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第四章
第二十一話.決着
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住宅街を再び駆けまわる。
夜の帳がすっかり降りて街灯と月の光のみが道を照らす。
未だに久理子を見つけられずにいる。
あいつが行きそうなところはあらかた行ってはみたのだが。
――わたしの家から少し離れてるところにある広場、夢見広場でね、鳥の巣があるなと思って木によじ登ってみたら黒卵でびっくりさー。
ふと思い出される、いつだか言っていた久理子の言葉。
夢見広場。ここからは徒歩数分といったところ、まだ行っていない。
黒い卵……あれのことはすっかり忘れていた。
一体なんの卵なのだろう。
怪異、関連で間違いないが。
……待てよ。
――コウトリバコの使用者の生気を奪い、呪力をため込んで最後に骨へ呪力を注いで献上するってわけ。
次に思い出されるは立花さんの言葉。
黒い卵がもしかしたら、呪力がため込まれたもの――かもしれない。
久理子は自分の身を守るために、黒い卵を手に入れようと夢見広場に行った可能性が、ある。
行ってみる価値は十分にあろうだろう。
俺はスマホで夢見広場の位置を確認して、足を進めた。
夢見広場は主に木々に囲まれたやや広い規模の広場である。
これといった遊具は設置されていない。ベンチがいくつかある程度。
休日にはゲートボールやら体操やら、じいちゃんばあちゃんの憩いの場だと聞く。
広場へと到着する。
夜の広場は当然ながら静かで、ひと気はない。
時々カップルがいる時もあるが今日はいないようだ。
おかげで探しやすい。
広場に足を踏み入れる。
奥のほうで、人影が見えた。
近づいてみる。
特に隠れもしない。隠れる場所はもとよりないし、見つかっても別に構わない。
「久理子……」
木陰にて、彼女の姿を確認できた。
久理子は微笑を浮かべて、俺を見る。彼女の手には黒い卵が握られていた。
「冬弥、わたしを探してたのぉ?」
「ああ、そうだ」
「なんだかいつもとは様子が違うね。もしかして、わたしの正体に気づいちゃったかな?」
「そんなところだ」
「うーん、困ったなあ」
「久理子、本当に……お前は、怪異なのか?」
「そうだよー。妖狐って名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
「ああ。……これまでの、お前との思い出は、お前が俺に植え付けたものなのか?」
早速本題へと入る。
久理子の表情から、笑みが消えた。
「……うん、それがわたしの能力。誰かの記憶や思い出に化けるの。記憶のちょっとした改ざんや思い出の植え付けはお手のものよ、こんこんー」
空いた左手で――親指と中指、薬指をくっつけて狐の形を作る。
「きみと初めて出会ったのは、きみが高校に入るちょっと前ってとこだよ」
「お前との、“本当の出会い”がいつだったのか全然分からないな」
逆に、いつ出会ったのかを思い出してみても、幼少期の記憶がよみがえってくる。
公園で一人で遊んでいるところを、久理子が話しかけてきて一緒に遊ぶ、そんな記憶。薄れてもいない、はっきりと憶えている思い出。
彼女は俺の手を引いて一緒にブランコで遊んだり、砂場で山を作って遊んだりといった思い出が次々とよみがえってくる。
しかしこれも、久理子の能力によるものなのだろう。
「わたしははっきりと憶えてるんだけどねー」
「どんな感じだったんだ?」
「はじめはね、きみを観察してたんだ」
「観察?」
「うん。きみが怪異を狩って、何をするんだろうなーって思ったら、自宅に持ち帰って調理してたから、いやーびっくりしたぁ」
春休みの間は、結構そんな機会が多かった。
暇だったし、何より趣味である料理をしたかったし。
「わたしも食べられるかもーって思って怖くなってねぇ、だったらお近づきになろうって思ったわけ。それである日、きみに話しかけたんだ。同時に、能力も使ったの」
「そうだったのか」
「いやー、ドキドキしたねー。もし見破られでもしたら、食べられるのかなって」
「人型は食べないよ」
「うん、後からそれを知って、どれほどほっとしたことか」
久理子は黒い卵を軽く上に投げてはキャッチを繰り返してボール遊びのように扱う。
その黒い卵。
やはり、呪力が込められているのだろう、なんだか異質さを感じる。
久理子はいつもの微笑を浮かべる。
魅力的な細目。可愛いやつ。
