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第三章
第十六話.幸鳥の親子丼
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およそ二十分後。
「ん……」
すっかり空は濃い橙色になり、そろそろ夜の帳が降りる頃に小鳥遊さんは目を覚ました。
「よう、目が覚めたか」
「あれ、わたし……」
「また幸鳥に取り憑かれてたんだよ」
「ま、また……? そう……じ、実はわたし……コウトリバコを使おうとしちゃって……」
「その際に、幸鳥に体を乗っ取られたのかな?」
「冬弥くんは、久理子ちゃんは、大丈夫だった……?」
「俺たちは大丈夫だ、被害といっても俺のほうは服がぼろぼろになったくらいだな。制服じゃなくてよかった」
「よかったー」
「そう……。わっ、そ、それ……何?」
彼女は俺が持っていた幸鳥を見て目を見開いた。
寝起きにこいつの姿は強烈だろう。
「これ? ああ、これは、幸鳥。コウトリバコの怪異であり、きみに取り憑いて悪さしていたやつ」
ぐったりしている幸鳥を彼女に見せてやるとした。
首があらぬ方向に曲がるために、小鳥遊さんはやや引き気味の表情。まあ無理もない。
「これが、怪異なのね……初めて、見る」
怪異は本来、呪力を使って一般人には見えないようにしている、もう呪力を失っているこいつは彼女にも見えるようになっているのだ。
「黒いニワトリ、みたい」
「こいつを、食べようと思うんだけど」
「えっ、食べるの?」
「ああ、美味しいんじゃないかな、多分」
「そ、そう……」
小鳥遊さんは久理子に視線を送っていた。
どうすればいいのか、助けを求める視線だ。久理子は満面の笑みを浮かべているのみ。助け船は望み薄のようだ。
流石にこの見た目だと食欲は湧かないかな、もしかして。
いや、うん、食欲が湧かないのは無理もないよな。羽を毟って捌けばスーパーに売ってる立派な鶏肉と同じになるから、そうすりゃあ少しはマシか。処理するまで待ってもらいたいね。
「一緒に食べないか?」
「……」
小鳥遊さんは沈黙を返した。
どう返答するのが正解なのか、探しているようだ。手っ取り早いのは頷くことなのだが、どうやらその選択を彼女がすることはなさそうだ。
「気が向いたら食べてくれよな」
「う、うん……」
反応悪し。
鳥の怪異は、味に外れはないと思うんだけどな。
「それと、これ」
「あっ……」
彼女にコウトリバコを手渡した。
明らかに重さが違うからか、持って違和感を得ているようだった。
「あれ? 軽い……」
「コウトリバコの効力が切れたってことかな」
「そう……」
小鳥遊さんは少し、残念そうな表情を浮かべていた。
未練はあっただろうし、何より……これからコウトリバコで願ったことがなかったことにされる場合、彼女の母親の身はどうなるか。
これでよかったのだろうか、と思う。
俺が幸鳥を倒したことにより、彼女は受けていた恩恵がなかったことにされる。
このままでは小鳥遊さんは倒れると言っても、俺がやったことは余計なお世話だったのかもしれない。
「でも……よかった。ありがとう。わたし、またこの箱を使うとこだったから……。今なら、壊せるかな」
彼女は箱を見つめて、そう呟く。
コウトリバコの効力が切れた今なら、おそらく。
「ああ、壊せると思う」
彼女はコウトリバコを地面に置く。
近くにあったやや大きめの石を手に取り、コウトリバコを見つめた。
少しだけ、躊躇している。
石を持つその手は震えている。
深呼吸をし、意を決して彼女は石を持つ手を振り上げ――思い切り、振り下ろした。
何度も何度も、振り上げ、振り下ろす。
コウトリバコが徐々に壊れていく。女性の力では壊すのにも時間がかかり、彼女の手には血がにじんでいた。
交代しようかと思ったけれど、決意のこもったそのまなざしを見ると、言い出せなかった。
それから五分後、ようやく壊しきって、中身が出てきた。
「……骨?」
「そのようだね」
「こわいー!」
「ただの骨だよ久理子」
「でも不気味ー」
「まあ、不気味なのは分かる。とりあえず、埋めちまおうか」
でも、なんだろう。
この骨を見ると、なんだか体がぞわぞわする。呪力とは違った、妙な感覚。なんだろうな、これは。まあ、いいか。
その辺の石を俺達は拾って地面に穴を掘った。
箱の破片と骨を埋めて、その上に一応石を置いて埋め終えた。埋葬のように。
これで、コウトリバコとは完全に決別した。
