デザイアゼロ/ラストプレイヤー

加賀美うつせ

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第四章【狂気伝染】

第54話 作戦開始

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 機動隊が出動するその数時間前、壬晴は武虎の仲間が入院する部屋を訪れた。

 見舞品として買ったメロンを抱えて部屋に入るとパイプ椅子に腰掛け、眠りにつく二人を見守る武虎の姿があった。来訪者の壬晴に気付くと「何だお前か」と溜息混じりにこぼした。

「僕も様子を見に来た。それにタケトラもいるかなって。少し話しておきたいことがあるんだ」

 壬晴はパイプ椅子をもうひとつ出すとそこに座った。

「話しておきたいことって何だよ?」

 メロンをキャビネットに乗せている壬晴に武虎が視線を寄越す。

「警察と情報機関がアウトローの拠点を掴んだ。おそらくそこにリュージもいると思う。あれから随分時間も経ったし、それらしき目撃情報も聞いた」

「聞いたって……お前」

 武虎が言わんとしてることを察する。

「決行は今夜だ。僕はあそこに行く。それを伝えたかった」

「やっぱり、お前は普通とは違うんだな」

「まぁ、そんなところかな。生まれが特別なんだ。自慢にはならないけど」

 武虎は余計な詮索せんさくは控えた。抱えているものが常人とは比べ物にはならないと理解したからだ。不条理だとは思う。だが、すんなりと受け入れられたのは『Re:the-end game』の存在が大きかったからだろう。大抵のことに驚きはしない。

「リュージのことはどうしたい?」

「……正直、わかんねぇ。ムカつくし赦せねぇけど、出来るなら救ってやってほしいと、俺は思う」

 素直に心の内を吐露した武虎に壬晴は微笑んで頷く。

「わかった。リュージに会ったらタケトラのこと伝えるよ。大変だけど頑張ってみる」

 壬晴はそう言ってパイプ椅子から立ち上がると武虎の肩を叩いて、部屋の扉に手をかけた。

「なぁ、今から行くんだろ? 表にバイク停めてあるから乗っていけよ。送ってやるから。俺もせめて近くで見守らせてくれねぇか」

 壬晴の背中に武虎はそう告げる。

 小雨が降る中、彼のバイクに相席させてもらい壬晴は財団ノアの駐車場まで届けてもらった。時計塔は二十時を示している。突入作戦は今から一時間後。壬晴は後部座席から降りると借りてたヘルメットを武虎に返し、バイクに括り付けていたアタッシュケースを抱えた。

「行ってくる」

「気をつけてな」

 多くは語らない。短い挨拶を交わし、壬晴は烏間が指定した場所へと向かった。

 広大な敷地面積を誇る財団の高層ビル。既に機動隊の遊撃車が何台も停まっていて出動服を着込んだ者らが出入口を取り囲んでいた。職員が先に行くのを止められ、見物人の部外者らに遠くに避難するよう呼びかけている。爆発物が発見された、と部外者にはそう伝え本当のことを誤魔化しているらしい。報道機関も集まっていないし、周りの人も少なかった。

「一之瀬さん、こちらです」

 一台の遊撃車の窓から烏間が顔を覗かせていた。壬晴はすぐ彼のもとに駆けつけ車両の中に入らせてもらう。後部席は広く、キャラバン型のため立ってPCの作業や着替えが出来るように内装されていた。

「よく来てくれました。作戦までまだ時間があります。あなたの装備を整えてください」

 壬晴はアタッシュケースから『デリーター』と『ルイン』を取り出し、それぞれをベルトの左右に取り付けた。

「他に必要なものはありますか? 防弾ベストにヘルメットもあります。何でも言ってください」

「出来れるだけ身軽でいたい。握力の補強として革手袋だけ貰っておきます」

 キャラバンの中にある装備品から壬晴は穴空きのグローブを選んで嵌めた。滑り止めとして好感触だ。これなら武装を問題なく使用出来る。壬晴はそれから眼帯も外し両眼の視野を得た。この闘いに油断は許されない。

「それから無線機を。周波数は常に私と繋げておきます。案内と状況は私がここから伝え、あなたを誘導します。無くさないように」

 片耳に取り付ける小型の無線機を壬晴は右耳に装着した。これですべての準備は整った。

 突入作戦まで残り十分。

 壬晴はキャラバンから離れ、烏間に指示される形で裏口からの侵入を試みる。非常口の鉄扉、その施錠を壬晴はデリーターで壊した。

『いいですか一之瀬さん。突入開始、五秒前……四……三……二……一……』

 壬晴はノブに手をかけた。

『……ゼロ』

 勢いよくドアを開きルインを構える。そして、すぐに真上へと視線を向け、気配を察知せんと意識を巡らせた。無人だと確認が取れた壬晴は非常口の階段を駆け上がり、一足先に最上階を目指す。

 烏間が立てた作戦は単純。正面口から機動隊を突入させ構成員がそこに集中されている内に壬晴を最上階へと向かわせ八雲を撃破する。たとえ標的が上階にいなくともいずれは上と下からの挟み撃ちとなるだろう。

『一之瀬さん。正面口からも機動隊が入りました。まもなく構成員らと接触するでしょう。あなたは気にせず上を目指してください。残念ですがハッキングした監視カメラはすべて破壊されてるようで、無線機からの状況把握しか出来ない状態です。……お気をつけて』

