はいいろドラゴン

アベンチュリン

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真っ黒 ☆

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 貨物船は大陸中央南部にある、バチェントロ国のサマス港に着港した。

 港には、 鴎かもめが群れを成して羽を休ませている。
 ミハルがパンを千切って 烏合うごうに投げ込むと、我先にと 鴎かもめの争奪戦が始まって、少年達の笑い声が響いた。

 防波堤に腰掛けて、少年達はぼんやりと海を眺めていた。

 マルクは小石を海に投げながら言った。

「これからどうする?」

 カイルは、立ち上がり、待ってましたと言わんばかりに意気揚々に返す。

「俺たち、冒険者にならねぇ?」

 マルクとミハルは顔を見合わせ、思案顔で、しばし沈黙する。
 先に口を開いたのはマルクだった。

「んー、そんな簡単になれるのか?年齢制限とか……」
「それなら、ちゃあんと調べてある。以前は14歳にならないと冒険者登録は出来なかったけど、今は12歳から出来るんだぜ!」

 カイルは鼻高々に、腰に手をあてる。

 各国の戦争が激化する中で、冒険者も軍に徴兵されることを 鑑かんがみて12歳から登録できるよう引き下げになったようだ。

「それなら……僕はカイルについて行くよ」

 ミハルは、覚悟を決めた。

「どっちにしろ、働かなきゃ食っていけないしな……ってか俺、ジョブは 魔獣使いテイマーだけど役に立つのか?」
 
 マルクは先に不安要項を伝える。

「あー……、 魔獣使いテイマーか……、まあ何とかなるんじゃね? 俺は剣士、カッケェだろ、ミハルは 回復術師ヒーラーだし、俺達なかなかバランス良いんじゃね」

 カイルは、二人の肩を軽く叩いて、満面の笑みを浮かべる。
 ミハルとマルクは、乾いた笑いで返した。


 港から一番近い街マヤカラのギルドを訪ねた。カイルの言う通り、冒険者登録は 容易たやすかった。

 しかし、何処かのパーティーに入れて貰えないかと懇願するも、誰も取りあってくれなかった。
 それならばと、レベルを上げる為に師匠となりそうな大人達に教えを乞うても皆、振り返りもしない。

 戦争と恐慌とで、生きていくのに必死で誰も好き好んで子供の面倒をみようとする大人はいなかった。
 
 冒険者ランクEから、うだつの上がらない俺達は、受けられるクエストも、薬草採集や低級魔獣の討伐くらいしかなく、ギルドの営業開始前から並んでも、割の良いクエストは他の冒険者に盗られてしまうことが多く、食べ盛りの男子三人の胃袋が膨れることはなかった。


      *


 とある日の冒険者ギルド。
 入り口のドアが軽快なベルを鳴らすと、入って来たのは、ベール付きのトークハットを被り、上品な金の刺繍があしらわれたドレススーツに身を包んで、両手指には大きな宝石の指輪をいくつも嵌めた、いかにも場違いな貴族然とした年嵩のご婦人がツカツカとヒールの音をたてて一目散と受付へやって来た。
 何事か、とギルドに来ていた冒険者達は注視する。

「ちょっといいかしら」
「はい、何用でございましょうか?」

 婦人は突然、高圧的に捲し立てる。

「クエスト依頼をお願いしたくて。……いやね、ミーシアンの丘に別荘を建てたのだけど、 竜ドラゴンの休憩所が近くにあるっていうじゃないの! そんな場所恐ろしくて住めたもんじゃないわ。竜を討伐してちょうだい!」
「申し訳ございません。竜との盟約で民に危害を与えない代わりに、あの丘を大陸を渡る際の、竜の休憩所として使用することが認可されています。従って討伐することは出来ません」