もう、コウトリバコによって願いは叶えられない。
そして、おそらく……今まで願ってきたものはなかったことにされる。彼女の母親も、それに彼女が助けた猫も……。
これから彼女には、困難が待ち構えているかもしれない。
それでも、生きていくしかない。生きていくしかないのだ。
「その手、手当てしないとな。うちが近いから、寄っていけよ」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「わたしもー」
「よし、行くか」
てなわけで、おふだやら剥がしてあとかたずけをしてから我が家へと向かう。
今日の戦利品である――幸鳥を手にして。
半壊してしまった倉庫は、どうしようもないのでとりあえず壁の穴は破片を重ねて簡単に塞ぐのみとした。
誰も使っていないだろうし、あのままでもきっと大丈夫だろう。
……大丈夫だよね? あとで怒られないかな。その時はちゃんと謝ろう。
今は謝る相手が誰なのかも分からないから、保留。
自宅に到着。
夏美はまだ帰ってきていないようだ。
「治療はわたしがやってあげるー」
「おう、じゃあ頼むわ。俺はこいつを捌くかな」
台所に幸鳥を持っていく。
あれだけ手を焼かせてくれた幸鳥も、今やただの肉。これからじっくり焼かせていただこう。
お湯を沸かして、幸鳥を湯の中に入れる。
こうすることで羽が毟りやすくなるのだ。
軍手をつけて、熱いうちに羽を生えている流れに逆らう方向に取っていく。
細い毛は炙る。炎なら俺が取り込んだひどりのおかげで操作可能だ、下手に操作してボヤでも出したらいけないので普段は使わないんだけどね。
さて、あとは関節を外して解体だ。
こうなるともうスーパーで売ってる部位と似てくる。もも肉を切り、心臓とレバー、砂肝をとる。新鮮なので色つやがとてもいい。
今日使うのはもも肉だ。
「ふー……」
しかしやはり解体は労力を要するな。
普段は怪異を調理するといっても解体が簡単なものしか手を出さないから、これほど手の込んだものは久しぶりだ。
気が付けば小鳥遊さんと久理子が二人してソファに座ってこちらを見ている。
解体が生々しくて直視はできないらしく、遠くから観察といったところのようだ。
「もうスーパーの鶏肉と変わらないぞ」
「本当?」
「生首はあるけど」
「ぎゃー!」
「きゃー!」
あわれ幸鳥。
首だけになったこの時が一番恐れられている。
一先ず骨などはひとまとめにしておこう。あとで処分する。
「よし、作るか」
幸鳥の――親子丼を。
「わたしも食べていい?」
久理子は目を輝かせてそう問いかける。
「もちろん、いいぞ」
「うわわーい!」
「ほ、本当に……食べるの?」
そんな久理子を横目に、小鳥遊さんは訝しげにそう言う。
俺たちは二人して大きく頷いた。
怪異を食べたことがある奴とない奴との差だなあこれは。
「食べるよ。一応三人分作っておくかな」
「気が向いたら一緒に食べよー!」
「え、ええ……」
食べてくれると嬉しいな。
味は多分、いいと思うんだよ。多分。
「では始めよう。先ずはたまねぎを取り出して、と」
まな板の上に乗せる。
……先ずは、といってもこれといって工程が多いわけではないんだけどね。
「たまねぎは半分に切って1センチほどのくし切りにしておく。鳥のもも肉は余分な皮と油、筋を取る。火が通りやすいように分厚い部分には包丁を入れておくと良しだ。材料が少ないのがいいよな親子丼は」
「わたしは作ったことないー」
「わ、わたしも……」
「この機会に作り方を覚えてみるといいよ。材料も工程も少ないからすぐ覚えられるよ」
たまねぎ。
鶏もも肉。
たまご。
あとは割下である醤油、みりん、砂糖、白だし、水――こいつらがあればいい。
「さぁて次はフライパンに油を引いて、鶏肉は皮を下にして焼く。油を引くと鶏肉の脂が出やすくなるんだ。これ豆知識」
「ほー」
「次はこの割下の材料を親子丼用鍋に投入。たまねぎも入れて、ぐつぐつ煮る」
ここからは少しお時間を頂きまして。
たまねぎがしんなりするまで煮て、鶏肉はぱりっとするまでひたすら焼く。
「――そろそろいいかな」
数分ほど経過し、鶏肉は皮目がぱりっとしてこんがりきつね色になったところで一度取り出す。
この時点で火の通りは七割ほど。あとは煮て完全に火を通すってわけだ。
まな板の上に乗せて、皮を下にして包丁を入れる――ざくっといい音が鳴った。
「おお~」
いつの間にか間近にきていた二人が声をあげた。
ふふんっ、どうだい。幸鳥もこんな見た目になっちまえば美味しそうだろう?
