68 / 76
星空の草原で見つけた大切なもの【完結】
しおりを挟む
マリウスは下っ端として、レルシュ家に馴染んだ。
エルラント語が見違えて上手になってきた。
義母のヘレナともうまくいっているし、リベルともとても仲良くなった。
風が窓ガラスを叩けば、マリウスは怖がる顔で、エミーユを見る。
するとソファでくつろいでいるエミーユよりも先に、床でお絵かきをしているリベルが、マリウスのもとにトコトコと駆け付ける。そして、マリウスの膝によじ登る。
「まりうしゅ、かぜ、こわいね。りべる、てを、つないであげる」
リベルはどうやら新入りの面倒を見てやらねば、と、マリウスのことを気にかけてやっているらしい。
「リベル、ありがとう……。リベル、すき!」
「りべるもまりうしゅ、しゅき。えみーゆもばぁばもしゅき」
「おれも、リベルも、エミーユも、ばぁばもすき」
すると、ヘレナが針仕事を止めて、コホンと咳を鳴らす。
「私はリベルのばぁばですけど、マリウスさんのばぁばになったつもりはありませんけど?」
しまった!と背中をちぢこめるマリウスに続けて言う。
「もちろん、ばぁばも、リベルもエミーユもマリウスさんも好きですよ」
するとリベルはあどけない目を、エミーユにも向ける。
「えみーゆは? えみーゆもしゅき?」
「私も、リベルも、お母さんも、マリウスのことも好きだよ」
「みんなしゅきだね!」
リベルは顔をパッと輝かせるが、その横でくたっと眉尻をさげて目には涙をにじませて、抱えきれない幸福にあえいでいるのがマリウスだ。
「べ、べびーびゅ、びべぶ、ばぁば……」
そんなマリウスの頭をリベルがよしよしと撫でて、ますます、マリウスは涙をどぼどぼと垂らす。
***
マリウスとエミーユの結婚式は王都の教会でささやかに行われた。
マリウスが結婚式の衣装として引っ張り出してきたのは、草原の小屋でエミーユがマリウスの軍服を作り直したものだった。
「え、それを着るの?」
「うん」
ハレの日に少々みすぼらしいが、本人が着たいというのだから、エミーユは横やりを入れなかった。
18歳のときよりも体格の良くなったマリウスにはかなりきつく、脇を出して何とか着ることができたが肩はパンパンだった。
その横に立つエミーユは真っ白い上下だ。どこかが決定的に違うのだが、マリウスには何が違うのかわからない。
振り向いて後姿を見たときにその違いがわかって、あっ、と声を上げた。
いつもはうなじで髪を一つまとめにしているが、その日は編み込んで結い上げている。
おそらく、ヘレナがやったのだろう。ヘレナが作っていた髪飾りもついている。
地味なエミーユの印象は、その髪型で、とても可憐に感じられた。なのに、自分の証がついたそのうなじは、とてつもなくみだらに見えて、マリウスは落ち着かなかった。
「エ、エミーユ、俺、なんだか落ち着かない。緊張する。エミーユが、き、きれいで」
「マリウス、大丈夫だよ」
エミーユが言いかけるも、二人の間に入ってきたリベルが、マリウスとエミーユの手をぎゅっと握ってきた。
「まりうしゅ、しっかりしなしゃい。りべるが、ついててあげるから!」
「リベル……! おれ、がんばる……!」
三人で手を繋いでハレの日の主役となる。
従兄として参加したリージュ公はことさら「リベルの目も髪も、マリウスそっくりの色だねえ」というも、マリウスには何のことやらピンとこなかった。マリウスはまだリベルが自分の子だと気づいていない。
けれども大きな愛情を抱いていることは間違いない。
血のつながりがあろうがなかろうが、身を犠牲にしてでも子どもを守ってくれる人なのだから、エミーユはあえて教えなくてもいいかと思っている。
あるときエミーユは、リージュ公の言ったマリウスの「ただ一人の人」が、自分だったことに気づいた。
それならば、やはり、草原でマリウスを置いてきたことは正解だったのだろう。
あの日の別れが大陸に平和をもたらし、今日につながっているのだから。
エミーユは、ときおり草原を思い出す。雨のあとの草の匂い、草を鳴らす風、ときおり鳴くヤギの声。
しんとした星の夜、ひとりぼっちでバイオリンを弾いていた。
ひときわ静かな夜、目の前に現れた甘えん坊の泣き虫兵士。
ひとりぼっちの夜はもう遠く―――。
(終わり)
エルラント語が見違えて上手になってきた。
義母のヘレナともうまくいっているし、リベルともとても仲良くなった。
風が窓ガラスを叩けば、マリウスは怖がる顔で、エミーユを見る。
するとソファでくつろいでいるエミーユよりも先に、床でお絵かきをしているリベルが、マリウスのもとにトコトコと駆け付ける。そして、マリウスの膝によじ登る。
「まりうしゅ、かぜ、こわいね。りべる、てを、つないであげる」
リベルはどうやら新入りの面倒を見てやらねば、と、マリウスのことを気にかけてやっているらしい。
「リベル、ありがとう……。リベル、すき!」
「りべるもまりうしゅ、しゅき。えみーゆもばぁばもしゅき」
「おれも、リベルも、エミーユも、ばぁばもすき」
すると、ヘレナが針仕事を止めて、コホンと咳を鳴らす。
「私はリベルのばぁばですけど、マリウスさんのばぁばになったつもりはありませんけど?」
しまった!と背中をちぢこめるマリウスに続けて言う。
「もちろん、ばぁばも、リベルもエミーユもマリウスさんも好きですよ」
するとリベルはあどけない目を、エミーユにも向ける。
「えみーゆは? えみーゆもしゅき?」
「私も、リベルも、お母さんも、マリウスのことも好きだよ」
「みんなしゅきだね!」