 ギルド嬢はキッパリと断った。

「はぁ!? あなたじゃ話にならないわ、責任者を呼んでちょうだい!」

 ギルドマスターまで出て来て、両者一歩も引かずの睨み合いになった。
 暫く、言い争いは続いたが。最後には婦人が折れて口元を扇で隠しながら「使えないギルドだこと」と言い放ち、お尻を振りながら出ていった。



 後日、婦人は体躯の大きい屈強そうな冒険者に密やかに声をかけると、男達は最初こそ渋面だったが、金貨の入った袋を受け取ると薄い笑いを浮かべ、首肯した。


      *


 少年達は、近頃、薬草採取のクエストしか出来ずに稼ぎが少なく、一つのパンを三等分して食べたりと、ひもじい思いをしている。

「あ~! 腹減ったー」

 カイルは空腹の鬱憤をはらすかのように叫んだ。ミハルとマルクは目を見交わして、ミハルも空腹なのか自身の腹を摩り、マルクは溜息を吐いた。

 カイルの日課になっていた、剣の素振りや体力づくりも空腹で力が入らない為か、やらなくなった。
 ミハルとマルクの魔法の鍛錬も、同じく魔力を練ることができずにレベルも上がらないままだった。



 少年達はいつものように、朝一にギルドでクエストを受注して外へ出ると、胸当てのある防具に大きな斧を持つ男と、もう一人はハードレザーで仕立てたと思われるベストや帽子を着用したスカした感じの、体躯の大きい男達に声をかけられる。  
 至近距離で見る男達は皆、筋骨隆々だった。カイルの憧憬しょうけいの瞳は輝き、ミハルは肩をビクッと跳ねさせ日和り、マルクは隣のカイルを見て、首を竦ませる。

「おい坊主達。稼げる仕事があるんだけどよ、一緒にやらねぇか?」

 少年達は顔を見合わせて、俺達に!?と驚いた顔で視線を交わす。カイルが口火を切る。

「どんな仕事だ?」
「ああ、……竜の討伐なんだけどよ、人数が多いに越したことはねぇからさ、……まあ、お前たちが援護と足止めをしてくれりゃ、俺たちが仕留めてやるさ、どうだ?」

 男達はヘラヘラと薄ら笑いを浮かべて話す。
 マルクは竜なんて危険だよ、とカイルに言い募る。ミハルは瞳を潤ませカイルの腕にしがみつく。

「いくらくれるんだ?」

 真っ直ぐ見据え問うカイルに、男達はニヤリと口角をあげる。

「金貨10枚でどうだ?」

 金貨なんか手にしたこともない少年達はゴクリと喉を鳴らす。
 マルクは危ないよ、と、ミハルはやめようよ、とカイルを制す。

「俺達に危険はないのか?」
「ああ、大丈夫だ! 俺たちが全力で守る。人手が足りないんだ、手伝ってくれねぇか?」

 懇願する男達。カイルは熟考して「今の生活のままじゃ、俺達いつかのたれ死んじまう、受けよう」と二人を諌める。

 不安気な二人を余所に、話は纏った。


      *


 その後も辞めるよう何度も打診したのだが、言葉巧みにカイルに言いくるめられた。

 カイルは対ドラゴン戦に向けて筋トレや修行を再開した。
 仕方なくミハルも魔力のスキルを上げる為に鍛錬している。
 一方、マルクは街を歩いて、竜を倒せる人物がいないか聞き回った。
 その中で、勇者一行がこの街に来ているという噂を聞きつけた。きっと勇者なら竜も倒しているに違いないと、冒険者が集まる酒場で一人待った。

 「未成年が来るところじゃねぇ、金がないなら出て行きな」と店主に追い出され、店外で待つ。

 曇天のなか、遠くから目を引く五人組が歩いてくる。青地にミスリル鋼で拵えた甲冑姿の腰に帯剣している青年、魔女帽にマントを纏った女魔術師、神官服を纏った長身の男性神官、チェーン鋼で拵えた鎧に大楯を持った男性タンク、背中に弓を携えて耳が長く尖った女性エルフ。

