そうだね。あなたがそう言うのなら、そうなのだろう。俺はその人のために生きてきた。最後に聞かせて欲しい。俺はその人に、償いができただろうか……?」
エミーユは目を見張った。
エミーユもまたじっとマリウスの目を見つめ返して、うなずいた。
「十分すぎるほどの恩返しをその人はきっと受けています。陛下、私はその人に代わって、あなたに深い感謝と敬意を示します」
「うん、エミーユ、いや、レルシュ楽長。俺はとても、とても嬉しい」
皇帝は寂しげに目を細めたものの、涙を袖で拭うと、満足そうな笑みを浮かべた。
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