デザイアゼロ/ラストレコード 

加賀美うつせ

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終章【失われた奇跡という名の物語】

X章ep.01『あなたが生まれた理由』

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 すべてのPrayerに捧ぐ。



 そこは暗闇の奥底。誰もが心の内側に備えている形而上の空間。夢の世界といっても過言ではないだろう。イメージさえあれば形を生み出し、様々な映像を追体験出来る。

 今回の夢想世界はシアターが舞台だった。開演ブザーと共に緞帳どんちょうがゆっくり開き、現れた大型スクリーンに壬晴の物語が展開されてゆく。

 実験体として生を受け、フィニスという悪魔を宿したひとりの少年が歩んだこれまでの記録。

 失った思い人に似た少女との出逢い、それが契機となり異世界で繰り広げられる戦いに身を投じることになった少年は仲間と共にあの世界を生き、やがてすべての真相へと辿り着く。

「…………」

 シアターにはただひとりしか見物人がいなかった。その者はだだっ広い館内の中央席に腰かけ、静かに映像を眺めていた。

 それは人ならざる者、フィニス。世界を破滅へと導く存在。人々の歪んだ願いがカタチとなった『悪意』の化身だ。

 広大なシアタールームに佇むフィニスから寂寥感や孤独感といった雰囲気を感じさせた。

 彼という存在は結局のところ孤独であり、器が朽ち果て死ぬ、そんな途方もない時をただ待つだけなのだ。

 それが世界を破滅させるために生まれ厭われ続けた者の末路。

「なんともつまらない話ダナ……」

 スクリーンの映像を眺め、そして己と壬晴そのどちらとも取れる失意の言葉をぼやく。

「随分と流暢に話せるようになったな」

 声が聞こえ、映像から眼を離す。

 シアターに別の観客が現れたようだ。その人物はポップコーンが入ったバスケットを胸元に抱えながら、空いた手の方を鷹揚に上げる。

 憑き物が落ちたような、その柔らかい表情を見たフィニスは反吐が出る思いだった。

「マサカ、貴様の方から会いに来るとはナ……ミハル……」

「まぁね。少し話しておきたいことがあったから」

 壬晴と呼ばれた少年は有無を言わさずフィニスの隣席に腰かける。

 呑気なことに壬晴はバスケットを見せると「食べるか」などと言うのだ。あれだけ忌み嫌っていたというのに、とフィニスは拍子抜けした。

「ここは前と同じだな。お前がルシアのこと教えてくれた場所と」

「記憶を追体験するニハ、コレが相応しいだろう」

「……そうかもね。わかりやすいよ」

 まるで十年来の友人と交わす時間のように壬晴とフィニスは互いを拒むことなく空間を共有していた。

「ミハル……オマエには失望シタ」

「そっか」

「復讐すら満足ニ出来ないヤツだよ。こんなにもツマラナイヤツだとハ夢にも思わなかっタ。貴様の望みヲ叶えてやろうとした我ノ善意ダトいうのにな」

「……善意か。相変わらず歪んでるな」

 櫻井創一の一件以降、フィニスは壬晴の内奥に潜んで表に出ることがなくなっていた。

 壬晴の心身の影響も然りだが、フィニス自身が器の乗っ取りに消極的になっているせいでもあるだろう。壬晴に対する失望もそこには影響している。

「僕の体で……お前は自由になりたかったのか?」

「違ウさ。そんなものに興味ナドない。ただ、我ニハ存在価値が欲しかったダケだ」

「存在価値?」

「人々の願い、それがモトで我は生まれた。ダガ……現実ハどうだ? 世界ヲ滅ぼし、数多の屍を積み上げタだけだ。我ヲ殺してもソノ呪いは止まらズ悪意の種は撒かれタ。我は祝福と共ニ、生まれるハズだった。純粋ナ願いにより我は生まれるハズだっタのだ」

「…………」

 壬晴はフィニスに顔を向ける。

 初めてフィニスから感情を読み取れた気がした。

「本来ナラバ救世主となるハズだった」

「……ルシアはそう望んでいたさ」

「ダガ、他の人の心は違っタ。願望器から生まれた我ニハ、人々が持つ憎しみと怒りダケが存在していた。すべてを破滅サセんと、世界ヲ終わらせんと、その使命ヲ受けた……」

「…………」

「人はマタ同じあやまちヲ繰り返すぞ、ミハル」

 壬晴はゆっくりとかぶりを振る。

「すべての人が決して破滅を望んだわけじゃない。ほんの僅かでもお前の中にも残されているものがあるはずだ」

「…………」

「平和を願う思いが、少しでもあったとしたら……ルシアのように奇跡を願う気持ちが込められていたのなら、まだやり直しは利くはずだよ。お前のすべてが本当にそれだけだったなら、とっくに僕は悪意に飲み込まれていた」

「…………」

「守られていたんだ、知らないうちに。僕はお前の中にあった僅かなものに。奇跡を願う思いに」

 フィニスが壬晴へと視線を移す。

 二人の視線が重なると壬晴は席を立ってフィニスに背を向けた。

「会いに来たのはそれを伝えたかっただけだよ。もしかしたら、もう近いうちにお別れかもしれないから。なんだかんだ言っても、お前とは付き合いは長かったからね」

「…………」

「じゃあ、またね。今度、会うことがあれば力を貸してほしい。お前の力、本当は世界を守るためにあったんだって証明してみせるから」

 壬晴は内なる相棒にそう告げると夢の世界から出て行こうと、扉の方へと向かった。

「フフ……アハハ……何処までモ莫迦なヤツだ」

 フィニスは嗤っていた。

 だが、それは虚しい乾笑いのような響きを湛えたものだった。
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