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しおりを挟む「…うぜーな…」
杉野が思わず呟くと、聞きつけた女がキッと眉を吊り上げた。
「うざいって何よ」
「うざいからうざいって言ってんだよ」
「別にウザくなんかないでしょ?メールのやり取りぐらい…」
「…回数によるだろ…」
1日に何度も何度もメールが送ってこられ、さらに電話まで掛かってくる。
この女とは大学入ってすぐに告られ付き合い始めて、もうすぐ1ヶ月。
最初こそおとなしかったものの、体の関係を持った辺りからひどくなってきた。
杉野にして見れば体の関係を持ったことに大した意味はない。
付き合っているのだから当然だし、生理現象をその女で処理したにすぎない。
今日もいつも通り何度も送られてくるメールに、杉野は返事を返さなかった。
正直返し用がない内容で。
『今、講義終わったよ』
などの報告から、友達がああ言ったこう言った、どうしたこうした…。
正直、知るかよ、って内容ばかりで。
それでも最初は返信を返していたが、返信の内容すら思い浮かばなくなってきたし、何より面倒くさい。
『ああ』とか『わかった』とか返していたら、返信が冷たい、だの、酷い、だの言われて、今日に至っては返事が思い浮かばない分には返信すらしなかった。
そして部屋に押しかけてきた女が、苦情を言い始めた。
最初は反省の言葉を口にしていた杉野だったが、友達の彼氏はちゃんと返信してくれるだのと言い出した辺りで、キレた。
「そんなに他の男がいいんだったら、そいつと付き合えよ」
本心だった。
顔は中の下ぐらい、性格自体も悪くないが、好きでも嫌いでもない。
どっちでもいい。
無理に付き合っていなくても、どうせすぐ次が見つかる相手。
「…酷い…」
ぶわっと涙を浮かべた相手が、部屋をかけ出していった。
大きな溜息を吐いて、追うことなど考えてもいなかった。
それが昨夜の話。
そして今日。
キャンパス内を自分と付き合っているはずの女が、別の男と腕を組んで歩いている。
杉野はそれを鼻を鳴らして眺め、その場を離れた。
「実質振られたってことで、別れていいんだよな?」
昼過ぎの食堂で友人達にことの顛末を話して聞かせる。
「…お前、本当長持ちしねーな…」
「だって、うざい」
「でも、女ってみんなそうじゃん」
「知ってる。今までの女、全部そうだった」
杉野がそう言うと皆一様に呆れた顔をする。
「分かる、本当、女ってうぜー」
小さくだが、頷いてくれるのはこの木内ぐらい。
木内とは大学で知り合った、友達の友達。
いつも自然と集まってくる仲間で、杉野とは一番価値観が近い。
でも趣味の共通点は全くなく、ここだけの関係。
「だよな」
「ああ」
「いや、俺もわかるけど、そこを我慢して付き合っていくもんだろ?」
「「なんで?!」」
杉野と木内とが半分キレながら声を揃えた。
「限界があんだろ?」
「なんで1日に用もないのに何回もメールする必要があんだよ」
「会えなかったから、とか言っていつまでも電話切らねーし」
「大学で顔見たじゃんか、って言いたくなるよ」
女のことに対して、二人で口を揃え始めると、友人達は二人を呆れて眺め始める。
「お前、彼女いるんだろ」
「いる。けど、どうしようか迷ってる」
「やっぱうざい?」
「うざい。今のところ我慢してるけどな」
「我慢しなくていいんじゃね?」
「んー、でもあんま長続きしねーってのもどうかと思ってさ」
「俺のことかよ」
杉野が思わず吹き出した。
高校から今まで何人か付き合ってみたけれど、いつも長続きしない。
「いや、俺もだって」
木内も笑う。
木内も杉野と同じような理由で長続きしてないらしい。
今の彼女とも大学に入ってから付き合いだしたらしい。
「…まあ、お前らはモテるからな」
そんな二人を友人の一人が羨ましそうに見る。
「そうそう。別れてもすぐ次が見つかるし、選び放題だもんな」
そんなことを言われる。
「…いや、俺もう、いいや…」
杉野が言うと、友人達が驚きの声を上げた。
「は?」
「木内みたいな女が現れたら付き合う」
杉野の言葉に木内が笑い転げた。
友人達はそんな木内と杉野を交互にみた。
「…いや、いないだろ…」
「いねーだろうな…」
杉野は溜息を吐いた。
「でももう、うぜー女はいい」