この気持ちは、改ざんや思い出の植え付けによるものではないと思う。
「わたしはね、怪異としては非力なの。呪力がね、能力で得られるわけじゃないから、ほとんど人間と変わらないのよね」
「それで、その卵で呪力を得ようってわけか?」
「そんなとこだねぇ。それと古月家の娘としているのも、わたしの能力あってこそなんだ」
「じゃあ古月久理子というのは、本当は存在しないのか?」
「ううん、昔はいたよ」
「昔?」
「ほら、幽霊十字路、あそこで亡くなった子が、古月久理子だよー」
「そう、なのか……?」
「あの子は成仏したのか分からないけど、子供の頃に付き合いがあってさ。仲良かったんだ。でもあの子は交通事故で亡くなって、それでわたしは、ご両親の記憶を改ざんして、娘に化けたの」
そういうこともできるのか。
意外と、すごい能力なんじゃないだろうか。
「人間として生活するのは楽しいねー。きみとの学校生活も、悪くなかったぜぃ」
その言い方は、もうこれで俺達との学校生活は終わりだと、言っているようなものだ。
「久理子……」
俺は一歩前へ出る。
「来ないで」
しかし久理子は、いつもの陽気な口調ではなく、固い口調でそう言う。
思わず足が止まった。
いつもの久理子が持つあのほんわかな雰囲気はない。
笑顔もすっかり消えており、彼女は明らかに警戒心を見せつけていた。
できれば話し合いで解決させたい。
しかしそんな時に――突如として、広場に結界が張られた。
「――いや~、見つけた見つけた」
立花さんが、俺の後方からやってきていた。
以前に、俺からもらったあのお札を使ったようだ。
タイミング的には、最悪。
こんなの、俺と立花さんが協力して久理子を追い詰めようとしているかのような状況になってしまうじゃないか。
俺は久理子のほうを見やる。
案の定、久理子は眼光を鋭くさせ、神妙な面持ちで俺達を見ていた。
戦うというのならば、やるしかない。
そんな覚悟さえ、感じられる。
そして。
久理子は黒い卵を口へと運ぶ。
「久理子!」
一度彼女の名前を呼ぶが、卵は彼女の口の中へ。
空気が変わる。久理子から感じられるのは、異質な、そして重々しさのある空気。
「おおっと、タイミングが悪かったかねえ~」
「ええ、本当に……!」
立花さんを張り倒したい気持ちを堪えて、俺は身構えた。
立花さんの言葉を思い返す。
――戦闘が得意じゃないのならば、何かしらの手を打とうとはするんじゃないかな~?
……手を、打ってきた。
黒い卵に含まれる呪力を取り込んで、久理子は力を得たのだ。
久理子の瞳が――白と黒が、反転する。
異質への変化。
凶悪な力を得た怪異、ぴりぴりと肌に伝わるその感覚――冷や汗が頬を伝う。
「さあて、どうしようかね」
「どうするもなにも、俺がやるしかないでしょうが」
「まあそうだね~」
立花さんは煙草に火をつけて、近くのベンチに腰を下ろした。
戦うつもりは毛頭もない様子。
立花さんからすれば、あわよくば俺と久理子が共倒れしてほしいってところだろう。
だからこそ、自分は戦う気なんてないのに結界なんか張ったんだ。
これから戦うぞと――久理子に、知らしめるために。
ただし戦う相手は宣言なんてしていない。自然と状況が作ってくれる。
その相手こそ、俺だ。してやられたなと思う。
立花さんを睨むように一瞥するも、彼女は微笑を浮かべるのみ。
まったく、ムカつく人だぜ。
「久理子、まさか戦おうだなんて思ってないよな?」
「……」
その双眸は、敵意を示している。
俺達が追手となるならば、早いうちにつぶしておきたい、そんなところだろうか。
「ここはちょいと話し合いをしないか?」
「……」
聞こえてはいるはずだ。
だがもう、話すことはないと、言いたげだ。
こちとらいっぱい話をしたいところなんだがな。世間話の一つでもどうよ。
久理子は、一歩踏み込んだ。
と、思った瞬間に距離が一気に縮まる。
縮地のような、瞬間移動のような――どうであれ、この一瞬の動き、普通じゃない。
彼女の爪は鋭く尖っていた。呪力を得たことによる肉体変化だ。
その攻撃を辛うじてかわすも、左頬には赤い線が走る。
直撃していたら、首が飛んでいたかもしれない。
「幸鳥もたいしたもんだね、呪力を溜めるだけ溜めていたようだ~」
「そのようですね……!」
続く連撃。一歩一歩、俺は後退してなんとかかわしてはいるものの、どれも紙一重。
ここで立花さんが加勢してくれたらいいのだけれど、立花さんは新たに煙草に火をつけて一服を始めていた。
くそっ、高みの見物ってところか。
俺がやられたら次はあんたなんだぜ、そこんとこ分かってんのか?