 いかにも勇者御一行のオーラを醸し出している彼らに、マルクは勇気を出して声をかける。

「あの、……貴方達は勇者パーティーですか?」
「そうだけど、……どうした、少年。今にも泣きそうじゃないか?」

 勇者らしき青の人は、少し屈んでマルクと目線を合わせる。その声は凛として、優しく清らかに澄み渡る声音だった。
 マルクは安堵したのか、瞳に水分の膜を張って尋ねる。

「……どうしたら竜を倒せますか?」

 マルクは震える声で、告げる。

「そんな事どうして?」
 
 勇者は目を瞠って、表情を曇らせる。

「理由は言えないんです、……倒し方だけ教えて貰えれば」
 
 ぐぐもった声のマルクに、仕方ないなと肩を竦めた勇者は、対ドラゴン戦の仲間との激闘の武勇伝を語った。

「とっても危険な魔獣だから、絶対に立ち向かってはダメだよ」

 最後に勇者は諌めるように、少年を見据えて告げた。

「ありがとう」

 ぼそりとマルクは呟き、駆けてその場から立ち去った。


     *


 ドラゴン討伐戦当日。
 生憎の雨模様、今にも降り出しそうな空は、どんよりとした厚い雲で覆われ、風も強く僕等に吹きつけていた。
 
 屈強な冒険者と待ち合わせをして、ミーシアンの丘を目指した。
 道中、草が膝まで生えた場所を歩くとブーツが濡れる。
 手持ち無沙汰のミハルは草を時々毟りながら歩くと、掌がかぶれた。
 湿気を帯びた雨の匂いと、瘴気が合わさって神妙な雰囲気を創りだしている。

 
 丘に着くと、なだらかで拓けた丘陵地に、巨大な黒曜石を平らに切り裂いたような石台があり、五メートルもありそうな緋竜が体を丸めて羽を休ませていた。

 その場所は浄化されているのか、空気が澄んでいて、花香を漂わせている小さい野花は生き生きと天を向いている。
 此処は天界だろうか……と思わせる程心地良い空間だった。

 俺達は策略を練った。前衛は戦士とカイル(剣士)、中衛は魔導師とマルク(テイマー)、後衛はミハル(ヒーラー)と不安だらけの構図だ。
 
 こちらに気づいた緋竜は耳と瞳孔だけを動かし、俺達を一瞥して様子を窺っている。

 魔導師が全員に支援と防御魔法をかける。
 前衛の戦士が緋竜に斬りかかろうとすると。

 ガオォォォォォ────。緋竜は威嚇の咆哮をあげた。
 地面すら切り裂きそうなその凶暴な鳴声に、一同、身を震わせた。

 取りなおした戦士が竜の前脚に斧を振り落とした。

 ギャァァァァァ────。緋竜が疼痛とうつうの鳴声を上げる。

 我続けと、カイルが飛び上がり緋竜の腹部辺りに剣を突き刺すが、その硬い鱗で覆われた皮膚には届かなかった。

 魔導師が火炎系の魔法を放ち、緋竜の肩を掠めたが効かない。

 応酬するかのように緋竜は鋭い牙を持ったその口から炎を吐き、魔導師は避けたが隣りのミハルが防御魔法も虚しく、火傷を負った。
 
 マルクは契約したコボルトとオークを向かわせたが、緋竜の鉤爪にあっさりと捕まり息絶えた。

 その後も、戦士は何回か攻撃を与え、魔導師の魔法攻撃も少しは効いているはずなのだが、緋竜の勢いは収まらない。

 万策が尽き、全員が息も絶え絶えになったころ、戦士がカイルを突き飛ばして、緋竜の前に跪かせる。魔導師に「逃げるぞ!」と声をかけて二人は走って去っていった。

 少年達は呆然とした。そして瞬時に俺達は、もしもの時の為の囮なのだと気づいた。

 跪いたカイルに緋竜の鉤爪が襲いかかる、その刹那──ミハルは駆けつけ、身を呈し、カイルの体に覆い被さった。
 鋭利な鉤爪はミハルの背中に深く食い込んで、ミハルは呻き声と共に身体をぐったりとしならせた。
 カイルは身を返してミハルを抱きしめる。

