6 / 6
6 魔物の変化
謹次が目を覚ますと、自分を抱え込むようにし、薄っすら笑みさえ浮かべ、幸せそうな亘の寝顔が目の前にあった。
少し身動きをすると亘の腕がきゅうっと抱き込んでくる。
若干の息苦しさを覚え身動ぐと再び抱きしめられるが、当の本人は目を覚ます様子もない。
謹次はその顔を不思議そうに眺めた。
二階に上がって、亘は風呂を使いに行った。
亘と入れ違いに謹次も風呂を使って。
戻ってきた謹次を亘が眩しそうに見つめてくるので、いつものように謹次から誘った。
亘が乗ってくる確信はあった。
謹次の容姿を褒めるし、何より獲物しか反応しない匂いが分かった。
いつもの獲物のつもりでいたから、違いに少し戸惑った。
謹次の誘惑にあっさりと乗ってきたのは違いはない。
その後。
いつもの獲物なら興奮からか自失状態になる。
会話など皆無でただただ謹次の体に夢中。
特徴は見開かれたままの血走った瞳と荒い息。
そして多少乱暴になるところ。
まるで謹次が見えていないかのように快感だけに囚われている。
だが亘は違った。
瞳には熱が篭って少し血走っているけれど、水分を含んで、時々気持ちよさそうに目を閉じる。
息は荒いというより熱い。
謹次と目が合うと薄く細めて、口元に微笑みさえ浮かべる。
乱暴というより激しい動きで、謹次を逆に翻弄してくる。
激しさの中に優しさがあり、何度も重ねられる唇に熱を注ぎ込まれた。
何度も名前を呼ばれ。
体を気遣う声をかけられる。
謹次はその言葉に返事すらできず、ただただ頭を動かしただけ。
言葉にならない、カタコトを呟くだけだった。
謹次は亘の背中にしがみつき、波に乗せられ、揺られていた。
亘の放埓を体内に受けて、頭の中で何かが破裂し、そのまま気を失った。
獲物より先に気を失うなんて初めてのことだった。
いつも何度獲物を貪っても、物足りなくて。
むにゃむにゃと口を動かした亘の顔に手を伸ばして、頬を撫でる。
「お前は、何者なんだ、亘」
謹次の問いに寝ぼけた亘はへにゃと笑っただけだった。
「おはようございます」
謹次の隣で昨夜にも増して尻尾を打ち振るう亘を見たとき、金子は驚きを隠せなかった。
血色もよく、むしろ昨夜より生き生きとしている。
逆に謹次の方が気だるそうなのは気のせいか。
「おはようございます」
謹次の向かい側に座ると、思わず二人の様子を観察してしまう。
朝、と言ってももう昼近い。
食卓を囲む人数も、謹次と亘、それと共に夜遅かった金子ぐらいだ。
「謹次さん、お茶注ぎましょうか」
「ああ、頼む」
尻尾を振りながら、亘はせっせと謹次の世話を焼いているようだ。
これは一体どういうことだ?
獲物を持ち帰って謹次が何もしないなどあり得ない。
満足するまで存分に獲物を味わったはずだ。
ならばなぜこの獲物はこんなに元気なのだ?
謹次の相手は一晩でかなりの消耗をするはずだ。
会話どころか動くこともままならず、謹次が食事を運び込むほどだった。
そもそも獲物に会うのは最初と最後だけだったはずだ。
謹次へのこの懐きっぷりをみるに、行為自体は行われたのだろう。
そしてなぜか謹次の方が消耗し、獲物は元気なまま。
これは一体どういうことだ。
まさか謹次の魔物を押さえつけるツワモノがあらわれたといいうのか。
これは良いことなのか?
それとも何か悪いことが起こる前触れか?
「謹次さんはこの後どうされるんですか?」
獲物が謹次へにこにこと笑顔を振りまきつつ、尋ねた。
金子は食事を続けながら、その様子を聞き耳を立てながら伺う。
「どうって?」
「出かけられるんですか?」
「ん。まあ」
気のせいか、謹次の様子も微妙におかしい。
この獲物に戸惑っているらしい。
扱いに困ってる、そう顔に書いてある。
当然、金子も。
「付いていっても構いませんか?」
「ん?どうだろ、な、金子」
まるでこの獲物の扱いをどうすべきか尋ねられた気がして、金子はすぐに返事ができなかった。
そもそも素性の知れない拾い物。
安曇組そのものを狙って現れたのか、謹次が狙いだったのか、それともただの偶然だったのかさえ、こうなるとわからない。
偶然以外だったとしたら、謹次の獲物として狩られても、自失状態にならない勝算があったことになるが、そんな人間が存在するとは謹次はもちろん金子も知らなかったぐらいだ。ありえない。
やはり偶然なのか。
「金子?」
再び声をかけられてはっと顔を上げると、訝しそうな謹次と、小首を傾げる亘の視線が向いていた。
「あ、ああ、そうですね。連れて行っても構いませんよ」
むしろ屋敷に放置されても、若衆が扱いに困るだろう。
それならば謹次が連れ歩くべきだ。
拾ったものの責任として。
そこからどんなことが起ころうと。
金子の返事にあからさまな歓喜を浮かべた亘は、さらに謹次の了承を求めて視線を送る。
茶碗を両手で抱え、にこにこと笑顔を浮かべ、見えない尻尾を打ち振るう。
…犬だ…犬がいる…
仔犬というには大きすぎるので、大型犬の仔犬だろうか。
体は立派な大人なのに、主人の命をきらきらした無垢な瞳で待つ。
あるのは期待。
「あー…金子がいいって言うんならいいか。だが亘は行くところとかないのか?」
「ありませんよ」
即答で返ってきて、謹次が困ったように、そうか、と呟いた。
獲物が元気な状態でうろうろしていることに、狩人が明らかに戸惑っている。
いつもなら昼間は夜消耗した獲物を自室に放置し回復させ、仕事が終わったらまた楽しむ。
これを何日も繰り返して、獲物が使い物にならなくなったら金子に処分させる。
それだけだったのに。
普通に会話していることにさえ戸惑って。
(これで少しは懲りてくれると有難いんだが)
金子はその様子を見ながら、少し助け舟を出す。
「亘、と言ったか、お前、家に戻らなくてもいいのか?」
金子の言葉に、亘は初めて顔を曇らせた。
それから少し苦笑いする。
「家出中なんです」
「ほう…、生まれはどこだ?」
「西の方…」
随分と大雑把な返答だ。
訝しんだ金子の様子に、亘は目を伏せ頭をかいた。
答えたくない、聞かれたくない、と言うのが滲み出ている。
「家出っつっても、いい歳だしな?問題ねぇんじゃね?」
謹次が呑気な合いの手を入れた。
いやいや、問題あるでしょう?
