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口づけの代償③
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一度は落ち着いたはずだったのに、クレメンティーナの胸は再び波立ち始めた。
みごとに変貌したロレンツォを前にしてから、自分は明らかに動揺している。いや、本当は彼が婚約者に立候補してくれた時からずっと――。
もっとはっきり言ってしまえば、その申し出に浮ついていたのだ。
しかしだからこそひどく困惑していた。
これまでどんな相手と、そう、強く賢く、容姿も性格も申し分ない王子や、富裕な高位貴族の青年と婚約してもこんなことはなかったのだから。
一方でロレンツォは年下だし、属国の王子で、従者のくせに少しも従者らしくなくて、そればかりか教練で剣を合わせた時に自分に勝ったこともないのだ。
たとえ今は目を奪われるほどの美形に変身したとしても。
それにこれまでずっと尽くしてくれて、彼がそばにいてくれると心から安心できたとしても……。
(だめ! ありえないわ!)
ディ・ジョルダノやグリアーノ夫人にはまた叱られるだろうが、やはりこのままにしてはおけなかった。無理して背伸びしてくれている彼のために、そして混乱しきっている自分のためにも 全部なかったことにしなければ。
もし誰か好きな女性がいるなら、ロレンツォは自分ではなく彼女と婚約するべきなのだ。
「あのね、ロレンツォ」
クレメンティーナが思いきって口を開いた時だった。
「聞いて、クレメンティ―ナ」
ふいにロレンツォが跪いたのだ。ちょうど先ほど婚約者になると申し出た時のように。
「き、聞くって……何を?」
急にどうしたというのだろう? ますます困惑するクレメンティーナの耳に、上擦った声が聞こえてきた。
「俺、がんばるから」
「えっ?」
「とにかくがんばる! 俺との婚約じゃいろいろまずいのはわかってるけど、クレメンティーナが困らないように全力を尽くすから」
「……ロレンツォ?」
思わず一歩前に出ると、そっと両手を握られた。
「謹んでお誓い申しあげます、クレメンティ―ナ」
ロレンツォは上体を曲げ、まず右手の甲に、続いて左手にと口づける。
瞬間、クレメンティ―ナは動けなくなった。声も出せず、ただロレンツォを見つめることしかできなくて、自分の呼吸の音がはっきり聞こえた。
女王としてこういう形で敬意を表されるのは初めてではないし、ロレンツォも慣例にならったに過ぎない。それなのになぜか今は胸が切なく疼くような気がした。
クレメンティ―ナは懸命に背筋を伸ばし、なんとか「ありがとう」と口にした。たとえどんな状況であろうと、女王は臣下の礼に応えなければならないからだが――。
「失礼」
ふいにロレンツォが立ち上がったかと思うと、優しく引き寄せられた。
「えっ? あ、あの――」
桜色の唇が柔らかく塞がれる。
自分に何が起きたのか理解できないまま、クレメンティ―ナはロレンツォと口づけを交わしていた。
みごとに変貌したロレンツォを前にしてから、自分は明らかに動揺している。いや、本当は彼が婚約者に立候補してくれた時からずっと――。
もっとはっきり言ってしまえば、その申し出に浮ついていたのだ。
しかしだからこそひどく困惑していた。
これまでどんな相手と、そう、強く賢く、容姿も性格も申し分ない王子や、富裕な高位貴族の青年と婚約してもこんなことはなかったのだから。
一方でロレンツォは年下だし、属国の王子で、従者のくせに少しも従者らしくなくて、そればかりか教練で剣を合わせた時に自分に勝ったこともないのだ。
たとえ今は目を奪われるほどの美形に変身したとしても。
それにこれまでずっと尽くしてくれて、彼がそばにいてくれると心から安心できたとしても……。
(だめ! ありえないわ!)
ディ・ジョルダノやグリアーノ夫人にはまた叱られるだろうが、やはりこのままにしてはおけなかった。無理して背伸びしてくれている彼のために、そして混乱しきっている自分のためにも 全部なかったことにしなければ。
もし誰か好きな女性がいるなら、ロレンツォは自分ではなく彼女と婚約するべきなのだ。
「あのね、ロレンツォ」
クレメンティーナが思いきって口を開いた時だった。
「聞いて、クレメンティ―ナ」
ふいにロレンツォが跪いたのだ。ちょうど先ほど婚約者になると申し出た時のように。
「き、聞くって……何を?」
急にどうしたというのだろう? ますます困惑するクレメンティーナの耳に、上擦った声が聞こえてきた。
「俺、がんばるから」
「えっ?」
「とにかくがんばる! 俺との婚約じゃいろいろまずいのはわかってるけど、クレメンティーナが困らないように全力を尽くすから」
「……ロレンツォ?」
思わず一歩前に出ると、そっと両手を握られた。
「謹んでお誓い申しあげます、クレメンティ―ナ」
ロレンツォは上体を曲げ、まず右手の甲に、続いて左手にと口づける。
瞬間、クレメンティ―ナは動けなくなった。声も出せず、ただロレンツォを見つめることしかできなくて、自分の呼吸の音がはっきり聞こえた。
女王としてこういう形で敬意を表されるのは初めてではないし、ロレンツォも慣例にならったに過ぎない。それなのになぜか今は胸が切なく疼くような気がした。
クレメンティ―ナは懸命に背筋を伸ばし、なんとか「ありがとう」と口にした。たとえどんな状況であろうと、女王は臣下の礼に応えなければならないからだが――。
「失礼」
ふいにロレンツォが立ち上がったかと思うと、優しく引き寄せられた。
「えっ? あ、あの――」
桜色の唇が柔らかく塞がれる。
自分に何が起きたのか理解できないまま、クレメンティ―ナはロレンツォと口づけを交わしていた。
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