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第六章

039 龍、退散。

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 大変な事が起きてしまった。
 あの食事会から三日後、また龍関連の依頼を受けていつもの洞窟へと行ったのだが……。

「や、やっぱり……いないよな」
「ええ、おりませんね……流石に逃げだしたんじゃないでしょうか」

 いないのだ。
 龍が……どこにもいないのだ。
 奥まで行ってはみたが寝床はあったものの奴の姿はない。
 しかも魔物がちらほらと出てきており、おそらく龍がいなくなった事で洞窟の地下、ダンジョン内に生息していた魔物が地上へとやってきているのだ。
 強さ的にはそこらの魔物とは変わりないものの今までに見た事のないものばかり。
 スライム状の魔物は特に多く、とりあえず一通りはフレイムで一掃して一旦ギルドへと帰るとした。

「まさか……いなくなるなんて」
「私はいついなくなってもおかしくないと思っておりましたが」
「えっ」
「自宅に毎回侵入者がやってきては殺しても死なないとなれば、普通は逃げませんか?」
「確かに」

 龍が嫌がっているのは分かってはいたけれど、なんだかんだで構ってくれていたからまんざらでもないのかなって思っていたけど、そうでもなかったようだ。
 馬車に揺られながら、洞窟のほうを見て反省のこもったため息を漏らした。
 ギルドへ戻り一連の報告をすると、マルァハさん含め職員達は慌ただしく動き始めた。
 龍がいなくなったという事は、ダンジョン解放――そちらのほうが重要らしくすぐに調査員が集められていた。
 緊急依頼として冒険者も募集され、すぐに人員と勢力は確保されて洞窟へと向かっていった。
 ……俺達は、ちょいと様子見をしよう。
 流石に帰ってきたばかりでまたすぐ洞窟へとんぼ返りは気が乗らないし昼時を逃してしまう。
 大人数が向かっていった中に混ざるとなれば馬車の中もぎゅうぎゅうだろうし。
 それだったらこうしてハスとゆっくり昼飯を食べるほうがいい。
 それに冒険者達が行ってしまって今ならすいているし。
 中々座れない酒場の窓側に今日は確保でき、窓からの暖かな陽光の下に本日のお勧め、チキンステーキを頂くとする。
 魔力石による温度管理のおかげで鮮度は抜群、ぷりぷりの弾力と鳥のうま味は最高だ。

「洞窟に向かっていった人達の中に白金級がいたな」

 髪先が青く染まっており、整った顔立ちと、細い体躯に対して肩に置いて持ち歩く大槌は印象的だった。

「おりましたね。白金級の認識票をつけておりましたが、あの燃えるような赤色の認識票はかっこいいです~」

 クオンからは少しだけ話は聞いていた、普段は遠方の依頼などを行ってギルドにはそれほどいないらしい。
 今日はたまたまギルドで依頼についてパーティと話し合いをしていたようだ。
 ダンジョンの緊急依頼に飛びついて行った姿はまさに猪突猛進。

「女性とは聞いていたけど……煙管吹かしてたぞ煙管」
「はい。しかしそれでいてあの整った容姿や紅色の髪はとても綺麗でしたね」
「白金級……俺もいつか白金級に辿り着けるかな?」
「シマヅ様ならきっと辿り着けます!」
「その前に死ねてたりしないかな?」
「変な希望を抱かないでくださいね」
「いや……ね?」
「ね? じゃないですよ」

 あ、ジト目怖い。
 俺は目を逸らしながらチキンステーキを口へと運ぶ。
 ハスさん、最初に会った頃よりもだいぶ俺への対応が変わってきていないかな?
 徐々に厳しくなってきてない? 気のせい?