「よし、投入するぞ」
「あいさー!」
親子丼用鍋を二つ用意し、鶏もも肉をいよいよ投入。
少しの間煮てその間に冷蔵庫からたまごを取り出す。
うん、たまごは結構あるな、豪勢にいっぱい使っちゃおう。
たまごを割って、白身と黄身が混ざらない程度に混ぜる。
「ここでたまごを入れて、と」
溶いたたまごを全体に回し入れる。
そして蓋をして半熟になるまで煮ていく。
「一分経ったら、またたまご一個を入れるっと」
「たっぷりたまごー!」
「とろっとろの親子丼になるぞ」
「楽しみだねー!」
また蓋をして一分ほど経過したところで開けると――
「おお~……!」
「お、美味しそうだね……」
小鳥遊さんは唾を飲み込んで、そう呟いた。
無理しなくていいんだぜ、食べたかったら食べたいと言えばいい。
さあ、いよいよ親子丼を丼に盛り付ける。
久理子の分をとりあえず一人前。
もう一つの親子丼用鍋にはまだ一人前待機している。
あとは彼女の食欲が勝るかどうかだ。
「どうぞ」
「いただきまーす!」
久理子は最初の一口を、大口を開けて思い切り頬張った。
長い咀嚼の後に、彼女の表情はとろけていく。
「おいひ~……!」
そんな久理子の様子を見て、またまたつばを飲む小鳥遊さん。
ほんのり香るたまごと鶏肉の香りもたまらないだろう。彼女の心の中にある矜持のダムはもう決壊寸前ってところだろう。
「どうだ、食べてみるか?」
「で、でも……怪異、なんだよね?」
「怪異もこうなりゃあただの食材だよ。さて、俺も食べるかな」
「うっ……」
ご飯に盛り付ける。
うーん、このとろっとろな半熟具合、いいねえ。
半分の量だけを盛り付けて、彼女の分をあえて残しておく。
俺は久理子の向かい側へと着席し、二人で笑みを浮かべながら親子丼を頬張るとした。
「うん、うんうん! 美味い!」
鶏肉は柔らかく臭みもなく、なにより旨味が強い! 親子丼にして正解だった。
久理子の隣には、熱い視線を送っている小鳥遊さんがいる。
見せつけるように俺達は親子丼を頬張った。
「わ、わたしも……」
「ん?」
意を決したようだ。
「わたしも……食べる!」
「了解。じゃあ盛り付けるよ」
「うんっ」
ということで、彼女の分も盛り付けてやるとした。
お熱いうちにおあがりください。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
目の前に置くと彼女は目を輝かせて、器を手に持った。
また唾を飲み込み、ようやく箸を手に取るやゆっくりと一口目をいただく。
口の中に含み、ほふほふと可愛らしい呼吸をし、もぐもぐと咀嚼。
喉へと通っていくその旨味の塊に、彼女は表情をとろけさせた。
はふーといった、一呼吸。満足によるもので間違いない。
俺が作った料理を誰かに食べてもらえるっていうのはやはり嬉しいね。
冷めないうちに俺も食べよう。
そうして、至福のひと時を過ごした。
「ごちそうさまでした」
三人、手を合わせて食事を終える。
命をいただくということを改めて実感したと思う。
この後は夏美と母さんの晩御飯を作らなければいけないんだよなと、冷蔵庫の中のものを思い出しつつ後片付けに入る。
「あっ、手伝う」
「おう、ありがとう」
「わたしはくつろぐー」
「おう、ゆっくりしてけ」
やれやれ、久理子も小鳥遊さんを見習ってほしいものだぜ。
洗い物はそれほど多くないから別にいいけどさ。
小鳥遊さんと肩を並べて洗い物を始める。
ここらで、話しておいたほうがいいか。
「あのさ、これからのことなんだけど……」
「大丈夫、覚悟は……できてる」
「……そうか」
彼女の身の回りに起きるであろう変化。
これからどうなるのかは分からない、不安しかないのは確かだ。
「ん……」
すっかり空は濃い橙色になり、そろそろ夜の帳が降りる頃に小鳥遊さんは目を覚ました。
「よう、目が覚めたか」
「あれ、わたし……」
「また幸鳥に取り憑かれてたんだよ」
「ま、また……? そう……じ、実はわたし……コウトリバコを使おうとしちゃって……」
「その際に、幸鳥に体を乗っ取られたのかな?」
「冬弥くんは、久理子ちゃんは、大丈夫だった……?」
