僕とピアノ姫のソナタ

麻倉とわ

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「真山さん、大丈夫ですか?」
「あ、う、うん……うぷ!」

 顔を上げて答えようとした拍子に吐き気も込み上げてきたらしく、調は慌てて便器に顔を伏せた。

「全部吐いた方がいいですよ。その方が楽になる」
「う……う……」

 声をかけても返事をする余裕さえないらしく、調は華奢な背中を震わせている。けれど吐くものもすでにないようで、苦しげに喘ぎ続けるばかりだった。

「もう少し落ち着いたら、家まで送っていきますから」

 今夜の合コンで一番かわいかった、しかも明らかに脈がありそうだった女の子の笑顔を思い出しながら、哲朗は嘆息する。

 だが、あきらめるしかなかった。こういう状況に陥ってしまったのは、自分のせいでもあるのだから。

 乾杯の後も、調の異常なマイペースぶりはまったく変わらなかった。
 オレンジジュースを片手に、哲朗も含めた五人の男子全員に専門的過ぎる音楽論をしつこく展開し、相手を辟易させてしまったのだ。
 
 みんなかなり困っていて、明らかに調を敬遠しており、もう合コンどころではなかった。

「どうしよう、椎名?」

 ついには幹事の深井が哲朗に泣きついてきた。なんとか調の暴走を止めて場を盛り上げないと、彼が責められてしまうからだ。

「どうしようって、なんとか黙らせるしかないだろ」
「だけどどうやって?」
「そうだな。どうやら酒が弱そうだから、少しばかりアルコールでも――」

 調はずっとジュースばかり飲んでいるから、酒は苦手なのかもしれない。少し飲ませれば、眠くなっておとなしくなるかも――。

 しかしさすがにそれはやり過ぎかと思った時、新しく飲みものが運ばれてきた。

「お待たせしました。オレンジジュースとミモザ、それからビールです」
「あ、どうもありがとうございます。ジュースとミモザはここでーす」

 中央に座っていた女の子が二つのグラスを受け取った。哲朗が狙いをつけていた相手だが、彼女は笑顔で調にひとつ渡した。

(……あれ?)

 グラスのひとつには縁にオレンジのスライスが添えてあり、もうひとつにはない。
 どちらかはシャンパン入りのカクテルであるミモザのはずだが、調が手にしているのはオレンジつきの方だった。

(さっきジュースのグラスにスライスついてたかな?)

 その時だ。首をかしげる哲朗に気づいたのか、グラスを渡した女の子がいたずらっぽく笑ってみせたのだ。

(えっ?)

 まさかわざとミモザを渡したのだろうか? 調が飲もうとしているのは――。

「あ、おい!」

 止めるひまはなかったし、効果はてきめんだった。

(おいおいおい)

 とはいえ、ひと口飲めば気づくと思った。
 ところがしゃべり過ぎて喉が渇いたのか、調はあっという間にカクテルを飲み干してしまった。

 そしてその数分後には真っ赤になって眠りこけ、彼女が欠けた合コンは予想以上に盛り上がった。

 けれども目覚めた調が青ざめた顔でトイレに駆け込んでから、事態は急変した。
 さんざんもどしても、ぐったりしたまま便器から離れることができず、同じ大学だからという微妙な理由で哲朗がつき添うことになったのだ。

「うう……気持ち……悪い」

 苦しげな弱々しいうめき声。頭痛がするのか、時おり頭を押さえてもいる。

 まさかこれほど徹底的な下戸だとは思わなかった。

「真山さん、すみません」

 酒に強い哲朗は調が気の毒になり、思わず謝ってしまった。自分が止めてさえいれば、こんなことにはならなかったのだから。

「俺、こんなことになるとは思わなくて」

 すると、それまで震えながら大きく上下していた肩の動きが止まった。

「……何で?」

 体を捻るようにして調が見上げてくる。

 瞬間、哲朗は息が止まるかと思った。
 黒縁メガネを外した顔を、至近距離からまともに見てしまったのだ。
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