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第二部
その31.鬼全は弱い。
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――暫し時間は遡り。
「う……」
木製の見るからにぼろそうな見知らぬ天井。
鬼全は布団の中にいた。
昨日の記憶が途中から曖昧だった、少し酒を飲みすぎたのかもしれない。
頭痛もしている、重いものではないが酒に慣れている自分が二日酔いを招くとなると昨日はかなり飲んだと、鬼全は理解する。
上体を起こそうとすると左腕になにやら重み。
「ん?」
「あ」
隣を見て、視線をやや下げて、目が合った。
彼女――蔵曾と。腕枕をしている状態での、蔵曾と。
「ゆうべは、すごかった」
「えええええ!?」
鬼全は布団から飛び出して身構えた。
「お前は、えっと……」
「蔵曾、屋台で一緒におでん食べた」
そう……そうだ。
それは鬼全も憶えていた。
問題はその後の話であり、空白の時間何があってどうして見知らぬぼろい部屋にいて、隣に彼女がいたか、なのだ。
「ま……まさかあたし……」
「嘘」
目を真ん丸くさせて、鬼全は蔵曾を見た。
蔵曾は、
「ごめんちゃい」
とだけ言って、二度寝しようと布団へ身を沈めた。
「お前ぇ……!」
「泥酔した君を連れてきた、布団が一つしかないから仕方なく一つの布団に。ギターも持ってきておいた」
「えっ、あ……」
事情を聞いて、怒る理由はまったく無いと知り、むしろ感謝すべき相手。
素直に、
「それは、どうも……」
小さく頭を下げて感謝する。
「私の名前は蔵曾」
「あ、あたしは鬼全、よろしく」
「よろしく」
布団の中から伸びてきた手、握手を求めてきたので鬼全は反射的に握手した。
――人間に助けられた、人間はいい奴が多いと聞いた、こいつはいい奴なんだな。
彼女の正体を知らない鬼全は人間への好感度を上昇させていた。
「テーブルの上、薬置いておいた。二日酔いなら、飲んで」
しかも気が利く。人間ぱねぇ。
鬼全は頭の中で呟いた。
だがこの薬は豊中が用意したものであり、蔵曾がやった事は特に無い。
ちなみに布団も豊中が用意したものである、豊中がいる時は頼るだけ頼る。それが蔵曾。そしてその後怒られるの、それもまた蔵曾。
「空腹なら、何か作る」
「マジか!」
「マジ」
自信ありげに蔵曾は二度寝を止めて、寝巻きであるきぐるみパジャマのまま
台所へ。
得意げにフライパンを振ってみせる。
口の両端の釣りあがりっぷりはドヤ顔の現れである。
「ぱねぇ!」
店で売っているような綺麗な弧を描いた盛り付け、会心の作と腕を組んで仁王立ちの蔵曾。
鬼全の向かいに座り、反応をじっと見る。
「うめぇ!」
一口目、口の中にその味が広がった瞬間に鬼全は叫んだ。
「嬉しい。あとこれ、味噌汁」
浩太郎に出した料理と同じメニューであり、この二品が蔵曾の得意料理。
「ぱねぇな! お前ぱねぇ! みそしるうめぇぇ……」
これほど褒められるとさすがの蔵曾も口の両端がどんどん釣りあがっていく。
フードを今取ったらどんな顔をしているか、もしここに浩太郎がいたら彼ならすぐにフードを引き剥がしていたであろう。
「はあ……満足、あ、薬も飲まなきゃ」
頭痛も忘れるくらいに感動していた。
人間の作る料理はいつだって驚きと感動。
鬼全にとって人間の住む街は夢の国みたいなものである。
「なんか悪いなあ、色々してもらって」
「構わない」
「お前いい奴だなぁ……」
「それほどでも」
「謙遜ちゃってよぉ~」
照れているのか、蔵曾は頭をぽりぽりと掻いた。
「君も、見た目と違って親しみやすい」
「見た目? ああ、これか。ちょいとな、自分を強く見せなきゃならねえなあって思ってよ」
「強そう」
「だろ? 強いんだぜあたし」
昨日どこにでもいるような高校生に負けた怪異とは思えない台詞。
蔵曾は「おお~」と拍手。
「後片付けは任せろ!」
「頼りになる」
