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5 魔物、拾い物をする
数日後、謹次の部屋の戸をノックする者がいた。
その音に謹次の口端が上がる。
「来たか」
「はいっ」
ドアを開けて入ってきたのは、期待に紅葉した顔の加藤。
以前あった時より少し幼く見える。
「通して貰えて良かったな」
加藤は謹次の足元に座り込み、犬のような視線で見上げてきた。
「はい、謹次さん。…あの…」
「ああ、約束は守るぜ、こいよ」
謹次は男に大きく足を開いて手招きした。
足の間に男が入り込むと、優しく腕を回し、腰を擦り付ける。
興奮した男はがっつくように謹次の服を脱がせ始めた。
その男の頭を撫でながら謹次の口元には妖しい笑みが浮かぶ。
「1ヶ月は持たせろよ」
くくくっと謹次は笑った。
謹次が組の外で狩を始め、金子はその後始末と、浮つく若衆を取り纏めるのに大忙しとなった。
謹次の獲物は同業者である時も、一般人である時もあった。
一般人であれば仕方なく部屋へ通したが、同業者であればそうはいかない。
手土産は内部情報。
動向であったり、取引情報だったり、様々ではあったが、とりあえず損はない。
流石に謹次も学習したらしく、相手が使い物にならなくなるまで食い尽くすことはなくなったが、それでも前後不覚、数日は動けなくなってから放り出す。
それを街の中に捨ててくるのが金子の仕事になった。
そうなって初めて魔物の狩が定期的であることに気付いた。
謹次に魅入るものは常にいるが、実際に獲物として迎えられるのは3ヶ月ほどの周期に一人。
それ以外は揶揄うばかりで、何気に遇らう。
見境ないと思い込んでいた魔物に周期があったことで、金子は少し気が楽になった。
それなりに間隔もあることだし、ただ同性である男が対象である以外は、普通の性活動だと思えるようになった。
シマの見回りに謹次は文句も言わず従事していた。
内心はわからないものの若衆も喜んでついてくる。
微妙に女は怯え、男受けだけがいいのが気になるが、仕事として真面目にやってくれる。
金子も一安心していた。
そして、いつも通りの見回りの最中、数件で酒を振舞われた謹次が酔ってしまったらしく、路地へと駆け込んで行った。
あまり酔わない謹次には珍しいことだったが、金子はその様子を少し楽しんで見守っていた。
謹次は込み上げてきたものを全て吐き出して口元を拭い、金子の元へ戻ろうとした。
その時ふと気付いた。
暗い路地の壁に寄りかかり、手足を放り出して座り込んでいる者がいる。
項垂れ顔は見えないが、風貌から若い男のようだ。
転んだのか、殴られたのか、服も薄汚れて、暗闇に紛れ込みそうだ。
謹次は覚束ない足取りを壁に手を添えることで補いながら近付く。
革靴の硬い足音が路地に響いた。
それでも男は顔を上げない。
投げ出された左足のすぐ横に立ったにも関わらず男は顔を上げない。
寝てるのか?
謹次は靴先で男の足を蹴った。
「おい」
ぴくり、と揺れた頭がゆっくりと持ち上がる。
大通りから入り込んで来た明かりが男の顔を照らした。
年の頃は謹次と変わらないくらい。
シャープな顔立ち、きりりと整った眉。
若干目が虚に見えるが、なかなかのイケメン。
謹次の胸が弾む。
好みの顔。
腹の底でべろりと舌舐めずりした。
自分の衝動に周期があるのは謹次自身も気付いていた。
どうやら自分の性対象は男らしいが、この周期に当てはまらない時は気が乗らない。
今はその周期外であるのだが、謹次の中の魔物が目を覚ましたようだ。
「はい」
声は割と低いが、高くもない。
謹次の背をぞわぞわと撫でてくるような声。
ますます食指が動く。
「イケメンにーちゃん、こんなとこで何してんだ?」
謹次の問いに、一瞬きょとんと見返すと、くくっと自嘲の笑みを漏らした。
「見ての通り行き倒れてます」
謹次の格好や雰囲気から堅気じゃないとわかるだろうに、自称行き倒れの青年は気後れも見せない。
謹次は青年の足元にしゃがみ込み、周囲を見渡した。荷物らしい物も何もない。
後ろから「坊ちゃん、服が汚れますよ」と小煩い金子の声がする。
「なんもねぇな」
「金よこせ、って脅されたので、めんどくさくて財布ごと渡しちゃいました」
はは、っと笑う青年に、謹次はふっと吹き出すように笑った。
「それで行き倒れてりゃあ世話ねぇな」
「ですよね。せめて飯代抜いて渡せば良かったなぁ」
