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アルファとベータ、それからオメガ
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「蒼ー、帰ろうぜー」
「おぅ……ぶっ」
帰宅の準備をしている時に名前を呼ばれ振り返ると、目の前に真っ黒な壁が立ちはだかっていた。そこに顔をぶつけてしまい、思わず変な声が出る。鼻を押さえながら二、三歩距離を取ると、壁……もとい、同じクラスの鳴海が表情筋を微動だにさせずに蒼を見ていた。
「な、鳴海、何か用……?」
蒼のそれよりもだいぶ上にある顔を見上げながらおずおずと尋ねる。あまり焦点が合っていない瞳で蒼を見つめたまま動かない鳴海に若干イライラし始めると、それから少しして、我に返ったように目を見張り、
「──あ、いや、何でもないよ。ごめん」
かすかに口角を上げてそう言い、鳴海は蒼から離れて行った。その後姿をぼんやりと眺めたまま、
「……変なやつ」
ため息混じりに呟き、肩をすくめてからスクールバッグを肩にかける。
「鳴海って何考えてるかよく分からないよなぁ」
横から竹内充が言った。充は蒼の親友で、その腐れ縁とも言える関係は幼稚園から始まった。とは言え、仲良くなったのは小一になってからなのだが。いずれにしてももう十年の仲になる。
「マジそれ。普段からあまり喋らないしな~」
「でも顔は恐ろしいくらい整ってるよな。アルファ中のアルファ、って感じ。頭もいいし、何であいつが生徒会長にならなかったんだろう、ってみんな言ってたわ」
「あれだけのイケメンならアルファじゃなくたって女の子よりどりみどりだよな。あ~羨ましい」
その眉目秀麗振りを思い出して、蒼は地団駄を踏んだ。
「鳴海って最近やたら蒼に絡んでくるよな。ケンカ売るでもなく仲良くしてくるでもなく、今みたいに。おまえのこと気に入ってんのかな?」
「あの無表情で見られて、気に入られてるなんて思えるやつがいたらマジ笑うわ。……って、俺、腹痛い……ちょっとトイレ行って来る!」
蒼はバッグを充に預け、教室を出てトイレに向かって走って行った。
蒼と鳴海はこれと言って仲がいいわけではない。むしろ会話をしたことすらほぼない。仲のいい友人もかぶっていない。要は人種が違うので、普段接点はほとんどない状況だ。なのに時々こうして目の前に立ちはだかっては、無言無表情で蒼を見てくるのだ。まったくもって意味不明である。
身長一八〇センチを軽く超える男に上から見られるのは、一六〇ほどしかない蒼にとっては正直少々不快で威圧感を覚えてしまう。蒼はその度に、愛読している巨人の漫画を思い出した。
しかも鳴海は普段、他人から話しかけられたり教師から指名された時などは優美で洗練された優等生スマイルしか見せない。それはもう判で押したかのようにその笑顔ばかりなのである。
しかし、時折蒼の側に立つ鳴海はと言えば、ザ・無表情である。正確に言えば無表情というよりは、心ここにあらず、と言った方が当てはまるかも知れない。どこかぼぅっとしていて、とにかく優等生スマイルの欠片もない表情でいるのだ。
これで好かれていると解釈する方がおかしいのだ。
「ふぅ……」
蒼は洗面所で手を洗いながら、
(俺のことが気に入らないのならはっきり言え、と言いたいぞ、俺は。うん、今度言う)
あるか分からない次のために、軽く決意をした。
現代社会における性別の概念は、従来の男女に加えて性種というものが存在する。アルファ、ベータ、オメガの三種類だ。つまりこの世には六種類の性が存在することになる。