「だろ?」
どうでもいいところでも既に鬼全は見栄っ張りを発揮する。
後片付けを済ませた後、鬼全は室内を見渡した。
六畳間、それも本が多く目に入る室内。
「人間って本好きだよなあ」
「本当に」
時代によって本も徐々に変化していく。
表紙は彩りが目立ち、彼女はその彩りに目を留めた。
「これは……」
ぺらりとめくるや文字ばかり。
「ああ、小説ってやつか」
その隣では、蔵曾が「ちっちっちっ」と言いたげに人差し指を立てて左右に振った。
「ラノベ」
「らのべ?」
聞きなれない単語。
首を傾げつつ文字を読んでみる。
自分の読んだ事のある本とは確かにどこか違う――そう彼女は思った。
「ライトノベル」
「らいとのべる?」
そういう新しい本が出たのかもしれない。
深くは考えずに鬼全は本を閉じた。
ラノベが、自身を街へ誘う根本的な原因だと彼女は知るよしもない。
しばらくして、扉を叩く音が室内へ流れた。
蔵曾はその音を聞くや口元がぐんにゃりと歪んで顔下半分だけで苦虫を噛み潰すような表情を作り出した。
蔵曾にとって嫌な人物が来たのかもしれない。
それが、鬼全の思考。
怪異とは関わりを持ってはいけない、朝になったら直ぐに鬼全をアパートから出す、その約束を守れずにいてやばい。怒られるかも。
それが、蔵曾の思考。
「まだ寝てるの?」
扉越しに聞こえる女性の声。
「……鍵掛かってるじゃない、開けなさい」
「あとで」
扉へと駆け寄り、蔵曾は小さく返答。
「今すぐ」
「待って」
「ドアノブを引きちぎるわよ」
「やめて」
すぐに扉が開放された。
「……まだいるじゃん」
「残像だ」
「んなわけあるか馬鹿」
豊中からにじみ出る怒気。
縮こまる蔵曾。
雰囲気はよろしくない。
「おいてめぇ、こいつをいじめるのはやめろよ」
何も事情を知らない鬼全には、蔵曾をいじめる謎の少女。
少なくとも二人の正体を知っていればこの誤解は生じなかった。
二人の間に入る鬼全だが、豊中はすぐさまに鬼全に手を掴んでそれはそれは綺麗案一本背負いをかまして室外へと追い出した。
「あぎゃ!」
「ほら、出て行って」
益々鬼全には豊中が嫌な奴に見えてくる。
安泰の場から追い出された、良い奴から引き剥がされた、それだけで怒りが腹の底から湧いてきた。
「や、やりやがったなぁ!」
ここで一つの復習である。
――鬼全は弱い。
チョップをかまそうとするもその手を払われてすぐに頭へチョップを返された。
「あいたっ!」
殴られないだけマシである。
「ほら、どっかいきな。あんだけ手厚くしてやったんだ」
鬼全をここまで運んでやったのは豊中だが、その記憶はアルコールによって雲散されてしまっている。
感謝すべき相手ではあるが、憶えていないのならば今は敵でしかない。
「ギターと靴渡すわ。じゃあね!」
「ま、待てぇ!」
「何よパンクピアス」
「パンクピアス言うな!」
見た目的に言われるのは致し方がない。
「お前は一度痛い目に合わなきゃ解らねえみてえだなぁ……」
鬼全は狭い廊下で、力を込めた。
それは――
「鬼門、開放!」
相手にもはや手加減しないと、本気でぶつかって追い出すと決めた。
角を人間に短い時間で二回も見せてしまった。
さぞ驚くであろう、さぞ慄くであろう、鬼全はそれだけでにやりと表情を歪めるが、豊中はそれを見て、あきれたようなため息。
「は?」
「えっ、んと……そりゃあ!」
クエスチョンマークが頭の上に浮かぶも、いいや兎に角こいつをぼっこぼこにしようと勢いで鬼全は向かった。
その結果、
「あふんっ」
冷たい廊下に顔を鎮めた。
更に、
「いででででででで!」
引きずられてアパート敷地内から追い出された。
「いてぇ!」
最後に、思い切り背中にギターと靴を投げつけられた。
不運としか言いようのない鬼全。
「どっかいけ」
突き放されて、どこからか吹いてきた風がむなしげに鬼全を通り過ぎていった。
「人間、強ぇ……」
二連敗である。
もしかしてこの街に住む人間は強者ばかりなのでは?
