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ケーキがフォークに喰われるだけの話

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 睦月むつきをベッドに押し倒し、獣のような目で見下ろしているらんの瞳孔は開いていた。つまり今日は、めちゃくちゃに喰われる日だ。蘭に狙われている睦月はそう思った。そう思って、期待した。睦月は激しく抱き潰されるのが好きだった。
 今夜はどんなことをしてくれるのだろう。どうやって自分を喰ってくれるのだろう。
 期待に胸を膨らませながら、自分を見下ろす蘭をじっと見つめる。睦月の濡れた瞳は挑発的だった。欲情している蘭を誘惑していた。自分には何をしてくれてもいい。蘭から与えられるものは全て、睦月にとっては大きな愛の結晶だった。
 目をギラつかせている蘭に顎を掴まれ、緩んでいた唇に噛みつかれる。無理やりされているような強引さに、睦月の股間は瞬く間に熱く膨れ上がった。興奮する。もっと乱暴に抱いてほしい。もっと乱暴に抱いていい。蘭の好きなようにしていい。食べていい。
 理性を失い横暴になる蘭を喜んで受け入れる睦月は、どんなことをされても良かった。どんなプレイを強要されても良かった。何をされても興奮し、苦痛も快楽に変わってしまう睦月は生粋のマゾヒストであり、フォークにとっては極上の味がするケーキだった。
 対して、睦月の口内を掻き回し、零れ落ちそうになる唾液を落とさないよう嚥下する蘭は生粋のサディストであり、性欲と食欲が同レベルにまで高まると普段以上に暴力的になるタイプのフォークだった。ちょうど今が、それだ。抑えられない性欲とフォーク特有の食欲に、蘭は攻撃的になっていた。
 呼吸すら奪うほどの荒々しいキスに、睦月の股間はたちまち勃起する。唾液を飲まれ、舌を吸われ、前戯とは言えないような、食べられるような感覚に、睦月は高揚していくばかりだった。
 ああ、息ができない。頭がくらくらする。でも、そんな苦しさすら、気持ちのいいものに変わる。気持ちいい。
 呼吸が困難な状況すら、睦月の気分を持ち上げる。もっと、もっと、酷くしてほしい。貪ってほしい。
 深く差し込まれる舌。自らも舌を差し出す睦月は夢中になって蘭のそれと絡ませ、くちゅくちゅと大袈裟な音を響かせながら、は、は、と濡れた吐息を漏らしながら、性的な興奮を専ら煽った。服の下で存在を主張する陰茎は、すっかり張り詰めていた。
 舌を巻き込んだ、ねっとりとしたキスを交わすことで、口内に多量に流れ込んでくる唾液。蘭の真似をするように、睦月は口腔に溜まっていく分泌液をごくりと飲み込んだ。味はしなかった。無味だった。唾液というのはそういうものだった。
 少なくとも睦月にとっては味のしない唾液ではあるが、フォークである蘭にとっては味のあるものなのだろう。飽きもせずに舌を喰んでは睦月の唾液を体内に落とし込んでいた。美味しそうに飲まれると、睦月も気分が良かった。乱暴であっても、気持ちよかった。
 視界が揺れ、ぼやけ、意識が朦朧とするほどのディープなキスを交わした二人は、糸を引きながら唇を離し、盛り上がっている雰囲気のまま目を合わせた。
 もっと喰いたい。もっと喰っていい。
 貪欲な瞳と、淫蕩な瞳。二人の間に言葉はなかったが、今日に限らず、これまで何度も体を重ねた仲だ。相手を求めて、相手に求められていることは伝わっていた。
 再び、唇を重ね合わせる。ん、ん、と声を我慢することなく漏らす睦月の服の中に、蘭の手がするすると滑り込んできた。手のひら全体を使って肌を撫で、躊躇なく胸の先端を触られる。硬直していた。勃起していた。睦月の乳首は敏感だった。