杉野の宣言を仲間達は呆れた顔で聞いた。
木内が今付き合ってる女は高校も一緒だった。大学に入ってすぐに告られ付き合い始めた。
杉野が別れた話を聞いて、正直迷ったが、次々女を変えるのも面倒くさいし、どうせどの女も一緒だし。そう思って付き合い続けていた。
だが、やたらとメールはしてくるし、会いたいと押しかけてくる。
週末は必ずデート。
…どの女も一緒…
最近は呪文のように自分に言い聞かせていた。
でも溜息が出る。
キャンパス内を歩いていると、廊下の端の方からきゃんきゃん喚く女の声が聞こえてきた。
うるさい、と視線を投げると、女二人に喚かれている杉野の姿があった。
「ちょっと!杉野くんどういこと!?」
喚いている女の横で俯いているもう一人の女には見覚えがある。
確か、実質振られた、という杉野の元カノ。
「どういう、って何が?」
杉野は大きな体をふんぞり返らせて、女二人を冷たい視線で見下ろしていた。
眉を寄せ、いかにも不機嫌を匂わせている。
あんな杉野は初めて見る。
杉野はいつも程よく愛想よくしている。仲間達と話すときは笑っていることが多いし、ぶっきらぼうではあるが、根は優しく面倒見もいい。自分と比べて友人は多いはず。
その杉野の不機嫌顔は、背が高く、がっちりした体格もあって迫力がある。
少し怖がっている様子だが、それを隠すように余計に女は声を上げる。
「だって酷いじゃない!?何日も連絡もしないで」
「…なんでお前に連絡しなきゃいけねーんだよ」
「わ、私じゃなくてかよに…」
「は?俺、振られたんじゃねーの?」
「ふ、振ってない…!!」
それまで黙っていた女が必死の形相で涙を溜めながら訴えた。
「………」
杉野は大きな溜息を吐いた。
「…他の男と腕組んで歩いてたけど?」
「あ、あれは杉野くんが他の、男と付き合えって、言ったから…」
「で、他の男と付き合ったんだろ?やっぱ振られたんじゃん」
と言いながらも杉野の言葉に抑揚はない。
めんどくさがっているのが、聞いててわかる。
木内は物陰に隠れてこっそりと笑った。
「ちが…!」
「かよはね、杉野くんが酷いことを言うから、ヤキモチを妬かせてわからせようと」
「「妬くわけねーだろ」」
杉野が答えるのと一緒に、木内も小さく呟いていた。
杉野は一呼吸置いて大きく溜息を吐いた。
「振った、ってことにしとけばいいだろ?…じゃなきゃ、今すぐ振ってやるよ」
「…!!」
「杉野くん、その言い方…!!」
「てかさ、お前何?」
「え…私はかよの友達…」
「関係ねーことに鬱陶しい関わり方してくんなよ。俺とそいつの話だろ」
「…!!私はただ…」
「誰に友達思いの優しい自分をアピールしたいのか知らねーけど、迷惑だ」
杉野の辛辣な言葉に女達は言葉をなくして黙り込む。
一方木内は物陰で、必死に笑いを堪えていた。
女のこういうところは木内も全くダメで、関係ない友達がしゃしゃり出てくるのはうざくて仕方ない。
普段、辛辣な言葉を避けてる杉野が言うだけに効果は覿面だし、木内の胸も空く。
「じゃ、結果俺たち別れたってことでいいよな」
そう言い放った杉野に女は声をかけなかった。
必死に笑いを堪えている木内の頭をぽん、と撫でるように叩かれて顔を上げると、杉野が苦笑いしていた。
それから二人でその場を離れた。
「盗み聞きするようなやつだとは思わなかった」
「たまたま通りかかったら面白いことになってたから、聞いてただけだ」
「面白がるな。…笑いすぎだし…」
まだ笑ってる木内の頭を杉野がぐしゃぐしゃにする。
木内も結構身長は高いのだが、頭一つ大きい杉野と並ぶと小柄に見えてしまう。
至って普通の体格も華奢にしか見えない。
「すっきりした」
木内がそう言うと、杉野は苦笑いする。
「ほんと、ああいうのダメでな。イラっとする」
「うん、わかる。俺もダメだ」
「せっかく振られたってことにしてやってんのに」
「相当お前のことが好きなんだろうな。ヨリを戻したいんだろ」
ククッと笑いをこらえる木内を杉野が、笑うな、と咎めた。
「俺は戻したくない」
「だろうな」
「あーあ、ほんとにどっかにお前みたいな女、いねーかなぁ。そしたら俺、頼み込んででも付き合う」
杉野の言いようがおかしくて、木内は頭を反らせて大笑いした。
「この間も言ってたけど、なんなのそれ」