「俺たちは大丈夫だ、被害といっても俺のほうは服がぼろぼろになったくらいだな。制服じゃなくてよかった」
「よかったー」
「そう……。わっ、そ、それ……何?」
彼女は俺が持っていた幸鳥を見て目を見開いた。
寝起きにこいつの姿は強烈だろう。
「これ? ああ、これは、幸鳥。コウトリバコの怪異であり、きみに取り憑いて悪さしていたやつ」
ぐったりしている幸鳥を彼女に見せてやるとした。
首があらぬ方向に曲がるために、小鳥遊さんはやや引き気味の表情。まあ無理もない。
「これが、怪異なのね……初めて、見る」
怪異は本来、呪力を使って一般人には見えないようにしている、もう呪力を失っているこいつは彼女にも見えるようになっているのだ。
「黒いニワトリ、みたい」
「こいつを、食べようと思うんだけど」
「えっ、食べるの?」
「ああ、美味しいんじゃないかな、多分」
「そ、そう……」
小鳥遊さんは久理子に視線を送っていた。
どうすればいいのか、助けを求める視線だ。久理子は満面の笑みを浮かべているのみ。助け船は望み薄のようだ。
流石にこの見た目だと食欲は湧かないかな、もしかして。
いや、うん、食欲が湧かないのは無理もないよな。羽を毟って捌けばスーパーに売ってる立派な鶏肉と同じになるから、そうすりゃあ少しはマシか。処理するまで待ってもらいたいね。
「一緒に食べないか?」
「……」
小鳥遊さんは沈黙を返した。
どう返答するのが正解なのか、探しているようだ。手っ取り早いのは頷くことなのだが、どうやらその選択を彼女がすることはなさそうだ。
「気が向いたら食べてくれよな」
「う、うん……」
反応悪し。
鳥の怪異は、味に外れはないと思うんだけどな。
「それと、これ」
「あっ……」
彼女にコウトリバコを手渡した。
明らかに重さが違うからか、持って違和感を得ているようだった。
「あれ? 軽い……」
「コウトリバコの効力が切れたってことかな」
「そう……」
小鳥遊さんは少し、残念そうな表情を浮かべていた。
未練はあっただろうし、何より……これからコウトリバコで願ったことがなかったことにされる場合、彼女の母親の身はどうなるか。
これでよかったのだろうか、と思う。
俺が幸鳥を倒したことにより、彼女は受けていた恩恵がなかったことにされる。
このままでは小鳥遊さんは倒れると言っても、俺がやったことは余計なお世話だったのかもしれない。
「でも……よかった。ありがとう。わたし、またこの箱を使うとこだったから……。今なら、壊せるかな」
彼女は箱を見つめて、そう呟く。
コウトリバコの効力が切れた今なら、おそらく。
「ああ、壊せると思う」
彼女はコウトリバコを地面に置く。
近くにあったやや大きめの石を手に取り、コウトリバコを見つめた。
少しだけ、躊躇している。
石を持つその手は震えている。
深呼吸をし、意を決して彼女は石を持つ手を振り上げ――思い切り、振り下ろした。
何度も何度も、振り上げ、振り下ろす。
コウトリバコが徐々に壊れていく。女性の力では壊すのにも時間がかかり、彼女の手には血がにじんでいた。
交代しようかと思ったけれど、決意のこもったそのまなざしを見ると、言い出せなかった。
それから五分後、ようやく壊しきって、中身が出てきた。
「……骨?」
「そのようだね」
「こわいー!」
「ただの骨だよ久理子」
「でも不気味ー」
「まあ、不気味なのは分かる。とりあえず、埋めちまおうか」
でも、なんだろう。
この骨を見ると、なんだか体がぞわぞわする。呪力とは違った、妙な感覚。なんだろうな、これは。まあ、いいか。
その辺の石を俺達は拾って地面に穴を掘った。
箱の破片と骨を埋めて、その上に一応石を置いて埋め終えた。埋葬のように。
これで、コウトリバコとは完全に決別した。
もう、コウトリバコによって願いは叶えられない。
そして、おそらく……今まで願ってきたものはなかったことにされる。彼女の母親も、それに彼女が助けた猫も……。
これから彼女には、困難が待ち構えているかもしれない。
それでも、生きていくしかない。生きていくしかないのだ。
