魔戒戦艦天照

松井康治

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第十一回 鹿児島湾口海戦

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 天照 庖国艦隊まで1㎞

 天照が庖国艦隊にぐんぐん近づいても庖国艦隊は何ら対応を起こさなかった。庖国艦隊指揮官 盛業大将は天照が何も出来ないと踏んでいた。普通なら戦艦1隻で敵艦隊のただ中に突入することなどあり得ない馬鹿げたこと、仮に天照と戦闘になったとしてもたかが1隻、一方的に簡単に沈めることが出来ると考えていた。

 やがて輸送船団が分離し、鹿児島湾口へと向かっていった。天照は庖国艦隊の前方に位置する輸送船団の中に突入する。庖国艦隊司令部は青ざめた、普通ならあり得ない馬鹿げたことが起こった。こちらから発砲すると味方輸送船に誤射してしまう恐れもある。余裕だったはずが一気に八方ふさがりになってしまった。

 天照は輸送船のほぼ倍の速度で輸送船の合間を縫うように走り抜ける。監視員の双眼鏡が輸送船上にいる庖国の兵員をとらえた。上陸用船艇に乗り込まんとしているのが確認出来た。広報班が写真、動画、共に撮影していく。監視員からの報告が艦橋に届く。
「庖国船に軍人しか認められません!」
「上陸用船艇が多数見受けられます!」
 それを聞いて次美が意見具申する。
「もはや侵略意図は疑いようがありません」
「そうだね、始めようか」悌二郎も答える。
 一拍おいて命令を出す。
「第一戦速、副砲撃ちぃ方始め!」
 スクリューの回転が増加し、後方の海面が山のように盛り上がり天照はみるみる加速し、庖国艦隊輸送船団の中を突き進んでいく。

 両舷の副砲12門が一斉に火を噴く。軽巡洋艦約2隻分に匹敵する火力である。装甲化されていない庖国輸送船は喫水線付近に次々と被弾、みるみる速度を落とし、沈み始めた。天照は第一戦速のまま庖国輸送船の間を縫うように走り抜け、船団前方に出ると反転し、今度は逆走を始めた。反転し始めた天照を見て衝突を恐れた輸送船団は回避行動を取る。その結果船団の動きがバラバラになり混乱状態に陥った。そんな輸送船団に対し天照は逆走しながら輸送船に次々と砲撃し、輸送船20隻中10隻に被害を与えた。

 次々と沈められていく味方輸送船を見て、庖国艦隊旗艦 戦艦「天安」は麾下の護衛艦隊に天照の撃沈を下令した、だがその対応はあまりに遅すぎた。天照を放置したことが完全に裏目に出た。駆逐艦が高速で天照に肉薄せんと突進する。
「敵駆逐艦10隻、前方より接近!」
 天照の監視員が叫ぶ。庖国艦隊駆逐艦の2/3、かなりの戦力である。搭載されている多数の魚雷は戦艦の天照とは言え軽視出来ない火力である、下手をしたら魚雷一本でも致命傷になりかねない。
「針路2-6-0、副砲で迎撃!」
 悌二郎が指示を飛ばす。
「主砲は?」
 次美が確認する、一瞬考えて悌二郎が答える。
「主砲、敵戦艦天安を砲撃!」
 庖国艦隊旗艦 戦艦天安までの距離は1万メートルほど、充分射程距離である。
「了解!!」
 主砲射撃指揮所から待ってましたと言わんばかりの声が届く。36.5センチ連装砲塔4基が毎秒3度の速度で旋回し戦艦天安に指向する。戦艦乗組員にとって、敵戦艦との打ち合いは武人の誉れである。対魔法、対怪獣などを主任務とした天照といえどそれは変わりない事であった。

 片や天安の庖国艦隊司令部はまだ楽観主義が支配していた。天照は戦艦といえど僅か1隻、駆逐艦が群れで襲えば取るに足りない相手であるという感覚が消えていなかった。

 天照の主砲が天安に射撃を開始する、高練度の天照らしく一撃で天安を挟叉する。数分で天安に天照主砲の直撃弾が襲う。天照主砲弾の直撃は天安の装甲板をを易々と貫通した。1万メートルは陸戦では途方も無い遠距離だが海戦では近距離になる。陸戦なら歩兵で200メートルほどの距離に相当する。射撃の上手い兵隊なら百発百中の距離である。そして天照の主砲射撃手は皇国最高の練度を持つ射撃の名手である。戦艦には想定交戦距離というモノがあり、その想定交戦距離内では同等の戦艦の主砲直撃弾では装甲を貫通出来ない様に作られている。だが現在の状況はその想定外の近距離であるため天安の装甲は天照の徹甲弾をはじくことは出来なかった。

