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第四話.兆し
しおりを挟む「おまたせしました」
朝食もエミル自身が持ってくるのか。
ここは召使とか執事とか、そういう奴はいないのか?
「最近は食料も蓄えられるようになりましたので、折角ですし今日は豪勢にいきましょう」
出されたのは……パン二個と黄色いスープ、それにじゃがいも一個と小さい……肉?
……これで豪勢か?
俺が普段食べてる昼飯のほうが豪勢だぞ。
「いただこう」
ははぁ。
スープの味はコーンスープに似ているがどこか、違う。野菜の味が強めで毎日こんな料理を食べてれば健康体になれること間違いなしだ。
だが俺としては肉が食べたい。
こんなサイコロサイズの肉じゃあ満足できん。
これで豪勢とかこの施設は一体どうなってるんだ。
「昨日他の方からお話を聞いたのですが、マキシマさんはご家族を亡くされたとか……」
「ああそうだ」
「よければここに暫くお住まいになられてはどうでしょう? ここは皆様々な事情で住んでおりまして」
「そうだな、悪くはない」
こいつから金をとるのは止めにしておこう。
大した金は持っていないだろうなこんな飯じゃ。
一先ず寝泊りできる場所を早々に確保できたのは大きい。
「養子として迎えたいとここを訪ねる方もおります、新しい家族と巡りあえるかもしれませんよ。希望を持ちましょう!」
ただの孤児院のようだな。
それも老朽化の目立つ建物に、豪勢とは名ばかりの料理からして、引き取り手よりも保護される子供のほうが多いために、経営は良いとは言えない状態だ。
「そういや、この国は近々戦争があると聞いたんだが」
「……それは、なんとも言えませんね。ただ、この辺りはその……いつ争いが起きても仕方がない状況ではあります」
「というと?」
「我が国は現在四つの区に分かれているのはご存知でしょうか?」
「なんかそんな話、聞いたな」
「他の区とその、揉めておりまして……あ、心配には及びません! もしそうなれば私は皆さんを安全な場所へと避難させますので!」
詳しくは話してくれないものの、不安定な国情を抱えているのは分かった。
――揉めてる、なんて言葉を用いてはいるが要は内戦だろう? しかもこいつぁ逃げる策しか考えていないときた、こりゃあ心配だぜ。領主がそんな逃げ腰でどうする。
……まあ、俺にはそんなことどうでもいいか。
食事を終えて俺はこの施設――カルディア院を案内してもらうとした。
「内観が内観なら外観も外観だなあ……」
「す、すみません……建て替えは、費用が掛かりまして……」
地震がきたらつぶれてしまいそうなほどボロい建物だ。
「教会と隣接しているんだな、だから修道女がいたのか」
「はい、神はすぐ傍に」
「神なんてクソだぜクソ」
「まぁ! そのような事を言ってはいけませんよっ」
「ふん……」
案内といっても広間や食堂とも言い難い狭い空間、三箇所程度しかない。外は畑以外何もなくそれでも子供達は傷だらけのボールを蹴って遊んでいる。
どいつもこいつも年齢は五歳、六歳程度の鼻垂ればかり。
今の俺は十代前半だとしてこの中では年長者になるのかね。
「彼女はアンナ・フィステ。ここの職員ですので何かありましたらお気軽にお話ください」
修道女は一人だけ、深刻な人数不足だ。
「……あいつは?」
と思ったら、もう一人いやがる。
木陰で腕を組んでこちらに視線を向ける老体。
一見日本人っぽいが職業は侍とでも言いそうな着物を纏っていた、腰には刀も差してやがるし。
「ゼンさんです、冬和国出身の強いお方です。私達をお守りしてくれる頼りになる方ですよ」
エミルは彼に手を振ると小さく頷くだけだった。
寡黙な人物といった印象を受ける、見た目だけで判断はするべきではないが見るからに、という俺の直感はあながち間違っていないんじゃあないかな。
「それで、ここでは何をするんだ」
「基本的に自由ですよ、よければ畑のお手伝いなどしていただけると嬉しいです」
「まあ、それくらいなら」
別に構わんが、畑だけはそこそこってとこだなここは。
みんなでわいわい畑から作物をとって夕食に出てまた盛り上がる様が浮かんでくる。
自給自足が主――というより経済的にそうしなければならないのだな。
「少し見て回ってもいいか?」
「ええどうぞ、お一人で大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。そんなに広くないしな」
早速探索といこう。
見て回るといってもすぐに終わりそうだこんな場所。
教会もこれといって変わったところはない、装飾品も少ないしお宝がある匂いも嗅ぎ付けない。
金目のものが一つでもありゃあ気分は高まったんだがなあ。
「ふん、どこも祈るのは十字架が基本かよ」
その十字架もヒビ入りときた。
こんなんじゃあ神様も救いになんかこねえな。
それにこの世界はあの女が作ったんだろ? 神様はあいつか? 頭の螺子が一本足りない奴が神様だとこの世界の人間達も苦労するよな。
つーかこれから物語の展開はどうなるんだ? あの原稿が出てくりゃあ何かしら動いてるって感じはするんだが原稿が出てこない。
「ん……」
床にいくつか砂がある。
掃除の見落とし、別に気にはならないがこの砂――綺麗に途切れてやがる。
床に敷かれている木々の分かれ目、隙間はさほどないがここでこうも綺麗に途切れるものか?
