【完結】愛を刻んで

さか様

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社会人編

リアム(2)

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ロサンゼルス国際空港

到着ロビーを抜けた人波の中で、ひときわ目を引く男がいた。

長身に細身のジャケットを着こなし、光沢を帯びたブロンドが無造作に額へ落ちる。

サングラスを外した瞬間、深いグリーンの瞳がのぞき、周囲の空気がふっと張りつめた。

「……リアムだ」

小声があがり、すぐに何人もの視線が彼に集まる。
モデルとしての存在感は圧倒的で、ただ立っているだけで絵になった。

リアムはそんな注目など気にした様子もなく、片手で携帯を弄びながらロビーを歩く。

口元には人懐こさを装った微笑。
けれど瞳の奥には、どこか淡い影が揺れていた。

「……もうすぐ引退だって?惜しいよな」

通りすがりの人々が囁く声は、彼の耳に届いていた。
リアムは肩をすくめて笑う。

「俺は欲しいものが手に入ればいい。それだけだよ」

そう呟いた声は、雑踏に溶けていった。

けれどその一言が、彼のすべてを物語っているように思えた。

やがて彼はタクシーに乗り込み、静かにドアを閉める。

緑の瞳は窓の外を流れる街並みを追いながら、次に出会う誰かを想像していた。

(日本から、ねぇ…)

その笑みは柔らかいのに、どこか獰猛だった。

――

同じ頃、蓮と優真はスタッフとともにロサンゼルス国際空港に降り立っていた。

強い日差しと乾いた空気に、優真は思わず目を細める。

「二度目ですね!ロサンゼルス!」

「だな。2年ちょい前か?」

同行したアウレアのスタッフが腕時計を確認しながら言う。

「集合まで少し時間ありますけど、ご飯どうします?」

「「……ウェンディーズ!」」
「ですかね…」
「だな、」

同時に声が重なり、優真と蓮は顔を見合わせて吹き出した。

――

カウンターで注文を済ませ、受け取ったトレイを並べて窓際の席に座る。

紙包みを開いた瞬間、香ばしい匂いがふわっと広がり、優真の目がきらきら輝いた。

「わぁ……!おいしそう……!」

「はは、でけぇ」

蓮もハンバーガーを手にしながら、紙ナプキンを優真の前に差し出す。

ひと口かじった優真の頬がふにっと緩むのを見て、口元が自然と和らいだ。

「……ハムスターみたいな顔、可愛いな」

「え、いま褒めてます?」

「褒めてるよ。……お、うまっ」

窓の外ではLAの強い日差しが街を照らし、二人の笑い声はその喧騒に溶けていった。

――

会議室の扉を押し開けると、すでに何人ものスタッフが揃っていた。
プロデューサーが顔を上げて笑顔を見せる。

「Oh, welcome! Please, have a seat.」

「よろしくお願いします」

蓮が軽く頭を下げ、優真も慌ててそれに倣った。

そのとき、奥の席からすっと立ち上がった長身の男がいた。
光沢を帯びたブロンドをかきあげ、深いグリーンの瞳を細める。

「リアム、」

蓮が小さく呟くのと同時に、男は爽やかな笑顔を浮かべて歩み寄った。

「やぁ、レンだよね?リアムだ。よろしく」

差し出された手を、蓮は一瞬ためらってから握る。

「蓮です。共演、楽しみにしてます」
(日本語、話せるのか…)

「もちろん。君のことは雑誌や広告でよく見てるよ。実物はもっといい」

さらりとお世辞とも本音ともつかない言葉を口にし、今度は優真へ視線を移す。

「そして……君がユーマだね?はじめまして」

自分にも向けられた流暢な日本語に、優真は驚いて目を瞬かせた。

「は、はいっ…!」

「ふふ、日本語は大学で勉強したんだ。日本の文化も言葉も好きでね」

人懐こい笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。

優真は慌てて頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします……!」

「うん、いいね。思ってたよりずっと可愛い」

にやりと口角を上げた瞬間だけ、グリーンの瞳に獰猛な光が宿る。
それを感じ取ったのか、蓮の目がすっと鋭くなった。

(かわっ…?!)