腹をさすりながらひとりごちる青年の顔を覗き込む。
頭が弱いのか、それとも酔ってるのか。
謹次の顔をじっと見返して来た青年がぽつりと呟く。
「…綺麗だ…」
「ん?」
「あ、すいません。何いってんだろ、俺、男の人に」
頭をくしゃくしゃ描き始めた青年に謹次は顔を逸らして大声で笑い始めた。
青年が驚いて振り向く。
謹次はにやりと口端を上げた。
「気にすんな、よく言われる。俺ぁ、容姿を褒められんの好きだぜ」
「…え…」
「俺、綺麗か?」
「はい」
「こんな暗闇じゃなきゃ、もっと綺麗だぜ」
「…そうでしょうね…」
じっと見つめ合い、謹次が顔を寄せても青年は避けない。
形のいい薄い唇が目に止まって。
謹次は相変わらず避けもせず、自分の顔に見入っている青年に口端を上げ、唇をちろりと舐める。
「坊ちゃん!変なのに構うのやめてくださいよ」
小姑のような金子の声。
謹次は無視して青年の唇に唇を触れさせてみる。
男の肉棒は数知れず尻の間に飲み込んで来たけれど、男の唇に引き寄せられるのは初めてだった。
青年は避けない、どころか逆に舌を出して謹次の唇を軽く舐めた。
見つめあったまま、唇を触れ合わせて、様子を見る。
先に動いたのが青年だったか、謹次だったか。
それとも、同時か。
深く唇を重ねて、舌も絡めてくちゅくちゅ音を立てながら舐めあった。
お互いに目を閉じることもせず、ただひたすら舌の感触や吐息の熱さを堪能する。
混じり合ったお互いの唾液が口の中でじんわりと痺れるように広がっていく。
その痺れは脳に届き、じんじんと疼くような錯覚を覚えた。
不思議と癖になる痺れと疼き。
もっと…。
「坊ちゃん!」
再び聞こえて来た小姑の声に、謹次は唇を離して舌打ちする。
それから少しだけ後ろを振り返って「うるせぇな」と呟いた。
青年も謹次の後ろを伺い見ている。
ふと気付いたように青年が鼻を啜った。
「甘い、匂いがする」
謹次は一瞬目を見開いて青年を見て、それから口元を緩ませた。
唇を離した時に引いた唾液の糸が青年の顎を濡らしているのを見つけ、謹次は顎に手をかけ親指で拭い取る。
それを自分の口元まで運ぶと、大きく差し出した舌にこすりつけた。
ぽっと青年の頬が赤くなった、ように見えた。
「気に入った」
「え」
再び青年の顎に手をかけ自分に向ける。
「俺とくるか?」
「え」
「飯と、行くとこねぇなら寝るとこも提供してやるよ」
「…いいんですか…」
「綺麗な顔、明るいとこで拝ませてやる」
立ち上がりながら、小さく呟く。
「見たけりゃ、他のとこも見せてやるよ」
じっと謹次を見上げてくる青年に謹次はにやりと口端を上げた。
しばらく謹次に見惚れるようにしていた青年がのろのろと体を起こし始めた。
「おい、手ぇ貸してやれ」
謹次が後ろに向かって叫ぶと、お供がぞろぞろやってくる。
「坊ちゃん、こいつは?」
「拾った」
謹次の声に呆れる面々の中で、青年が吹き出すように笑う。
「はい、拾われました」
両脇を若衆達に抱えられ立ち上がった青年は、謹次の頭半分くらい背が高かった。
謹次はそれほど高くないが、170近くある。お供の若衆達もそれぐらいかそれ以上。
その彼らよりもちょっと高いところある顔を見上げて、謹次はにやにや笑った。
「…いいね、ますます好みだ…」
謹次の呟きに若衆達は呆れた顔をする。
青年だけが少し嬉しそうに頬を染めた。
「お前、名前は?」
「亘です」
「年は?」
「23」
「俺は謹次、今日からお前の飼い主だ。よろしくな」
謹次はくっくっと笑うと踵を返し歩き出した。
「おい、なんか食いもん買って来てやれ!飲み物もな」
「は、はい」
「ちょっと坊ちゃん」
「なんだよ金子」
「こんな得体の知れないものを拾って、おやっさんに怒られますよ」
「じゃあ、どうしろってんだ。警察に届けろってか?」
けらけら笑う謹次に金子はわざとらしい大きな溜息を吐いた。
「捨て置けばいいじゃないですか」
「もったいねぇだろ、こんなイメケン」
謹次がぎろりと睨むと金子は黙り込む。
普段は似ても似つかない風貌のくせに、こういう時だけ父親そっくりの気迫を見せる。
「謹次さん?」
亘が不安そうな声で呼んだので、謹次は金子を睨みつけながら返事をした。
「心配するな。お前はこの俺がきっちり飼ってやる。問題ねぇな?金子」
「…はい…」
車の中で若衆が買ってきたパンをがっついた後、屋敷でも亘は出された食事を平らげた。