「そういえばこれまでに何度か死にはしておりましたが、魔力の器はまた大きくなっていってるのですか?」
「確認してなかったな、どうだったっけ」

 食事の片手間にボードを開いてみる。

「はわっ、こんなところでボードをお開きになるのはっ」
「えっ? ああ……」

 周りがぎょっとしてこちらを見てきた。
 チキンステーキの上に浮かび上がる八角形ボードを、彼らは目をまん丸くさせて凝視している。

「ボードはあまり大っぴらに見せるものではないんだったな、まあいいか」
「シマヅ様ほどとなるともはや領域が違いすぎて堂々と見せても問題はないとは思いますが、いきなり大衆の面前で出すのは流石に驚きますね」
「じゃあちょっと寄せよう」

 ボードを開いて右手をかざし、そのままボードに意識を向けたまま右側へと寄せてみる。
 うんうん、動いた。自分の手の届く範囲であればボードは自由に動かせられるが、きちんと認識を高めなければ動きはしない。
 テーブルへ置くように配置しよう。
 ハスと二人で覗き見る。

「前よりも魔力の器は線と模様が増えておりますね。おそらく魔力の器が拡大したからでしょう」
「そのようだね、どんどん複雑化してごちゃごちゃしてるな」
「空白も増えております、この機会にフレイム以外の魔法を空白に埋めておいてもいいのではないでしょうか」
「んー……魔法指南書を買ってみるか。また翻訳を頼むよ」
「お任せくださいっ」
「そろそろ俺もある程度文字の読み書きは出来るようにならないとな……」
「急がず焦らずいきましょう」

 単語なら大体は分かってはきたが文章となるとまだまだだ。

「しかしこれを見ても俺の将来性なんていうのは分からんよなあ」
「アルヴ様の使いであるシマヅ様の持つ可能性は無限大という事なのでしょう」
「どこか弄ったらその可能性は潰えてくれないものかな」
「潰えていいものではないと思いますが……」

 ボードを兎に角突きまくるが、光の波紋が広がるだけで特に何も起こらず。
 空白の丸を連打してたら死ねる固有魔法とか発現しないかね……駄目か。

「さて、午後はどうしようか」
「ダンジョンが解放されたら行ってみますか?」
「そうだなぁ、死ねるかもしれないし行ってみようか」
「もう少しマシな目的をお考え下さると私は嬉しいです」

 といっても俺の目的は死ぬ事以外ないしな。
 普通はアレか、異世界なんてところに来てしまったら元の世界に帰れる方法があるかもしれない! と目的を掲げて奔走するところか。

「ダンジョンってどんなとこなんだ?」
「私も入った事はないのですが、普通の洞窟とは違って地下には何層もの空間が広がっているらしいです」
「塵一つ残らないような要素があったりは? 例えばマグマとか」
「そういうのは聞かないですね……」

 はぁ、とため息。
 ハスが口をへの字にしたのですぐに俺は姿勢を正した。

「ダンジョンにも当たり外れがあるようで、当たりの場合は地下庭園が広がっているとお聞きしました」
「地下庭園……なんかすごそうだな」
「中には聖遺物が発掘される事もあるそうです。もしそれを見つければ国が買い取るのだとか。十年は遊んで暮らせるとかなんとか」
「ほー、じゃあ宝探し感覚でもあるのか」
「凶悪な魔物も潜んでいるかもしれないので危険ではございますが」
「ふふっ、そういうのは大歓迎だ」

 ダンジョンの話を聞いているとどんどん興味が湧いてくるね。
 龍よりも強い魔物が潜んでいる可能性も無きにしもあらずか?
 これはちょいとダンジョンに挑戦してみたいところだな。

「すぐにでもダンジョンに向かおう!」
「まだ調査が終わるまではご利用はできないかと」
「ああ、そうか……じゃあギルドで状況を確認しようか。すぐには帰ってこないだろうけれど」

 その間は何かやる事を見つけるか、それとも休憩でもするか。

「にしても相変わらず君は何でも知ってるね」
「奴隷時代でのやる事と言えば誰かの話を聞く事くらいしかやる事が無かったものですから」
「なるほど」

 ふふんと鼻高々にしているもそれは胸を張って言えるものなのだろうか。
 それから、食事を終えてギルドへと戻り洞窟の向かった冒険者を待つとした。
 途中経過的な報告だけでも聞きたかったが、やはりすぐには戻ってはこれないようだ。
 であれば、とギルド周辺の魔法書店で魔法指南書をざっと見て良さそうなのを選んで彼女に翻訳してもらうとした。
 次は氷結魔法といこうじゃないか。
 これを覚えておけば魔法石屋で魔力石に氷属性付与を一々かけてもらいにいく手間も省ける。
 最初に覚えるべきだったかな。
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