いつからか言われても嫌悪がなくなった言葉ではあったが、優真は蓮以外から向けられるその言葉にドキッとした。

――

英語と日本語が飛び交う空気に少し緊張しながら、指定された席に腰を下ろした。

そして大型モニターに絵コンテが映し出され、スタッフたちが英語と日本語を交えながら議論を始める。

優真は椅子の端に腰を下ろし、慣れないスピードに必死でノートを走らせていた。

(……間違えないように……聞き漏らさないように……)

眉間に小さなしわを寄せ、真剣にペンを動かす。

その隣に座る蓮は、さすがに場慣れした様子で淡々と受け答えしている。優真がメモを取っている間は別の通訳が蓮をサポートしていた。
 
スタッフから資料を渡されると、蓮はそのまま何気なく優真のほうへ滑らせて寄越した。

そのとき、一瞬だけ指が触れる。

「……っ」

優真はびくりと肩を揺らし、慌てて顔を上げる。
蓮は特に気にした様子もなく視線を前に戻したが、優真の耳は赤く染まっていた。

「Yes, that’s fine.」

「はい……!」
(……っ、集中集中……!)

言葉に追いつくように小さく頷く優真の横顔は、不安げで、それでも一生懸命。

その様子を、リアムは斜め向かいからじっと観察していた。

背もたれに片腕をかけ、軽く組んだ足を揺らしながら、視線だけは離さない。

(……ユーマ…英語の量に少し戸惑ってるけど、隣のレンが声を落とすとすぐ安心してる。
頬の赤み、指先の震え……わかりやすいなぁ。
態度全部が“自分はレンのものだ”って証明してるじゃないか…これは、相当、)

リアムの口元がかすかに釣り上がる。

(ほしいもの…簡単にはいかないだろうから、余計に惹かれる)

リアムの瞳は、企画書よりも優真に釘付けだった。

――

会議が終わり控え室に移動する際、スタッフが先に出て行き、室内には蓮、優真、リアムの3人だけが残った。

リアムは椅子の背からジャケットを取って肩に羽織ると、深いグリーンの瞳を細め、にやりと笑う。

「ユーマ。君、レンの恋人だよね?」

「えっ……!」

突然の直球に、優真はペンを握ったまま固まり、真っ赤になって目を丸くする。

だが、先に口を開いたのは蓮だった。
低く落ち着いた声で、まるで当然のように。

「……隠してないから、何とでも言って。
ただ、そういうことだから…あんまじろじろ見るな」

「れ、蓮さん!リアムさんは何も……」

隣で慌てる優真が取り繕おうとするが、蓮はその肩をしっかり抱き寄せる。

一歩も引かない蓮の眼差しに、リアムは興味深そうに片眉を上げた。

「へぇ……愛されてる、ね」

挑発とも、試しともつかない声音。

一瞬だけ緑の瞳に獰猛な光を宿したが、すぐに人懐こい笑顔に戻り、軽く手を振って言った。

「ま、寂しくなったらおいでよ」

「だっ、大丈夫ですからっ!」

反射的に否定して、真っ赤な顔で蓮の腕にすがる優真。

リアムの笑みは柔らかいのに、どこか熱を帯びていた。

蓮は何も言わずに優真を引き寄せ、そのまま控え室を後にした。

――

数日間の撮影は息をつく暇もないほど続いていた。

優真はスタッフの指示を聞き取り、ニュアンスを日本語に直して蓮へ伝える。
慣れない現場に必死で食らいつき、何とか役に立とうと走り回っていた。

しかし仕事が終われば終わったで、蓮には日本での仕事の打ち合わせが待っていた。

部屋に戻っても、パソコンの前で真剣に声を落としてリモート会議。
時計を見れば深夜を過ぎていることも珍しくなかった。

(……おれがもっと仕事できるようになったら、蓮さんの負担、少しは減るのかな…?
でも……一緒に住んで、一緒に働いてても、すれ違ったら?もし、遠くへ行っちゃったら……)

