異世界帰りのダメ英雄

智恵 理侘

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第二部:第三章

36.邂逅

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「何をしてるの?」
「探し物、かな……? 地面を弄ってる」
「探し物? こんな森の中で?」

 双眼鏡を飛鳥に渡して実際に見てもらうとする。

「何を探しているのかしら」
「さあ、分からん。セルファ、あいつがあそこからあまり動かないのなら、分析魔法掛けてくれるか?」
「承知しました、隠密魔法をかけて近寄ってみます」
「俺にもかけてくれ、何かあった場合は俺が守る」
「なんとお優しいお言葉、感激です英雄様っ!」

 抱きつこうとしてないで早く魔法かけてくれないかな。

「私達には?」
「二人は動かないでくれ、いくら隠密魔法といっても物音立てずに近づかなくちゃいけないからな」
「やれる、気がする」
「気がするかぁ」

 ス○ウターの機械音を鳴らす苑崎さん。
 やれるアピールのようだが、全然説得力がない。
 隠密魔法によって相手に気付かれる可能性はぐっと減る。
 距離はかなり詰められた、ここからならば分析魔法の射程範囲内だ。
 雨宮は未だに探しものをしており、その探す範囲は広範囲でもないようなので射程範囲外へと移動されはしないだろう。
 セルファへ視線を送って分析魔法を発動してもらった。
 分析を終えるまでは数秒ってとこか。

「ちっ、見つからん……」

 こうして彼女の話し方を聞いていると女子高生ならぬ口調。

「そっちはどうだ?」
「ないでやんすなあ」

 ん……? 連れがいたのか?
 道中は一人だったはずだが、いつの間に合流したんだ?
 若い女の子――俺達と年齢も大差はない外見、どこにでもいる少女ではあるものの服装が場違いすぎる。
 こんな高台の森の中にゴスロリちっくな服で来るか普通。

「――待て」
「どうしたでやんす?」

 ふと雨宮の動きが止まった。
 こっちに向かってくる、気付かれたか……?

「うむ、あったぞ」
「おおっ! ……って、結構ボロボロですなあ」

 彼女が拾い上げたのは何の変哲のない眼鏡。
 それもレンズはひびが入っており、フレームのやや歪んでしまっている。
 何か衝撃が与えられたようだが、こんな森の中で何があったというのだろう。

「父からのプレゼントだったらしい、たとえ使えなくても手元には置きたいようなのだ」
「よほど嬉しかった贈り物だったんでやんすかねぇ」
「思い出が詰まっているのだ、雨宮真央にとってこれはたとえ装着できずとも、持っているだけで一つの安らぎを得られるようだ」

 雨宮真央にとって……?
 その言い回しは引っかかるな、自分の事をそんなフルネームで言うか?

「あっしにゃあ理解できねぇ感覚でやんすなあ」
「貴様は贈り物というより貢物ばかりであっただろうしな、理解し難いか」

 分析魔法のほうはどうなったか。
 セルファを見てみるや――

「……セルファ?」

 彼女は、額から汗を垂らして表情を曇らせていた。
 分析は終えたようだが、様子がおかしい。
 雨宮を見るその目は……明らかに畏怖を抱いている。

「え、英雄様……あれは……」

 声も震えている。
 一体分析魔法でどんな結果が現れたというのだ。

「探し物も見つかったし、次は近くを飛び回る虫を見つけるとするか」
「虫でやんすか? さっちゅーざいってのは必要ですかいな?」
「必要ない、我が剣――セルギスフのほうが効くであろう」