まあ、どうせ俺がやられたらとんずらをこくんだろうけどさ。
「久理子、やめろ!」
「――楽しい思い出、いっぱいあったねぇ!」
ふと彼女と視線を交差させるや、脳裏に様々な思い出が浮かび上がった。
途端に、一瞬の油断をしたその時、腹部に痛みが走る。
彼女の爪が、腹に突き刺さり、俺は後方へと引く――同時に、血が腹部から滴る。
「なるほどね~、記憶を植え付けて思考を混乱させるという戦法もあるのだね~」
「な、中々やるじゃん……!」
「ふふっ、ありがとう」
久理子は不敵な笑みを浮かべた。
戦闘を楽しんでいるかのような、初めて手に入れたおもちゃで遊ぶ子供のような、屈託のない笑顔。
力を得て、酔いしれているのかもしれない。
腹部が軽く燃え、回復する。
突かれたり、切られたりといった――この程度の攻撃であれば大丈夫だが、首を飛ばされたり頭部を破壊されたりしたら、流石に非鳥を宿している俺であっても、死ぬかもしれない。
……いや、どうなのだろう。
経験がないからその辺は分からない。
なので。一応、ちゃんと防御する。首から上は特に。久理子は今、俺の首を飛ばすか破壊する力を十分に得ているのだから。
困ったものだ。可愛いやつでか弱いやつが、強いやつになっちまった。
反撃に入るというのも、気が進まない。
久理子の顔を殴れるのか俺は。
そうこうしているうちに、また久理子は仕掛けてくる。
跳躍――俺のいた場所へと爪攻撃をまじえての着地、辛うじてよけられたが今の攻撃、恐ろしく速い。
その上、地面に深くえぐられた穴――威力も相当なものである。
更に久理子はすぐに体勢を整えて切りつけの連撃。
両腕を盾のようにして構えて防御する。
肉を、骨を削られていく。
「おいおい大丈夫かね~」
「大丈夫に見えますか!」
立花さんは心配そうに言う。
まったく……心配してくれはするけど加勢は絶対にしないんだねあんた。
「ここでの思い出、憶えてるぅ?」
ふと、また記憶がよみがえってくる。
子供の頃、久理子とこの広場で遊んだ記憶――おそらくこれは、植え付けられた思い出。
「楽しい思い出をありがとよ!」
「どういたしまして」
攻撃を受けると同時に、両腕であえて押し込む。
そのまま力ずくで押し倒したいところだったが、久理子は軽やかに後転して距離を取った。
俺の思惑をすぐに見破っての行動であろう。中々やるじゃないか。
しかし。
しかし、だ。
結果は、見えている。
久理子は再び連撃に移る。
時には避け、時にはそのまま攻撃を受ける。
彼女に、俺の回復力を見せつけてやる。
攻撃を何度受けても、炎が生じて回復するの繰り返し――久理子の体力と呪力は徐々に減っていくだろう。
彼女の攻撃もそろそろ慣れてきた。
次の攻撃――右手を振り下ろすやその手首を掴み、久理子はすぐに左手でも攻撃を繰り出すも、またその手首を掴む。
両手をふさぐことに成功した。
「久理子、もうやめろ!」
「くっ……」
呪力を得た久理子は強力だ、それは分かる。
分かるのだが、やはり俺の特性からして、久理子がそれを打破することは不可能だと、戦っている最中に感じた。
幸鳥の集めた呪力を得ても、結局のところ、非鳥の力のほうが上だった。
消耗戦になれば、おのずとこちら側の勝利。
久理子は表情を曇らせていた。
まだ戦うつもりらしい。拘束を逃れようともがいている。
しまいには首筋へ噛みつき攻撃をしかけてくる。普通に痛い。けど久理子が普段これほどまでに俺に顔を近づけたことがないので、ちょっと、なんだろう、うん、気分は悪くはない。
久理子を俺から引きはがす。
久理子の体には、少しずつ黒い亀裂が走っていた。
これは、なんだろう。
もしかして、呪力を大量に得たことで、体が耐えられなくなってきている――とか?