 喰われるほどのキスに応えながら、その手で捏ねくり回している乳首を、いつものように噛んで舐めて吸ってほしいと哀願する。出るものは何もないが、それらの刺激は快楽となって、睦月の腰をビクビクと浮かすのだ。
 乳首を触っていた蘭の手が、次の段階へと進むために、睦月の服を脱がし始めた。睦月自身も脱がしやすくするように身を捩って手伝い、白い肌を曝け出す。上裸になる。刺激を与えられた乳首は硬く熟れ、尖っているようだった。
「食べていいよ。食べて、蘭。食べてほしい。乳首、食べ、あっ、ん……」
 煽って急かす睦月の言葉を最後まで聞くことなく、静かな情欲を燻らせる蘭は睦月の熟した乳首を口に含んだ。蘭に乳首を舐め転がされ、あ、あ、と喘ぐ睦月は、胸を突き出して快楽に悶える。
 気持ちいい。気持ちいい。蘭に乳首を味わわれている。もっと、もっと、食べてほしい。気持ちいい。
 乳首を舐められると、腰が浮く。乳首を吸われると、腰が浮く。乳首を噛まれると、腰が浮く。何をされても腰が、ビクビクと、浮く。
 股間のものは痛いくらいに膨らみ、布に押さえつけられながらも屹立しようとしていた。衣服を剥がされたら、確実に勃つ。触れと言わんばかりに自分の存在を主張する。ああ、早くそこも、喰ってほしい。
 左右の乳首を交互に喰われ、美味しそうに喰まれ、唾液でべとべとに滑っている自分の胸を見て高揚する。熱く濡れた舌で体を汚されていることに興奮せずにはいられない。
 はぁ、と睦月の乳首に向かって吐息を漏らした蘭の手が、時折身体を跳ねさせている睦月の唇を触り、半開きのそこを割って口腔へ侵入した。舌の次は指で。唾液を掬い取るように掻き回され、予測できない動きに翻弄される。それでも睦月は、嫌だとは思わなかった。寧ろそれすらも、気持ちがよくてたまらなかった。
「ん、ん……、あ……」
 くちゅくちゅとしたいやらしい音の合間に零れ落ちる吐息。唾液が溢れるほど睦月の舌を散々弄んだ指が唐突に引き抜かれ、てらてらと滑っているその指を嬌声が追いかけた。が、それは蘭の指に届くことなく落下し、再度乳首を触ることを許してしまった。
 睦月から奪った唾液を尖った先端に塗り込みながら、蘭は自ら味変を施した乳首を自分本位に貪り始めた。同じ箇所を攻められ続け、過敏に反応する睦月は全身に走る快楽に声を上げながら悶える。喰われる。喰われそうだ。喰われていることに、やはり、興奮する。
 乳首は美味しいのだろうか。美味しいのだろう。飢えた蘭は、いつも以上にしつこく乳首を舐め回すのだから。
「あ、あぁ……、は、ん、やば……、いきそ……」
 下半身はまだ触られていない。にも関わらず、睦月は上半身への愛撫だけで上り詰めてしまいそうになっていた。
 片手で蘭の服を、もう片手でシーツを掴む睦月の顎が上がる。気持ちよすぎて、達きそうだった。眼前がチカチカとし始める。
「あ、あ……、いく……、いく、っ……」
 蘭に気持ちいいことを間接的に伝え、硬くなっている股間から濃い液が出そうになったところで、持続していた快楽が遠のいた。乳首を吸って舐め転がしていた蘭の舌が離れたのだ。途端にもどかしさと寂しさが湧き上がってくる。
 詰めていた息を吐きつつも、ビク、ビク、と寸止めを喰らわされた身体が淫らに跳ね、らん、らん、と縋るように名前を呼び、睦月は蘭を求めた。早く奥を突いてほしい。ごりごりと思い切り、突いてほしい。
 でも蘭は今、非常に飢えている。キスをしても、乳首を舐めても、蘭の目はまだ満足していない。そう、満足していないのだ。
 早く後孔に突っ込んでほしいと思っていながら、睦月は満たされていない蘭の開いた瞳孔を見て背中をゾクゾクとさせた。勃起した陰茎で身体を掘られるのとはまた別の期待が胸を突き、口角が微かに持ち上がる。
