アドニスのさがしもの

黒八

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人外

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──頭が重い。
    背中に冷たく柔らかな感触があるから、多分、イスか何かに横たわっているんだろう。
    けれど、瞼が開かないうえ、身体も上手く動かせない。
    記憶もなんだか曖昧で、不思議な感覚だ。
「……………子も……に…入れる…?」
「………は…の……だァ」
    近くで、声が聴こえる。片方は聞き覚えがあるような……?

──ああ、やっぱりダメだ。
    現状がわからないまま、私はまた意識を手離した。  

     ******

「ふむ、じゃあその子もこっちに引き入れるのか?」
「おう。俺ぁそのつもりだァ」
「お前に見られたのが運の尽きってやつだろうな」
「ふん、そいつは違いねぇなァ?けど俺達に遭うってのは、だろゥ?」
    壁や天井の一切を黒塗りされた空間。到底光量が足りているとは思えない灯りに照らされた、一見するとバーのようなその内装の一角、黒染めされた革のソファに、二匹の人外は腰かけていた。
    片や、身体に深い蒼をたたえた、人語を操る大蛇。 
    片や、燃えるような赤毛のたてがみを持つ、筋骨隆々の獅子頭ナラシンハ
    人間社会に紛れるにはあまりにも異質な二匹は、しかしさも当然のように、人の文明を使いこなしていた。獅子頭に至ってはどう手に入れたのか、スーツまで着こなしている。
    そんな二匹の話題に挙がっているのは、向かいの黒のソファに横たわる少女だ。
「だが、この少女の意思も聞いてみなければ」
 獅子頭は自身の鬣を撫でながら片目で少女を見やる。
「こんな人外の巣窟に無理矢理連れてこられたんだ。まず会話出来るかどうか。パニックになるようなら、実力行使も視野に入れているが?」
「好きにすればいいィ。俺の役目は招待だァ。同質を探して此処へ運ぶ。後はお前の仕事だろォ?」
    大蛇はシャシャシャと笑ってとぐろを巻いた。少女を呑んだ際と比べてかなり縮んでいるようで、既に獅子頭が座っているソファの片方に、はみ出ることなく居座っている。
    自分の仕事は完了した、あとは全てお前の仕事だ。とでも言うように、チロチロと愉快そうに舌を出す大蛇。
    獅子頭は思わず嘆息する。
「……ならばその役目とやらを、せめてしっかり果たしてくれ。この少女、先程からピクリとも動かないじゃないか」
 獅子頭の目線が少しだけ少女へ、それからまた隣の大蛇へ戻る。
「おおかた、またお前が毒の調整をミスったんだろう?何故いつもそう適当なんだ……」
「死なねぇからミスじゃねェ」
 小言に減らず口を返す大蛇。どうやらかなり大雑把な性格のようだ。
「それに、カトレアの薬さえあればすぐ治んだろォ。あいつはどうしたァ?」
 途端、再び獅子頭が溜め息を漏らす。
「どこにいるか連絡すら着かない本人に聞いてくれ。ただでさえこの鏡合わせの夜会コントラスタ・パーティは気まぐれが多いんだ──」
 そこで一息置いて、目の前のカップに注がれたコーヒーを一気に飲み干す。

「一人一人の動向を把握できるか!!」

    獅子頭が吼えて勢いよくカップを置き、立ち上がる。どうやら大蛇は地雷を踏み抜いてしまったようだった。
 だが、さすがというべきか。スーツを着こなし、紳士的な印象を与える獅子頭は、やはり中身も備わっているようで、すぐさま心を落ち着かせ、
「……少し荒れた。とにかく、その少女が目覚めたら私に伝えてくれ。私はやる事があるので書庫にいる」
 そう言い残し書庫へと扉を出ていった。
 さしもの大蛇もあの迫力で怒鳴られては軽口を言う気にはならないようで
「……はいよォ」
 短くそう返事をするだけだった。

     ******

「──まさか死んじゃいねぇ、よなァ?」
 少女の目覚めを待つ大蛇は、不安を口にし、とぐろを巻きなおす。既に獅子頭が退室してから二時間ほどが経過していた。その間少女はピクリとも動かない。
 自分が雑な性格なのは自覚しているが、まさか。
「さすがに生きてんだろォ……」
 嫌な不安が頭をよぎる。
 もっとも大蛇が恐れているのは少女の死ではなく、その先に待っている獅子頭の説教であるが。
    自由奔放な性格な大蛇だが、実は人外の集まりである夜会パーティの中でも最年長にあたる。生きた年は実に数百年。生きる中で知り合った者は、大概先に死んでいく。
    故に自身以外のほとんどをではなくとして考える傾向があるのだ。大蛇にとって、である少女の命は、あまり意識されていなかったりする。
「……ったく、毎度毎度拾いはするが、そこから見つかった試しはねぇだろうによォ」
 ソファに沈んでいる少女が息をしている事を確認して、悪態をつく。
 彼ら鏡合わせの夜会コントラスタ・パーティには、こうして人間を拐う理由があった。
    必要なのは、いくつかある条件のその全てをクリアした。彼らが拐うのは、その条件の一つ目をクリアしている者達だ。
 しかし未だ、二つ目の条件をクリアする者は現れない。既に数十と繰り返した作業に、大蛇は飽きてきたところだった。
 これからも続くであろう反復作業に辟易とした感情を抱いた大蛇は、幾何学的な模様が入ったその尾で獅子頭が残していったマグカップを器用に弄ぶ。
 が、やがてそれにも飽きたようで、マグカップを机に置くと、ソファからするりと降りた。
「どうせこんだけ待っても起きねぇんだァ。しばらくは起きねぇだろォ」
 誰にしたともわからない言い訳を独り呟いて、部屋をするすると出ていく大蛇。
 獅子頭の言葉を忘れたわけではない。むしろ忘れていないが故にこの行動に出ているわけだが。
「あいつは目覚めたら伝えろっつったんだァ。何もとは言ってねぇ、つまりィ?」 
    シャシャ、と舌を出して笑う。
「何も問題はねぇなァ!!」
    愉快そうに笑いながら、大蛇はその身体をくねらせて廊下の奥へと消えていった。

    部屋には少女だけが残された。
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