 跳ぶように階段を駆け上った壬晴はものの数秒で最上階へ辿り着き、そのまま扉を蹴破って廊下へと転がり出る。

 ルインを構えた先には四人の構成員がボストンバックを手にこちらへと走っていた。下層へと向かう途中だったところらしい。いきなり現れた壬晴に彼らは驚いた様子だった。

「何だテメェ!!」

 バックからアサルトライフルやハンドガン、ガラの悪い構成員四人はそれぞれ銃火器を取り出し壬晴へとそれを向け威嚇する。

 壬晴は空のカートリッジを差し込んだルインの『空撃ち』、つまり空弾エアシュートを即座に放つとそのひとりを吹き飛ばした。圧縮された空気の塊は腹部に衝撃を与えて後方へと大きく弾く。

「……は?」

 その光景を見た残り三人は眼を丸くしていた。空弾など見えないし、予想もつかない奇襲だ。この日のため、壬晴は敢えて三つあるカートリッジの内ひとつを空の状態にし、空弾を放てるようにしていた。無闇に人を傷付けないために。

「流石、ルインだな。空撃ちなら充分……!」

 カートリッジが挿入口から排莢はいきょう、すぐさまそれを差し込み直し、次弾の空弾を放つ。

 空弾は手前のひとりを吹き飛ばし壁に打ちつけた。壬晴は残り二人に肉薄し、デリーターで銃火器を真芯から斬り裂いて無力化すると、上段回し蹴りの一回転で二人を纏めて昏倒させた。

「仲間を呼ばれる前になんとか仕留め……」

 そんなことを呟いていると廊下の先から「こっちだ!」と呼ぶ男の声が聞こえた。騒ぎを聞きつけた構成員が今度は五人ほどの仲間を引き連れてやってきた。安心する暇はない。彼らが射撃の体勢に入った瞬間、壬晴は曲がり角に身を隠し銃弾の雨から逃れる。

『一之瀬さん! 大丈夫ですか!?』

「ええ、問題ありません」

 壬晴は無線機から聞こえる烏間の声に応えつつ、デリーターの刃を壁際から少し出して鏡の代わりにした。

 彼らはテーブルなどを別室から引き摺り出して障壁を作っていた。ルインの砲弾に耐えるためだろう。止まない銃撃に壬晴は身動きが取れなくなっていた。

「あれならいけるか……」

 天井の通気口。刃に映ったそれは壬晴の真上にもあり、道が繋がっているものだった。よくアクション映画などで入る有り得ないシーンがあるが、都合よく大き目のサイズである。

 ルインの空弾をカバーに撃つと簡単に外れた。壬晴はそのまま通気口の中に跳び入ると、身をよじらせて進み、構成員らの真後ろまで移動するとカバーを蹴破って彼らの背後に降り立った。

「後ろにいるぞ!」

 気付いた時にはもう遅かった。壬晴は五人の間に入ると邪魔な銃火器を寸断し、顎下に掌底と側頭部への蹴りで彼らをすべて気絶させた。

「また仲間を呼ばれる前に部屋の確認を済まさないと」

 最上階を確認するにあたってまずは理事長室らしき目立った両扉を開けた。

 中は無人だったが、先程まで誰かがいた痕跡がある。空になった食器が置かれたままで、そうは時間が経ってなさそうだった。

「八雲はきっとここにいた。いまは何処に、まさか屋上か……?」

 何らかの方法で屋上から脱出する可能性もある。一眼だけでも見に行くべきだろうか。そんなことを考えながら探索していると、別室へと繋がる扉が微かに開いているのに壬晴は気付いた。

「……あ」

 風に吹かれて自然と扉が開かれた。

 そこにあったのは手錠のついた椅子。血と体液が染み付き異臭が漂っていた。不穏な気配を察知し、デリーターを持つ手に力がこもる。誰かが拷問を受けていたらしい。血は乾き切っていない。まだその痕跡は新しかった。

「……?」

 グチャリ、と水が滴るような音が聴こえた。この部屋からではない。拷問部屋の真横に大きな穴が開かれ、そこから空気が入ってきていた。扉がひとりでに開いたのはそのせいだ。

 壬晴は部屋に足を踏み入れ、開いた壁の先を通って廊下へと出る。

「な……っ!」

 そこで見た光景は捕食。壬晴が昏倒させた構成員の前に屈み、何かが体を上下に揺すっていた。は肉食動物の如く、腹を裂いて臓物を喰らっている。

 腐ったような指先から伸びる爪が臓腑を刺し掴み口へと運ぶ。そいつは人間の形をしていたが、化物じみた異様な気配を纏っていた。

「アア……ア、ハハ……」

 血に汚れた口許が歪む。振り返ったそいつの顔は武虎から聞いた龍司の特徴と一致していた。だが、その狂気に染まった風貌は以前とは比べものにはならない。龍司は壬晴を目に止めると捕食中の構成員を手離し、のっそりと立ち上がった。

「お前は……そんな。タケトラ……僕は」

 呆然とそう呟くも、意思とは関係なくルインの照準を変貌した龍司へと向け空弾を放っていた。

 倒さないといけない。その危機的本能が研究所時代の頃へと呼び戻していた。心と体を乖離かいりさせ、ただ機械のように。その教えがトリガーを引いていた。

 放たれた空弾は龍司の肩口に当たり彼を吹き飛ばしていた。

 壬晴はその衝撃にハッとする。そして改めて変貌した龍司を見て壬晴は決心した。

 あれは倒さないとならない。なぜ、そうなってしまったのかはわからないが、ただひとつ言えることは、龍司は人喰いの、壬晴が散々屠ってきた『弟達』と同じ末路を辿ってしまったことだ。
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