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陥落
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数ヶ月後、傷だけは癒えた。
けれど梓の足は以前のようには動かず、引きずるような歩き方が染みついていた。
動けるはずなのに、外に出ようとは思わなかった。
むしろ、出たいという思考すらもう湧いてこなかった。
(……心のほうが先に折れたんだ)
⸻
思い出す。
冷たい刃で腱を切られた感覚。
ホチキスで無理やり閉じられた傷口。
血と尿と吐瀉物の匂いが入り混じる中で、泣き崩れながら「いい子だ」と撫でられた夜。
拒めば拒むほど与えられた痛みと屈辱。
排泄すらシートの上で管理され、喘ぎ声の合間に「全部俺が見る」と囁かれた。
それは記憶の奥に焼き付いて離れない。
(……あんなの、忘れたい……でも、忘れられない)
羞恥が重なり、抵抗は少しずつ意味を失っていった。
やがて「なにをしても逃げられない」という諦めが心を支配した。
その諦めが、今では依存へと変わりつつある。
⸻
昼下がり。
梓は布団の上で、ひとり天井を見つめていた。
不意に胸がざわつき、息が苦しくなる。
奏がいない空間が、妙に広くて冷たい。
孤独を振り払うように、リモコンを手に取る。
テレビには現役時代の自分が映し出された。
跳び、笑い、歓声に包まれる姿――。
「……これ、俺かよ」
掠れた声で呟き、乾いた笑いが漏れる。
誇らしさよりも、遠い幻を眺めている気分だった。
そのとき、玄関の鍵が回る音がした。
心臓が大きく跳ね、反射的に足を引きずりながら立ち上がる。
痛みに顔を歪めても、構わなかった。
「……かなたっ……!」
扉を開けて立つ姿を見た瞬間、声が震えた。
「ひとり、いやだった……」
熱に浮かされたみたいに抱きつく。
羞恥で顔が真っ赤になっても、離れることはできない。
奏の腕が背中を包み、低い声が耳に落ちる。
「ただいま。……大丈夫、もうひとりにしない」
その言葉は優しい。
けれど、鉄の鎖のように重く絡みついた。
⸻
食卓に並んだのは温いスープ。
梓はスプーンを手にしたが、指先が震え、まともに掬えなかった。
(……できるはずなのに……)
隣で静かに見つめる奏の視線が、さらに体を硬くする。
結局、口を開いて差し出されたスプーンを受け入れてしまった。
「いい子だね。梓は俺がいないと駄目なんだ」
慈しみの言葉に、心臓が強く締め付けられる。
その瞬間、あの夜の記憶が甦った。
吐瀉物を吐かされ、泣き崩れたときに頭を撫でられた感触。
――羞恥と狂気の記憶が、「いま拒んでも無駄だ」と突きつけてくる。
(……どうして、こうなったんだっけ)
胸の奥で問いかけながらも、唇は再びスプーンを受け入れてしまう。
⸻
夜、奏の膝に凭れかかる梓。
テレビにはまた、自分の現役時代の映像。
「……すごい顔してるな」
遠い誰かを見ているように呟く。
奏が顎を支え、顔をこちらへ向けさせる。
「もう比べなくていいんだよ」
「……ほんとに?」
かすれた声は、羞恥と戸惑いで震えていた。
「ほんとに」
微笑む声は甘くて、抗えない。
梓はその胸に顔を埋めた。
「……怖い、いやだ……かなたがいないと……」
言葉にした瞬間、背筋が凍る。
これは愛ではない。
壊された心が生き延びるために選んだ、歪んだ依存だった。
けれど奏にとっては、ようやく手に入れた「答え」だった。
けれど梓の足は以前のようには動かず、引きずるような歩き方が染みついていた。
動けるはずなのに、外に出ようとは思わなかった。
むしろ、出たいという思考すらもう湧いてこなかった。
(……心のほうが先に折れたんだ)
⸻
思い出す。
冷たい刃で腱を切られた感覚。
ホチキスで無理やり閉じられた傷口。
血と尿と吐瀉物の匂いが入り混じる中で、泣き崩れながら「いい子だ」と撫でられた夜。
拒めば拒むほど与えられた痛みと屈辱。
排泄すらシートの上で管理され、喘ぎ声の合間に「全部俺が見る」と囁かれた。
それは記憶の奥に焼き付いて離れない。
(……あんなの、忘れたい……でも、忘れられない)
羞恥が重なり、抵抗は少しずつ意味を失っていった。
やがて「なにをしても逃げられない」という諦めが心を支配した。
その諦めが、今では依存へと変わりつつある。
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昼下がり。
梓は布団の上で、ひとり天井を見つめていた。
不意に胸がざわつき、息が苦しくなる。
奏がいない空間が、妙に広くて冷たい。
孤独を振り払うように、リモコンを手に取る。
テレビには現役時代の自分が映し出された。
跳び、笑い、歓声に包まれる姿――。
「……これ、俺かよ」
掠れた声で呟き、乾いた笑いが漏れる。
誇らしさよりも、遠い幻を眺めている気分だった。
そのとき、玄関の鍵が回る音がした。
心臓が大きく跳ね、反射的に足を引きずりながら立ち上がる。
痛みに顔を歪めても、構わなかった。
「……かなたっ……!」
扉を開けて立つ姿を見た瞬間、声が震えた。
「ひとり、いやだった……」
熱に浮かされたみたいに抱きつく。
羞恥で顔が真っ赤になっても、離れることはできない。
奏の腕が背中を包み、低い声が耳に落ちる。
「ただいま。……大丈夫、もうひとりにしない」
その言葉は優しい。
けれど、鉄の鎖のように重く絡みついた。
⸻
食卓に並んだのは温いスープ。
梓はスプーンを手にしたが、指先が震え、まともに掬えなかった。
(……できるはずなのに……)
隣で静かに見つめる奏の視線が、さらに体を硬くする。
結局、口を開いて差し出されたスプーンを受け入れてしまった。
「いい子だね。梓は俺がいないと駄目なんだ」
慈しみの言葉に、心臓が強く締め付けられる。
その瞬間、あの夜の記憶が甦った。
吐瀉物を吐かされ、泣き崩れたときに頭を撫でられた感触。
――羞恥と狂気の記憶が、「いま拒んでも無駄だ」と突きつけてくる。
(……どうして、こうなったんだっけ)
胸の奥で問いかけながらも、唇は再びスプーンを受け入れてしまう。
⸻
夜、奏の膝に凭れかかる梓。
テレビにはまた、自分の現役時代の映像。
「……すごい顔してるな」
遠い誰かを見ているように呟く。
奏が顎を支え、顔をこちらへ向けさせる。
「もう比べなくていいんだよ」
「……ほんとに?」
かすれた声は、羞恥と戸惑いで震えていた。
「ほんとに」
微笑む声は甘くて、抗えない。
梓はその胸に顔を埋めた。
「……怖い、いやだ……かなたがいないと……」
言葉にした瞬間、背筋が凍る。
これは愛ではない。
壊された心が生き延びるために選んだ、歪んだ依存だった。
けれど奏にとっては、ようやく手に入れた「答え」だった。
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