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第31話 紡がれる言葉
しおりを挟む「それじゃあ…嵌め込むね」
俺の言葉に、みんなが静かに頷く。
この宝石を俺が持っていた事が何を意味しているのか、僅かに予想は出来るけれどまだ半信半疑だった。
これを嵌め込めば、全てわかるような気がする。
一度宝石をギュッと握り、魔道具を持つシュルツさんと緊張しながら目を合わせた。
頷き合い、模様の向きを合わせて宝石を嵌め込む。
――カチ
すると、宝石がポゥっと光り出した。
魔道具が起動しザザ…という雑音が鳴る。
それから、女の人の声が流れ出した。
『私は…アリアです。これが聴けるって事は、あの魔物を倒して…私の子供もこの場に居るって事よね?良かった…』
その声に、シュルツさんの魔道具を持つ手にグッと力が籠る。
やっぱりこの魔道具はアリアさんが遺した物で間違いなかったんだ。
そして確信に変わりつつある言葉に、俺の心臓はドクンと高鳴っていた。
『倒してくれたのは、やっぱりシュルツかな?それとも、勇者のお爺ちゃんお婆ちゃん?もしかして、お姉ちゃんっ子のクヴァルダだったりして。…それとも、私の息子…本人かな?誰かは分からないけど、ここに言葉を残します。どうか、伝えてください』
その声は、なんだか少し弱っているように感じる。
そんな声で紡がれる言葉1つ1つを聴き逃さないよう、みんな静かに耳を傾けた。
『まず…お父さん、お母さん。先に逝くなんて親不孝な事をしてしまってごめんなさい。本当はもっともっと親孝行したかったけど…出来なくてごめんなさい。でも私、2人の子供で良かったよ。生んでくれて、育ててくれて…本当にありがとう』
最初に両親へ向けての言葉が語られ、みんな唇を引き結んだ。
少しだけ震えているのもわかる。
音声は途切れる事なく続いた。
『それから、お爺ちゃんお婆ちゃん』
呼ばれて、ジーゼさんを背負ったリュデルさんが一歩近付く。
孫からのメッセージを、決して聞き逃さまいと。
『勇者の2人は、私にとって自慢だったよ。こんなに凄くて強くて格好いいお爺ちゃんお婆ちゃんなんて、きっと世界中探しても居ないもの。いつも仲の良い2人が大好きです。どうか、ずっとずっと仲良しでいてね』
「…っ」
ジーゼさんが顔を覆い、リュデルさんも下を向いたまま歯を食い縛った。
声は押し殺しているものの、涙は止められないようで次々と零れ落ちる。
この2人が泣くのを初めて見た俺は、そっと視線を逸らした。
そうしている間に、また言葉が続く。
『あと…クヴァルダ』
「!」
既に涙が溢れそうなクヴァルダさんも、お姉さんの言葉を遮らないように必死に声が出ないよう我慢している。
『実はあなたが一番心配よ?あなたってばとんでもないお姉ちゃんっ子なんだもの。私が居なくなって大丈夫かなって思っちゃう』
目を強く閉じ、俯くクヴァルダさん。
『でも、芯が強い子って事も知ってるから…どうか、私が居なくてもしっかり前を向いて生きてね。私だけじゃなく、ちゃんと大事にできる人を見つけるのよ?約束ね』
「…ぅ…姉…ちゃ…」
必死に堪えようとしているけれど、クヴァルダさんも涙をぼろぼろ流していた。
時折しゃくり上げていて、叫んだりはしないけれど今までで一番泣いてるように見える。
お姉さんの言う約束事を守れているのも何だか不思議な感じだった。
『…シュルツ』
囁くような呼び声に、シュルツさんが反応を示す。
アリアさんの声も僅かに震えた。
『すごいでしょ、私ね…あなたとの子を産んだのよ?可愛い男の子。今はまだわからないけど…どうせならあなたに似たら良いな。絶対男前になるもの』
アリアさんが子供を産んでいたという事実に、シュルツさんは浅く息をする。
