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「今度は……もう置いていかない。
ただ俺が、天草に会いたかっただけだよ」
その言葉に、奏の胸の奥がざらついた。
何も知らないくせに。
綺麗に聞こえて身勝手だった。
何度も夢に見て、何年も追いかけて、それでも掴めなかったものを――今さらのように差し出されるなんて。
「……先輩は、勝手だ」
乾いた声が喉から零れた。
梓がわずかに眉を寄せる。奏は言葉を畳みかけた。
「そっちが求めてきたくせに、いなくなって。
そのせいで俺は――何年経っても、あのときのままだ」
握り締めた拳に爪が食い込み、掌に痛みが走る。
声は震えていた。怒りなのか、寂しさなのか、悔しさなのか――もう判別もつかない。
ただ確かなのは、置き去りにされた年月の重さだった。
「俺の気持ちは?先輩がいなかった間、俺がどんな気持ちでいたと思う?
ずっとずっと……先輩が頭から離れなかった。
先輩には競技があったよね。でも俺には、もう何もなかったんだ、最初から何も、」
梓は目を伏せ、唇をかみしめる。
奏の声はさらに熱を帯びた。
「――あの時みたいに『好きだ』なんて簡単に言うと思うか?
そんなんじゃ済まされないって、わかってて……ここに来たのか?」
沈黙。
やがて梓は、低く搾り出すように口を開いた。
「……あのときの俺には、どっちも選べなかったんだ」
奏が顔を上げる。
梓の横顔は、あの頃と変わらないのに、どこか疲れて、弱さを滲ませていた。
「跳ぶことも……天草と向き合うことも。
どっちも欲しくて、どっちも失いたくなかった…結局、天草を傷付けた」
声は震えていた。
栄光を手にしたはずの梓が、ずっと抱えてきた影を初めて曝け出していた。
「でももう、俺は跳べなくなった。
跳ぶことに全部を捧げてきたけど、もうできない。
だからせめて――あのとき選べなかったもう一方を、今度はちゃんと選びたいと思った」
梓は静かに視線を上げ、真っ直ぐに奏を見つめる。
その瞳には、逃げ場のない覚悟が宿っていた。
「……だから、わかってるよ。
わかってて……来たんだ」
そう言いながら、梓は一歩近づいた。
でも本当はわかってなかったのかもしれない。
「天草。俺にも、もう何もないから。
せめて……チャンスがほしい」
伸ばされた手が、震えながらも迷いなく奏に向かう。
かつて空を掴もうとしていたその指先が、今はただ、奏を求めている。
胸の奥がざわめき、理性と衝動がせめぎ合った。
怒りも、渇望も、年月の空白も、すべてが押し寄せて止められない。
「わかった、じゃあ俺が先輩にチャンスをあげるね、」
次の瞬間、奏はその指先を乱暴に掴んでいた。
強く、逃がさないように部屋へ引き込む。
梓の瞳に驚きが走る。
しかしすぐに、抗うことなく諦めた顔で目を細めた。
「受け入れてくれてありがとう、天草、」
ただ俺が、天草に会いたかっただけだよ」
その言葉に、奏の胸の奥がざらついた。
何も知らないくせに。
綺麗に聞こえて身勝手だった。
何度も夢に見て、何年も追いかけて、それでも掴めなかったものを――今さらのように差し出されるなんて。
「……先輩は、勝手だ」
乾いた声が喉から零れた。
梓がわずかに眉を寄せる。奏は言葉を畳みかけた。
「そっちが求めてきたくせに、いなくなって。
そのせいで俺は――何年経っても、あのときのままだ」
握り締めた拳に爪が食い込み、掌に痛みが走る。
声は震えていた。怒りなのか、寂しさなのか、悔しさなのか――もう判別もつかない。
ただ確かなのは、置き去りにされた年月の重さだった。
「俺の気持ちは?先輩がいなかった間、俺がどんな気持ちでいたと思う?
ずっとずっと……先輩が頭から離れなかった。
先輩には競技があったよね。でも俺には、もう何もなかったんだ、最初から何も、」
梓は目を伏せ、唇をかみしめる。
奏の声はさらに熱を帯びた。
「――あの時みたいに『好きだ』なんて簡単に言うと思うか?
そんなんじゃ済まされないって、わかってて……ここに来たのか?」
沈黙。
やがて梓は、低く搾り出すように口を開いた。
「……あのときの俺には、どっちも選べなかったんだ」
奏が顔を上げる。
梓の横顔は、あの頃と変わらないのに、どこか疲れて、弱さを滲ませていた。
「跳ぶことも……天草と向き合うことも。
どっちも欲しくて、どっちも失いたくなかった…結局、天草を傷付けた」
声は震えていた。
栄光を手にしたはずの梓が、ずっと抱えてきた影を初めて曝け出していた。
「でももう、俺は跳べなくなった。
跳ぶことに全部を捧げてきたけど、もうできない。
だからせめて――あのとき選べなかったもう一方を、今度はちゃんと選びたいと思った」
梓は静かに視線を上げ、真っ直ぐに奏を見つめる。
その瞳には、逃げ場のない覚悟が宿っていた。
「……だから、わかってるよ。
わかってて……来たんだ」
そう言いながら、梓は一歩近づいた。
でも本当はわかってなかったのかもしれない。
「天草。俺にも、もう何もないから。
せめて……チャンスがほしい」
伸ばされた手が、震えながらも迷いなく奏に向かう。
かつて空を掴もうとしていたその指先が、今はただ、奏を求めている。
胸の奥がざわめき、理性と衝動がせめぎ合った。
怒りも、渇望も、年月の空白も、すべてが押し寄せて止められない。
「わかった、じゃあ俺が先輩にチャンスをあげるね、」
次の瞬間、奏はその指先を乱暴に掴んでいた。
強く、逃がさないように部屋へ引き込む。
梓の瞳に驚きが走る。
しかしすぐに、抗うことなく諦めた顔で目を細めた。
「受け入れてくれてありがとう、天草、」
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