人類の大半はベータと呼ばれ、これは特筆すべき特徴を持たない普通の人種である。これに対して希少なのがアルファとオメガで。アルファは男女ともに生まれながらにしてエリートの気質を持つ種だ。世界の要職や富豪のほとんどはアルファで構成されている。一方オメガはアルファよりも更に数が少なく、男女ともに妊娠・出産が可能という特殊な性である。性質上、繁殖行為を生業としていた歴史を持つせいで社会的地位は他の二種に比べて低い。反面、その希少性のためか手厚く扱われることも少なくないし、他種に比べ脆弱なゆえ庇護欲を掻き立てられるのか、伴侶として乞われることも多いという。扱われ方がとても複雑な性種なのだ。
オメガは三ヶ月に一度発情期があり、それは一週間ほど続く。その間は何も手につかず、ただただ情交を求めるのみである。そして発情期には強力なフェロモンを発し、惹き寄せられた他種はその誘惑には抗えないという。研究の進んだ今はフェロモンや発情を抑制する薬が開発され、ほとんどのオメガが薬を服用して普段の生活を送っている。
末永蒼の両親はごくごく普通のベータだ。普通に結婚をし、姉・翆と蒼が生まれ、普通の生活を送っている。もちろん、子供である翆と蒼もベータである。アルファのようにカリスマ性があるわけでもなく、オメガのように発情期があるわけでもない。普通の代表選手みたいなものだ。
蒼が通う桜坂学園高校にはオメガもほんの数人いると言われているが、蒼はそれについて特に何とも思わない。身近にいれば普通に友達になっていただろう。両親から性種差別はするなと教えられてきたし、蒼もそういうじめじめしたことは嫌いだ。好きになればベータだろうがオメガだろうがアルファだろうが関係ないと思っている。
(まぁアルファの女の子が俺たちのようなベータを好きになることなんてほとんどないだろうけど)
当然蒼の高校でも、ヒエラルキーのトップに君臨するのはアルファだ。生徒会長は当然のこと、希少なオメガの存在を巡って規律が乱れることを防止するために存在する、風紀委員会の委員長もアルファ。肩書きなしのアルファも若干名いるが、皆優秀である。実は鳴海も風紀委員の一員だ。本当は生徒会長にと望まれていたらしいが本人が断ったと、蒼は噂で聞いていた。
鳴海は桜坂高校に属する美形アルファの中でも、最上位に位置するほどの美貌の持ち主だ。一部生徒からは【桜坂高校の奇跡】とさえ呼ばれている。口数は多い方ではないが、人に話しかけられると美麗な笑顔で接し、性格は穏やかで優しいと評判である。特にキラキラしたグループに属しているわけではないが、キラキラな女の子たちに群がられているのを蒼はよく見かけている。
つやをまとった漆黒の髪は光を受けて輝き。完璧な平行型の二重まぶたを持つ瞳は切れ長で、薄茶色の虹彩が怜悧さを演出している。大きすぎず筋の通った鼻に薄めで色気を帯びたくちびる。それらのパーツで構成された横顔は美しいEラインを形成している――つまりはどれをとっても完璧で、身長は一八〇台後半、脚も蒼の腰くらいまでは軽くありそうなくらい長い。
あまりに出来過ぎているので、よくネットで見かける、
『前世でどれだけ徳を積んだら現世でこんな完璧な男に、しかもアルファとして生まれてこられるんだろう』
というフレーズを目の前で言ってやりたいと、蒼は思った。
「生まれながらにしてエリートとか、アルファ、マジチートだよな」蒼はたまにそんなことを口走ったりもするが、今の自分を比較的気に入っており、毎日楽しい生活を送っている。背が低いせいか女の子にはほぼモテないが、家族にも友達にも恵まれていた。
「そういや蒼、俺、彼女出来たわ」
「え、マジか! いつの間に!?」