今までずっと、アリアさんは身籠ったまま殺されたと思っていたのだから当然だろう。
シュルツさんへ向け、更に言葉が紡がれる。
『シュルツ…私が死んだからって、自分を責めたりしないでね。私、あなたと結婚できて…本当に幸せだったよ。あなたとの子を授かって、本当に本当に幸せだった。私と出逢ってくれて…ありがとう。愛してくれて…こんなに沢山の幸せをくれてありがとう。どうか…息子をお願いね』
アリアさんの言葉に、シュルツさんも堪えきれず涙を溢れさせた。
「アリ…ア…」
肩を震えさせ、小さく名前を呟く。
アリアさんが亡くなっても、自分は結婚していると堂々と宣言する程シュルツさんはアリアさんを想い続けていた。
今だってシュルツさんの奥さんはアリアさんだけなんだ。
そんな相手からの言葉は、きっと心の奥まで響いただろう。
『そして…私の息子へ』
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
本当に…本当にそうなんだろうか。
まだ半信半疑な気持ちで、耳を傾ける。
『ちゃんと私は、あなたを守れたのかな?無事に生きていてくれてるのよね?元気で…育ってくれてると良いな』
それから…音声だけでもアリアさんが泣き出したのがわかった。
涙声がその場に響く。
『本当は…私の手で育ててあげたかった…。あなたの成長を…この目で見たかった…。母親として、ずっとそばにいてあげたかった…っ』
悲痛な本音の言葉が次々と語られる。
胸が痛くて、俺は服をギュッと握り締めた。
『でも…もうそれは叶いそうにないから…。せめて、私からあなたに名前を贈ります』
その言葉にハッとする。
心が請うように必死に次の言葉を求めていた。
『実はね、前から密かに考えてたの。どうせなら勇者の2人に因んだ名前にしたいなって。女の子だったらリーゼにしようかと思ってたけど、あなたは男の子だから』
一拍空けて、微笑むようにアリアさんは言った。
『…リオル。あなたの名前は、リオルよ』
呼ばれた名前に身体が震える。
やっぱりそうだったんだという確信で…目の奥が熱くなった。
伝わってくる愛情に、胸も苦しい。
この人は俺の…母さんなんだ。
見えない筈なのに、どうしてか愛しげに微笑む姿が見えた気がした。
精一杯の、心が籠った言葉が響く。
『愛してるわ…リオル』
その言葉を最後に、魔道具に灯っていた光が消えた。
何も…言葉が出てこない。
俺は今までずっと、親には捨てられたのだと思っていた。
時にはどうしてと恨んだ事だってある。
でも、違ったんだ。
本当は最期の最期まで…俺を守ってくれていた。
思っていたよりずっと、俺のことを愛してくれていた。
喉が押し潰されるような感覚で、息が苦しい。
色んな感情が次々と溢れてくる。
そして俺はゆっくりと、自分の父親であるシュルツさんに目を向けた。
「っ、リオル…!」
目が合った瞬間、強く強く抱きしめられる。
「シュル…ツさ…」
あぁ…ダメだ。
もう何も考えられない。
涙が…止まらない。
「う…あ…ぅああぁー…」
どうにも出来なくて、俺はシュルツさんの胸でただただ泣いた。
シュルツさんも涙を流しながら、更に強く俺を抱き締める。
まるで、もう二度と離さないと告げるかのように。
リュデルさんとジーゼさん、クヴァルダさんも泣き続ける俺を包み込んだ。
すごく温ったかくて優しくて…今までの空いてしまった時間がゆっくりと埋められていくような感じがした。
もう、寂しい思いをする事なんてきっと無いんだろう。
母さん…俺は、母さんのおかげで生きているよ。
こうやって、みんなにも会えたよ。
ありがとう。
守ってくれて…ありがとう。
きっと伝わると信じて、俺は心の中で母さんへの言葉を紡いだのだった。
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