狩者競争

ゲル純水

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ミッカ目、本番ですよ。

魚は潜って「ねぇ、月はいつ会えるの?」

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いまさらだが、この地名を記すと、青唐辛市アオトウガラシという。名前の由来は、山と海が近い、まっさおな地域だからとかで、まだ『市』という制度がない室町時代の記述にもその名で記録されている。そんな、まっさおな地域の青い海を臨む『マリンストリート』は、渡船場をリニューアルした観光スポットでもある。

さて。

ソコラノ高校の巨乳こと吉良もまた、女孫悟空と同じようにトイレという個室でアプリを開いて考え込んでいた。考え事にはちょうど良い、一人の空間なのでしかたない。

『5回以内に失格になる選手』

気のせいかと思ったが、なんという失礼な投票だろうか。失敗しそうというのも失礼だが、すると断言までしてある。

「(いやいや、5回?最低でもあと5回あると)」

そういうことだ。「ため息は、口から出るオナラ!人前でしてはいけない」という母の教えにしたがってきたが、誰もいないトイレならいいだろう。吉良のため息は個室に溜まり、壁を伝い、天井に抜けていくように見える。煙でもないのに、あまりの深刻な顔に、息に色がついてみえそうなのだ。

「(携帯小説とか漫画で、よくあったよね。クラスで投票して、一番得票数の高いヒトが処刑される、ナンタラ裁判系)」

と、ながめているスマホにいれている無料漫画アプリに、その手のマンガが溢れている。

「(以内か。べつに、すぐダメになりそうなヒトでも、けっこうがんばったけど無理ってひとでもいいのか。悪いけど)」

うーんと小さく唸る声。トイレだけれども、そういうことではない。

「(これ、そんなの私ぐらいしかいないよーってヒトリで自撮りしたらどうなるの?借りてないからダメなのかな?)」

現場で、誰か適当に一緒にうつればいいだろうか。正直、五回以内に全滅しそうだなと彼女は内心思っている。なにしろ初日から死者をだし、説明を聞かないからとまた死んだ。顔と名前を思い出そうとするが、いつもアダ名でしか呼ばないクラスメイトの、名前が思い出せないことに気がつき「あ、」と短く声が出る。

深い溜め息。不快の溜め息。明るい、カリスマ性をもつはずのササミの、溜め息である。

教員もアダ名で呼んでいた。全教科の出席を頭のなかで再生して、やっと全員の顔と名前が一致する。そして、初日からずっと欠席だが死んだかどうかわからない生徒がいることに気が付く。

ササミの顔が、考え事とともに百面相になるあいだ、トイレには誰も来ない。外を子供が走っていく声が聞こえた。韓国語らしき言葉で、大きな声をあげながら駆け抜けた。「まちなさいボウヤ」というような、追いかける大人の声はない。

「誰か、」

思わず呟いた。その時、隣の個室から「はぁい」と応答があった。トイレの花子さんじゃあるまいし、ササミはどきっとして思わず上の隙間と下の隙間をせわしなく見る。怪談ならきっと、隙間に無理な向きで人の顔が覗いていると思ったのだ。それを無言でおこなっていると、隣の個室に入りかけてやめただけなのだろいけれども、扉の前から声がした。

「違ったらごめんなさい、吉良さんでしょ?同じクラスの白澤よ、話が合って同じクラスの人を探してたの」

「あ、はい、そうなのね。ちょっとまってて」

ササミはトイレの『音姫』ボタンを押し、トイレとしての用足しをして出てきた。ずっと座っていたせいか、すこし立ちくらみを感じながら、両手をあげて「手を洗うから」の意思表示とともに白澤の隣をすりぬけて手洗い場のほうへ足を向けた。韓国語らしき喧噪で聞こえなかったが、外で彼女の私室であるキャンピングカーが待機している音がする。

「いつもアレで移動してるの?」

「まさか、運転頼まなきゃいけないし、大きすぎるわー。でも、ここよりよっぽど、聞かれない」

あぁ、ナイショの話があるのなら、選ばれがちなトイレほど死角だらけで誰がいるかわかったものではないところもない。二人は駐車場へ向かった。外ではまだどこかの子供が度をこしてはしゃいでいるが、とめる保護者の声はきこえない。
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