道すがら突然の充からの報告に、蒼は目を見開いた。実は充はアルファに引けをとらないくらい頭がよく、鳴海がいると霞んでしまうが、顔の造作も結構なものだ。おまけに背も蒼より十センチ以上高いのでベータの中では高スペックで通っており、なかなかモテる。彼女が出来た報告――これで何度目か、蒼は数えるのも嫌になった。自分は彼女いない歴=年齢なのに。
「塾で一緒の子なんだけどさ、結構可愛いぜ?」
「え、ちょっと合コンやろうぜ。彼女の友達紹介してくれよ」
「まぁ一応聞いてみるわ。……ってかそれよりさ、蒼おまえ、最近シャンプーとか変えた?」
いきなり話が思わぬ方向転換をしたので、蒼は眉をひそめて充の顔を凝視した。
「へ? 何で?」
「ん~、何かいつもと違う匂いがする」
そう言って充が俺の後頭部に鼻を寄せてくん、と嗅いだ。
「え、変な匂いする?」
「逆、甘い匂いする。ずっとかいでいたい感じ」
「マジか。姉ちゃんシャンプー変えたのかな? 気づかなかった」
「おまえ姉シャン使ってんのかよ。翆ちゃんに怒られないの?」
笑いながら充が言った。
「姉ちゃん俺のこと溺愛してるから大丈夫! むしろ同じ匂いになれて嬉しいとか言われる!」
「ま、そだな。翆ちゃんブラコンだしな」
そう言って充は蒼の頭をくしゃくしゃっとかき撫でた。
「うぅ……、何かまだ腹痛い」
蒼が下腹部を手で擦った。心なしか姿勢も前傾になっている。
「拾い食いでもしたか?」
「するわけねぇだろ! 多分、昨日夜にアイス二つも食ったせいだと思う。姉ちゃんが『私の分も蒼にあげるね』って言うから、調子に乗って一気食いしちゃったんだよなぁ」
翆は弟の蒼のことをそれはそれは可愛がっている。猫可愛がりだとか溺愛だとかいう言葉がぴったり当てはまるほどだ。小学生の時に蒼が初めて充を家に連れて行った時も、充のことを不躾に眺めた後、
『蒼のこといじめたりしたら、社会的に抹殺してやるから覚えておいた方がいいよ?』
にっこりとそう言い放ったのだ。それ以来、充は誰に言われることもなく蒼のお守り役を務めている。「同い年なのにお守りって何だよ」と抵抗してみたものの、当の充は「おまえはお子ちゃまだからな。お兄様が面倒見てやるから任せておけ」などと、蒼の主張など意に介することなく言いのけたのだ。そんな充に翆が「みっちゃん、任せた!」と、全幅の信頼を寄せるようになったものだから、蒼はそれ以降何も言えなくなってしまったのだ。
確かに蒼は充の言う【お子ちゃま】なのかも知れない。十七歳で彼女の一人もいない。「鳴海が羨ましい」や「彼女の友達紹介してくれ」などと言ってはいるが、それは既に周囲とのコミュニケーションを円滑にするための常套句と化していて、実際に彼女が欲しくて焦りに焦っているかと言えばそうでもない。正直なところ、友達とふざけ合ったりゲームをしたりしている方が楽しいのだ。
周りの女の子から男扱いされていないのも要因だろうか。クラスの女子からは【蒼ちゃん】と呼ばれており、更には「蒼ちゃんは彼女じゃなくて彼氏作った方が似合うよ~」なんてからかわれることもしばしばだ。確かに蒼は母親似でぱっちり二重まぶたのくりくりおめめの持ち主で、喋らなければ女の子っぽく見えなくもない。
それでも男なので充のような少しタレ目で涼やかな優男顔や、鳴海みたいなザ・イケメンといった男っぽい美形に憧れることもある。しかしないものねだりしても仕方がないし、自分は自分の人生を生きるしかないだろう、と開き直っている。
普通に大学まで行って普通に就職して。いつか奥さんをもらって子供を作り、自分の両親のように普通の家庭を作れたらいい。
『普通や平凡な生活というのが一番幸せで、それでいて一番難しいんだ』