「その手、手当てしないとな。うちが近いから、寄っていけよ」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「わたしもー」
「よし、行くか」
てなわけで、おふだやら剥がしてあとかたずけをしてから我が家へと向かう。
今日の戦利品である――幸鳥を手にして。
半壊してしまった倉庫は、どうしようもないのでとりあえず壁の穴は破片を重ねて簡単に塞ぐのみとした。
誰も使っていないだろうし、あのままでもきっと大丈夫だろう。
……大丈夫だよね? あとで怒られないかな。その時はちゃんと謝ろう。
今は謝る相手が誰なのかも分からないから、保留。
自宅に到着。
夏美はまだ帰ってきていないようだ。
「治療はわたしがやってあげるー」
「おう、じゃあ頼むわ。俺はこいつを捌くかな」
台所に幸鳥を持っていく。
あれだけ手を焼かせてくれた幸鳥も、今やただの肉。これからじっくり焼かせていただこう。
お湯を沸かして、幸鳥を湯の中に入れる。
こうすることで羽が毟りやすくなるのだ。
軍手をつけて、熱いうちに羽を生えている流れに逆らう方向に取っていく。
細い毛は炙る。炎なら俺が取り込んだひどりのおかげで操作可能だ、下手に操作してボヤでも出したらいけないので普段は使わないんだけどね。
さて、あとは関節を外して解体だ。
こうなるともうスーパーで売ってる部位と似てくる。もも肉を切り、心臓とレバー、砂肝をとる。新鮮なので色つやがとてもいい。
今日使うのはもも肉だ。
「ふー……」
しかしやはり解体は労力を要するな。
普段は怪異を調理するといっても解体が簡単なものしか手を出さないから、これほど手の込んだものは久しぶりだ。
気が付けば小鳥遊さんと久理子が二人してソファに座ってこちらを見ている。
解体が生々しくて直視はできないらしく、遠くから観察といったところのようだ。
「もうスーパーの鶏肉と変わらないぞ」
「本当?」
「生首はあるけど」
「ぎゃー!」
「きゃー!」
あわれ幸鳥。
首だけになったこの時が一番恐れられている。
一先ず骨などはひとまとめにしておこう。あとで処分する。
「よし、作るか」
幸鳥の――親子丼を。
「わたしも食べていい?」
久理子は目を輝かせてそう問いかける。
「もちろん、いいぞ」
「うわわーい!」
「ほ、本当に……食べるの?」
そんな久理子を横目に、小鳥遊さんは訝しげにそう言う。
俺たちは二人して大きく頷いた。
怪異を食べたことがある奴とない奴との差だなあこれは。
「食べるよ。一応三人分作っておくかな」
「気が向いたら一緒に食べよー!」
「え、ええ……」
食べてくれると嬉しいな。
味は多分、いいと思うんだよ。多分。
「では始めよう。先ずはたまねぎを取り出して、と」
まな板の上に乗せる。
……先ずは、といってもこれといって工程が多いわけではないんだけどね。
「たまねぎは半分に切って1センチほどのくし切りにしておく。鳥のもも肉は余分な皮と油、筋を取る。火が通りやすいように分厚い部分には包丁を入れておくと良しだ。材料が少ないのがいいよな親子丼は」
「わたしは作ったことないー」
「わ、わたしも……」
「この機会に作り方を覚えてみるといいよ。材料も工程も少ないからすぐ覚えられるよ」
たまねぎ。
鶏もも肉。
たまご。
あとは割下である醤油、みりん、砂糖、白だし、水――こいつらがあればいい。
「さぁて次はフライパンに油を引いて、鶏肉は皮を下にして焼く。油を引くと鶏肉の脂が出やすくなるんだ。これ豆知識」
「ほー」
「次はこの割下の材料を親子丼用鍋に投入。たまねぎも入れて、ぐつぐつ煮る」
ここからは少しお時間を頂きまして。
たまねぎがしんなりするまで煮て、鶏肉はぱりっとするまでひたすら焼く。
「――そろそろいいかな」
数分ほど経過し、鶏肉は皮目がぱりっとしてこんがりきつね色になったところで一度取り出す。
この時点で火の通りは七割ほど。あとは煮て完全に火を通すってわけだ。
まな板の上に乗せて、皮を下にして包丁を入れる――ざくっといい音が鳴った。
「おお~」
いつの間にか間近にきていた二人が声をあげた。
ふふんっ、どうだい。幸鳥もこんな見た目になっちまえば美味しそうだろう?