 これは……。
 気付かれてるな。
 明確な位置は隠密魔法によって把握はされていないであろうが、近くに誰かいるといった感覚は掴んでいるのだろう。

「出て来い、いるのだろう?」

 セルギスフ――その剣の名前は、聞き覚えがある。
 そうか。
 ああ、やはり、こいつは……。

「この周辺、セルギスフの一撃を加えてもいいのだぞ」
「ま、待った待った!」

 隠密魔法も解除してもらい、姿を現すとする。

「……貴様は」
「よう、随分と可愛らしい姿になったな――魔王」
「この世界に、戻ってきていたのか、勇者」
「お前を倒したから、ノリアルにいてもやる事ないしな」

 元の世界に戻ってきてもやる事なかったけど。
 雨宮は――いや、魔王はセルギスフを握り刃を俺へと向けてくる。
 イグリスフを出して、こちらも臨戦態勢。
 互いの間に漂う空気が凍りつくのが肌で感じられる。

「ほー、彼があの勇者でやんすか」
「今は英雄様でございます」
「ふん、我を倒して英雄へと昇格か。偉くなったものだな」
「偉くなったのは呼び名だけで他は変わりないけどな」

 それどころか色々と低下してしまったかも。
 収入とか、生活の質とかもろもろ。
 この世界じゃあ英雄は何の意味もないしな。

「魔王……どうやって復活したのかは知らねえがその体は乗っ取ったのか?」
「乗っ取ったのではない、死した者の器を手に入れただけだ。しかしまだこの器の魂は残滓があったようでな、かすかに我の中で燻っておるわ」
「英雄様、聞いた事があります。上級魔法よりも、更なる段階の魔法があると。魔王の復活はその段階の魔法を使ったのではないでしょうか」
「ご名答。天級魔法と呼ばれる、死後に発動される魔法だ」

 そんな魔法があったのか。
 けど一度だけならば、今回は……いや、倒そうにも雨宮真央はどうなる?
 まだ残滓があったと言っていたな。
 なら魔王をその器から追い出せば以前の雨宮真央に戻る可能性があるか? そうであるなら、この場で単純に戦闘とは、いかない。

「数日前に感じた視線も貴様らだったか」
「雨宮の様子が変だって飛鳥に言われてな」
「ふむ、飛鳥と真央は親しかったようだしな。異変に気付かれるのは仕方がないがこれもまた奇妙な運命であるな勇者よ。こうして互いに引き寄せあうかのように出会ってしまうとは」
「出会いたくはなかったけどな」
「そう言うな、共に殺し合いをした仲であろう? 再会を祝して刃で乾杯といこうか?」
「そうしたいのは山々だが、その体は傷つけたくない」
「我を今は女として見てくれているからか? それならばまた複雑ではあるな」
「ちげぇよ、雨宮真央の体を傷つけたくないって意味だよ」
「ふっ、冗談だ」

 あれ、こいつってこんなに話す奴だったっけ。
 なんだか過去に対峙して話したときよりも丸くなったような。
 余裕もなく常に苛立ちを抱いているような印象だったのに、今は落ち着きのある様子だ。

「相変わらず甘い男だな、傷つけたくないだなんて。じゃあどうする? 胸でも揉むか?」
「揉ませてくれるなら是非とも!」
「……貴様は相変わらずダメな男でもあったな」
「いやぁそれほどでも」
「褒めてない」
「英雄様はダメな男ではございません!」

 ありがとうセルファ、こんなダメ人間を優しく包み込んでくれるのは君くらいだよ。
 ただちょっと過激な包み方でもあるけどね。

「その女も、変わらぬようだな」
「まあな」
「いやー素敵なお嬢さんでやんすね、お名前は? どこ住み? 会話魔法やってる? スリーサイズは?」
「さっきから気になってたけどこの子誰?」

 セルファを性的な目で見ていやがる。
 女ながらにしてなんつー下品な表情を浮かべるもんだ。

「心神というものだ、一応」
「一応て!」
「そうか、一応…………神様なのか」
「一応は余計な上に二人して汚物を見るような視線やめろでやんす!」

 なんかあんまり接したくないなこいつ。
 とてつもない変態の香りがする。

「心神ってどんな神様なんだ? 変態系?」
「変態系とはなんでやんすか!」
「あながち間違いでもない」
「訂正しましょうや魔王さん!」

 見た目的には神々しさの欠片もない。
 ノリアルではいくつか神はいたものの、こうしてこの目で見るのは初めてだが……思っていたのと全然違う。

「英雄様、心神は確か人の心の中にある強い想いや願望を引き出し現実化できる神様だったはずです」
「へえ……そりゃあ大層な神様だな」

 想いや願望を現実化、ねえ……?
 何でも願いが叶いそうだな、俺もちょっとお願いしてみようかな?

