10 swords

過半無隷従

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プロローグ

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「未来、良い息抜きになったか?」

  父さんは屈託ない笑顔でそう言うと、車をとめている駐車場に向かって歩く。
 
「うん。……これでまた頑張れそうだよ」

 善意でやってくれているので愛想良く振る舞うが、父さん、一次試験まであと一ヶ月切っているというこの時期に真冬の滝に連れてくるというのはどうなんだ。さっきから飛沫しぶきが顔に当たって寒いんだ。

 辺りを見渡すと、近所の大学のサークルらしき集団がこんなに寒いのにバーベキューをして騒いでいる。

僕の志望大学かどうかは知らないが、去年受かっていたら今年一年必死に勉強することもなかったと思うと、かなりナーバスな気分になる。

 ぶっちゃけ、模試の結果は悪くない。というか、かなり良い。ずっとa判定だし、予備校の講師にもまあ問題ないだろうと軽いお墨付きをもらっている。

 だが、僕はめちゃくちゃ本番に弱いんだ。去年もこの時期にインフルエンザにかかってしまい、周りが勉強している中寝込んでいるというプレッシャーに押し潰されて全く寝付けなかった。

 だからこそ今こんなとこにはいたくなかったのだが、兄貴も受験生の時にここに連れてこられたらしいので、多分父にとって特別な場所なんだろう。食わせてもらっている身分だし、断るわけにもいかない。

 家に帰ったら熱いコーヒーを飲もうと心に強く決めた瞬間、

『君にしかできないことがある、太刀未来』

「!?」

 今僕の本名呼ばれなかったか……? 
振り返ってみても、先程の騒いだままのサークルの人達がいるだけで、僕の名前を言ったとは考えにくい。多分、初対面だし、というか対面もしてないけど……。

 なんだか、滝壺の中から声が聞こえたような気がした。野太く、芯が通った男の声だった。…………いや、気のせいか。というか、勉強続きで疲れているんだ。今日はやっぱり早めに寝て明日に備えよう。

「未来ー! どうした、早くこーい!」

 父さんが呼んでいる。車で家から五十分はかかるんだ。さっさと家に帰って寝てしまおう……。


 眠れない。全く眠れない。二十二時には布団に入ったのに、現在二十三時三十分。カフェインを摂ると眠れなくなる性質たちなのでコーヒーは飲まないようにしたのだが……全然眠れない。

何だか、ずっとあの時聞いた声が気になっている。君にしかできない……どういう意味なんだろう。いや、ただの幻聴だ。今気にすべきものは受験だけであり、邪念は必要ない。本当に、もう寝てしまおう。


 …………僕は一体何をしている? 車で五十分かかるんだ。自転車だと二時間はかかるだろう。勿論既に十九歳なので深夜徘徊にはならないと思うが、僕は受験生だぞ。こんな時期に、夜風に当たりながら汗を掻くなんて……。時折停まってスマホで位置を確認しつつはあはあ言いながら目的地に向かう。

 両親にバレたら怒られるだろうか。思えば、親に反抗したことはあまりない。兄貴が優秀だったので、兄貴の真似をして同じ高校に通い、同じ大学を受けた。落ちてはしまったが、二人とも喜んでくれたし、浪人も許してくれた。

 今まで、あまりを出したことが無かったかもしれない。誰かの真似をし続けていた僕にとって、君にしかできないという文面は、とても蠱惑的に映ってしまったのだ。

 そもそも行って何の意味がある。ただの幻聴だろ。確かめたところで不利益しかない。勿論分かっている。だが、なぜだか確かめずにはいられない。運動もしばらくしてないので足がちぎれそうなほど痛い。肺も、死にそうなほど辛い。だが、なんだか暫くぶりに生きていると実感している気がする。もしかして、今まで僕は死んでいたんじゃないか、という冗談を口からこぼしながら、遂に闇夜に包まれたに到着した。


 深夜なので他に人はいない。そして、すごく寒い。受験生が来る場所ではないと十分承知しながら、昼間の声の発生源へと足を進めた。

 道すがら、自動販売機で缶コーヒーを買うために、小銭を入れる。無糖か、微糖か。今はどっちの気分だろう……、

『君にしかできないことがある、太刀未来』

「!!」

 聞こえた。まさか、いや、やはり幻聴じゃない。あれだけ僕を気にさせたのだ、やはり幻聴などでは無かった。

 足早に滝壺まで近づく。水面に耳を傾けると、

『太刀未来。君の全てを投げ出せとは言わない。君は、また同じ生活を歩むことができる。もし、私の頼みを承諾してくれるなら、ただ、全てを投げ出すで臨んで欲しい。……君に期待している』

  聞こえた。同じ声だ。期待……その言葉はいつぶりのものだろう。勿論、両親も僕に期待はしてくれていたのだろうが、それは兄貴に対するものと比べると、やはり淡い。結局後ろから追っかけているだけなのだ。期待する側も、少しだけ身が入らないのだろう。

 しかし、この言葉は違う。僕に対して、僕個人に対して投げかけられた言葉だ。きっと誰かの後追いでもない。ただ、自分で未来を切り開いていく、そんな希望が隠されているような気がして、


僕は、十二月終わりの冷水に飛び込んだ。
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