賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

文字の大きさ
53 / 62

★アリ塚

しおりを挟む
 フレイゼン聖王国。
 かつて勇者一行と共に魔王討伐を果たし、世界に平和をもたらした偉大な国。
 勇者一行の一人である賢者様にとって、旧友達の住まう国の筈、なのだが……。


「なあ、見ろよ。このお尋ね者ビラ。異端者 賢者アラン。生死問わず、だとよ……」
「賢者って、あれだよな?この国と一緒に魔王を倒した、勇者エヴァン様の仲間の……。異端者ってどういう事だ?」
「なんでも、魔王を復活させようとしているって書いてあるな。なんて恐ろしい。気でも狂ったのか?」
「平和な世の中だ。血に飢えてるのかもしんねーな。……にしてもこの似顔絵、なんで二つもあるんだ?若い頃のなんていらねーだろ?」
「いや、俺が知るわけねーよ。こっちには魔王の似顔絵まである。……なんて不気味な顔だ」
「それにしてもおい。この報酬額見ろよ。通報しただけで百万ギットだぞ。捕らえれば一億!どっかで出会えねーかなぁ。そしたらこんな泥臭い仕事辞めて……」


「…………」
 通路のガヤに混じって聞こえてくる男達の会話に耳を傾け、あまり目立たないように、不審に思われないように自然を装いながら、私は両手で抱える食材の入った紙袋を少し強めに抱え直し、すい、と脇道へと入る。
 聖王国とはいえ、一本脇道へと逸れればそこに光は射さない。
 狭い路地の脇に、生活ゴミと並んで、虚ろな目をした人々が座り込む。
「……」
 この国に来る事はめったに無いが、以前よりもその数が増えているような気がして、私は目深に被ったフードの隙間から、彼らをちらりと横目に、接触しないようその場を急ぐ。
「路地は一人で歩くには少し危険だ。もし行く事があれば、絶対に立ち止まってはいけないし、なるべく人と視線を合わせないようにする事」
 以前、賢者様から言われた言葉を思い出し、少し歩幅を広げる。
ガサガサと私の歩くリズムに合わせて紙袋が踊り、それを抑える為に片手を上にずらす。
「……あっ!?」
 ほんの一瞬、気を緩めて出来た隙間に入り込むように、地面のヒビ割れが私の足を捉え、つんのめる。
 転ぶまでには至らなかったものの、私は大きくバランスを崩し、抱えていた紙袋の中からいくつかの果物が飛び出す。
 すぐ足元に落ちた物は反射的に拾い上げたが、いくつかはコロコロと転がって壁際に座り込む人の元へと吸い寄せられて行く。
「あ……」
「…………」
 つま先に果物が当たった振動で、ゆっくりと顔を上げた少年と目が会う。
「………」
 虚ろな表情で果物に目をやる少年。
 取りに行くか一瞬悩んだけれど、私はそのまま紙袋を抱え直して、一気に路地を駆け抜けた。


「ただいまー」
 小さなため息を一つ零しつつ、路地裏にある『アリ塚』と呼ばれる隠し部屋に入る。
「おかえり、おねーちゃん」
「ただいま、けん……ケント」
 出迎えてくれた人物の名を無意識に呼ぼうとしたのを寸でで抑え、言い直す。
 私を迎えてくれたのは賢者様ではなく、茶髪のボサボサ頭な少年だ。
 名前はケント。この部屋の住人だ。
 ここに賢者様はおらず、私は彼に匿ってもらっている身だ。
 今、賢者様はこの国から追われる立場となっている。
 事の成り行きとしては、賢者様が現在の国王ハンソルに、魔王を完全に浄化させる為、国の秘蔵書の閲覧許可を求めた所、異端者の烙印を押されてしまったのだ。
 世界の為に身を挺して、文字通り人生を捧げて平和を保ち続けている人に行う仕打ちでは無い。
 当時の私は一緒に城には行かず、城下町で暇を潰していたおかげで、この騒動に巻き込まれる事は無かったし、一度も城には行った事が無いおかげで、賢者様の身内と思われる事もなく、なんとか今を凌げている。
 状況を把握するのに少し時間がかかってしまったが、ケントのおかげで賢者様がどうなっているかも分かってきた。
 彼は今、国から追われてはいるが、捕まる事なくこの国の何処かに身を潜めている。
 ヒュブリス魔王の眷属である私の居場所は把握している筈だが、一向に合流する気配が無いのが心配だが、「大丈夫だよ」とケントは言う。
「賢者様は魔法の力が強いから、お城の魔法使いに痕跡を辿られてしまう可能性が高くて、使わないようにしているんだよ。魔法が使えないってなると、あの人もしばらくは隠れるしかないんだよね」
 私よりも年下で、背も低い少年がそう屈託なく笑う。
 彼と出会ったのは、賢者様が罪人として国から追われていると知ってから、数時間した後だ。
 どうしたらいいのか、城に乗り込んで賢者様を助けに行った方がいいのかと狼狽えていた時に、何処からともなく現れて「賢者様は大丈夫。だから自分の身の安全を考えて」と言って、この『アリ塚』へ連れて来てくれた。
 彼いわく、自分は賢者様からこの『アリ塚』の管理を任されているらしい。
 『アリ塚』とは元々賢者様が魔法で作り出した物で、同じ扉からそれぞれの鍵を使う事で無数の部屋へと入れる空間魔法だ。
 ケント自身、魔法の素養があり、訳あって国から逃れる為に『アリ塚』に隠れ住み、今では管理人を任されていると言う。
 家が無く身よりも無く、朽ちていくだけの生命を繋ぐ為に、素養のある人間に『アリ塚』の鍵を渡して住まわせている。
 それぞれの鍵で、行ける部屋は一つだけ。
 何人もの人間がこの『アリ塚』で暮らしているが、ケント以外にどんな人間がいるかは私は知らない。
 知っているのは、鍵を作り出しているケントだけ。
「全員を助けてあげられないのが、少し残念だけどね」
 と、ケントは悲しそうに微笑む。
 見ず知らずの人間だけど、彼は信じられる。
 これといった根拠は無いが、本能がそう告げ、彼と行動を共にするようになって二週間が経つ。


「頼まれてたもの買ってきたよ。あと食料も。でも途中でいくつか落としちゃって。ゴメンね?」
 手に抱えていた紙袋を申し訳無さそうに手渡すと、ケントは「ありがとー」と笑顔で受け取り中身を確認する。
「……うん。ボクが欲しかった物は揃ってるから大丈夫だよ。落ちちゃった物は、きっと誰かの命を繋いでいるよ。さあ、ボク達もご飯にしよう。もう準備出来てるよ」
「うん」
 彼に導かれるままに食卓に向かうと、机の上には既に朝食の用意がされている。
 席に着き、さあ食べようとしたところ、ケントは再び微笑む。
「これを食べ終えたら、今日は引っ越しをするから、よろしくね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

処理中です...