リベルは顔をパッと輝かせるが、その横でくたっと眉尻をさげて目には涙をにじませて、抱えきれない幸福にあえいでいるのがマリウスだ。
「べ、べびーびゅ、びべぶ、ばぁば……」
そんなマリウスの頭をリベルがよしよしと撫でて、ますます、マリウスは涙をどぼどぼと垂らす。
***
マリウスとエミーユの結婚式は王都の教会でささやかに行われた。
マリウスが結婚式の衣装として引っ張り出してきたのは、草原の小屋でエミーユがマリウスの軍服を作り直したものだった。
「え、それを着るの?」
「うん」
ハレの日に少々みすぼらしいが、本人が着たいというのだから、エミーユは横やりを入れなかった。
18歳のときよりも体格の良くなったマリウスにはかなりきつく、脇を出して何とか着ることができたが肩はパンパンだった。
その横に立つエミーユは真っ白い上下だ。どこかが決定的に違うのだが、マリウスには何が違うのかわからない。
振り向いて後姿を見たときにその違いがわかって、あっ、と声を上げた。
いつもはうなじで髪を一つまとめにしているが、その日は編み込んで結い上げている。
おそらく、ヘレナがやったのだろう。ヘレナが作っていた髪飾りもついている。
地味なエミーユの印象は、その髪型で、とても可憐に感じられた。なのに、自分の証がついたそのうなじは、とてつもなくみだらに見えて、マリウスは落ち着かなかった。
「エ、エミーユ、俺、なんだか落ち着かない。緊張する。エミーユが、き、きれいで」
「マリウス、大丈夫だよ」
エミーユが言いかけるも、二人の間に入ってきたリベルが、マリウスとエミーユの手をぎゅっと握ってきた。
「まりうしゅ、しっかりしなしゃい。りべるが、ついててあげるから!」
「リベル……! おれ、がんばる……!」
三人で手を繋いでハレの日の主役となる。
従兄として参加したリージュ公はことさら「リベルの目も髪も、マリウスそっくりの色だねえ」というも、マリウスには何のことやらピンとこなかった。マリウスはまだリベルが自分の子だと気づいていない。
けれども大きな愛情を抱いていることは間違いない。
血のつながりがあろうがなかろうが、身を犠牲にしてでも子どもを守ってくれる人なのだから、エミーユはあえて教えなくてもいいかと思っている。
あるときエミーユは、リージュ公の言ったマリウスの「ただ一人の人」が、自分だったことに気づいた。
それならば、やはり、草原でマリウスを置いてきたことは正解だったのだろう。
あの日の別れが大陸に平和をもたらし、今日につながっているのだから。
エミーユは、ときおり草原を思い出す。雨のあとの草の匂い、草を鳴らす風、ときおり鳴くヤギの声。
しんとした星の夜、ひとりぼっちでバイオリンを弾いていた。
ひときわ静かな夜、目の前に現れた甘えん坊の泣き虫兵士。
ひとりぼっちの夜はもう遠く―――。
(終わり)
87
あなたにおすすめの小説
振り向いてよ、僕のきら星
街田あんぐる
BL
大学4年間拗らせたイケメン攻め×恋愛に自信がない素朴受け
「そんな男やめときなよ」
「……ねえ、僕にしなよ」
そんな言葉を飲み込んで過ごした、大学4年間。
理系で文学好きな早暉(さき)くんは、大学の書評サークルに入会した。そこで、小動物を思わせる笑顔のかわいい衣真(いま)くんと出会う。
距離を縮めていく二人。でも衣真くんはころころ彼氏が変わって、そのたびに恋愛のトラウマを深めていく。
早暉くんはそれでも諦めきれなくて……。
星のように綺麗な男の子に恋をしてからふたりで一緒に生きていくまでの、優しいお話です。
表紙イラストは梅干弁当さん(https://x.com/umeboshibento)に依頼しました。
βな俺は王太子に愛されてΩとなる
ふき
BL
王太子ユリウスの“運命”として幼い時から共にいるルカ。
けれど彼は、Ωではなくβだった。
それを知るのは、ユリウスただ一人。
真実を知りながら二人は、穏やかで、誰にも触れられない日々を過ごす。
だが、王太子としての責務が二人の運命を軋ませていく。
偽りとも言える関係の中で、それでも手を離さなかったのは――
愛か、執着か。
※性描写あり
※独自オメガバース設定あり
※ビッチングあり
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
アルファ王子に嫌われるための十の方法
小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」
受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」
アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。
田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。
セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。
王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL
☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆
性描写の入る話には※をつけます。
11月23日に完結いたしました!!
完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる