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番の夜
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マリウスは、無事、皇帝を退位した。
「ウォルターは頭が良い、何より、私利私欲がない。だから、あいつに任せればU・N・Gも大丈夫だろう」
エミーユは聞きなれない単語を耳にしたが、政治に口を挟む立場になければ、それをしたくもなかったので、黙っていた。
皇帝を空位とし、両議会が選出する代表者が立位するまで、ウォルターが宰相となり、国政を担うことになった。数年かけて、統治権の移行は行われる。
マリウスはグレンの行く末は気にしていなかった。
皇帝になったのはなりゆきで、もともとその地位についての責任感などなかった。
ただどこかにいるエミーユを想って、がむしゃらにやってきただけだ。
国の行く末はその国に住む人たちで形作ればいいと思っている。
退院後、マリウスは花屋の二階に住み始めた。
意外にもアウグスト帝だと気づかれなかったし、気づかれても、みな、騒ぐこともなく受け入れてくれた。
今のところ無職だが、宮廷楽長として多忙なエミーユにまとわりついていろいろと雑用をこなしてくれるので、エミーユはそれでよしとしている。
***
つがいの約束を交わして初めて発情を迎えた夜、エミーユとマリウスは楽長室にいた。
テーブルについて干しブドウを食べていたマリウスは、エミーユが近寄ってきて、両目を見開いた。
普段、エミーユは地味で大人しく、あまり感情を表に出さない。宮仕えだけに愛想笑いは浮かべるが、もともと口数も少ない方だ。
二人の関係で、好き、だの、愛してる、だの言ってエミーユにまとわりついているのはもっぱらマリウスだ。
けれども、その夜を境に、エミーユは、閨では思いっきり、マリウスに愛情を表すようになった。
間近で見るエミーユの目は薄く笑っていた。そして唇を寄せてくる。
(なっ……。発情が来たのか……、エミーユから、キスしてくれるなんて……)
マリウスは事に挑むために急いで干しブドウを飲み込もうとするも、エミーユの舌が絡んできて干しブドウをぬるりと奪って行った。
(お、俺の干しブドウ)
エミーユはマリウスから唇を外すと、くちゅ、と干しブドウを噛んだ。その間、じっと視線をマリウスに合わせている。
ときおり舌先を出して唇を舐めるところがなまめかしい。
エミーユは、ゆっくりと咀嚼して干しブドウを飲み込んだ。波打つ喉を見せつけている。
エミーユはマリウスをじっと見つめて、ベッドにおびき寄せた。マリウスを座らせると、自分は膝を開いてマリウスにまたがる。
(うぬぬ、エミーユが俺をたぶらかしてる)
マリウスの口元はだらしなく緩み、目尻もこれでもかと下がっていた。
マリウスはベッドにエミーユを押さえつけたいのをかろうじてこらえていた。エミーユがせっかくマリウスを誘惑しているのだ、それを味わわないのはもったいない。
「マリウス……、好き、好きだ……」
エミーユは挑発するようにも懇願するようにも見える目で、マリウスを見つめてくる。
「この柔らかい赤毛が、好き……、すぐに涙を浮かべてしまう目も好き……、怖がりのどうしようもない甘えん坊の泣き虫マリウスが、好き……」
エミーユはマリウスの肩に顔をうずめて、吐息をつきながら、ひたいを擦り付ける。
マリウスにエミーユの巻き毛があたってこそばゆい。物理的なこそばゆさよりも、精神的なこそばゆさには我慢ならなかった。普段、取り澄ましているエミーユの甘えた素振りには威力がある。
好き、を全身で伝えたいのにままならない、といった感じなのが、マリウスにも伝わってきて、胸が打ち震える。
ガバッとその身を抱き上げてベッドに押し倒したいのをこらえて、マリウスは、平静を装う。
「ふうん、それで?」
マリウスは細目でエミーユを見返す。
少し意地悪な目を向けたマリウスにエミーユは軽くにらんだ。にらみながらも愛を言い募る。
「武骨なのに器用で、怖がりなのに大きな体は頑丈で……マリウス、好き……」
エミーユはマリウスのボタンを外し始めた。
エミーユはマリウスのシャツを脱がせると、胸の傷痕を眺めた。たくさんの傷痕があるがひときわ大きいのは袈裟懸けの傷。それに胸にある輪郭の縮れた新しい銃痕。
どちらももうすっかり治っている。
エミーユはその傷に愛おしそうに触れた。
エミーユはマリウスにはひれ伏せんばかりの敬意と感謝を抱いていた。何より大切なものを当然のように守ってくれたマリウス。自分でさえ咄嗟には動けなかったのに、何の躊躇もなくリベルのためにその身を投げ出した。
それを目の前で見せつけられたのだ。
「甘えん坊の泣き虫なのに、肝心なときに勇敢で、とてつもなく勇敢で……、強くて守ってくれる……。好きだ、マリウス……」
「ふ、ふうん、そ、それで?」
そろそろマリウスも我慢の限界だ。エミーユも余裕がなくなったのか、請うような目で悩ましげにマリウスを見て、呼吸を乱し始めている。
「ウォルターは頭が良い、何より、私利私欲がない。だから、あいつに任せればU・N・Gも大丈夫だろう」
エミーユは聞きなれない単語を耳にしたが、政治に口を挟む立場になければ、それをしたくもなかったので、黙っていた。
皇帝を空位とし、両議会が選出する代表者が立位するまで、ウォルターが宰相となり、国政を担うことになった。数年かけて、統治権の移行は行われる。
マリウスはグレンの行く末は気にしていなかった。
皇帝になったのはなりゆきで、もともとその地位についての責任感などなかった。
ただどこかにいるエミーユを想って、がむしゃらにやってきただけだ。
国の行く末はその国に住む人たちで形作ればいいと思っている。
退院後、マリウスは花屋の二階に住み始めた。
意外にもアウグスト帝だと気づかれなかったし、気づかれても、みな、騒ぐこともなく受け入れてくれた。
今のところ無職だが、宮廷楽長として多忙なエミーユにまとわりついていろいろと雑用をこなしてくれるので、エミーユはそれでよしとしている。
***
つがいの約束を交わして初めて発情を迎えた夜、エミーユとマリウスは楽長室にいた。
テーブルについて干しブドウを食べていたマリウスは、エミーユが近寄ってきて、両目を見開いた。
普段、エミーユは地味で大人しく、あまり感情を表に出さない。宮仕えだけに愛想笑いは浮かべるが、もともと口数も少ない方だ。
二人の関係で、好き、だの、愛してる、だの言ってエミーユにまとわりついているのはもっぱらマリウスだ。
けれども、その夜を境に、エミーユは、閨では思いっきり、マリウスに愛情を表すようになった。
間近で見るエミーユの目は薄く笑っていた。そして唇を寄せてくる。
(なっ……。発情が来たのか……、エミーユから、キスしてくれるなんて……)
マリウスは事に挑むために急いで干しブドウを飲み込もうとするも、エミーユの舌が絡んできて干しブドウをぬるりと奪って行った。
(お、俺の干しブドウ)
エミーユはマリウスから唇を外すと、くちゅ、と干しブドウを噛んだ。その間、じっと視線をマリウスに合わせている。
ときおり舌先を出して唇を舐めるところがなまめかしい。
エミーユは、ゆっくりと咀嚼して干しブドウを飲み込んだ。波打つ喉を見せつけている。
エミーユはマリウスをじっと見つめて、ベッドにおびき寄せた。マリウスを座らせると、自分は膝を開いてマリウスにまたがる。
(うぬぬ、エミーユが俺をたぶらかしてる)
マリウスの口元はだらしなく緩み、目尻もこれでもかと下がっていた。
マリウスはベッドにエミーユを押さえつけたいのをかろうじてこらえていた。エミーユがせっかくマリウスを誘惑しているのだ、それを味わわないのはもったいない。
「マリウス……、好き、好きだ……」
エミーユは挑発するようにも懇願するようにも見える目で、マリウスを見つめてくる。
「この柔らかい赤毛が、好き……、すぐに涙を浮かべてしまう目も好き……、怖がりのどうしようもない甘えん坊の泣き虫マリウスが、好き……」
エミーユはマリウスの肩に顔をうずめて、吐息をつきながら、ひたいを擦り付ける。
マリウスにエミーユの巻き毛があたってこそばゆい。物理的なこそばゆさよりも、精神的なこそばゆさには我慢ならなかった。普段、取り澄ましているエミーユの甘えた素振りには威力がある。
好き、を全身で伝えたいのにままならない、といった感じなのが、マリウスにも伝わってきて、胸が打ち震える。
ガバッとその身を抱き上げてベッドに押し倒したいのをこらえて、マリウスは、平静を装う。
「ふうん、それで?」
マリウスは細目でエミーユを見返す。
少し意地悪な目を向けたマリウスにエミーユは軽くにらんだ。にらみながらも愛を言い募る。
「武骨なのに器用で、怖がりなのに大きな体は頑丈で……マリウス、好き……」
エミーユはマリウスのボタンを外し始めた。
エミーユはマリウスのシャツを脱がせると、胸の傷痕を眺めた。たくさんの傷痕があるがひときわ大きいのは袈裟懸けの傷。それに胸にある輪郭の縮れた新しい銃痕。
どちらももうすっかり治っている。
エミーユはその傷に愛おしそうに触れた。
エミーユはマリウスにはひれ伏せんばかりの敬意と感謝を抱いていた。何より大切なものを当然のように守ってくれたマリウス。自分でさえ咄嗟には動けなかったのに、何の躊躇もなくリベルのためにその身を投げ出した。
それを目の前で見せつけられたのだ。
「甘えん坊の泣き虫なのに、肝心なときに勇敢で、とてつもなく勇敢で……、強くて守ってくれる……。好きだ、マリウス……」
「ふ、ふうん、そ、それで?」
そろそろマリウスも我慢の限界だ。エミーユも余裕がなくなったのか、請うような目で悩ましげにマリウスを見て、呼吸を乱し始めている。
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