デザイアゼロ/ラストプレイヤー

加賀美うつせ

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第四章【狂気伝染】

第62話 呪われた運命

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 財団ノアのビル内通路に場所が変わる。

 壬晴と八雲が戦闘を繰り広げた地点から移動していない。弾痕と血痕、破壊の痕跡がそれを二人に断じさせた。違うのは武虎も此処にいることだ。

 彼は龍司が遺したフレーム『狂戦士バーサーク』を拾い、手の中で抱えていた。

 今は何も言わずにそっとしておいた方がいいだろう。壬晴は痛む体を支えながら八雲へと歩み寄る。

「…………」

 あれほど激しい戦いを演じたのだ。二人は疲弊の色を隠せずにいられない。戦う力が残されているとはいえなかった。

 それでも壬晴にはやるべきことがある。

「下手な脅しは辞めときな。それが弾切れなのはわかってる」

 壬晴はルインの発射口を八雲の後頭部に突きつけていた。

「共に戦ってくれたことは感謝する。だけど、これは話が別だ」

「…………」

「八雲は赦されないことをたくさんしたよ。多くの人を傷付けた。それだけは償わないといけない」

 八雲は横目で壬晴を見遣ると、少しだけ口端に笑みを浮かばせた。それが何を意味するものなのかはわからなかった。

 気が付けば機動隊が此処に駆け付け、八雲を取り囲んでいた。

 怪我していた武虎を隊員のひとりが保護し、残り全員が八雲に銃口を向けている。

『……どうやら、機動隊が到着したようですね』

 沈黙していた通信機から烏間の声が聞こえた。

 PVPエリア展開から現実世界は時が進んでいない。二人が別の場所で龍司と戦ったことと、彼が死に現実世界から存在と記録を抹消されたことはプレイヤーである我々にしかわからないことだ。

 だから、今回の事件のすべては八雲率いるアウトローが引き起こした暴動として完結する。

「八雲……」

 壬晴が彼の名を呼ぶ。

「お前の顔を立てて暫く大人しくしてやる」

 八雲は両腕を手前に差し出した。それを投降の意思と見た機動隊員が手錠を彼の手に嵌めて縄を通していた。

 彼の行動には驚いたものだった。

 心境にどのような変化が起きたのか、微塵も抵抗せず機動隊に着いていく素振りを見せている。呆然とその光景を見送る壬晴に八雲は最後に言葉を残した。

「櫻井には気をつけろ。またお前の前に現れるはずだ。お前の中にある怪物を呼び覚ますことが奴の目的らしい。他にも何か企んでるだろうが、くれぐれも注意しておくことだ」

 八雲の忠告を受け、壬晴は頷いて応えた。

 連れ去られる間際に壬晴は彼に告げておく。

「近い内に会いに行くよ。出来るなら、また話がしたいから」

「……そうか」

 八雲は振り返らなかった。そのまま機動隊に連れられ、ビルから去って行く。

 残ったのは武虎と彼を保護する機動隊員のみだった。武虎のことは不運にも逃げ遅れた一般人と説明がつく。だが、壬晴はそうもいかないだろう。

「カラスマさんの所に戻ります。彼も一緒に僕が連れて行きます」

 その名前を出せば概ねのことは理解し、聞いてくれるはずだ。

「タケトラ、帰ろう」

 壬晴は武虎に手を貸して立ち上がらせた。取り敢えずは此処から出ることにしよう。後のことはそれから考えればいい。

「ああ、そうだな……」

 差し出された手を取って武虎は立ち上がった。その手に龍司が遺したフレームが仄かに輝いていた。



 アウトローとの戦いから数日が経過した頃、壬晴は都内の病院に訪れた。

「調子はどう?」

「退屈だ。ていうかお前の方がボロボロだったくせに何で俺が入院して、一之瀬が平然と出歩いてんだよ」

「タケトラとは鍛え方が違うからね」

「生まれの問題だろ」

 武虎はあの戦いで瓦礫に足が下敷きになり骨折してしまった。

 壬晴の負傷は問題なく快復したから病院に厄介になることはなかったので、こうして激励に来ている次第だ。

 病室には武虎の仲間である雲雀と玄弥の二人もいて看護師を困らせるぐらい元気に騒いでいた。彼らとも同室の武虎は入院生活を寂しく過ごすことがないらしい。

「あの二人、リュージのこと忘れてしまったみたいだね」

「ああ、ゲームに参加していたことは覚えているみてぇだったがリュージのことは知らないだってよ。ゲームオーバーしたプレイヤーは存在の記録ごと消されるってのはホン卜らしい」

 武虎は二人を見ながら言った。

「でも、それでいいのかもな。あいつのこと話しても信じられねぇだろうし困惑させるだけだからよ。あいつのことは俺だけが抱えていくよ。もうあの二人は関係ねえんだ。リタイアさせちまったから」