何かありそうだが、深くは調べないでおこう。
――視線を感じる、背後から。アンナとかいう女のものだな。
ここは神にでも祈る振りをして教会を出るとしよう。
「他国から来られたとお聞きしましたが、貴方の宗派をお聞きしても?」
話しかけてくるのかよ、まいったなおい。
しかも質問が質問だ、この世界の宗派なんて何も知らんぞ俺ぁ。今なら神様は信じられるがこれといった宗教は何にも興味が無かった。
仏教とか言っても通じるのかこの世界は。
「……ぶ、仏教」
「ぶっきょう?」
「遠くの国の、宗教だ」
「そうでしたか、しかし宗派は違えど神に祈ることは大切ですね。共に祈りましょう」
祈ったところで神様は手を差し伸べてやくれない。
分かりきっているもののここは一応祈っておく。
「こうして出会えたのもきっとリシュヌ様の賜物ですね、神よ感謝いたします」
「はいはい感謝感謝」
リシュヌってのは知らんがこの世界じゃあ一般的な宗教の一つなんだろう。
これっぽちも知らん神様ではあるが祈っておくか。
どうかこれが夢でありますように、と。
夕食は食堂に集まって皆で一斉に食事ときた。
しかも歓迎会とかいって前に出されて自己紹介するはめになるとはな。
夕食は朝食とほぼ変わらず。
もうちと豪華なもんを食いたかったぜ、金ならあるし町に出向いて肉と酒を頂きたいもんだ。
なのによ――
「一人で出歩くのはやめておきましょう、危険ですよ」
だとよ。
だったら何をしろっていうんだ。
部屋にはテレビもなけりゃあラジオもない、風呂に入れるのはいいとして――この未発達な少女の体を拝んでもどうしようもない。
自分の体に発情でもしたらそれはそれでただの変態だ。
狭いけど一人部屋なのは助かる、あのガキ共と一緒だったら今頃逃げ出してたぜ。
ふぅ――と、一息。
書物神の作った物語は一体どのようなものなのか、はっきりとしたものはつかめていない。
ただ一つ、ファンタジーってえのは分かる。
空を飛んでいたあの鳥や魔法という単語からの判断ではあるが間違っちゃあいねえだろう。
これからどのような展開が訪れるのか、ヒントとなりえるは唐突に出てきた原稿用紙。
あれから新しい原稿用紙は出てこない。
ファンタジー小説にしては動きがなさすぎやしないか? 今日はただふらついてただ飯を食ってただ風呂に入っただけだ。
寝心地の良いとはいえないベッドに飛び込む。
確かに……あいつの言った通り、これは罰だな。
退屈は苦痛、もっと刺激が欲しい。
退屈すぎて死にそうだ。
「――っと」
窓の外は暗闇、月夜だけが室内を照らしていた。
俺の寝ている間に誰かが部屋に入った痕跡は無い、扉には施設内をうろついて手に入れた棒で内側からつっかえ棒の役割をさせているし全ての窓にもそれを施している。
床下や天井からこの部屋に入る手段は無いのは調べが済んでいる、大丈夫だ。
「……寝てたか今」
気が抜けているせいか、退屈が俺を鈍らせたのか中途半端に居眠りをするなんてな。
体が少女であるせいか体力がそれほど無いのかもしれない。
「ん……」
枕元に――原稿?
新たな、原稿だ。
おいおいなんでこんなとこにあるんだ? 一体どうやって室内にこいつを忍ばせた?
書物神の仕業とすれば……考えるだけ無駄か。そういうこともできると、そういうことなど容易くできると、非現実など容易く行えるものなのだろう。
――と、強引に納得するしかないな。
早速読んでみる。
深夜。
静寂だけが包み込むその場に、音を殺して近づく者がいた。
それぞれ手に持つものは剣や銃、向かう先は皆同じであった。
静かに燻り始めた男達の殺意は燎原の火となるのは時間の問題である。
鵜の目鷹の目となりて標的を探す男達は遠くに見える教会を見るや顔を合わせて笑みを浮かべていた。
満腔の殺意は武器を持つその手のひらに集中し、先ほどよりも少々足早に。
一歩ずつ近づく脅威に気づくのは彼――いや、今は彼女といったほうが正しいか、ともあれ彼女、マキシマ以外いなかった。
ただし標的は彼女ではない、教会の地下で密かに話し合いをしている領主達――命を狙われているとは露知らず。
今回は文章が少ないな、だが十分な情報だ。
敵が近づいているらしい。
標的はエミル、目的は不明、さてさて知らせるべきかねこれは。
俺としてはエミルがどうなろうと知ったこっちゃないが敵がどう考えているかによる。
標的を始末したら俺やここの孤児達も殺すつもりっていうなら何か手を打たなきゃあならんが。
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