金子は心の奥底でツッコミを入れる。
ますます素性がわからないし、明かしたくもない、とは警戒すべき事態だと思うのだが。
謹次の合いの手に亘はぱあっと表情を明るくした。
「ですよね!親と大喧嘩したんですけどね、もともと独り立ちしたかったんで、飛び出してきたんです!」
「喧嘩かあ」
親御喧嘩というやつだろうか。
そういえば謹次は一度も反抗したことがない。
全て納得していると、賢も金子も思っていたが、本当のところはどうなのだろう。
といっても、納得のいく正当な理由がない限り、賢も金子も譲れないのだが。
「…原因は…?」
金子が口を挟むと、苦笑いする。
「長男なので家業を告げと言われて」
「……」
金子の瞳がぎらりと光る。
家業、とは?
まさか…
「へえ、どんな?」
金子の警戒をよそに謹次があっさりと尋ねた。
「普通の商売ですよ。後継だからって大学まで行かせてもらったんですけど、はっきり言って俺には合わないと思って。弟の方が向いてると思うんですよねー」
亘からの返答もあっさりしたものだった。
「へえ、弟がいるのか」
「ええ、3つ下なんでまだ学生ですけど。俺より出来がいいし、なんていうかカリスマ的なものを持ってまして、従業員の受けもいいんですよね」
「へえ」
まだ訝しむ金子の前で、二人は何でもない会話を続けていく。
「謹次さん、ご兄弟は?」
「いない。一人っ子」
「あーそんな感じー」
亘が軽く笑うと、ちょっと剥れた謹次が肘で小突いた。
「どういう意味だよ」
「いやあ、金子さんたちに大切にされてるって感じがしますもん」
同世代の若者らしい雰囲気が広がる。
「金子は過保護なだけだ」
「大切だからですよね」
謹次が嫌そうに眉を寄せると、それを見て亘が笑う。
ほのぼのとしたいい感じではある。
謹次の周りにはこういう同世代の、敬語を使ってはいるが、気軽な接し方をしてくる者はいない。
若衆には謹次と同じ年のものもいるが、一歩引いてるというか…。
学生時代の友人がいる、というのも見たことも聞いたこともない。
まず間違いなく家業のせいだろう。
見た感じ、他意はなく、ただ謹次に懐いてるだけのようではある。
謹次の環境的にこういう対等に接してくれる相手は必要だと思うのだが。
「亘、お前苗字は?」
金子がかけた言葉に、亘は一瞬怯んだ。
「太田です」
すぐに返事が返ってきたものの、その一瞬の間を見逃すほど、金子は間抜けじゃない。
偽名だ。
けれど、これ以上追求しても、にこにこと仮面のような笑顔を向ける亘が本当のことを話すとは思えなかった。
「そうか」
金子はそう答えただけだった。
「じゃあお前今日から、坊ちゃんに付いてみるか?」
「え?」
金子の発言に謹次が眉をぴくりと動かし、亘は見えない耳と尻尾をぴんと立てた。
「それって具体的に何をすればいいんですか?」
ただ付いていけばいい、とは言えない。
「坊ちゃんの世話を焼けばいい。その感じじゃ仕事もねえんだろ?時給は出してやる」
亘は嬉しそうに尻尾を振りながら、謹次に視線を移した。
謹次は少し睨むように金子を見ていたが、やがて諦めたように目を閉じる。
「いいんじゃねーか」
「やったぁ!」
亘の嬉しそうな声を聞きながら、金子は謹次に心の中で謝った。
扱いに困る元獲物を謹次的には金子に追い出して欲しかったのだろう。
でもそれじゃああまりに無責任。
拾った以上は責任を取ってほしいし、けれど正体不明な以上放置もできない。
謹次に付いて回るということは金子の目にも届くというもの。
監視がしやすい。
(あー、頭に連絡入れとかなきゃなあ…)
金子が勝手に決めてしまったことに叱責を受けるだろうか?
金子が決めたなら、と黙認されるかもしれないが。
はあああー、と金子は大きな溜息を付いた。
監視対象が増えてしまった。
全て金子の杞憂で済めばいいのだけれど。
…胃が痛い…
しくしくと痛み出した腹を抑えて、金子は再び溜息を吐いた。
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました
こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。