 蘭の手が下半身を覆う布に触れると、睦月の興奮はますます大きくなった。舌先でちろりと唇を舐め、下着もろとも服を脱がし始める蘭を凝視する。
 蘭は飢えている。飢えているのだ。もっと睦月を食さなければ、その飢餓は凌げない。睦月はそれを理解している。そう、だから、食い尽くされてしまってもいいのだ。全身のありとあらゆる箇所を、傷がつくほどに貪られてしまってもいいのだ。蘭が飢えれば飢えるほど、睦月の快楽は大きく激しくなっていくのだから。
 衣服を剥がされ、全身が開放的になった。股間のものは予想通り立ち上がり、反り返って腹につきそうになっている。
 剥き出しのペニスを見られても、自分だけが裸になっても、恥辱も屈辱も感じることなく、ひたすらに高揚する睦月は、卑しく震えている肉棒に刺激を与えられることを待ち望んだ。
 早く、早く。気持ちよくして。気持ちよくなりたい。
 顔を熱らせ、頬を持ち上げ、瞳を濡らす睦月の期待に沿うように、蘭の唇が、舌が、胸や腹を伝って陰部へと下りていく。あ、あ、と睦月の発情が酷くなっていく。
 そして、待ち望んでいたその時は、ようやく訪れた。
「あっ、あぁ、や、あっ……、まっ、だめ……、すぐ、いくっ……、あ、あ、きもちい……、い、ああぁ……」
 我慢させられ膨らんでいた屹立を舌で舐められ、当然のように根元までズルズルと咥えられた瞬間、ダムが決壊したかのように、強烈な快楽の波が襲いかかってきた。胸を突き出すように身体を仰け反らせ、口から食み出る涎と共に卑猥な嬌声が零れ落ちる。
 気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。気持ちよすぎて、何も考えられない。
 腰をがっちりと掴まれているため逃げられず、全身に走る快楽からも逃げられない。いく、いく、と悶える睦月の股間を口淫して味わう蘭は止まらない。当然だった。フォークの蘭にとってそこは、ケーキの身体で最も美味しいと感じる箇所なのだ。
「あ、ああぁ……、あ、あっ……、らん、らんっ……、ん、いく……、いく、いく……、いくっ……、あ、あっ、あああぁぁ、っ……」
 眼前が爆ぜる。足の先に力が入り、涎で汚れた顎が上がり、腰がガクガクと激しく痙攣し、そのまま睦月は、蘭に咥えられたまま、睦月は、先端から精液を吐き出した。頭が真っ白になる。昇天する。
 睦月が極まっても、蘭は口を離さなかった。睦月の出した白濁液を飲んでいた。そうしながら、搾り取るように吸っていた。もっと欲しがるように、一滴残らず飲み尽くすように。
 ああ、ああ、おかしくなる。おかしくなる。善すぎて、おかしくなる。
 絶頂が持続する。オーガズムに達したというのに、蘭はいつまでも睦月の男根を刺激し続けた。達きっぱなしにさせられ、その苦しいほどの強すぎる快感に、睦月は言葉にならない絶叫のような声を上げていた。
「あ、あ、だめ、だめ……、もう、むり……、も、でな、い……、あっ、やっ……」
 気が狂れそうなほど達かされ、精液を飲まれ続けたところで、睦月のものを挟み込んでいた蘭の唇が、竿の根本から先端へ移動した。搾り尽くされた精液の入口に唇を落とし、舌で唾液を押し込まれる。そんなような感覚が、僅かながらあった。蓋をされているような気分だった。
 蘭の口腔と一体化しそうになっていた股間をようやく解放され、睦月は息を切らしながら脱力する。ぬらぬらと濡れた熱い口内に沈められ、弄ばれていた睦月の棒は、疲れ果ててしまったかのように元気をなくしていた。でもこれは一時的なもので、少し時間が経てば再び起き上がってしまうだろう。
 快楽の苦痛が過ぎ去り、吐息を漏らして虚無に包まれる睦月は、てらてらと濡れた口の周りを手の甲で拭う蘭の目が未だに滾っているのを見て、ごくりと唾を飲んだ。