「んー?お前なら、必要以上にメールも電話もしてこねーだろうし、休みの日もほっといても自分の好きなことするだろ?どこに行くんだ?なんだとうるさく聞かねーだろうし」
「そんなの男なら普通だろ」
木内が答えると、杉野が首を振った。
「それが違うらしいんだよ。大なり小なりあるけど。休みは一緒に過ごしたり、メール返事こなかったら気になるとか、返信までの時間とか、いろいろ…」
「まじか…?」
「まじ」
「てかさ、返事が確実に欲しいならメールじゃなくて電話だろ?メールの意味ねーじゃん。やすみだってさ、好きなことしていいじゃん?別に浮気するわけねーんだからさ」
「…て思うのは、俺と木内ぐらい」
「………」
木内が黙り込むと、杉野が再び呟く。
「あー、木内みたいな女いねーかな」
「…いたら俺が付き合うよ…」
普段出歩かない木内が外出するとき、それは映画を観るとき。
一人で見るのが好き、っていうわけではないが、女と行くぐらいなら一人がいいと思っていた。
今の彼女と付き合いだしてしばらくしてから、様子見もかねて映画に誘った。
結果、二度と誘わない、そう思ったのだ。
映画館に入るまでも、入ってからも、とにかくうるさい。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ、とかではなくて。
木内は静かに映画が見たいし、パンフも読みたい。
なのに、やたらと話しかけてくる。
映画が始まってからも、小さな声で周りに迷惑がかからないように、感想や今何が起こったなどと話してくるのだ。
木内はそれが嫌で嫌で。
せっかくの音響と大画面で、自宅では感じられない臨場感を楽しみたいのに。
全て台無しにされた気がした。
この女だけではない。
大抵の女、中には男友だちにもそういうのがいる。
よって、木内はDVDを借りてきて自宅で見ることにしていた。
だが、最近非常に気になる映画がある。
こればっかりは映画館で見たい。
そう彼女に言っても、絶対ついてくるだろう。
それは嫌だった。
集中して観たい。
「一人で行けばいいんじゃないか?」
仲間たちに相談すると、案の定杉野は真っ先にそう言った。
「そう、したいんだけど」
「訳を、どうしても一人で観たい、って話してみたら?」
意外にも他の友達も言い出した。
杉野と自分の価値観が、微妙に一般的ではない自覚はあるので、他者の賛同を得られると、これってありなのか、と安心できた。
てことで。
杉野ではなく、他者の意見に従って彼女に話してみることにした。
「なんで一緒じゃダメなの?」
すぐに切り返される。
「それは…」
お前がうるさいから、とは言えず。
「…集中して観たいから…」
案にお前がいると集中できない、と言ってるようにも思えたが他に言いようが見つからない。
女が黙り込んでしまったので、他に何か説得力のある言い訳を探していると、たっぷりと間を空けたのち、女が小さく頷いた。
「…わかった…」
内心飛び上がるほど嬉しかった。
言ってみるもんだな、ちょっとこの女を見直した、などとホクホクした。
「じゃ、今度の土曜日に行ってくるから」
「…うん…」
妙な頷き方だった、とは後で思ったが、この時は邪魔されずに本当に観たいと思っていた映画が見れることで頭がいっぱいだった。
開場時間に合わせて映画館に着いた。
パンフを買って、自分にベストな状態で見られる席を見つけて、開演までの間にパンフを端から端まで読みたかったから。
「木内くん、見つけた!」
パンフを手に取った途端、声を掛けられ、驚いて振り向いた。
わかった、と言ったはずの彼女がそこにいた。
「お前…!」
彼女はにっこりと笑いかけてくる。
「私も暇だったから、きちゃった」
木内は何か言おうとしたけれど、飲み込んで、代わりに彼女に背を向けて館内に入った。
席に座ると、当然のように隣に座ってくる。
木内は何を話しかけられても、無視をした。
せっかく端々まで読もうと思っていたパンフも、怒りで内容が頭に入らない。
無視しようとしても、放映中、隣で小さな声をあげたり、かけられたりして、怒りも相まって全然集中できない。
本来ならエンドロールまで見ていくのだが、木内はまだ館内が暗いうちに後にした。
「待って!木内くん!」
後ろから追いかけてくる声も無視して、まっすぐに自分の車に向かった。
車の鍵を開けたところで、腕にしがみつかれた。