 天照からの直撃弾を連発で受け、天安は大混乱に陥った。天照に対しての射撃準備をしていなかったため反撃も出来ない状態だった。天安艦長は反撃を命令したが時既に遅く、4基ある主砲塔中3基は戦闘不能状態になっていた。

 庖国艦隊駆逐艦10隻が天照の後方から接近との報告が悌二郎の元に届く。
「距離は?」
「約2000!」
 悌二郎は頭の中でそろばんをはじいて指示した。
「爆雷投下用意! 設定深度150! 用意出来次第全弾投下!」
 天照には水中目標に対して攻撃するために爆雷が装備されている。
「はいぃ?!」
 次美の目が点になった。悌二郎がにこやかに答える。
「誘爆しても困るから使えそうな内に使い切っちゃおう、砲術長!」
「はっ!」
 浜田少佐が今ひとつ飲み込めない顔で艦内電話で爆雷投下の指示を出す。

 天照艦尾に設置されている爆雷投下軌条から爆雷が次々と投下されて沈んでいった。爆雷投下をしている間、悌二郎は細かく右へ左へと蛇行するように転蛇を指示していた。

 天照を全速で追う駆逐艦の周辺に水柱が立った、爆雷が爆発したのだ。次々と設定震度に達した爆雷が爆発していく。その内の一発が1隻の駆逐艦の直下で爆発した。その爆圧を受けて船体が真っ二つに折れてあっと言う間に沈んでいった。
「駆逐艦1隻撃沈!」
 監視員からの報告が入った。あまりにも非常識な撃沈に次美は開いた口が塞がらなかった。
「混乱を誘えればと思ったけど1隻撃沈とは大した物だ」
 あっけらかんと悌二郎は言い放った。

 残り9隻の駆逐艦が砲撃を開始した、天照の周辺に着弾の水柱が次々と立つ。
「最大戦速、面舵一杯!」
 悌二郎は天照を最大速力30ノットに加速させる。面舵を切ることによって駆逐艦が天照の右舷副砲の射界に入り込んだ。副砲はすかさず駆逐艦に対して射撃を開始する。
 副砲の直撃弾を次々と受けた先頭を走る庖国駆逐艦はあっと言う間に沈んでいった。副砲とは言え15㎝砲である。無装甲の駆逐艦がその直撃を受けて無事なはずが無かった。残り8隻の駆逐艦が魚雷の射点を得るために天照と併走しようと転蛇した。だがそれは天照副砲の射線に入らなけらばならない一か八かの突貫を意味した。また天照も魚雷を当てられたら一巻の終わりにもなりかねない危険な状態になる。魚雷を撃たれる前に撃退する必要があった。

 天照の副砲から撃たれた砲弾が次々に駆逐艦に命中する。あるものは航行不能になり、あるものは真っ二つに折れ、あるものは発射前の魚雷が誘爆を起こして吹き飛んだ。そんな中、1隻の駆逐艦が天照を射線にとらえて魚雷を4発放った。
「敵駆逐艦が魚雷を発射ぁ!」
 監視員からの絶叫にも近い報告が艦橋に届く。
「取り舵一杯!!」
 悌二郎も絶叫に近い声で指示を出す。天照は3万トンもの巨体である。舵を切っても艦首が動き出すまで1分ほどの時間がかかる。その間に魚雷は天照にぐんぐん迫ってくる。悌二郎は艦首が動き出すまでの1分ほどを永遠とも思える長い時間に感じていた。
  魚雷が天照の艦尾30メートルほどをかすめて艦首方向に走り去った。だがその先には庖国揚陸艦があった。天照はさらに転蛇して衝突を避ける針路を取るが、魚雷はそのまま揚陸艦に吸い込まれていく。


 庖国艦隊旗艦 戦艦天安

 天安は天照主砲の直撃弾多数によりほぼ戦闘不能状態に陥っており、浸水により左舷に5度傾いていた。
「揚陸艦071大破! 味方駆逐艦の誤射と思われます!!」
 戦艦天安の司令室に悲鳴のような報告が届く。
「司令官、もはや上陸戦力の6割以上を失いました! 作戦遂行は不可能です!!」
 参謀が作戦中止を進言する。庖国艦隊指揮官 盛業大将は青ざめた顔をうつむかせ、脱力して椅子に座り込んでいた。ショックで死んでしまっているのではと参謀達は思い始めた。