「そうでもない、ただの変態だ」
「違うでやんすが!?」
「違うのか? 女好きの変態女だと思っていたのだが」
「あっしをそう思ってたなんて酷いでやんす!」
「事実だろうに」
「事実なのか、いや、まあ確かに分からんでもないけど」
「ううっ、お暇を頂きます!」

 ……行っちゃった。
 本当に神様なんだな、空へと飛んでいったよあいつ。

「追っかけないの?」
「必要ない、どうせ戻ってくる」

 あれでも一応神様だ、野放しにしておいていいものなのか。
 それよりも今はお互いにこの一触触発の状況を優先しようって事かもしれないな。

「……飛鳥はいるのか?」
「奥にな。何かありゃあ危ねぇから同行はさせなかった」
「殊勝な心がけだ、ダメ人間でも勇者は勇者だな」

 一言余計だなこいつは。

「友達が近くにいるのならば、戦闘はやめておこうか。貴様が同意するのならば、だが」
「それは……」
「英雄様、魔王はなんとしてでも倒さなくては!」

 危険人物を目の前にしている、ここで魔王を倒しておくべきなのかもしれない。

「血気盛んだなその娘は。勇者よ、貴様もそうか? ノリアルでのように、我らを容赦なく切り捨てるか、この世界でも」
「お前の目的次第だ」
「目的、か。話したところでそれは意味をもたらすのか? どうせ貴様らは我の言葉など信じないのだ、どのような目的であれ、貴様らは魔王討伐が優先事項、そうであろう?」

 そう、かもしれない。
 魔王の目的なんて、聞いたところで俺達がすべき事は、一つだ。
 でも、俺個人としてはそんなにやりたくはないものなんだよねその選択は。
 話を聞いてみるだけ聞いてみたい、その結果、何か別の選択肢ができるのだとしたら特に。
 魔王は戦闘意欲も薄いようだし、尚更ね。

「話すだけ話してみてはどうだ?」
「英雄様! 魔王に耳を貸すのですか!?」
「別にこの世界で悪い事をしてるってわけじゃねえだろ?」
「しかしこの世界に魔王幹部までやってきてるのですよ? きっと何か騒動を起こすに違いありません!」
「ほう、我の復活を察知した者がおったか」

 これは伏せておいたほうがよかったかな。
 幹部達が魔王を探していると知ったら、魔王も幹部達を探して合流するかもしれない。
 不安は過ぎるものの……。

「会いたくないものだな、あいつらとは」
「……会いたくない?」
「我と違って単純で野蛮な思考を持つ者ばかりだ、我はこの世界で暫く学生生活なるものを満喫したい。奴らが暴れて学生生活に支障をきたすのは避けたいのだ」
「魔王が学生生活ねぇ……」

 生徒がお前の正体を知ったらひっくり返っちゃうぞ。
 あの魔王が女子高生……女の子と放課後は買い食いしたりと楽しんでいるようだし羨ましいかぎりだ、俺も学生生活で青春を得たいものだね。

「これはあれだ、幹部達とは、方向性の違いというものだ」
「そんなバンドの解散みたいな事言われても」
「信じてはいけませんよ英雄様!」
「ほら、こうなる。だから意味などないのだ、勇者よ」