前にテレビでそう言っているのを聞いたことがあるが、どこを取っても【ザ・普通】の蒼はアルファやオメガみたいな劇的な人生を送ることなんて絶対にないだろう――この時は疑うことなくそう思っていた。
「おぅ……ぶっ」
帰宅の準備をしている時に名前を呼ばれ振り返ると、目の前に真っ黒な壁が立ちはだかっていた。そこに顔をぶつけてしまい、思わず変な声が出る。鼻を押さえながら二、三歩距離を取ると、壁……もとい、同じクラスの鳴海が表情筋を微動だにさせずに蒼を見ていた。
「な、鳴海、何か用……?」
蒼のそれよりもだいぶ上にある顔を見上げながらおずおずと尋ねる。あまり焦点が合っていない瞳で蒼を見つめたまま動かない鳴海に若干イライラし始めると、それから少しして、我に返ったように目を見張り、
「──あ、いや、何でもないよ。ごめん」
かすかに口角を上げてそう言い、鳴海は蒼から離れて行った。その後姿をぼんやりと眺めたまま、
「……変なやつ」
ため息混じりに呟き、肩をすくめてからスクールバッグを肩にかける。
「鳴海って何考えてるかよく分からないよなぁ」
横から竹内充が言った。充は蒼の親友で、その腐れ縁とも言える関係は幼稚園から始まった。とは言え、仲良くなったのは小一になってからなのだが。いずれにしてももう十年の仲になる。
「マジそれ。普段からあまり喋らないしな~」
「でも顔は恐ろしいくらい整ってるよな。アルファ中のアルファ、って感じ。頭もいいし、何であいつが生徒会長にならなかったんだろう、ってみんな言ってたわ」
「あれだけのイケメンならアルファじゃなくたって女の子よりどりみどりだよな。あ~羨ましい」
その眉目秀麗振りを思い出して、蒼は地団駄を踏んだ。
「鳴海って最近やたら蒼に絡んでくるよな。ケンカ売るでもなく仲良くしてくるでもなく、今みたいに。おまえのこと気に入ってんのかな?」
「あの無表情で見られて、気に入られてるなんて思えるやつがいたらマジ笑うわ。……って、俺、腹痛い……ちょっとトイレ行って来る!」
蒼はバッグを充に預け、教室を出てトイレに向かって走って行った。
蒼と鳴海はこれと言って仲がいいわけではない。むしろ会話をしたことすらほぼない。仲のいい友人もかぶっていない。要は人種が違うので、普段接点はほとんどない状況だ。なのに時々こうして目の前に立ちはだかっては、無言無表情で蒼を見てくるのだ。まったくもって意味不明である。
身長一八〇センチを軽く超える男に上から見られるのは、一六〇ほどしかない蒼にとっては正直少々不快で威圧感を覚えてしまう。蒼はその度に、愛読している巨人の漫画を思い出した。
しかも鳴海は普段、他人から話しかけられたり教師から指名された時などは優美で洗練された優等生スマイルしか見せない。それはもう判で押したかのようにその笑顔ばかりなのである。
しかし、時折蒼の側に立つ鳴海はと言えば、ザ・無表情である。正確に言えば無表情というよりは、心ここにあらず、と言った方が当てはまるかも知れない。どこかぼぅっとしていて、とにかく優等生スマイルの欠片もない表情でいるのだ。
これで好かれていると解釈する方がおかしいのだ。
「ふぅ……」
蒼は洗面所で手を洗いながら、
(俺のことが気に入らないのならはっきり言え、と言いたいぞ、俺は。うん、今度言う)
あるか分からない次のために、軽く決意をした。
現代社会における性別の概念は、従来の男女に加えて性種というものが存在する。アルファ、ベータ、オメガの三種類だ。つまりこの世には六種類の性が存在することになる。