 盛業大将がゆらりと立ち上がりボソリとつぶやく。
「……めろ」
「は? 何と?」
 盛業大将が顔を真っ赤にして絶叫する
「天照を沈めろぉおおおおおおおおおおおお! 天照の兵、一兵たりとも生きて帰すなああああああっ!!」
 参謀のひとりが確認する
「魔獣隊を使いますか? 乗せている船はまだ健在です」
「手段は問わん! 全戦力を持って天照を沈めるのだ!! 艦隊突撃!!!」
 庖国艦隊全艦が天照に向かって行った。


 天照霊探所

「魔法反応! 方位1-0-5、距離2000! この波長は初めて見ます」
 マーサが興奮する
「魔獣の制御魔法の反応! 教本以外で見るのは初めてだわ、全部記録するわよ!!」
 霊探所から報告が艦橋にもたらされた。
「魔獣か!」
「庖国艦隊、本艦に突進してきます、全艦のようです」
 監視員から庖国艦隊接近の報が入る。天照は魔獣と庖国艦隊に挟まれる形になった。
 艦橋が騒ぎ出す。悌二郎は興奮しつつも冷静につとめて指示を出す。
「方位105、あれか! 副砲、あの船に集中砲火!」
 悌二郎が指示した輸送船に天照が集中攻撃をした、みるみる穴だらけになり火災になり沈み始める。するとその炎の中から大きな影が浮かび上がった。魔獣が立ち上がった。
「大きいです、あれが庖国の新型魔獣!」
 双眼鏡を覗きながら次美が興奮気味に言った。
「制御魔法の反応消失!」
 霊探所からそう報告が上がる。
「え? どういうこと??」
 悌二郎が確認を求める、次美が答える。
「魔獣が無制御状態になったんです。どうやら魔獣を積んでいた船に制御する魔術師も乗っていたみたいです、その魔術師が死んだようです」
「魔獣の戦闘能力は推定出来る?」
 悌二郎が次美に尋ねた。
「あの大きさなら先日南大垣島で退治した召喚獣以上ではないかと」
 一瞬考えて悌二郎が下令する。
「前進一杯、針路1-1-0!」
 魔獣の鼻先をかすめる針路である。
「艦長?!」
 次美が悌二郎の意図を確認する。悌二郎が答える。
「魔獣の戦闘能力がハッキリしないので接近して情報収集をします」
 天照が魔獣に接近していく、その後ろから庖国艦隊が追ってくる。

 制御を失った魔獣は周囲にある全てに攻撃を始めた。庖国艦隊の輸送船は言うに及ばず、天照迎撃に向かった艦艇に対しても攻撃した。その口から吐く数千度の魔炎によって庖国艦隊艦艇が次々と燃え上がっていく。
 弾薬に引火して大爆発を起こす船もあった。

「霊障防壁展開!」
 天照が魔獣との距離を詰める、天照の接近に気付いた魔獣が高温の魔炎を吐きつける。その炎は天照の霊障防壁に阻まれる。しかし、
「左舷霊障防壁発生装置に過負荷! 長くは保ちません!!」
 悌二郎が驚く
「魔獣って凄いんですねぇ」
「感心している場合ですか! 速やかに離脱してください!」
 次美が怒る。
「そうだね、面舵、針路1-2-0」
 魔獣の炎が途切れる。だが霊障防壁の限界を超えた。
「左舷霊障防壁発生装置故障! 詳細不明!!」
「あちゃー、まぁ保って幸いですか。 修理急げ!」
 天照が魔獣から離れていくと今度は天照を追っている庖国艦隊が魔獣に接近する。魔獣は再び蓄えた魔炎を吹き出した。次々と魔炎を浴びて溶けていく庖国艦、弾薬が誘爆して木っ端微塵になる艦も続出した。庖国艦隊旗艦天安も魔炎を浴び上部構造物が真っ赤になり溶けていき徐々に沈んでいった。
「火炎の温度は3000℃位はありそうです。本艦も直撃していたら致命傷になったでしょう」
 庖国艦隊の惨状を見て次美が分析する。
「庖国艦隊艦艇に通信! 『魔獣との接近は避け、速やかに撤退せよ』」
「艦長?!」
「もはや雌雄は決してる。無駄な死傷者は出さないに越したことは無いよ」
 天照からの通信を受けてか否か、庖国艦艇は退却を始めた。旗艦天安が沈没して指揮官不在、揚陸戦力はほぼ全滅、もはや攻略戦力の体をなしていない状態だった。この段階で暴れ回っているのは制御を失った魔獣だけである。
「庖国艦隊残存艦艇、西に針路を取りました」
 監視所からの報告が艦橋に届く。
「よぉし、それじゃあ本業にかかろうか! 魔獣を退治しましょう!!」
 悌二郎が号令を掛ける。主砲塔が破魔砲弾を装填し、魔獣に照準する。
「魔獣に対し、撃ちぃかた始め!」
 36.5㎝砲から破魔砲弾8発が魔獣に撃ち放たれる。轟音と共に砲口下の海面が衝撃波で泡立つ。
 撃ち放たれた破魔砲弾は魔獣を一撃で挟叉、4発が命中した。悌二郎は次弾発砲を下令する。魔獣の耐久力が未知数なため全力で撃ち込んでいく。次々と撃ち込まれる破魔砲弾。5射目を撃ち込むと霊探所から報告が来る。
「魔獣の魔法反応低下!」
 魔獣が崩れ落ちていく。