「そんなに慌てんな。まだまだあるからな」
「はいっ」
どうやら本当に生き倒れ寸前だったようだ。
謹次はそれを隣に座って頬杖をつきつつ、楽しそうに眺めている。
その謹次に金子は盛大に溜息をついて見せた。
いつもの狩とは少し違うが、亘を見つめる謹次は新しいおもちゃを見つけたように瞳を輝かせている。
「ご馳走さまでした」
手を合わせ一礼をした亘に謹次は微笑んだ。
「腹いっぱいになったか?」
「はい、ありがとうございます」
亘もにこにこと謹次に笑いかける。
見つめあってにこにこと笑い合う姿は微笑ましいが。
金子は少し眉を寄せ、その様子を眺めた。
夜の巡回から戻ってくるのはいつも夜中だ。
お供についてきた若衆とは外で別れた。
屋敷の中には当番の若衆がいるだけ。
堅はもう就寝済みと報告を受けている。
謹次の卒業と共に部屋住みは置いていないので、当番の若衆も金子も、謹次が寝れば帰宅する。
ひとしきり微笑ましい光景を見せた後、謹次が切り出した。
「よし、じゃあ二階に行くか」
謹次が立ち上がると、亘も追いかけた。
「二階、ですか?」
「ああ。俺の部屋がある。風呂もトイレも二階にもあるから、好きに使うといい」
「はい、謹次さん」
謹次の後ろを亘が付いていく。
「…犬か…」
亘の背に打ち震われる尻尾が見えた気がして、金子は呟いた。
悪いものではないようであったが、素性はしれない。
それとなく聞いた金子の言葉は何気にはぐらかされた。
どこから来て、なんの目的でこの街にきたのか。
謹次と出会ったのは偶然なのか。
何事もなければいいが…。
一抹の不安を拭いきれず、金子は再び溜息をついた。
その音に謹次の口端が上がる。
「来たか」
「はいっ」
ドアを開けて入ってきたのは、期待に紅葉した顔の加藤。
以前あった時より少し幼く見える。
「通して貰えて良かったな」
加藤は謹次の足元に座り込み、犬のような視線で見上げてきた。
「はい、謹次さん。…あの…」
「ああ、約束は守るぜ、こいよ」
謹次は男に大きく足を開いて手招きした。
足の間に男が入り込むと、優しく腕を回し、腰を擦り付ける。
興奮した男はがっつくように謹次の服を脱がせ始めた。
その男の頭を撫でながら謹次の口元には妖しい笑みが浮かぶ。
「1ヶ月は持たせろよ」
くくくっと謹次は笑った。
謹次が組の外で狩を始め、金子はその後始末と、浮つく若衆を取り纏めるのに大忙しとなった。
謹次の獲物は同業者である時も、一般人である時もあった。
一般人であれば仕方なく部屋へ通したが、同業者であればそうはいかない。
手土産は内部情報。
動向であったり、取引情報だったり、様々ではあったが、とりあえず損はない。
流石に謹次も学習したらしく、相手が使い物にならなくなるまで食い尽くすことはなくなったが、それでも前後不覚、数日は動けなくなってから放り出す。
それを街の中に捨ててくるのが金子の仕事になった。
そうなって初めて魔物の狩が定期的であることに気付いた。
謹次に魅入るものは常にいるが、実際に獲物として迎えられるのは3ヶ月ほどの周期に一人。
それ以外は揶揄うばかりで、何気に遇らう。
見境ないと思い込んでいた魔物に周期があったことで、金子は少し気が楽になった。
それなりに間隔もあることだし、ただ同性である男が対象である以外は、普通の性活動だと思えるようになった。
シマの見回りに謹次は文句も言わず従事していた。
内心はわからないものの若衆も喜んでついてくる。
微妙に女は怯え、男受けだけがいいのが気になるが、仕事として真面目にやってくれる。
金子も一安心していた。
そして、いつも通りの見回りの最中、数件で酒を振舞われた謹次が酔ってしまったらしく、路地へと駆け込んで行った。
あまり酔わない謹次には珍しいことだったが、金子はその様子を少し楽しんで見守っていた。
謹次は込み上げてきたものを全て吐き出して口元を拭い、金子の元へ戻ろうとした。
その時ふと気付いた。
暗い路地の壁に寄りかかり、手足を放り出して座り込んでいる者がいる。
項垂れ顔は見えないが、風貌から若い男のようだ。
転んだのか、殴られたのか、服も薄汚れて、暗闇に紛れ込みそうだ。
謹次は覚束ない足取りを壁に手を添えることで補いながら近付く。
革靴の硬い足音が路地に響いた。
それでも男は顔を上げない。
投げ出された左足のすぐ横に立ったにも関わらず男は顔を上げない。
寝てるのか?