「――うぐっ!」
視界が、ぶれる。
久理子が俺の顎を蹴り上げた。そのまま両手の拘束を解き、また距離を取られる。
久理子の呼吸は、荒くなっている。
黒い亀裂も、増えている。
「おやおや、彼女の体……大丈夫かね~?」
「大丈夫じゃないでしょうよ、そうだろう? 久理子」
「……」
久理子は何も答えなかった。
しかしその沈黙こそ、大丈夫じゃないと言っているようなものだ。
久理子という器に呪力という水が大量に注がれて、溢れてしまっているかのような状態――であろうか。しかも器は亀裂が走り始めているという。
崩壊するまで、時間の問題だ。
「久理子、もうやめろ!」
「ううう……!」
それでも久理子は攻撃を仕掛けてくるが――動きにキレがなくなってきている。
今なら攻撃を避けるのも容易い。
久理子の体がほころびつつある。
「体が崩壊してるんだぞ! これ以上力を使うな!」
「わ、わたしは……! どのみち後がないの!」
「俺はお前をどうこうするつもりはない! 立花さんからも、お前を守ってやる!」
「おいおいそれは困ったね~。こちとら稼ぎになるから見逃したくないんだが~」
すっと、立花さんはベンチから腰を上げる。
煙草を携帯灰皿にしまい、指の骨をポキポキと鳴らしていた。
仕掛けるつもりだろうか。体力の回復は、もうできたのかもしれない。
だとしたら、単純に――俺にとっては、この状況は敵が二人に増えるということ。
そうなると、これは流石にしんどいか。
いや、でも一方のほうはなんとかなるんだ。久理子が戦うのをあきらめてくれれば、それでいい。
しかし彼女は、まだ戦意を喪失していない。
視線を移した俺を、隙をついての下から滑り込むように動き、腕を振り上げる。
寸前のところで、横移動してかわす。やはり動きが遅くなっている、これからの攻撃はもはや防御する必要もないだろう。
久理子は更に攻撃を仕掛けてくる、足払い――からの爪攻撃、だがどれも当たらない。
彼女の攻撃が終わると同時に、俺は前進した。
腰のあたりに突っ込み、そのまま久理子を押し倒す。
腕を振り上げて――しかし、振り下ろさない。
「久理子、終わりだ」
「そうみたいだね……」
黒い亀裂は更に増えている。
これ以上、久理子には攻撃をさせてはいけない。
「きみがやらないのならばわたしがやろうか?」
「立花さんは! 手出ししないでください!」
「おお、怖い怖いっ」
思わず凄んでしまった。立花さんが絡んでくるどどうしても、怒気が混じってしまう。
「久理子、帰ろう。お母さんも心配してたぞ」
「……わたしの、本当のお母さんじゃないし」
「でも、きみのお母さんにはかわりない」
「……」
久理子は、俺から視線を逸らした。
直視されることを嫌がるかのように。
おれは、お前の目を真っ直ぐに見たいぜ久理子。かわいいやつなんだから。
「甘ったるくて胸焼けするよ~。その子は幸鳥の呪力を得た危険な怪異だ、漏れ出る呪力を回収しておかなくちゃならないし――羽島くん、きみにはしばらく仕掛けやしないが、彼女には仕掛けさせてもらうよ~?」
「だったら、おれが相手になりますよ」
俺は立ち上がり、踵を返して立花さんへと立ち向かう。
「や~れやれ。結局こうなるか~」
「そのようで」
立花さんはポケットから銀色の――いわゆる、メリケンサックを取り出した。
ゴツゴツしていて、いかにも攻撃力を高められそうな道具だ。
それを彼女は両手にはめて、手を開いては閉じて感触を確かめていた。
なんというか――。
ごりっごりの武闘派な気がする。
想像していたのは、お札やらお祓い道具を駆使して戦う姿だったのだが、そんな雰囲気は一切ない。
これから殴りにかかる――そういう意思、意気込みを感じる。
「冬弥……」
すると久理子は、か細い声で俺の名を呼んだ。
振り返ると――久理子の体が、崩壊し始めていた。
まるで砂の山がサラサラと崩れるかのように、亀裂から徐々に――
「久理子!」
再度彼女の傍へと寄り、上体を起こす。
彼女の体が、軽い。手足も既に崩壊が始まっている。
「大丈夫か!」
「大丈夫じゃないかもー……」
微笑を浮かべていた。
いつもの、微笑だ。
「わたしが手を出さなくても自然と消えるかな?」
どうやら、そのようだ。