人類の大半はベータと呼ばれ、これは特筆すべき特徴を持たない普通の人種である。これに対して希少なのがアルファとオメガで。アルファは男女ともに生まれながらにしてエリートの気質を持つ種だ。世界の要職や富豪のほとんどはアルファで構成されている。一方オメガはアルファよりも更に数が少なく、男女ともに妊娠・出産が可能という特殊な性である。性質上、繁殖行為を生業としていた歴史を持つせいで社会的地位は他の二種に比べて低い。反面、その希少性のためか手厚く扱われることも少なくないし、他種に比べ脆弱なゆえ庇護欲を掻き立てられるのか、伴侶として乞われることも多いという。扱われ方がとても複雑な性種なのだ。
オメガは三ヶ月に一度発情期があり、それは一週間ほど続く。その間は何も手につかず、ただただ情交を求めるのみである。そして発情期には強力なフェロモンを発し、惹き寄せられた他種はその誘惑には抗えないという。研究の進んだ今はフェロモンや発情を抑制する薬が開発され、ほとんどのオメガが薬を服用して普段の生活を送っている。
末永蒼の両親はごくごく普通のベータだ。普通に結婚をし、姉・翆と蒼が生まれ、普通の生活を送っている。もちろん、子供である翆と蒼もベータである。アルファのようにカリスマ性があるわけでもなく、オメガのように発情期があるわけでもない。普通の代表選手みたいなものだ。
蒼が通う桜坂学園高校にはオメガもほんの数人いると言われているが、蒼はそれについて特に何とも思わない。身近にいれば普通に友達になっていただろう。両親から性種差別はするなと教えられてきたし、蒼もそういうじめじめしたことは嫌いだ。好きになればベータだろうがオメガだろうがアルファだろうが関係ないと思っている。
(まぁアルファの女の子が俺たちのようなベータを好きになることなんてほとんどないだろうけど)
当然蒼の高校でも、ヒエラルキーのトップに君臨するのはアルファだ。生徒会長は当然のこと、希少なオメガの存在を巡って規律が乱れることを防止するために存在する、風紀委員会の委員長もアルファ。肩書きなしのアルファも若干名いるが、皆優秀である。実は鳴海も風紀委員の一員だ。本当は生徒会長にと望まれていたらしいが本人が断ったと、蒼は噂で聞いていた。
鳴海は桜坂高校に属する美形アルファの中でも、最上位に位置するほどの美貌の持ち主だ。一部生徒からは【桜坂高校の奇跡】とさえ呼ばれている。口数は多い方ではないが、人に話しかけられると美麗な笑顔で接し、性格は穏やかで優しいと評判である。特にキラキラしたグループに属しているわけではないが、キラキラな女の子たちに群がられているのを蒼はよく見かけている。
つやをまとった漆黒の髪は光を受けて輝き。完璧な平行型の二重まぶたを持つ瞳は切れ長で、薄茶色の虹彩が怜悧さを演出している。大きすぎず筋の通った鼻に薄めで色気を帯びたくちびる。それらのパーツで構成された横顔は美しいEラインを形成している――つまりはどれをとっても完璧で、身長は一八〇台後半、脚も蒼の腰くらいまでは軽くありそうなくらい長い。
あまりに出来過ぎているので、よくネットで見かける、
『前世でどれだけ徳を積んだら現世でこんな完璧な男に、しかもアルファとして生まれてこられるんだろう』
というフレーズを目の前で言ってやりたいと、蒼は思った。
「生まれながらにしてエリートとか、アルファ、マジチートだよな」蒼はたまにそんなことを口走ったりもするが、今の自分を比較的気に入っており、毎日楽しい生活を送っている。背が低いせいか女の子にはほぼモテないが、家族にも友達にも恵まれていた。
「そういや蒼、俺、彼女出来たわ」
「え、マジか! いつの間に!?」