――と、考えるがいやいや今日は二日酔いだからな、調子が出なかっただけだ。
鬼全はポジティブだった。
しかし追い出されるとなると、少し困る。
これといって住む場所は決めていなかった。
試しに入った建物が金を払えば寝泊りできると知り、彼女はその建物――カプセルホテルで寝泊りしていて住処の安定はしていなかったのだ。
空気がひんやりとしている。
まだ早朝であると理解し、寒気から軽く身震い。
何処へ行こうか。
第一の目的である立ち位置の持つあの男を捜さなければならない。
だが住処が無いのも困る、この時代、人間はこのような建物に金を払って住んでいると聞いていたが目の前にあるこれがそうなのでは?
建物の壁には空室有り・三万七千円、トイレ・風呂付きと書かれている。
金を払えばここの一室を提供してもらえる――なるほど、と知識を深めていった。
ここに住むのも悪くない。
蔵曾と交流を深められるな。
けれど……あの強い女がいる、それは嫌だ。
おんぼろアパートを見て、思考を巡らせる。
近場にもあるかもしれない。
立ち位置を持つあの男――立ち位置男を襲うのは後にして地を固めるのを優先したほうがいいか。
長期戦も考えられるのだから、と鬼全は踵を返した。
早朝は多くの人間はどこかへ向かっていた。
こんな時間に外に出るのは久しい、いつもなら寝ている時間だからだ。
そうだ――と角を引っ込めて歩きはじめた。
「我々鬼の一族が世の中に知られたらぱにっくというのになるからな……」
世間の目は気にしている。
しかしそれ以前に、外見で威圧しようとピアスやらパンクやらに手を出してしまっているので自然と世間の目は彼女によりがちである。
だが、外見を見て恐れを含む視線は鬼全にとって悪くは無かった。
鬼だ鬼だ、と騒がれるのではなく――こいつ、怖いなあ! という恐れを抱いてくれれば気持ちが良かった。
歩く事数十分。
街へ入ると白を基調とした清潔感ある服装の少女、それに黒を基調とした真摯さがある服装の青年が目立ってきた。
こういう連中を夕方にも彼女は見ていた。
どんな連中なのか、もしかしたらさっきみたいに強い奴を作る訓練校のような施設がこの街にあるのかもしれない――と彼女の思考は斜め上を突き進んでいった。
このままでは目立ってまずい。
わき道に入って移動をするとした。
その途端に――
「いてっ」
「うぐっ」
何者かとぶつかった。
見てみると眼帯をした少女、怪我をしてるのか?