「撃ちぃ方止め!」
 魔獣はもはやただの肉塊になっていた。魔獣の血が海面に広がっていく。
「艦長、魔獣のサンプルを回収したいのですが」
 次美が提案する。魔獣は貴重なので研究材料として出来るだけ情報収集しておきたいもので、特に今回は庖国独自の技術で作られたと思われる物なので今後のためにもサンプル収集は重要である。
「よし、魔獣の死骸に接近。サンプルの収集にかかろう。ただしまだ何があるか解らないので警戒を怠らぬように」
 悌二郎は警戒を指示しつつも了承した。


 鹿児島市内 港湾地区

 天照からもたらされた情報を元に国分駐屯地の陸軍陸軍第8師団第12連隊が鹿児島市内に入っていた。一方で先行して1個中隊が鹿児島市警と共に港湾地区に向かっていた。悌二郎達から情報がもたらされた倉庫会社である。さらに特高の一班がその倉庫会社を担当した税関職員の身柄を押さえていた。
 その結果以外というか予想通りの事実が判明した。税関職員は皆家族を盾に脅迫されており、陸揚げされた物資に関しては何ら出来なかったこと、脅迫した相手は一部の鹿児島県会議員をも手駒にしていること、地元新聞記者の一部も同様であった。これらはどれも侵略を目的とした工作活動である事は明白であった。税関職員とその家族を保護、県会議員、新聞記者等に対しては内偵を進めることになった。

 その倉庫会社に特高の繁村捜査官と共に森田警部をはじめとする刑事達が訪れた、後方に陸軍部隊が隠れて控えていた。倉庫会社員は片言の皇国語でごまかそうとするが、庖国語が堪能な刑事に捜査令状を見せられると渋々倉庫へと招き入れた。

 正体不明の物資が集積された倉庫に入り見渡すと繁村捜査官をはじめとする捜査官達の眼前には膨大な量の物資が積まれていた。一角を占める大量の木箱には庖国語の文字がステンシルでこう書かれていた「小銃弾」。
「この倉庫は荷もろとも警察が押収する!」
  そう言い終わるやいなや銃声が響いた。庖国潜入部隊が捜査員達に対して銃撃を加える。捜査員達は一斉に散って物陰に隠れる。普段の訓練の甲斐あって死傷者はいなかった。懐から拳銃を取り出し反撃を試みるが、如何せん多勢に無勢、小銃に拳銃、ジリジリと追い詰められていく。そこへ銃声を聞きつけた陸軍中隊が突入してきて形勢が逆転する。数名の死傷者を出しつつも庖国潜入部隊を制圧していく。

 事務所と思われる一室から火の手が上がった。
 繁村捜査官がハッと気付く。
「あの火をすぐに消すんだ!」
 潜入部隊を駆逐しつつ、消火ホースを引いてきて数分後消し止めた。
 それから間もなくして潜入部隊を制圧することに成功した。

 焼け跡に繁村捜査官が入ると、灰になった書類が散乱していた。
「繁村さん、これは?」
「多分命令書類などの機密書類でしょう。何か燃え残っていれば良いのですが」
「鑑識を呼びましょう、何か見つけられるかも知れません」

 倉庫に積まれていた大量の物資の全貌は驚くべきモノだった。数百丁の小銃、拳銃。一個師団が2,3ヶ月は戦えるであろう程の弾薬、保存食、さらに歩兵砲、迫撃砲、装甲車さえもあった。

 一方鹿児島市内でも動きがあった。庖国移民街の移民達が庖国艦隊の動きの呼応して武器を持って蜂起したが、日常的に軍事訓練を受けているわけではない素人ばかりだったがために警戒して鹿児島市内に入っていた陸軍部隊にあっけなく撃退された。だが軍服を着ていない更衣兵であり、民間人との区別が難しいため制圧にはしばらく時間がかかることになった。
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