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第一楽章①
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(なんかすごいな……あの子)
椎名哲朗は栗色のくせ毛をかき上げながら、向かい側の左端に座る小柄な女子に目をやった。
五月半ばの週末――。その夜の合コンメンバーは男女五人ずつで、ラッキーなことに女子はみんなかわいかったが、中でも彼女はひときわ目立っていた。
くっきりした二重の目と形のいい小さな鼻、柔らかそうなピンクの唇――俯き加減で、顔の半分くらいはありそうな大きな黒縁メガネをかけているものの、思わず目を引かれる容姿だ。
白い肌には透明感があり、背中まである黒髪は薄暗い照明の下でもつややかに輝いている。
実際、哲朗の視線はついそちらに流れてしまう。
ただ……とんでもない違和感を覚えるのだ。ずいぶんと緊張しているらしく、ガチガチに硬まっているし――。
(メガネか? それとも服? いや、両方か)
彼女が着ているのは胸元にたっぷりフリルがついた真っ白なレースのワンピースで、袖が大きくふくらんでいる。ほっそりしたウエストの後ろには、その袖に負けないくらい大きなリボンがついていた。
そしてハーフアップにした髪にも、同じ生地の大きなリボンが飾られている。
哲朗には妹がいるから、「袖コンシャス」とか「ぽわん袖」という単語を耳にしたことがあるし、そういうデザインがはやっていることも知っていた。
実際、その場には他にもそんな感じの服を着ている女子がいて、みんなよく似合っていた。
しかし彼女の場合は明らかにズレている。ワンピースはかなり高価そうだが、ラインがひと昔、いや、もっと前のファッションという感じで、悪目立ちしているのだ。
(あれだ! あの、アルプスの少女のアニメに出てくるお嬢様キャラ! まあ、クララはメガネかけてないけど)
そもそもこの場でとんでもなくフォーマルな格好をしているのは彼女だけだ。
哲朗自身も光沢のあるペールグリーンのシャツ姿で、ジャケットも着ていない。
とにかく狙うなら別の子だ。自己紹介が始まったので、哲朗はさりげなく視線を外した。
今日の合コンに来ている男子四人は東應工大の二年生だ。
そこに音大生である哲朗が加わっているのは、モデルばりの容姿と女子さばきのうまさを買われて、どうしてもと参加を懇願されたからだった。
正直、今まで何人とつき合ったか、もう覚えていない。
必死に受験勉強に励み、入学後も勉強に追われて、彼女いない歴が伸びている東應男子たちからすれば、哲朗は神にも等しい存在なのかもしれなかった。
何かするたびに、向かいに座る女の子たちばかりか彼らからの視線も感じてしまう。
やがて順番が来たので、哲朗は改めて背筋を伸ばすと、微笑みながら甘い低音で自己紹介を始めた。
「はじめまして。藤芳音大の器楽科二年、弦楽器専攻の椎名哲朗です。学校は違いますが、今日は友人の深井君に声をかけてもらって、ここに参加しました。ヴァイオリンを弾いています。どうぞよろしく」
たちまち賞賛の声と、うっとりした視線が哲朗に集中する。いつものことではあるが、悪くない気分だった。
哲朗は目が合った正面の女の子に、さっそくウィンクを飛ばす。まだ本命のターゲットは決めていないが、取りあえず布石は打っておくのだ。
ふわふわした長い髪も、キュートな顔立ちも好みだ。ほっそりした体のわりに、胸は大きいし――。悪くない。意味ありげに微笑んでみせると、向こうも恥ずかしそうに笑い返してくれた。
合コンの相手は管理栄養士をめざす女子大生だという。
彼女たちにすればそもそも男の音大生という存在そのものが珍しい上に、哲朗は去年の学祭で『ミスター・藤芳』に輝いた男前だ。
藤芳音大は名門だし、美形ヴァイオリニストという女子受けするポジションは、これまでずっとそうだったように、今夜も間違いなくその効力を発揮するはずだった。
長身で引きしまった筋肉質の体と、涼しげで男らしい顔立ち。そのくせ少しだけ下がった目じりが親しみやすさを感じさせ、母性本能をくすぐりまくる――人一倍恵まれた外見のおかげで、哲朗に向けられる女子たちの瞳は早くも切なげに潤んでいた。
(さてと)
今夜はどの子をいただこうかと、さり気なく視線を巡らせた時だった。
「はじめまして」
自己紹介の順番が女性側に移って、例の左端の女子が口を開いたのだ。
「実は、わたくしも藤芳音大ですの。今日は高校の同級生にお願いして、こちらに参加させていただきました」