道すがら突然の充からの報告に、蒼は目を見開いた。実は充はアルファに引けをとらないくらい頭がよく、鳴海がいると霞んでしまうが、顔の造作も結構なものだ。おまけに背も蒼より十センチ以上高いのでベータの中では高スペックで通っており、なかなかモテる。彼女が出来た報告――これで何度目か、蒼は数えるのも嫌になった。自分は彼女いない歴=年齢なのに。
「塾で一緒の子なんだけどさ、結構可愛いぜ?」
「え、ちょっと合コンやろうぜ。彼女の友達紹介してくれよ」
「まぁ一応聞いてみるわ。……ってかそれよりさ、蒼おまえ、最近シャンプーとか変えた?」
いきなり話が思わぬ方向転換をしたので、蒼は眉をひそめて充の顔を凝視した。
「へ? 何で?」
「ん~、何かいつもと違う匂いがする」
そう言って充が俺の後頭部に鼻を寄せてくん、と嗅いだ。
「え、変な匂いする?」
「逆、甘い匂いする。ずっとかいでいたい感じ」
「マジか。姉ちゃんシャンプー変えたのかな? 気づかなかった」
「おまえ姉シャン使ってんのかよ。翆ちゃんに怒られないの?」
笑いながら充が言った。
「姉ちゃん俺のこと溺愛してるから大丈夫! むしろ同じ匂いになれて嬉しいとか言われる!」
「ま、そだな。翆ちゃんブラコンだしな」
そう言って充は蒼の頭をくしゃくしゃっとかき撫でた。
「うぅ……、何かまだ腹痛い」
蒼が下腹部を手で擦った。心なしか姿勢も前傾になっている。
「拾い食いでもしたか?」
「するわけねぇだろ! 多分、昨日夜にアイス二つも食ったせいだと思う。姉ちゃんが『私の分も蒼にあげるね』って言うから、調子に乗って一気食いしちゃったんだよなぁ」
翆は弟の蒼のことをそれはそれは可愛がっている。猫可愛がりだとか溺愛だとかいう言葉がぴったり当てはまるほどだ。小学生の時に蒼が初めて充を家に連れて行った時も、充のことを不躾に眺めた後、
『蒼のこといじめたりしたら、社会的に抹殺してやるから覚えておいた方がいいよ?』
にっこりとそう言い放ったのだ。それ以来、充は誰に言われることもなく蒼のお守り役を務めている。「同い年なのにお守りって何だよ」と抵抗してみたものの、当の充は「おまえはお子ちゃまだからな。お兄様が面倒見てやるから任せておけ」などと、蒼の主張など意に介することなく言いのけたのだ。そんな充に翆が「みっちゃん、任せた!」と、全幅の信頼を寄せるようになったものだから、蒼はそれ以降何も言えなくなってしまったのだ。
確かに蒼は充の言う【お子ちゃま】なのかも知れない。十七歳で彼女の一人もいない。「鳴海が羨ましい」や「彼女の友達紹介してくれ」などと言ってはいるが、それは既に周囲とのコミュニケーションを円滑にするための常套句と化していて、実際に彼女が欲しくて焦りに焦っているかと言えばそうでもない。正直なところ、友達とふざけ合ったりゲームをしたりしている方が楽しいのだ。
周りの女の子から男扱いされていないのも要因だろうか。クラスの女子からは【蒼ちゃん】と呼ばれており、更には「蒼ちゃんは彼女じゃなくて彼氏作った方が似合うよ~」なんてからかわれることもしばしばだ。確かに蒼は母親似でぱっちり二重まぶたのくりくりおめめの持ち主で、喋らなければ女の子っぽく見えなくもない。
それでも男なので充のような少しタレ目で涼やかな優男顔や、鳴海みたいなザ・イケメンといった男っぽい美形に憧れることもある。しかしないものねだりしても仕方がないし、自分は自分の人生を生きるしかないだろう、と開き直っている。
普通に大学まで行って普通に就職して。いつか奥さんをもらって子供を作り、自分の両親のように普通の家庭を作れたらいい。
『普通や平凡な生活というのが一番幸せで、それでいて一番難しいんだ』
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