「おい、ミハルしっかりしろ、此処から逃げるんだ早く……」

 ミハルの背中から大量に溢れた血液がカイルの腕を赤く染める。

 このままではまずい、と思ったマルクは腰に佩いた短剣で緋竜に切りかかるも、竜の尻尾で薙ぎ払われて、近くの樹木に身体を打ち付けられた。

 緋竜の興奮は収まらず、その鉤爪は今度はカイルに圧しかかり、鋭い爪はカイルの胸に深く抉り込んだ。ひと突きに心の臓まで貫いたと思われるその深傷に、カイルの身体は呻きも、蠢きもせずに静止した。

 マルクは、哀しむ余地もなく、もう終わりだと思った…………。

 その瞬間。見覚えのある五人パーティーの勇者一行が現れた。

「どうして……」

 マルクの問いに「説明は後だ」と勇者は緋竜に立ち向かう。
 魔術師が緋竜を動けないように魔法を発動すると、神官は支援、防御魔法を全員にかける。弓使いが遠距離から弓矢を放つと同時に、両サイドからタンクと勇者が緋竜に近づく、タンクが大楯で鉤爪を薙ぎ払うと、勇者は高く飛び尻尾に注意を払いながら、背中から駆け上がり緋竜の右目を突き刺した。
 
 ギャァァァァァ────。緋竜は首を左右に大きく振って痛がる。
 必死にしがみついて、首の動きが鈍くなると回り込んで、今度は左目を突き刺した。
 方向感覚を失った緋竜は、悲鳴とともにタタラを踏む。

 魔術師は氷の刃を緋竜に浴びせて、エルフは光の弓矢を放つ、神官は緋竜の拘束を更に強くした。タタラが鎮まったのを確認した勇者は、体勢を整え、詠唱する。
 勇者は魔法剣を発動して正面から斬りかかり、緋竜の心臓から足元までを一刀両断した。
 
 緋竜は、掠れた悲鳴とともに、金の粒子となって消え去った。

 怒涛の戦闘風景を、現実だと理解できなかったマルクは、はっ、と自我を取り戻した。
 
「仲間を、……二人を! 診て貰えませんか」

 張り上げた声は、二人の血塗れの身体にかき消される。
 マルクが声に出す前から神官は二人を治療していた。
 神官は俺の目を見ると首を横に振った。緑色の 暈光うんこうに包まれた二人の身体は生を取り戻すことはなかった。

「どうして、どうしてもっと早く……あぁァァ……」

 マルクは勇者にしがみついて涙ながらに訴えた。勇者を責めるのは間違いだとわかっていながら、哀しみの遣り場がなかった。本当は感謝しなくちゃならないのに……。

 マルクは二人の亡骸に触れて、涙が枯れるまで泣いた。そして 忘形見わすれがたみをいくつかと、アイテムや金品類を有難く受け取る。
 勇者一行も手伝って、近くの人目につかない場所に二人を埋葬した。



 勇者達はそろそろ街へ帰ると言ったが、俺はもう少しだけ二人に寄り添ってから帰ると告げると、何かあればこれを打ち上げておくれと煙幕をくれた。
 ありがとう、と受け取り勇者達の背中が見えなくなるまで見送った。


 神はどうして俺の大切な人達の命ばかりを奪うのか…………どうして死ぬのは俺じゃないんだ。
 
 また一人になってしまった。

 マルクは枯れることを知らない涙をまた一つ零す。

──この世界は真っ黒だ…………




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