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第十七話.カイ・ハルグンスト

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「他には何かあったか」
「後は紙切れ……ん? なんて書いてあるんだこれは」
「貸せっ」

 さっとアンナからその紙切れを取る。
 ああ、やっぱりだ。
 原稿じゃないか。



 北区領主――カイ・ハルグンストは酒を片手に、アルコールが完全に浸されてはいない頭で思考を働かせていた。
 左右に座る女性達はいささか退屈そうに頬を膨らませる。
 本来ならば女性達を思い切り楽しませ、そうして自身も楽しむカイであったが、最近は気分が高まらない出来事が多すぎたために、こうしてソファに深く沈みこんで何もせずにただただ考える、そういう時間が増えていった。
 姉を襲撃せよと差し向けた手下達からの連絡は一切無く、洞窟に置いた手下達からも戻ってきたという連絡は無い。
 襲撃が失敗に終わったのか、成功に終わったのかも分からない。しかし、おそらくは失敗に終わったと見ていい――次なる手はどう打つか。
 数ならある、だが武器はそうもいかない。
 次なる手を打ちたいところだが先ずは取引で武器を手に入れて準備をしなくては、と酒を喉に流し込んで一つ一つ考えをまとめていった。
「ねぇカイ、最近だんまりが多くな~い?」
「そうよ、いつものように楽しみましょーよ~」
「ああ、悪い悪い。俺にもお悩みってもんがあるんだよね、これ」
「考え事をしてるカイも素敵だけど、私達と遊んでくれるカイはもっと素敵よん」
 壁にかけられたダーツボードにビリヤード、テーブルには散らばるトランプのカード、それに酒瓶が大量に置かれ、何人かは昼間だというのに酒とゲームを楽しんでいる。
 いつもなら加わって楽しむのに――と彼女達は訝しげに彼を見る。
「よっしゃ、ビリヤードでもするか! 勿論賭けありだ、負けた奴は――」
「一気飲み~!」
「そう、一気飲み! エルゲン、かかってこい!」
 彼の実力を知っている者達は皆目を逸らしていたが、運悪く目の合ったエルゲンは渋々ビリヤード台へ。
 一気に盛り上がる場の空気――エルゲンは自分がただのかませ犬でありカイの盛り上げ役であるのは重々承知しているもこの空気は維持させたい。
 故に、強気でいく。
「いつもは手加減をしていたが、今日はそんな気分じゃあない。ちゃちゃっと勝つとしましょうかねえ」
「ほ~う? お前の本気が見れるわけだ。そりゃあ楽しみだ!」
 ゲームが始まり、一球一球落ちるたびに女性達へどうだと誇らしげに笑顔を輝かせ、歓声は大きくなっていく。
 ――一見。
 楽しんではいるようだが、彼の頭の中ではまだ引っかかっていたものがあった。
「エルゲン、北区の襲撃は失敗に終わった」
 この手の話をするには決まって彼である。
 手下をよくまとめてもくれる一番信頼できる人物、それがエルゲン・ロキア。
 元々猟人だったらしく銃の腕はいいが、ビリヤードはそうもいかないらしい。
「次はどうする?」
 皆には聞こえていまい。
 店内は音楽も流れている、少し離れた位置にいる彼らにはゲームについて話しているようにしか見えまい。
「武器をもう少し手に入れておく、折角取引で手に入れた上質の武器をあいつらが失敗したおかげで全部パァだ」
「南区の連中とまた取引がいくつかある、手紙でのやり取りは不安だが」
「魔法で細工しているんだろう?」
「直接会うに限る、この手のは」
 そういうものなのかなぁと、正直この手の話はエルゲンを中心に色々と手を貸してもらっているカイにとっては今一しっくりこないものがあった。
「手紙はいつもの場所に?」
「ああ、南東にある小さな空き家においてこさせた。そこから運び屋が手紙を移動させて配達員に渡す流れは前と変わらない」
「人も置くな、てか。回りくどい真似をしてくるなあいつら。早くて三日か、武器が手に入るなら我慢しよう」
 カイは微笑みを浮かべ、キューで玉を突く。
「数もそろっている、中央区にばれないよう数組ずつ送るべきだ」
「そうするよ、あとは武器待ちさ。それと下準備もしなくちゃな。武器を手に入れてから何日空ける?」
「二日くらいかな。しかし標的はお前の姉なんだろう? それほどまでに殺したいか?」
 玉を見事に落とし、しかし彼に笑顔はない。
「仕方ないだろ、じゃなきゃ俺は一生王位のチャンスはこない。こんな廃れた区を任されてる時点で何も成果なんてあげられもしねえ」
「チンピラやゴロツキ、孤児に犯罪者、どうしてこの区は厄介者ばかり集まるのかねえ?」
「さあね」
 多少なりとこんな状態にしてしまったのは自分のせいにある――カイはそれをよく理解していた。
 自分は賢くもないし、区をまとめあげる事もできない。
 だが少なくとも、姉や兄達を殺して自分が国王になれば――元老院や他の議員もついてくる。
 その前に力をつけておく必要もある。
 先ずは北区を、そして北区の経済力を手に入れて南区を少しずつ崩していく。
 再び玉を突くが、続けて落とす事は叶わず。
 一瞬――こんな容易い位置にあったのに落とせなかった事に今後の不安を抱いてしまったがカイはすぐに浮き上がった思考を雲散した。
 この先はゲームじゃないと、言い聞かせて。
「最近孤児を見なくなったと思わねえか?」
「ああ、そういえば……どこに行ったんだろうな」



「――い」

 相手の動きは大体分かった、やはりこいつぁ助かるね。
 予言の書っていうのかい、そんなものを手に入れた気分だ。

「おいっ」
「ん、なんだ?」
「読めるのかお前、何が書いてあるんだ?」
「大したもんは書いてない」

 嘘だがな。

「その文字は、どこかで見た事がある」
「どこかで? どこだそれは」
「……確か前に南区へ行った時だったかな、神書しんしょとか言うものがオークションに出ていた。なんでもどのような魔法や物理攻撃でさえ効かず破壊できない奇妙な紙で、神の書いた手紙に違いないと高額で競り落とされていた」
「ほう? こいつが?」

 この紙切れ、もしやこの世界じゃあかなり高価なものなのか?
 
「読めもしねぇのに欲しがるもんなのかい」
「奇妙さというのは人の興味を引く、あのチンピラ達……どこで手に入れたのか知らんが雇われ主に内緒で売るつもりだったようだな」

 何枚か持ってるがこいつらを全部オークションに出したらいくら手に入るのかねえ。
 金の卵を抱えている気分だ、ふふっ……ためしに今度南区のオークションに出してみるか……。

「しかしその文字を読めるとは、一体……」
「神に愛されてる証拠だ」
「もしや本当に神の使いか……」

 あながち間違ってはいない。
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