謹次は靴先で男の足を蹴った。
「おい」
ぴくり、と揺れた頭がゆっくりと持ち上がる。
大通りから入り込んで来た明かりが男の顔を照らした。
年の頃は謹次と変わらないくらい。
シャープな顔立ち、きりりと整った眉。
若干目が虚に見えるが、なかなかのイケメン。
謹次の胸が弾む。
好みの顔。
腹の底でべろりと舌舐めずりした。
自分の衝動に周期があるのは謹次自身も気付いていた。
どうやら自分の性対象は男らしいが、この周期に当てはまらない時は気が乗らない。
今はその周期外であるのだが、謹次の中の魔物が目を覚ましたようだ。
「はい」
声は割と低いが、高くもない。
謹次の背をぞわぞわと撫でてくるような声。
ますます食指が動く。
「イケメンにーちゃん、こんなとこで何してんだ?」
謹次の問いに、一瞬きょとんと見返すと、くくっと自嘲の笑みを漏らした。
「見ての通り行き倒れてます」
謹次の格好や雰囲気から堅気じゃないとわかるだろうに、自称行き倒れの青年は気後れも見せない。
謹次は青年の足元にしゃがみ込み、周囲を見渡した。荷物らしい物も何もない。
後ろから「坊ちゃん、服が汚れますよ」と小煩い金子の声がする。
「なんもねぇな」
「金よこせ、って脅されたので、めんどくさくて財布ごと渡しちゃいました」
はは、っと笑う青年に、謹次はふっと吹き出すように笑った。
「それで行き倒れてりゃあ世話ねぇな」
「ですよね。せめて飯代抜いて渡せば良かったなぁ」
腹をさすりながらひとりごちる青年の顔を覗き込む。
頭が弱いのか、それとも酔ってるのか。
謹次の顔をじっと見返して来た青年がぽつりと呟く。
「…綺麗だ…」
「ん?」
「あ、すいません。何いってんだろ、俺、男の人に」
頭をくしゃくしゃ描き始めた青年に謹次は顔を逸らして大声で笑い始めた。
青年が驚いて振り向く。
謹次はにやりと口端を上げた。
「気にすんな、よく言われる。俺ぁ、容姿を褒められんの好きだぜ」
「…え…」
「俺、綺麗か?」
「はい」
「こんな暗闇じゃなきゃ、もっと綺麗だぜ」
「…そうでしょうね…」
じっと見つめ合い、謹次が顔を寄せても青年は避けない。
形のいい薄い唇が目に止まって。
謹次は相変わらず避けもせず、自分の顔に見入っている青年に口端を上げ、唇をちろりと舐める。
「坊ちゃん!変なのに構うのやめてくださいよ」
小姑のような金子の声。
謹次は無視して青年の唇に唇を触れさせてみる。
男の肉棒は数知れず尻の間に飲み込んで来たけれど、男の唇に引き寄せられるのは初めてだった。
青年は避けない、どころか逆に舌を出して謹次の唇を軽く舐めた。
見つめあったまま、唇を触れ合わせて、様子を見る。
先に動いたのが青年だったか、謹次だったか。
それとも、同時か。
深く唇を重ねて、舌も絡めてくちゅくちゅ音を立てながら舐めあった。
お互いに目を閉じることもせず、ただひたすら舌の感触や吐息の熱さを堪能する。
混じり合ったお互いの唾液が口の中でじんわりと痺れるように広がっていく。
その痺れは脳に届き、じんじんと疼くような錯覚を覚えた。
不思議と癖になる痺れと疼き。
もっと…。
「坊ちゃん!」
再び聞こえて来た小姑の声に、謹次は唇を離して舌打ちする。
それから少しだけ後ろを振り返って「うるせぇな」と呟いた。
青年も謹次の後ろを伺い見ている。
ふと気付いたように青年が鼻を啜った。
「甘い、匂いがする」
謹次は一瞬目を見開いて青年を見て、それから口元を緩ませた。
唇を離した時に引いた唾液の糸が青年の顎を濡らしているのを見つけ、謹次は顎に手をかけ親指で拭い取る。
それを自分の口元まで運ぶと、大きく差し出した舌にこすりつけた。
ぽっと青年の頬が赤くなった、ように見えた。
「気に入った」
「え」
再び青年の顎に手をかけ自分に向ける。
「俺とくるか?」
「え」