手には包帯もしてるし――彼女とぶつかったのは、田島秋保だった。
「むっ……」
田島は妙な雰囲気を感じ取って距離を取った。
妙な雰囲気とは――偽使乃と似たような雰囲気。
それを、鬼全は放っていた。
「なんだよてめえ……」
「無礼な奴め……ぶつかってきて謝罪も無しか? 我を怒らせないほうがいい……」
「は? 怒らせたらどうなる? ん? ん? 教えろや」
豊中に絡まれてから機嫌は少し悪い。
こいつを驚かせて憂さ晴らしでもしようか。
「……」
「ったく、黙っちゃってよぉ」
悪いとは思っているも、鬼全は蓄積した鬱憤を晴らしたかった。
だがそれは自身の首を絞める行為でしかならない。
「貴様、我が左目が憎悪によって覚醒しているぞ……」
「は? 何?」
「貴様はおそらく、我と戦うさだめ……」
運命と書いてさだめ。
彼女の所謂――中二病に巻き込まれているのを鬼全は知らない。
「我が右腕に宿る神殺しの鎌よ……我が手に!」
右手の包帯を取り、鬼全へ翳すや手の平には魔方陣が描かれており青白く発光。
その光は徐々に形を作り、大きな鎌へと変わり彼女の手に。
この光景、勿論鬼全は見知らぬものであり、
「えぇぇぇぇえ!?」
驚愕。
「我は怒りに満ちている、無礼な者は嫌いだ! しかも貴様、人間ではないな!」
「何故ばれた!?」
「我に滅ぼされるさだめだったのだ貴様は、滅せよ!」
「て、てめぇ! 鎌とか卑怯だし!」
いきなり追い込まれた結果、有利不利をつけこみだす鬼全。
「関係ない!」
「な、ならこっちだってなぁ……」
背負ったギターを取り出して構えるが、何気に重いために頭を垂れるようにギターは地面へ寄り気味。
「……それが貴様の武器か?」
「ぎたーっていうやつだ」
「知っている」
対立の結果、明らかに鬼全は不利を悟る。
「いざ!」
わき道の左右はヒビの入ったビルが立ち並んでいた。
そのビルの壁を削って振りかざされる鎌――鬼全には兵器としか見えなかった。
「いや、ちょっと待ってっ?」
「待たぬ、我の住む街で好き勝手はさせぬ! 我に斬られよ!」
「お、落ち着こうぜ? ほら、こ、こっち武器これだし……そっち卑怯じゃね?」
「知らぬ」
大鎌を振るう、閃光のようなものが走り、ビルの壁に大きな傷をつけた。
「ほわぁぁぁぁあー!?」
あれから田島秋保は大鎌の扱いに関しては向上をみせていた。
それを発揮できる場が無かったが、与えられたこの場を彼女は活用しようと大鎌を振るっている。
勿論当てるつもりはない、見た目こそ脅威を感じたもののいざ対立すると鬼全の妙に迫力の無い雰囲気――自分より弱いんじゃないかと感じていた。
ギターを抱えて逃げる鬼全を見て、確信へと変わる。
こいつ、弱いと。
「待てぇい!」
「いやぁぁぁぁあー!」
あんなものに斬られたらたまったもんじゃない、鬼全は全力で逃げ出した。
「う……」
木製の見るからにぼろそうな見知らぬ天井。
鬼全は布団の中にいた。
昨日の記憶が途中から曖昧だった、少し酒を飲みすぎたのかもしれない。
頭痛もしている、重いものではないが酒に慣れている自分が二日酔いを招くとなると昨日はかなり飲んだと、鬼全は理解する。
上体を起こそうとすると左腕になにやら重み。
「ん?」
「あ」
隣を見て、視線をやや下げて、目が合った。
彼女――蔵曾と。腕枕をしている状態での、蔵曾と。
「ゆうべは、すごかった」
「えええええ!?」
鬼全は布団から飛び出して身構えた。
「お前は、えっと……」
「蔵曾、屋台で一緒におでん食べた」
そう……そうだ。
それは鬼全も憶えていた。
問題はその後の話であり、空白の時間何があってどうして見知らぬぼろい部屋にいて、隣に彼女がいたか、なのだ。
「ま……まさかあたし……」
「嘘」
目を真ん丸くさせて、鬼全は蔵曾を見た。
蔵曾は、
「ごめんちゃい」
とだけ言って、二度寝しようと布団へ身を沈めた。
「お前ぇ……!」
「泥酔した君を連れてきた、布団が一つしかないから仕方なく一つの布団に。ギターも持ってきておいた」
「えっ、あ……」
事情を聞いて、怒る理由はまったく無いと知り、むしろ感謝すべき相手。
素直に、
「それは、どうも……」
小さく頭を下げて感謝する。
「私の名前は蔵曾」
「あ、あたしは鬼全、よろしく」
「よろしく」
布団の中から伸びてきた手、握手を求めてきたので鬼全は反射的に握手した。