「ごめんなさい!勝手に来て。木内くんの様子が変だったから、他の女と来てるのかと思って、確かめに来たの!ごめんなさい」
「…いいよ、もう…」
怒りとは裏腹の返事を返して車に乗り込もうとすると、さらに腕を引かれる。
「ほんとに、怒ってない?」
怒ってない、とは言ってない。
「…ああ」
そう答えるとあからさまに安堵の顔をされる。
イラっとしたが、何を言うのも面倒になっていて、木内は車のドアを開けた。
「あ、私、バスで来たの。よかったら送って欲しいんだけど…」
木内の中で、小さな音がした。
「お願い」
手を合わせて、首を傾げ、上目遣いに覗き込んでくる。
また小さな音がしたが、木内は顎で彼女に助手席を示し、自分はさっさと乗り込んだ。
道中、木内は一言も喋らなかった。
女は木内の機嫌を取ろうと、映画の感想や内容を話しまくってる。
木内はイライラしながら、運転を続け、女のアパートの前で車を止めた。
無言で降りるのを待つ。
なかなか降りる様子を見せない相手に、今度は少し大きな音がした。
「…やっぱり怒ってるよね、そうだよね、本当にごめんね?あの、うちに寄っていかない?仲直りに美味しいもの作るから、それに次は絶対…」
ぶち、っと何かが切れる音が耳元でした。
「寄らないし、次はないから」
「え」
「お前とはもう終わりにする」
「え、え?」
「さっさと降りろよ」
「そ、そんなぁ、木内くん!本当にごめんなさい」
「降りろ」
「………」
木内は彼女を振り向こうともせず、前方を見つめドアの開閉音を待っている。
しばらく居座っていた女が降りていくと、木内はすぐに車を出した。
スマホはずっと何かしら音を立てていた。
女がメールやら電話やら、できる限りの方法で修復しようと試みているのがわかったが、今はそれすらも腹立たしい。
本当に楽しみにしていたのだ。
木内の唯一とも言える趣味で、木内にとっては何事にも代えがたい娯楽だったのだ。
一人で行けると思った時のあの感動、今まであの女に抱いていた負の感情が全て吹き飛ぶくらいだった。
そのせいで、その反動は大きい。
失望も。
木内の中ではもう、修復など出来ないほどに、もともとない信頼関係が完全に消滅した。
イライラしながら部屋へ戻って、大切なはずのパンプをベッドに放り投げた。
「くそっ」
ベッドにダイブするように横になると、腹立たしいついでに、あの女の全て消してやる、とスマホを手に取って、彼女以外のメールに気付いた。
相手は杉野で。
『映画終わったか?』
首を傾げながらも返信する。
『今帰ってきたとこ』
『ちょうどよかった。あと10分ぐらいでそっち着く』
「え?くんの?」
思わず起き上がって、スマホに返信する。
『なんで?』
『見せたいものがあるから』
「は?」
杉野からのメールはいつも用件のみ。
しかも唐突。
返信に困る女からの日記のようなメールと違って、用件のやり取りだけで終わる。
用件の概要というか、そこに至るまでの経緯とか、用件の意味とかが記されていないこともしばしば。
何々いる?、いる、じゃあやる、みたいな。
その何々をなぜ杉野が持っているか、など、やるって言って実際に持ってきたのが山のような量だったとか。
杉野のメールも困るには困るが、イライラしたりうざいと思ったことはない。
程なくやってきた杉野は泥だらけだった。
「よお!」
にっかり笑いながら部屋へ入ってこようとするのを、木内は慌てて引き止めた。
「ちょ!せめて泥を落せよっ」
「えー?お前潔癖性だったか?」
「潔癖性は関係ねーよ。そのまま上がられると、普通に掃除が面倒になるだろ!?」
「ああ」
初めて気付いたように杉野はパタパタと衣服を叩き、途中で面倒になったのか、汚れのひどい上着は玄関に脱ぎ捨てた。それから両手を広げ、木内の許可を待つ。
子供みたいだ…。
「いいよ」
にかっと笑うと、部屋へ上がってくる。
子供というより、犬か…。
まっすぐにテーブルへ向かう背中を見つめながら、木内はひとりごちた。
「見せたいものってなんだよ」
「あ、これこれ」
テーブルにずらりと写真を並べられた。
崖っぷちに咲く花とか、頂の夕日とか。
「見せたいものってこれか?」
「おう!」
「まさか、今日撮ってきたとか」
「そ!その帰り。途中知り合いのとこで現像させて貰ってきた」
「ふうん」
一枚一枚手に取りながら眺める。
どれも崖や頂やらが背景で。