 まるっきり信じろと言われてもそりゃあ俺も無理ではあるけど。
 ただ、魔王は既に剣を下げている。
 敵意も感じられないし、嘘を言っているようにも思えない。

「貴様らも邪魔をしないのならば、我も仕掛けんが、どうだ?」
「お前がそうするなら……」
「よ、よいのですか!?」
「セルファ、魔王は別に悪事を働いているわけじゃあないだろう? 今日だってただ探しものをしていただけだし、魔王幹部と結託をしているわけでもない」
「しかし今はそうでも、この先どうなるかは分からないのですよ?」
「どうなるか分からなくても、どうするかは、さっき聞いた。このままだと俺達はただこいつの学生生活の邪魔をするだけだぜ?」
「ですが魔王は一人の人間の肉体を奪って、皆を騙して生活しているのですよ!? 許せるのですか?」
「おいちょっと待て。乗っ取ったのではないと説明したであろう? それにだ、死体を手に入れて我が入りこんだのだから何の問題がある? しかも魂もかすかに残っているのだから我は雨宮真央を救ったのだぞ?」

 奪ったんじゃあないのなら、咎められないな。

「ならば今すぐその器から出て行くべきではないのですか?」
「雨宮真央は衰弱して表には出てこれん、出てくれば魂が体に影響されて衰弱死してしまう。ならば我が雨宮真央として過ごすのは至極当然の事」

 こればかりは、雨宮の体の状態を考えればむしろ魔王にその体に入ってもらったほうが良いのかもしれない。
 それが、雨宮を救う事にもなる。

「揚げ足を取ろうと必死に言葉を並べるな、会話の無駄だ」
「ぬぐぐ……」

 セルファも言葉の弾が尽きたようで、悔しそうに小さく握りこぶしを作っていた。
 そんなに敵意丸出しにしなくてもいいじゃない、相手は戦闘するつもりないんだよ?
 ノリアルでは魔王にいくつかの国や街を破壊されたから恨むのは分からなくもないけどさ。

「飛鳥はどこまで気付いている?」
「お前の正体には気付いてない、教えたところで実感は沸かないだろうがな」

 お前の友達魔王だったって言っても反応に困るだろうね。
 でもどう回答すればいいのやら。

「貴様らやノリアルについては?」
「俺が勇者だったのは説明したよ、一応事情は知ってる」
「ならばある程度の理解はあるのだな。しかし深く関わらせたくなどない。飛鳥は大切な友達だ」

 魔王は踵を返す。
 セルファは未だにイグリスフ小剣を下げようとしないが、彼女は俺が抑えておいた。
 戦意もない相手との戦闘は、今は必要ない。

「我を監視するのは好きにしろ、だが我の今の生活を妨げるような行為はやめておくのだな。その時は容赦せん」
「……分かった」
「英雄様……!」
「いいんだ、セルファ」

 現状……魔王との戦闘は、果たして正義か?
 俺には到底そうは思えない。
 むしろ、これは正義に反すると思う。
 今はそうではあるも、組織にも報告してこれから監視をする上で――正しい判断は自ずと浮かび上がるだろう。

「結構時間掛かったわね。んで、どうなったの?」
「とても、暇、だった」

 飛鳥達の元へと戻ると二人はトランプでババ抜きをしていた。
 そのトランプ、おそらく苑崎さんのマジック用のトランプであろう。
 しかしよくこんな森の中でババ抜きができるもんだなおい。

「……雨宮の件は、心配ないよ」
「心配ない? 本当?」
「ああ、気にはなるだろうけど、何かありゃあ雨宮からきっと何か話してくれるさ」
「話してくれる、って……浩介、あんた真央さんと話したの? どんな話?」

 おっと、あんまり変に話すのもいかんな。
 感づかれて説明を求められたら困る。

「あ、いや、別に?」
「……別にって」
「と、兎に角心配ないし問題ないから!」
「……そう」

 苑崎さんが引いたカードはどうやら最後のペアであったようで、勝負が決まり不機嫌そうにカードを地面に叩きつけてゲームをやめる飛鳥。
 帰ったらみんなでトランプしようか? つって。
 今日はそれほど動かなかったものの魔王との対峙が原因か、既に疲労感が全身に染みている。
 さっさと帰って休むとしよう。
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