「飯と、行くとこねぇなら寝るとこも提供してやるよ」
「…いいんですか…」
「綺麗な顔、明るいとこで拝ませてやる」
立ち上がりながら、小さく呟く。
「見たけりゃ、他のとこも見せてやるよ」
じっと謹次を見上げてくる青年に謹次はにやりと口端を上げた。
しばらく謹次に見惚れるようにしていた青年がのろのろと体を起こし始めた。
「おい、手ぇ貸してやれ」
謹次が後ろに向かって叫ぶと、お供がぞろぞろやってくる。
「坊ちゃん、こいつは?」
「拾った」
謹次の声に呆れる面々の中で、青年が吹き出すように笑う。
「はい、拾われました」
両脇を若衆達に抱えられ立ち上がった青年は、謹次の頭半分くらい背が高かった。
謹次はそれほど高くないが、170近くある。お供の若衆達もそれぐらいかそれ以上。
その彼らよりもちょっと高いところある顔を見上げて、謹次はにやにや笑った。
「…いいね、ますます好みだ…」
謹次の呟きに若衆達は呆れた顔をする。
青年だけが少し嬉しそうに頬を染めた。
「お前、名前は?」
「亘です」
「年は?」
「23」
「俺は謹次、今日からお前の飼い主だ。よろしくな」
謹次はくっくっと笑うと踵を返し歩き出した。
「おい、なんか食いもん買って来てやれ!飲み物もな」
「は、はい」
「ちょっと坊ちゃん」
「なんだよ金子」
「こんな得体の知れないものを拾って、おやっさんに怒られますよ」
「じゃあ、どうしろってんだ。警察に届けろってか?」
けらけら笑う謹次に金子はわざとらしい大きな溜息を吐いた。
「捨て置けばいいじゃないですか」
「もったいねぇだろ、こんなイメケン」
謹次がぎろりと睨むと金子は黙り込む。
普段は似ても似つかない風貌のくせに、こういう時だけ父親そっくりの気迫を見せる。
「謹次さん?」
亘が不安そうな声で呼んだので、謹次は金子を睨みつけながら返事をした。
「心配するな。お前はこの俺がきっちり飼ってやる。問題ねぇな?金子」
「…はい…」
車の中で若衆が買ってきたパンをがっついた後、屋敷でも亘は出された食事を平らげた。
「そんなに慌てんな。まだまだあるからな」
「はいっ」
どうやら本当に生き倒れ寸前だったようだ。
謹次はそれを隣に座って頬杖をつきつつ、楽しそうに眺めている。
その謹次に金子は盛大に溜息をついて見せた。
いつもの狩とは少し違うが、亘を見つめる謹次は新しいおもちゃを見つけたように瞳を輝かせている。
「ご馳走さまでした」
手を合わせ一礼をした亘に謹次は微笑んだ。
「腹いっぱいになったか?」
「はい、ありがとうございます」
亘もにこにこと謹次に笑いかける。
見つめあってにこにこと笑い合う姿は微笑ましいが。
金子は少し眉を寄せ、その様子を眺めた。
夜の巡回から戻ってくるのはいつも夜中だ。
お供についてきた若衆とは外で別れた。
屋敷の中には当番の若衆がいるだけ。
堅はもう就寝済みと報告を受けている。
謹次の卒業と共に部屋住みは置いていないので、当番の若衆も金子も、謹次が寝れば帰宅する。
ひとしきり微笑ましい光景を見せた後、謹次が切り出した。
「よし、じゃあ二階に行くか」
謹次が立ち上がると、亘も追いかけた。
「二階、ですか?」
「ああ。俺の部屋がある。風呂もトイレも二階にもあるから、好きに使うといい」
「はい、謹次さん」
謹次の後ろを亘が付いていく。
「…犬か…」
亘の背に打ち震われる尻尾が見えた気がして、金子は呟いた。
悪いものではないようであったが、素性はしれない。
それとなく聞いた金子の言葉は何気にはぐらかされた。
どこから来て、なんの目的でこの街にきたのか。
謹次と出会ったのは偶然なのか。
何事もなければいいが…。
一抹の不安を拭いきれず、金子は再び溜息をついた。
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