デザイアゼロ/ラストレコード 

加賀美うつせ

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終章【失われた奇跡という名の物語】

X章ep.18『拝謁の空、巡礼の季節』

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 ——あれから二年の月日が流れた。

 季節は春を迎え、温かな日が続いている。

 八重桜が咲き乱れる緑地公園では家族連れや若い男女がそれぞれ仲睦まじく過ごしていた。

 皆が楽しそうに笑顔を浮かべている、そんな平穏な日常の光景が流れる中で『彼』はひとり園内の遊歩道を歩いていた。

 初めて此処に来た時もこのように桜が雄大に咲いていた。

 昔を懐かしむように彼は花々の景色を眺める。あの時は真夜中だったが、今より煌びやかで幻想的な風景だったと覚えている。

 ……これは、あの子と出逢った時の話だ。

 彼の運命が大きく変わる契機となった出逢いの振り返り。

 二年前の僕は、己の運命に抗っていた。

 思えば数奇な運命だった。生まれた理由も知らず、道具のように扱われ、得たものも失うばかり。

 悲しみから逃げた先で僕は『あの子』と出逢った。

 命を賭けた戦いに巻き込まれ泣いていた彼女を救うため自分も戦いへと身を投じ、そこで多くの仲間と出逢い、苦楽を共にした。

 あの世界で戦うたびに真実と対面し悩み苦しんだ。死ぬような思いもしたが、それでも僕は生きている。

 『Re:the-end game』その始まりは彼女との出逢いから綴られた物語だ。

「……あっ」

 待ち合わせの場所に訪れた彼は目当ての人を見付けて口元を綻ばせた。

 彼女は木漏れ日が差し込むベンチにひとり腰かけていた。彼の来訪に気がつくと太陽のように明るい笑顔を向ける。

「久し振り、元気にしてた?」

「ああ、元気だよ。キミこそ調子が良さそうだね」

 笑顔で挨拶を交わし、彼女の隣に腰かける。

 それから二人は芝生の広場で無邪気に遊ぶ子供らの姿を眺めながら、これまでの話をしていく。

「あれからみんなはどうしてる?」

 口火を切ったのは彼女だった。

 彼は仲間達の現在を語る。

「みんな、それぞれ夢や目標を持って生きてるみたいだ。……ユウトはバイトを掛け持ちしながら料理の専門学校に通ってるよ。将来は一流の料理人になるって意気込んでいるみたい。毎日修行で大変だけど、身近な人の喜びが伝わる仕事がしたいんだってさ。もう一度、野球選手を目指すのも悪くなかったけど、僕らがユウトの作るご飯を美味しいって言ってたのが嬉しかったみたい」

 悠斗とは今もよく会っている。

 彼は昔から変わらず元気で、真っ直ぐな性格だった。

「それから旺李さんは実家の中華料理店を継ぐらしいよ。ユウトが一人前になったら一緒に暮らそうって約束もしてるみたいでさ、僕が知らない間に二人は良い関係になってたんだよね」

 悠斗は昔から幼馴染である杏のことが好きでいたらしい。

 そんな様子をカケラも見せなかった彼だが、自分の気持ちは誤魔化せなかったようで最近では二人が一緒にいるのをよく見る。

「セナちゃんはね、最近学校での友達が増えて楽しいって言ってたよ。忍術研究部っていう変な部活で、ワタヌキやタマちゃんと仲良くやってるみたい。偶然なんだけどさ、あの二人とは学校が同じだったらしくて驚いていたよ」

 星奈はワタヌキとタマモの二人と再会を果たした。

 あの世界でタマモは星奈の身体的特徴を模倣していたが現実世界に復帰した時、本当の姿になった。

 最初は誰かわからなかったようだが声と口調から彼女とわかったらしい。人当たりが良く明るい性格に、愛らしい太眉が特徴的な女の子だった。
 
 友達がいないと悩んでいた星奈も今は楽しく学校生活を送れている。

「レンタローくんは御両親と同じく警察官を志して警察学校に、ヴィジランテの花園さんは月刊誌の漫画家として最近デビューして、東藤さんは忙しい受験生、葵姐さんは就活無双中で、ミアハと姫川さんは同じ大学に進学して何だかんだ仲良くやってるってさ……ていうか、二人は僕と同じT大学の先輩だから、よく口喧嘩してるのを見るんだよね」

 それぞれの近況を話すと、彼女は懐かしむようにクスクスと笑っていた。

 みんな自分の現在を幸せに、そして頑張って生きている。

「今のキミはどう? 幸せ?」

 今度は彼女の現在を聞いてみた。

 いきなりだったのか、彼女は少し慌てた様子だった。

「……うん、心配ないよ。病気のこともドナーが見つかったことになってるみたい。都合がいいのかもしれないけど、私がこうしてあなたに会いに来れたのもそのおかげ。お父さんもね、私がいるから問題ないよ。私がお母さんの分まで見てあげてるから、さみしい思いさせなくて済んでるみたい」

 彼女の父親とは因縁深かった。本気で恨み殺意を懐いたこともある。

 それでも彼の心を知り、少しは理解出来たのかもしれない。この世界で彼は悲しみや『悪意』に呑まれることなく生きている。

「それで、ミハル……あの子は、まだ見付からないの?」

「…………」

 壬晴は……この新世界が生まれてから巫雨蘭とまだ会えずにいた。

 何処にいるのかわからない。この二年間、彼女の姿を追い求め生きてきたがまだ手がかりさえも掴めずにいた。

 また、あの時のように己の傍から離れてしまった。彼女のことが恋しくて堪らず、壬晴は泣いてしまうこともある。

「……私のもとに手紙が来たの。これ、ミハルの分も預かってるから渡してほしいみたい」

 彼女はそう言って一通の手紙を壬晴の前に差し出した。

 その封筒のデザインには見覚えがある。誰から贈られたものかは一目見ただけで壬晴にはわかった。

 それを受け取ると壬晴はベンチから腰をあげて広場の景色を広く見渡した。

 あの家族連れや若い男女の中には、壬晴が知る者が何人かいる。

 かつて生まれた研究所の弟が成長した姿。それから児童養護施設ふるさとに身を寄せていた孤児。

 彼らはこの世界で親や兄弟を失わずに済んだようだ。この新たな世界では壬晴のことは知らないだろう。それでも幸せに過ごしているのを見ると、これで良かったのかもしれないと思えた。

「…………」

 この世界では研究所も児童養護施設ふるさとも存在しなかった。

「ねぇ、アスカ……」

 壬晴は振り返り、彼女を見た。

 淡い赤色の髪に色素の薄い瞳。カーディガンを羽織った白いブラウスに赤のスカート。幼い顔立ちをした華奢な女の子の姿がそこにある。

 壬晴の記憶にある櫻井明日香という女性は一之瀬真昼の姿を借りたものだったが、こうして見てもよく似ていると思う。

 彼女の父親が真昼に我が子の姿を重ねてしまうのも無理なかったのかもしれない。

「なぁに?」

 明日香は小首を傾げて聞き返した。

「僕はキミに会えて本当によかったと思う」

 ありのままの気持ちを伝えて壬晴は笑った。

「うん、私もミハルといれて楽しかった」

 明日香もそう言って、いつものように無垢な笑顔を浮かべていた。
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