――人間に助けられた、人間はいい奴が多いと聞いた、こいつはいい奴なんだな。
彼女の正体を知らない鬼全は人間への好感度を上昇させていた。
「テーブルの上、薬置いておいた。二日酔いなら、飲んで」
しかも気が利く。人間ぱねぇ。
鬼全は頭の中で呟いた。
だがこの薬は豊中が用意したものであり、蔵曾がやった事は特に無い。
ちなみに布団も豊中が用意したものである、豊中がいる時は頼るだけ頼る。それが蔵曾。そしてその後怒られるの、それもまた蔵曾。
「空腹なら、何か作る」
「マジか!」
「マジ」
自信ありげに蔵曾は二度寝を止めて、寝巻きであるきぐるみパジャマのまま
台所へ。
得意げにフライパンを振ってみせる。
口の両端の釣りあがりっぷりはドヤ顔の現れである。
「ぱねぇ!」
店で売っているような綺麗な弧を描いた盛り付け、会心の作と腕を組んで仁王立ちの蔵曾。
鬼全の向かいに座り、反応をじっと見る。
「うめぇ!」
一口目、口の中にその味が広がった瞬間に鬼全は叫んだ。
「嬉しい。あとこれ、味噌汁」
浩太郎に出した料理と同じメニューであり、この二品が蔵曾の得意料理。
「ぱねぇな! お前ぱねぇ! みそしるうめぇぇ……」
これほど褒められるとさすがの蔵曾も口の両端がどんどん釣りあがっていく。
フードを今取ったらどんな顔をしているか、もしここに浩太郎がいたら彼ならすぐにフードを引き剥がしていたであろう。
「はあ……満足、あ、薬も飲まなきゃ」
頭痛も忘れるくらいに感動していた。
人間の作る料理はいつだって驚きと感動。
鬼全にとって人間の住む街は夢の国みたいなものである。
「なんか悪いなあ、色々してもらって」
「構わない」
「お前いい奴だなぁ……」
「それほどでも」
「謙遜ちゃってよぉ~」
照れているのか、蔵曾は頭をぽりぽりと掻いた。
「君も、見た目と違って親しみやすい」
「見た目? ああ、これか。ちょいとな、自分を強く見せなきゃならねえなあって思ってよ」
「強そう」
「だろ? 強いんだぜあたし」
昨日どこにでもいるような高校生に負けた怪異とは思えない台詞。
蔵曾は「おお~」と拍手。
「後片付けは任せろ!」
「頼りになる」
「だろ?」
どうでもいいところでも既に鬼全は見栄っ張りを発揮する。
後片付けを済ませた後、鬼全は室内を見渡した。
六畳間、それも本が多く目に入る室内。
「人間って本好きだよなあ」
「本当に」
時代によって本も徐々に変化していく。
表紙は彩りが目立ち、彼女はその彩りに目を留めた。
「これは……」
ぺらりとめくるや文字ばかり。
「ああ、小説ってやつか」
その隣では、蔵曾が「ちっちっちっ」と言いたげに人差し指を立てて左右に振った。
「ラノベ」
「らのべ?」
聞きなれない単語。
首を傾げつつ文字を読んでみる。
自分の読んだ事のある本とは確かにどこか違う――そう彼女は思った。
「ライトノベル」
「らいとのべる?」
そういう新しい本が出たのかもしれない。
深くは考えずに鬼全は本を閉じた。
ラノベが、自身を街へ誘う根本的な原因だと彼女は知るよしもない。
しばらくして、扉を叩く音が室内へ流れた。
蔵曾はその音を聞くや口元がぐんにゃりと歪んで顔下半分だけで苦虫を噛み潰すような表情を作り出した。
蔵曾にとって嫌な人物が来たのかもしれない。
それが、鬼全の思考。
怪異とは関わりを持ってはいけない、朝になったら直ぐに鬼全をアパートから出す、その約束を守れずにいてやばい。怒られるかも。
それが、蔵曾の思考。
「まだ寝てるの?」
扉越しに聞こえる女性の声。
「……鍵掛かってるじゃない、開けなさい」
「あとで」
扉へと駆け寄り、蔵曾は小さく返答。
「今すぐ」
「待って」
「ドアノブを引きちぎるわよ」
「やめて」
すぐに扉が開放された。
「……まだいるじゃん」
「残像だ」
「んなわけあるか馬鹿」
豊中からにじみ出る怒気。
縮こまる蔵曾。
雰囲気はよろしくない。
「おいてめぇ、こいつをいじめるのはやめろよ」
何も事情を知らない鬼全には、蔵曾をいじめる謎の少女。
少なくとも二人の正体を知っていればこの誤解は生じなかった。
二人の間に入る鬼全だが、豊中はすぐさまに鬼全に手を掴んでそれはそれは綺麗案一本背負いをかまして室外へと追い出した。
「あぎゃ!」
「ほら、出て行って」