「そっか。まあ、とにかく元気そうで良かったよ。落ち込んでいたらどうしようかって思ってたから」

「……迷惑かけちまったな、お前には」

「いいんだよ。そんなことは」

 壬晴はベッドの真横に備え付けられたキャビネットの上にゆで卵を置いた。

「お見舞いの品、用意するの忘れてたからこれあげる」

「は、あの時も喰ってたな。俺を縛って事務所に連れ込んだ時だよ。好物か? 常に持ち歩いてんのか? お前って変なヤツだな」

 武虎が面白そうに笑っているのにつられて壬晴も微笑んだ。

「(好物か……確かにそうだったかもしれない。でも、もうどんな味だったかも思い出せなくなった)」

 壬晴は袖の隙間から除く『穢れ』の侵食を見て、そんなことを思った。

 人工天使の肉を喰らったあの日から時々鋭い痛みが走るようになってきていた。呪いが我が身を蝕むように。

「じゃあ、僕は帰るよ。タケトラも元気でね。あんまり無茶はしないように」

 そう言って壬晴は病室を去ろうとした。

「なぁ、待てよ……今度は俺の番だぜ」

 去り行く壬晴の背中に武虎が呼び掛ける。

「今度は俺がお前を助けてやる。この恩はぜってぇ忘れねぇよ。次に会う時は誰よりも強くなって一之瀬のことを助けてやる。だから、困ったときは俺のことを思い出してくれ。必ず役に立ってやるからよ。忘れんな」

 振り替えると武虎は龍司が遺したフレームを手に懐かしむような眼を浮かべていた。

 親友とまではいかない。だが、壬晴のことは仲間だと思ってもいい。今の自分は弱く頼りないがいつかは強くなって戻って来る。そんな誓いを壬晴に立て武虎は笑って見せた。

「まあ、期待半分ってところかな」

 憎まれ口を叩きながらも壬晴は楽しそうに笑って病室を出た。

 相変わらず雲雀と玄弥の二人が煩く騒いでいるのを武虎が怒鳴る声が聞こえた。

 武虎の見舞いを終えた壬晴は病院を出てすぐの公園広場に向かった。そこにはスーツ姿の烏間がベンチに座っていた。軽い挨拶を交わすと隣に腰かけて烏間と話を始める。

「八雲の件、ありがとうございます。あれからアウトローによるテロ活動がなくなりました。彼も留置所で大人しく過ごしています」

「……そうですか」

 壬晴は空を仰ぎ見ながら生返事する。

「すべてあなたのおかげです。化物が出るアクシデントもありましたがあなたがいてくれたから機動隊の被害も少なく抑えることができました。本来なら全滅は免れなかったことでしょう」

「……それでも、死んだひとがいます」

「すべてを救えるひとはいません。神様であろうとそれは不可能なことです。それに関してはよく知っていることですよ。女神の傍に身を置き、警察という正義の組織に属している私には。どんなに素晴らしい力を持っていても無力だと感じる時があります」

 広場の光景を眺めていた烏間は壬晴に向き直った。

「私に何か返せるものがあるなら言ってください。微力ながらあなたの助けとなりますよ」

「……なら、ひとつだけ頼みがあります」

 壬晴はゆっくりと視線を烏間に向けた。

「櫻井という博士について調べていただけませんか」

 その要求に烏間は眼を眇めた。

「櫻井……まさか、あなた方の出生と何か関わりのある人物ですか?」

 研究所の調査に訪れたことがある烏間ならではの察し方だった。

 壬晴はただ頷いて応え、彼の次の言葉を待った。

「なるほど、わかりました。いいでしょう。私どもでも調べてみます。それであなたが求める答えが得られるなら最善を尽くしましょう」

 烏間はすぐに応えを返してくれた。

「ありがとうカラスマさん。お願いします」

 こうして短い会話のやり取りを終えると烏間は公園を後にし仕事に戻った。

 壬晴には何か情報を掴めば連絡を寄越すと告げている。烏間は立場上では敵なのかもしれないが、数少ない頼れる大人であると壬晴は思っている。あの真摯な物腰と態度には好感が持てた。

「…………」

 梅雨も明け、もうすっかり暑い時期になってきた。

 日陰のベンチに座っていても差し込む木漏れ日が眩しく感じられた。手でひさしを作ると、つい自分の腕が眼に入ってしまう。

 袖から微かに見える黒い『穢れ』の跡が残り少ない自分の時間を告げるかのようだった。

「ミハル」

 手を退けると明日香が傍にいた。

「こんなところで何してるの?」

 赤い髪に、真紅の瞳。一之瀬真昼によく似た少女。

 木漏れ日の中、壬晴の顔を覗き込む彼女の姿がはっきりと映し出される。

 いつものように浮かべる柔らかい笑顔と、透き通るように澄んだ声音が心を揺るがす。愛おしいひとのすべて。

 ——そして、赦されざる者の……。

「アスカ……」

 優しく柔らかな笑顔を浮かべる何も知らない無垢な明日香の顔を、壬晴は直視することが出来なかった。
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