カオスオブゲート

サヤ

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夜空の星 後編

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 その後、カオス達は森を抜け、小高い丘で野営をしていたのだ。
 この先、追手はさらに増えるだろう。……あいつが賢者として目覚めてくれれば楽なんだが。
 小さなため息を零すと、自分を呼ぶ声がした。
 レミナだ。
「どうした?」
 上半身を軽く起こして尋ねると、レミナは手に持っていた毛布を差し出し、
「寒いかな、と思って」
 と言って隣に腰を下ろしてきた。
「ああ、悪いな」
 礼を言って受け取るが、使う程冷え込んではいない。
 かく言うレミナも普段着のままで、別段防寒対策をしている様子も無い。
 毛布はただのきっかけだろう。
「ねえ、今何をしてたの?見張りには見えなかったけど」
 そうレミナは悪戯っぽく笑う。
 彼女と旅を続けていくうちに、こういった他愛の無い会話もだいぶ増えた。
「ああ、星を見ていたんだ」
「星?」
 聞きながらレミナは上を見上げ、感嘆の声を漏らす。
「綺麗」
「だろ?」
 レミナの声が本当に感動しているようで、カオスも嬉しくなる。
「カオスにこんな趣味があったんだ」
「親の影響だな。ガキの頃、毎日見せられた」
「ふーん。……ねえ、カオスのお父さんは、どうしてこっちに来たの?やっぱり、この世界を支配する為?」
 身体を乗り出してレミナは尋ねる。
「いや。星を見にきたらしい」
「星を?」
 オウム返しに言うレミナに、再度頷く。
「ああ。魔界の空は常に雲に覆われていて、光が無いんだ。それで、星を見る為に、親父はこっちへ来た」
「……カオスのお父さんって、優しい方だったんだね」
「は?」
「だってそうじゃない。星を見る為だけにこっちへ来て、一人の女性を愛して、最後まで守り抜いて……。すごく優しいよ」
「そのおかげで、二人は早死にしたけどな」
「それは、カオスが暴れすぎたせいでしょ?」
「……お前、俺の事どう聞いてるんだ?」
 即答するレミナの反応が気になり尋ねると、遠慮がちに答えた。
「どうって、十年戦争を一夜で終わらせて、賢者との戦いで封印されたって」
「なら質問だ。お前、戦争の跡地がどうなるか、知っているか?」
「え?……死者が沢山出て、焼け野原になる」
「そうだな。特に火は、それを助長させる」
 カオスは力強く頷く。
「火は地上だけでなく、空気を汚し、空を覆い隠す。親父達はそれを嫌がった。だから俺が、くだらない戦争を終わらせたんだ」
「……星を守る為に、多くの人を殺したの?」
 レミナの声は硬い。
「カオスだって、火を使うじゃない」
「人は放っておけば増える。それに、俺の炎は特別だ」
 先の言葉を軽くあしらい、カオスは手の内で黒炎を作り出し、レミナの目の前にやる。
「え?」
 訳が分からず戸惑うレミナだが、
「大丈夫だから、触ってみろ」
 と促すと、恐る恐る指先を炎へと伸ばす。
「……あれ?熱く、ない?」
 熱気を感じなかったようで、レミナは勢い良く炎の中に手を入れ、泳がせる。
「普段は、俺が望まない物は燃えないんだ。何故かは分からないが」
 そう言って炎を消すと、その手をレミナが両手で掴んだ。
 優しく、労うような手つきだ。
「……ご両親の優しさが、炎に宿ったんだね」
 そう呟き、レミナは再び星を見上げる。
「いいなー、カオスは。両親との思い出があって」
「……母親もいないのか?」
 レミナに父親がいない事は、最初に出会った時、祖父であるオロナから聞いている。
「二人とも、私が産まれてすぐに、魔族にね」
 レミナは胸元から銀製のロケットを取り出し、中に納められた写真を見る。
 母親に大事そうに抱えられた赤ん坊、二人を愛おしむように寄り添う男性。
「本当はね、その時に私も一緒に死ぬ筈だったんだ」
 レミナはロケットを見ながら話を続ける。
「私のお母さん、研究者でね、産まれた私を仲間に見せる為に研究所に行って、そこで魔族に襲われたの。何とか魔族は倒したけど、戦いの最中に薬品が混じり合って火事になった。何人かの研究員は逃げたけど、お母さん達はダメだった。せめて私だけでもって、濡らした白衣で私を包んで箱に入れて、三階の窓から外に落とした」
 その時、レミナが何故高所恐怖症アクロフォビアになったのか理解した。
 その手が、離れた瞬間だ。
「でね、お父さんが、最期に言ってたらしいの。いつでも笑っていられる強さを持てって。だから私は、みんなが心から笑って過ごせる時が早く来るのを願ってる」
 そこでロケットを閉じ、こちらを見て微笑む。
「争いの無い、平和な時がね」


「君を認めてくれる者が、必ず現れる」
 瞬間、カオスの脳裏にある言葉が過る。
「……お前は、魔族がどうやって産まれるか、知っているか?」
 かなり唐突な質問だったが、レミナは「もちろん」と頷く。
「生き物の魂を器にして、怨みや悲しみ、大きな負の感情が集まって産まれる、でしょ?」
「ああ。……なあ、お前もヤツらと同じ考えなのか?」
「ヤツらって?」
「賢者共が言っていた。魔族を殺す事は、憎悪を断ち切り、魂を解放する事だって。だからお前も、全ての魔族を否定するか?」
 そう問うと、レミナはしばらく考えてから答えた。
「魔族を殺す事は、魂を解放する事……。確かに、それはあると思う。けど私は、全てがそうだとは思わない」
「……」
「魔族にもいい人はいるし、人間にだって、罪を犯す人は沢山いる。私は、互いにいがみ合わずに上手く共存出来たら、本当に素敵だと思う」
 にっこりと微笑み「でしょ?」と意見を求めてくる。
「……ああ。そうだな」
 カオスも笑って答えた。
 こいつなら、信じられるかもしれない。
「……ねえ。昼間の魔族は、どうして私を狙ったの?」
 レミナの表情は、先ほどまでと違い悲しみに満ちていた。
「俺達から引き離し、かつ扉を開かせる為だろう。今の魔王クラストは、この世界を手に入れたがっている。だが、不完全な扉からは自身はこちらに来れない。闇の力が最も強まる新月の夜に、結界に出来る小さな穴を通れる部下を寄越して、お前を探しているんだ」
 そう説明すると、レミナは若干落ち込んだように呟く。
「そっか……。なんだか悔しいなぁ。私には賢者の力があるって話だけど、いつまでもカオス達に守られてばかりなのかな」
「自分の身は自分で守りたい、と?」
「うん。迷惑はかけたくないの」
「かと言って、気合いで力が目覚めるわけでもないだろ」
 言ってカオスは、懐から短刀を取り出す。
 かつて父が、母に渡した物だ。
「神聖な魔法が施されていて、俺には扱えない。護身用にはなるだろう」
 レミナはそれを受け取り鞘をずらすと、その刀身は鏡のように輝いてレミナが顔を映した。
「ありが……」
「お二人共!」
 急に、ハザードの声が飛んできた。
「夕食の準備が整いましたよ」
「ああ、今行く。行くぞ、レミナ」
「……うん!」
 レミナを立たせて、カオスは先に歩いていく。
 その後ろでレミナが短刀を大事そうに懐にしまったのを、カオスは気付いていなかった。
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