益々鬼全には豊中が嫌な奴に見えてくる。
安泰の場から追い出された、良い奴から引き剥がされた、それだけで怒りが腹の底から湧いてきた。
「や、やりやがったなぁ!」
ここで一つの復習である。
――鬼全は弱い。
チョップをかまそうとするもその手を払われてすぐに頭へチョップを返された。
「あいたっ!」
殴られないだけマシである。
「ほら、どっかいきな。あんだけ手厚くしてやったんだ」
鬼全をここまで運んでやったのは豊中だが、その記憶はアルコールによって雲散されてしまっている。
感謝すべき相手ではあるが、憶えていないのならば今は敵でしかない。
「ギターと靴渡すわ。じゃあね!」
「ま、待てぇ!」
「何よパンクピアス」
「パンクピアス言うな!」
見た目的に言われるのは致し方がない。
「お前は一度痛い目に合わなきゃ解らねえみてえだなぁ……」
鬼全は狭い廊下で、力を込めた。
それは――
「鬼門、開放!」
相手にもはや手加減しないと、本気でぶつかって追い出すと決めた。
角を人間に短い時間で二回も見せてしまった。
さぞ驚くであろう、さぞ慄くであろう、鬼全はそれだけでにやりと表情を歪めるが、豊中はそれを見て、あきれたようなため息。
「は?」
「えっ、んと……そりゃあ!」
クエスチョンマークが頭の上に浮かぶも、いいや兎に角こいつをぼっこぼこにしようと勢いで鬼全は向かった。
その結果、
「あふんっ」
冷たい廊下に顔を鎮めた。
更に、
「いででででででで!」
引きずられてアパート敷地内から追い出された。
「いてぇ!」
最後に、思い切り背中にギターと靴を投げつけられた。
不運としか言いようのない鬼全。
「どっかいけ」
突き放されて、どこからか吹いてきた風がむなしげに鬼全を通り過ぎていった。
「人間、強ぇ……」
二連敗である。
もしかしてこの街に住む人間は強者ばかりなのでは?
――と、考えるがいやいや今日は二日酔いだからな、調子が出なかっただけだ。
鬼全はポジティブだった。
しかし追い出されるとなると、少し困る。
これといって住む場所は決めていなかった。
試しに入った建物が金を払えば寝泊りできると知り、彼女はその建物――カプセルホテルで寝泊りしていて住処の安定はしていなかったのだ。
空気がひんやりとしている。
まだ早朝であると理解し、寒気から軽く身震い。
何処へ行こうか。
第一の目的である立ち位置の持つあの男を捜さなければならない。
だが住処が無いのも困る、この時代、人間はこのような建物に金を払って住んでいると聞いていたが目の前にあるこれがそうなのでは?
建物の壁には空室有り・三万七千円、トイレ・風呂付きと書かれている。
金を払えばここの一室を提供してもらえる――なるほど、と知識を深めていった。
ここに住むのも悪くない。
蔵曾と交流を深められるな。
けれど……あの強い女がいる、それは嫌だ。
おんぼろアパートを見て、思考を巡らせる。
近場にもあるかもしれない。
立ち位置を持つあの男――立ち位置男を襲うのは後にして地を固めるのを優先したほうがいいか。
長期戦も考えられるのだから、と鬼全は踵を返した。
早朝は多くの人間はどこかへ向かっていた。
こんな時間に外に出るのは久しい、いつもなら寝ている時間だからだ。
そうだ――と角を引っ込めて歩きはじめた。
「我々鬼の一族が世の中に知られたらぱにっくというのになるからな……」
世間の目は気にしている。
しかしそれ以前に、外見で威圧しようとピアスやらパンクやらに手を出してしまっているので自然と世間の目は彼女によりがちである。
だが、外見を見て恐れを含む視線は鬼全にとって悪くは無かった。
鬼だ鬼だ、と騒がれるのではなく――こいつ、怖いなあ! という恐れを抱いてくれれば気持ちが良かった。
歩く事数十分。
街へ入ると白を基調とした清潔感ある服装の少女、それに黒を基調とした真摯さがある服装の青年が目立ってきた。
こういう連中を夕方にも彼女は見ていた。
どんな連中なのか、もしかしたらさっきみたいに強い奴を作る訓練校のような施設がこの街にあるのかもしれない――と彼女の思考は斜め上を突き進んでいった。
このままでは目立ってまずい。
わき道に入って移動をするとした。
その途端に――
「いてっ」
「うぐっ」
何者かとぶつかった。
見てみると眼帯をした少女、怪我をしてるのか?