澄んだソプラノの、だが聞き取りにくいほど小さな声が響いた。
椎名哲朗は栗色のくせ毛をかき上げながら、向かい側の左端に座る小柄な女子に目をやった。
五月半ばの週末――。その夜の合コンメンバーは男女五人ずつで、ラッキーなことに女子はみんなかわいかったが、中でも彼女はひときわ目立っていた。
くっきりした二重の目と形のいい小さな鼻、柔らかそうなピンクの唇――俯き加減で、顔の半分くらいはありそうな大きな黒縁メガネをかけているものの、思わず目を引かれる容姿だ。
白い肌には透明感があり、背中まである黒髪は薄暗い照明の下でもつややかに輝いている。
実際、哲朗の視線はついそちらに流れてしまう。
ただ……とんでもない違和感を覚えるのだ。ずいぶんと緊張しているらしく、ガチガチに硬まっているし――。
(メガネか? それとも服? いや、両方か)
彼女が着ているのは胸元にたっぷりフリルがついた真っ白なレースのワンピースで、袖が大きくふくらんでいる。ほっそりしたウエストの後ろには、その袖に負けないくらい大きなリボンがついていた。
そしてハーフアップにした髪にも、同じ生地の大きなリボンが飾られている。
哲朗には妹がいるから、「袖コンシャス」とか「ぽわん袖」という単語を耳にしたことがあるし、そういうデザインがはやっていることも知っていた。
実際、その場には他にもそんな感じの服を着ている女子がいて、みんなよく似合っていた。
しかし彼女の場合は明らかにズレている。ワンピースはかなり高価そうだが、ラインがひと昔、いや、もっと前のファッションという感じで、悪目立ちしているのだ。
(あれだ! あの、アルプスの少女のアニメに出てくるお嬢様キャラ! まあ、クララはメガネかけてないけど)
そもそもこの場でとんでもなくフォーマルな格好をしているのは彼女だけだ。
哲朗自身も光沢のあるペールグリーンのシャツ姿で、ジャケットも着ていない。
とにかく狙うなら別の子だ。自己紹介が始まったので、哲朗はさりげなく視線を外した。
今日の合コンに来ている男子四人は東應工大の二年生だ。
そこに音大生である哲朗が加わっているのは、モデルばりの容姿と女子さばきのうまさを買われて、どうしてもと参加を懇願されたからだった。
正直、今まで何人とつき合ったか、もう覚えていない。
必死に受験勉強に励み、入学後も勉強に追われて、彼女いない歴が伸びている東應男子たちからすれば、哲朗は神にも等しい存在なのかもしれなかった。
何かするたびに、向かいに座る女の子たちばかりか彼らからの視線も感じてしまう。
やがて順番が来たので、哲朗は改めて背筋を伸ばすと、微笑みながら甘い低音で自己紹介を始めた。
「はじめまして。藤芳音大の器楽科二年、弦楽器専攻の椎名哲朗です。学校は違いますが、今日は友人の深井君に声をかけてもらって、ここに参加しました。ヴァイオリンを弾いています。どうぞよろしく」
たちまち賞賛の声と、うっとりした視線が哲朗に集中する。いつものことではあるが、悪くない気分だった。
哲朗は目が合った正面の女の子に、さっそくウィンクを飛ばす。まだ本命のターゲットは決めていないが、取りあえず布石は打っておくのだ。
ふわふわした長い髪も、キュートな顔立ちも好みだ。ほっそりした体のわりに、胸は大きいし――。悪くない。意味ありげに微笑んでみせると、向こうも恥ずかしそうに笑い返してくれた。
合コンの相手は管理栄養士をめざす女子大生だという。
彼女たちにすればそもそも男の音大生という存在そのものが珍しい上に、哲朗は去年の学祭で『ミスター・藤芳』に輝いた男前だ。
藤芳音大は名門だし、美形ヴァイオリニストという女子受けするポジションは、これまでずっとそうだったように、今夜も間違いなくその効力を発揮するはずだった。
長身で引きしまった筋肉質の体と、涼しげで男らしい顔立ち。そのくせ少しだけ下がった目じりが親しみやすさを感じさせ、母性本能をくすぐりまくる――人一倍恵まれた外見のおかげで、哲朗に向けられる女子たちの瞳は早くも切なげに潤んでいた。
(さてと)
今夜はどの子をいただこうかと、さり気なく視線を巡らせた時だった。
「はじめまして」
自己紹介の順番が女性側に移って、例の左端の女子が口を開いたのだ。
「実は、わたくしも藤芳音大ですの。今日は高校の同級生にお願いして、こちらに参加させていただきました」
澄んだソプラノの、だが聞き取りにくいほど小さな声が響いた。
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