期待と不安が混ざり合い、優真は何も言えず蓮にそっとコーヒーを差し出した。

蓮はそのまま受け取り、カメラから外れて「ありがとう、寝てていいから」と優真の額にキスをした。

(大丈夫、おれも頑張らなきゃ!)

不安を蹴散らすように、優真は蓮の唇が触れたおでこをさすってベッドへ潜った。

――

ここ数日、優真の表情はどこか曇っていた。

笑顔はある。でも、それはほんの少し頬に力を込めただけの薄い笑顔。

リアムはそれをずっと見ていた。
会議の合間も、撮影の合間も、視線の端で。

(……寂しそうだ)

その寂しさは、本人すら自覚していない種類のものだとリアムにはわかった。

“支えたい”と必死で立っているけれど、本当は“支えられたい”顔。

しかし、蓮は気づいていない。
いや、気づけないのだろう。

初めての世界規模のCM。
現場の空気も、スタッフの数も、重圧も桁違い。

次から次へと飛んでくる指示や修正に、蓮はいつもの冷静さを装いながらも余裕を削られていた。

「須磨さん、次のカット、ライト少し調整入ります。待機お願いします!」

「はい」

即座に応じる蓮の声。
その背筋は凛としていて、誰の目にも頼もしく映る。
そこに優真を振り返る余裕はもうほとんどなかった。

優真はそんな蓮を責めたりはしない。
むしろ、誇らしく思う気持ちのほうが強かった。

(……すごいな、やっぱり蓮さん……)

しかし、胸の奥にぽつんと取り残された気持ちがあるのも事実だった。

(でも……おれ、ほんとはもっと……そばにいてほしいって思ってるのに……、あれ…?)

リアムは、そのわずかな陰りを逃さなかった。

(……あぁ、これはもう、)

彼の口元に、獲物を見つけた獣のような笑みが浮かんだ。

――

アイディアが止まらない現場は当初の予定よりスケジュールが長引いていた。

そんな中、優真の心の僅かな隙を突くように、リアムは自然に距離を詰めてきた。

「ユーマ!」

休憩中、優真がノートに走り書きしていると、軽い声が頭上から降ってきた。

「ここ、“make”より“take”のほうが自然かな。
アメリカ人はこっちをよく使う」

リアムは何気なく隣に座り、優真のペンを取ってメモにさらっと書き足す。
その仕草はまるで先生が生徒を助けるみたいに自然で、優真は反射的に頭を下げた。

「あ、ありがとうございます……」

肩の力が抜け、安堵の息が漏れる。
(やっぱおれもまだまだだなぁ、)

「真面目だね」

リアムは椅子の背に片腕をかけ、足を組む。

「君みたいに必死で全部拾おうとする人、俺は好きだよ。
レンは忙しいし、あまりフォローできないでしょ?」

「そ、そんなこと……!」

否定しようとするけれど、胸の奥に小さな痛みが走る。

リアムはにこっと人懐こい笑みを浮かべ、声を落とした。

「……寂しくなったら、俺に話せばいい」

(……っ、またこれ…友達として、って意味……だよね?)

必死にそう思おうとする優真。

けれどリアムがわずかに目を細めた瞬間、深いグリーンの瞳は妙に艶めいて見えた。

(でも、どうして……リアムさんに言われると、胸がざわつくんだろう……)

ホテルの部屋で聞こえる蓮の低い会議の声、届きそうで届かない距離。

リアムの近さが、その隙間をじわじわと埋めていくようで、優真は小さく拳を握りしめた。
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