手には包帯もしてるし――彼女とぶつかったのは、田島秋保だった。
「むっ……」
田島は妙な雰囲気を感じ取って距離を取った。
妙な雰囲気とは――偽使乃と似たような雰囲気。
それを、鬼全は放っていた。
「なんだよてめえ……」
「無礼な奴め……ぶつかってきて謝罪も無しか? 我を怒らせないほうがいい……」
「は? 怒らせたらどうなる? ん? ん? 教えろや」
豊中に絡まれてから機嫌は少し悪い。
こいつを驚かせて憂さ晴らしでもしようか。
「……」
「ったく、黙っちゃってよぉ」
悪いとは思っているも、鬼全は蓄積した鬱憤を晴らしたかった。
だがそれは自身の首を絞める行為でしかならない。
「貴様、我が左目が憎悪によって覚醒しているぞ……」
「は? 何?」
「貴様はおそらく、我と戦うさだめ……」
運命と書いてさだめ。
彼女の所謂――中二病に巻き込まれているのを鬼全は知らない。
「我が右腕に宿る神殺しの鎌よ……我が手に!」
右手の包帯を取り、鬼全へ翳すや手の平には魔方陣が描かれており青白く発光。
その光は徐々に形を作り、大きな鎌へと変わり彼女の手に。
この光景、勿論鬼全は見知らぬものであり、
「えぇぇぇぇえ!?」
驚愕。
「我は怒りに満ちている、無礼な者は嫌いだ! しかも貴様、人間ではないな!」
「何故ばれた!?」
「我に滅ぼされるさだめだったのだ貴様は、滅せよ!」
「て、てめぇ! 鎌とか卑怯だし!」
いきなり追い込まれた結果、有利不利をつけこみだす鬼全。
「関係ない!」
「な、ならこっちだってなぁ……」
背負ったギターを取り出して構えるが、何気に重いために頭を垂れるようにギターは地面へ寄り気味。
「……それが貴様の武器か?」
「ぎたーっていうやつだ」
「知っている」
対立の結果、明らかに鬼全は不利を悟る。
「いざ!」
わき道の左右はヒビの入ったビルが立ち並んでいた。
そのビルの壁を削って振りかざされる鎌――鬼全には兵器としか見えなかった。
「いや、ちょっと待ってっ?」
「待たぬ、我の住む街で好き勝手はさせぬ! 我に斬られよ!」
「お、落ち着こうぜ? ほら、こ、こっち武器これだし……そっち卑怯じゃね?」
「知らぬ」
大鎌を振るう、閃光のようなものが走り、ビルの壁に大きな傷をつけた。
「ほわぁぁぁぁあー!?」
あれから田島秋保は大鎌の扱いに関しては向上をみせていた。
それを発揮できる場が無かったが、与えられたこの場を彼女は活用しようと大鎌を振るっている。
勿論当てるつもりはない、見た目こそ脅威を感じたもののいざ対立すると鬼全の妙に迫力の無い雰囲気――自分より弱いんじゃないかと感じていた。
ギターを抱えて逃げる鬼全を見て、確信へと変わる。
こいつ、弱いと。
「待てぇい!」
「いやぁぁぁぁあー!」
あんなものに斬られたらたまったもんじゃない、鬼全は全力で逃げ出した。
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