「つまりこれで泥だらけになったってわけだな」
「ん。お前が好きそうな絵が撮れたから自慢しに来た」
「自慢て…。それに俺は別に写真に興味ねーし」
「とか言いながらじっくり見るよな」
言われて顔を上げると、にっと笑われる。
興味はない、今も昔も。
ただ杉野が休みのたびにどこそこへ出かけて行って、撮影してきたものを見るのは嫌いじゃない。
そこにはいつも自分が知らない世界が写っているから。
写真のためなら雪山にも登る杉野と違って、木内は登る気にもなれない。
自力では絶対見れない風景がそこに映っている。
杉野は彼女と付き合っている時は思うように写真を撮りに出掛けたり出来なかったらしく、自由の身になれた途端、毎週のように撮影に出かけ、その成果を仲間に自慢していた。
同じように興味がない仲間たちの中で、木内だけがじっくりと眺めていた。
興味はないけど、知らない、知るはずのない世界を知識として吸収するように。
それから杉野は仲間たちではなく、木内に成果を見せるようになった。
「あと、お前に話があって」
「ん…?なに?」
写真を手に取ってじっくりと眺めながら、うわのそらで生返事。
「俺たち、付き合おうぜ」
杉野が放った言葉がすぐには落ちてこなくて。
随分と時間が経ってから、木内を驚かせた。
「はあ!?」
杉野は木内の驚きぶりに満足げに笑みを漏らした。
「いや、だってさ、お前みたいな女なんてそうそういねーだろ?探すのもめんどいし、みたいな、じゃなくてお前でいいじゃん、て」
なんでもないことのようにさらりと言う。
「いや、いや、ちょっと待てよ」
「ああ、もちろん、今の女と別れてからでいいから。次は俺が予約、な」
そう言いながら、写真を直そうとする。
その写真を木内が抑えた。
「まだ見てる。じゃなくて、お前、さ、俺たち男同士じゃん?」
「だな。って知ってるよ」
笑い声を立てる杉野に木内は呆れる、というか力が抜ける気がした。
「いいの?お前、それで」
「俺はいい。考えてみたらさ、お前みたいな女なんて現れるわけねーし、そしたらどっちみち俺ずっと一人じゃん?それはちょっと寂しくないか?」
「わかる…けども!」
「なんだよ、あくまで予約だろ?キャンセル不可なんて言ってねーし、そん時になったら考えてくれりゃあいいし」
「…今がそん時なんだよ…」
「あ?」
「別れてきたばっかだよ、ついさっき」
「おお!…で、なんで?意外と理解力のある女だった、ってお前喜んでたじゃん」
「嘘だったんだよ」
木内が杉野に今日起きたことを話すと、杉野は頷きながら木内の顔を覗き込んだ。
「お前も俺みたいな女がいたら、って思っただろ?」
「…そんな女いねー…」
「だな。だから俺たちでくっついとけば、俺たちに振られる女もいなくなるし、俺たちもイラつかなくていいし、世界は平和、俺たちも平和、ってことじゃね?」
「…なんだ、そりゃ…」
木内が項垂れると、杉野が覗き込んできた。
「はっきり嫌だって言わないとこ見ると、お前も同感なんだろ?」
「………」
「必死に口説いてんだからさ、頷いてくれよ」
目だけをあげて杉野を睨みつけた。
「どこが必死だよ、軽すぎだろ」
「重くなりすぎないように気を使ってんだよ」
やはり向けられる笑顔は軽い。
多分、木内の返事がわかっているからだ。
「…わかった、付き合うよ…」
覗き込んでいた顔が、笑みを浮かべたまま離れていく。
今度はそれを木内が追いかけた。
「でもさ、友達じゃダメなのか?」
「あー、それな、俺も思った」
「で?」
「俺も木内も男と付き合ったことなんかねーからなぁ。まあ、付き合って、やっぱ友達以上は無理だ、ってなったら友達に戻ればいいじゃん」
「その判断はどこでつけるんだよ」
木内が問いかけると、杉野がニヤニヤ笑いだした。
「そりゃあ、友達かそうじゃないかは、キス、出来るかどうかの違いじゃねーか?」
「………」
「試してみるか?」
そう言って、木内から近付けた顔をさらに近付けてきた。
男臭い全てのパーツがそれなりにバランスよく配置されて…。
「…やめとく、初日にわざわざ答え出さなくてもいいだろ」
木内がそう言って身を引くと、杉野が大笑いした。
試さなくても、答えはわかっている。
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