「よし、投入するぞ」
「あいさー!」
親子丼用鍋を二つ用意し、鶏もも肉をいよいよ投入。
少しの間煮てその間に冷蔵庫からたまごを取り出す。
うん、たまごは結構あるな、豪勢にいっぱい使っちゃおう。
たまごを割って、白身と黄身が混ざらない程度に混ぜる。
「ここでたまごを入れて、と」
溶いたたまごを全体に回し入れる。
そして蓋をして半熟になるまで煮ていく。
「一分経ったら、またたまご一個を入れるっと」
「たっぷりたまごー!」
「とろっとろの親子丼になるぞ」
「楽しみだねー!」
また蓋をして一分ほど経過したところで開けると――
「おお~……!」
「お、美味しそうだね……」
小鳥遊さんは唾を飲み込んで、そう呟いた。
無理しなくていいんだぜ、食べたかったら食べたいと言えばいい。
さあ、いよいよ親子丼を丼に盛り付ける。
久理子の分をとりあえず一人前。
もう一つの親子丼用鍋にはまだ一人前待機している。
あとは彼女の食欲が勝るかどうかだ。
「どうぞ」
「いただきまーす!」
久理子は最初の一口を、大口を開けて思い切り頬張った。
長い咀嚼の後に、彼女の表情はとろけていく。
「おいひ~……!」
そんな久理子の様子を見て、またまたつばを飲む小鳥遊さん。
ほんのり香るたまごと鶏肉の香りもたまらないだろう。彼女の心の中にある矜持のダムはもう決壊寸前ってところだろう。
「どうだ、食べてみるか?」
「で、でも……怪異、なんだよね?」
「怪異もこうなりゃあただの食材だよ。さて、俺も食べるかな」
「うっ……」
ご飯に盛り付ける。
うーん、このとろっとろな半熟具合、いいねえ。
半分の量だけを盛り付けて、彼女の分をあえて残しておく。
俺は久理子の向かい側へと着席し、二人で笑みを浮かべながら親子丼を頬張るとした。
「うん、うんうん! 美味い!」
鶏肉は柔らかく臭みもなく、なにより旨味が強い! 親子丼にして正解だった。
久理子の隣には、熱い視線を送っている小鳥遊さんがいる。
見せつけるように俺達は親子丼を頬張った。
「わ、わたしも……」
「ん?」
意を決したようだ。
「わたしも……食べる!」
「了解。じゃあ盛り付けるよ」
「うんっ」
ということで、彼女の分も盛り付けてやるとした。
お熱いうちにおあがりください。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
目の前に置くと彼女は目を輝かせて、器を手に持った。
また唾を飲み込み、ようやく箸を手に取るやゆっくりと一口目をいただく。
口の中に含み、ほふほふと可愛らしい呼吸をし、もぐもぐと咀嚼。
喉へと通っていくその旨味の塊に、彼女は表情をとろけさせた。
はふーといった、一呼吸。満足によるもので間違いない。
俺が作った料理を誰かに食べてもらえるっていうのはやはり嬉しいね。
冷めないうちに俺も食べよう。
そうして、至福のひと時を過ごした。
「ごちそうさまでした」
三人、手を合わせて食事を終える。
命をいただくということを改めて実感したと思う。
この後は夏美と母さんの晩御飯を作らなければいけないんだよなと、冷蔵庫の中のものを思い出しつつ後片付けに入る。
「あっ、手伝う」
「おう、ありがとう」
「わたしはくつろぐー」
「おう、ゆっくりしてけ」
やれやれ、久理子も小鳥遊さんを見習ってほしいものだぜ。
洗い物はそれほど多くないから別にいいけどさ。
小鳥遊さんと肩を並べて洗い物を始める。
ここらで、話しておいたほうがいいか。
「あのさ、これからのことなんだけど……」
「大丈夫、覚悟は……できてる」
「……そうか」
彼女の身の回りに起きるであろう変化。
これからどうなるのかは分からない、不安しかないのは確かだ。
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