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飛んできた帯留め
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ふと、繭花の足が停まった。
(みんな、もうすぐ一年生になるのね)
担任をしていたチューリップ組の園児たちは今ごろどうしているだろう? 小学校に行く日を待ちこがれているだろうか?
おしゃれでおすまし屋のゆなちゃん、おっとりして優しいだいごくん、よく気がついて少しおとなっぽいかおるちゃん、優等生で人気者のしょうたくん――。何人もの顔が次々と浮かんできて、胸がつまるような気がした。
ついこの前まで、面倒を見てきた子たちだ。みんな聞き分けがよくて、かわいくて、苦労より楽しいことの方が圧倒的に多かったから、どうしても感傷的になってしまう。
(さよちゃん、れいなちゃん、けいくん、こうしくん、それに……)
園児たちのことを思うと、自然に笑みが浮かんできたが――。
(それに……そう、るかちゃん)
繭花の顔が強ばる。
相澤琉花はおとなしくて引っ込み思案だったが、とても愛らしい女の子だった。入園前に母を亡くしたせいか誰よりもなついてくれて、繭花もまたそんな琉花がかわいくてしかたなかった。
――繭花先生のお名前にもお花がつくの? るかもだよ!
――そうだね。一緒だねえ。
――ママがつけてくれたんだって。
――すごくすてきなお名前だと思うよ。
――ありがとう! 繭花先生、大好き! るかが小学生になっても、先生に会いに来ていい?
――もちろんいいよ。いつでもどうぞ。
父子家庭で、いつも寂しそうな琉花が気の毒だった。娘のために人一倍がんばっている父親にも同情した。他の園児より目をかけた理由はそれだけだったのに――。
「いいかげんにしなさいよ!」
もの思いを遮ったのは、女性の高い声だった。
(えっ?)
思わず歩き出したのは、まるで自分が叱られたような気がしたからだ。今は余計なことを考えている場合ではないと言われたみたいで、繭花はあたりを見回した。
すぐ先で、鮮やかな若草色ののれんがそよ風に揺れている。
墨色の瓦屋根に白い漆喰壁――何かの店だろうか? 小さいけれど和風でレトロな、感じのいい建物があり、声はそこから聞こえてくる。
のれんがかかっているので奥は見えないが、入り口の引き戸は開いていた。
「しっかりしなさいよ、伊吹! ほんとにいつまでたってもグズグズと情けない。さすがにもう覚悟を決めないと」
「いや、しかし僕は――」
相当いらだっているらしい女性の声に、どこかのんびりした若い男性の声が続く。二人で言い合いをしているようだが、なんだか一方的な感じがした。
「だ~か~ら~、しかしじゃないんだってば!」
男性の反応が女性の怒りをさらに煽っているようだ。このまま放っておいてもいいのだろうか?
(みんな、もうすぐ一年生になるのね)
担任をしていたチューリップ組の園児たちは今ごろどうしているだろう? 小学校に行く日を待ちこがれているだろうか?
おしゃれでおすまし屋のゆなちゃん、おっとりして優しいだいごくん、よく気がついて少しおとなっぽいかおるちゃん、優等生で人気者のしょうたくん――。何人もの顔が次々と浮かんできて、胸がつまるような気がした。
ついこの前まで、面倒を見てきた子たちだ。みんな聞き分けがよくて、かわいくて、苦労より楽しいことの方が圧倒的に多かったから、どうしても感傷的になってしまう。
(さよちゃん、れいなちゃん、けいくん、こうしくん、それに……)
園児たちのことを思うと、自然に笑みが浮かんできたが――。
(それに……そう、るかちゃん)
繭花の顔が強ばる。
相澤琉花はおとなしくて引っ込み思案だったが、とても愛らしい女の子だった。入園前に母を亡くしたせいか誰よりもなついてくれて、繭花もまたそんな琉花がかわいくてしかたなかった。
――繭花先生のお名前にもお花がつくの? るかもだよ!
――そうだね。一緒だねえ。
――ママがつけてくれたんだって。
――すごくすてきなお名前だと思うよ。
――ありがとう! 繭花先生、大好き! るかが小学生になっても、先生に会いに来ていい?
――もちろんいいよ。いつでもどうぞ。
父子家庭で、いつも寂しそうな琉花が気の毒だった。娘のために人一倍がんばっている父親にも同情した。他の園児より目をかけた理由はそれだけだったのに――。
「いいかげんにしなさいよ!」
もの思いを遮ったのは、女性の高い声だった。
(えっ?)
思わず歩き出したのは、まるで自分が叱られたような気がしたからだ。今は余計なことを考えている場合ではないと言われたみたいで、繭花はあたりを見回した。
すぐ先で、鮮やかな若草色ののれんがそよ風に揺れている。
墨色の瓦屋根に白い漆喰壁――何かの店だろうか? 小さいけれど和風でレトロな、感じのいい建物があり、声はそこから聞こえてくる。
のれんがかかっているので奥は見えないが、入り口の引き戸は開いていた。
「しっかりしなさいよ、伊吹! ほんとにいつまでたってもグズグズと情けない。さすがにもう覚悟を決めないと」
「いや、しかし僕は――」
相当いらだっているらしい女性の声に、どこかのんびりした若い男性の声が続く。二人で言い合いをしているようだが、なんだか一方的な感じがした。
「だ~か~ら~、しかしじゃないんだってば!」
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