 まだ終わりじゃない。まだ食べられる。まだ気持ちいいことが待っている。
 後孔がヒクヒクと蘭を誘う。睦月は誘惑するように涙目で蘭を見つめ、自ら股を大きく開いて穴を拡げた。理性はとっくのとうに失っていた。気持ちいいことがしたい。蘭に掘られたい。蘭に喰われたい。ただ、それだけだった。
 精液を大量に飲んだことで食欲は満たされただろうが、性欲は少しも収まっていないであろう蘭が、着ていた衣服を全て脱ぎ捨てた。いよいよだ、と睦月は胸を高鳴らせ、舌舐めずりをする。何度も果てたのに、性欲は落ち着かなかった。
 睦月よりも興奮している欲望の先端を、拡げた穴に押し当てられる。慣らさなくてもそこは既に緩んでおり、躊躇なく一気に腰を遣る蘭の男根を容易に受け入れた。優しさの欠片もない蘭に最奥を思い切り突かれ、濁音のついたような声が落ち、睦月の目の前がチカチカと弾けた。
「え……、あ、い、っ……」
 中を収斂させながら蘭のものを絞め、たった一突きで達した睦月は、もう何度目か分からない絶頂に押し潰された。
 らん、らん、気持ちいい。きもちい。もっと乱暴に抱いて。そうしていい。そうしてほしい。
 容赦がなく、これを睦月が本気で嫌がっているわけではないこともちゃんと理解している蘭は、後孔でも睦月を達かし続け、睦月の求めるセックスに行動で応えた。睦月は激しく抱き潰されるのが好きなのだ。それこそ、噛みつかれて肉を食い千切られてもいいと思うくらいに。
 絶叫のように喘ぎ散らしながら、睦月は腰を震わせ蘭に縋った。怖いくらいに気持ちいいのだ。地獄のように達かされ続けているのが気持ちいいのだ。気持ちよすぎてたまらないのだ。
 蘭に奥を穿たれ続け、訳が分からなくなるほどの快楽に呑まれながらも、睦月はふわふわとした多幸感に包まれていた。食欲や性欲の赴くまま、身勝手に抱かれるのが気持ちいい。
 睦月を犯す蘭の息が弾み始める。次第に腰の動きが激しくなる。睦月は達きっぱなしで。喘ぎ過ぎて声が嗄れてしまっていた。
 いつまでも続いていた波よりも、更に大きな波が迫ってくる。あ、あ、と涎を零して興奮し、蘭に腰を打ちつけられながら、中に欲を叩きつけられるのを待ち望んだその瞬間、雷に打たれたかのような衝撃に思考が飛び、息が止まった。今までの比ではない、意識が飛びそうなほどの快感だった。
 抽挿していた蘭の肉棒が震える。蘭のものを熱く包み込む内襞が、その微動を睦月に伝えた。ドクドクと流し込まれる精液で、蘭が睦月の中で果てたことを知る。
 盛り上がったセックスが終わりを迎え、蘭の男根が後孔から引き抜かれた。心地よかった圧迫感が失せ、出された白濁液がとぷとぷと零れ落ちる。
「あ、は、はぁ……、らん、らん……、めちゃくちゃ、よかった……、きもちい……、また、して……?」
 余韻に浸りながら、陶酔感に口角を持ち上げて口にする。
 蘭とのセックスは、お世辞なしで気持ちよかった。苦しんでいるのに攻めるのをやめないという嗜虐的な行為も大好物だった。つまりは相性が良いということなのだろう。
「睦月の精液、他のどのケーキのそれよりも美味しいから、また飲ませて」
 睦月と同じように浸っている様子の蘭は、中途半端に勃った睦月のペニスを指で弾いて示し、性欲も食欲もすっかり落ち着いた、いつものアンニュイな表情で、セックスも一番気持ちいい、と次があることと共に体の相性の良さもさらりと教えてくれた。
 睦月は、これまで何人ものケーキを食してきたであろうフォークの蘭が、自分の精液を美味しいと好んで飲み干し、今日に限らず何度も激しく抱いてくれることに、この上ない優越感と幸福感に満たされたのだった。
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