どうにかそうならないようにしたい――けれども方法が分からない。
ただ消えゆく彼女を見ているしかなかった。
「今まで、騙しててごめんね……」
「謝らなくていい。それにこの二か月の学校生活は、俺達にとって確かな思い出だろうが」
「だねー……」
たとえこれまでの思い出が植え付けられたものであっても、この二か月は、確かに久理子と楽しく過ごした二か月に違いないのだ。
「ばいばい」
「消えるな! 久理子!」
サラサラと――崩れゆく。
「ああっ! そんな……!」
久理子は最後まで、微笑を浮かべていた。
「久理子……!」
それからのこと。
悲しみに暮れる俺に対して、立花さんは語尾を伸ばした気の抜けたような口調で何やら語っていたが、俺の頭の中には入ってこなかった。
しばらくは仕掛けない、その約束はきちんとするということくらいか、頭に入ってきたことといえば。
それよりも。
――久理子が消えてしまった。
その事実が、心の中に大きな穴を開けてしまっていて、今は何も考えられない。
夜の帳がすっかり降りて街灯と月の光のみが道を照らす。
未だに久理子を見つけられずにいる。
あいつが行きそうなところはあらかた行ってはみたのだが。
――わたしの家から少し離れてるところにある広場、夢見広場でね、鳥の巣があるなと思って木によじ登ってみたら黒卵でびっくりさー。
ふと思い出される、いつだか言っていた久理子の言葉。
夢見広場。ここからは徒歩数分といったところ、まだ行っていない。
黒い卵……あれのことはすっかり忘れていた。
一体なんの卵なのだろう。
怪異、関連で間違いないが。
……待てよ。
――コウトリバコの使用者の生気を奪い、呪力をため込んで最後に骨へ呪力を注いで献上するってわけ。
次に思い出されるは立花さんの言葉。
黒い卵がもしかしたら、呪力がため込まれたもの――かもしれない。
久理子は自分の身を守るために、黒い卵を手に入れようと夢見広場に行った可能性が、ある。
行ってみる価値は十分にあろうだろう。
俺はスマホで夢見広場の位置を確認して、足を進めた。
夢見広場は主に木々に囲まれたやや広い規模の広場である。
これといった遊具は設置されていない。ベンチがいくつかある程度。
休日にはゲートボールやら体操やら、じいちゃんばあちゃんの憩いの場だと聞く。
広場へと到着する。
夜の広場は当然ながら静かで、ひと気はない。
時々カップルがいる時もあるが今日はいないようだ。
おかげで探しやすい。
広場に足を踏み入れる。
奥のほうで、人影が見えた。
近づいてみる。
特に隠れもしない。隠れる場所はもとよりないし、見つかっても別に構わない。
「久理子……」
木陰にて、彼女の姿を確認できた。
久理子は微笑を浮かべて、俺を見る。彼女の手には黒い卵が握られていた。
「冬弥、わたしを探してたのぉ?」
「ああ、そうだ」
「なんだかいつもとは様子が違うね。もしかして、わたしの正体に気づいちゃったかな?」
「そんなところだ」
「うーん、困ったなあ」
「久理子、本当に……お前は、怪異なのか?」
「そうだよー。妖狐って名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
「ああ。……これまでの、お前との思い出は、お前が俺に植え付けたものなのか?」
早速本題へと入る。
久理子の表情から、笑みが消えた。
「……うん、それがわたしの能力。誰かの記憶や思い出に化けるの。記憶のちょっとした改ざんや思い出の植え付けはお手のものよ、こんこんー」
空いた左手で――親指と中指、薬指をくっつけて狐の形を作る。
「きみと初めて出会ったのは、きみが高校に入るちょっと前ってとこだよ」
「お前との、“本当の出会い”がいつだったのか全然分からないな」
逆に、いつ出会ったのかを思い出してみても、幼少期の記憶がよみがえってくる。
公園で一人で遊んでいるところを、久理子が話しかけてきて一緒に遊ぶ、そんな記憶。薄れてもいない、はっきりと憶えている思い出。
彼女は俺の手を引いて一緒にブランコで遊んだり、砂場で山を作って遊んだりといった思い出が次々とよみがえってくる。
しかしこれも、久理子の能力によるものなのだろう。
「わたしははっきりと憶えてるんだけどねー」
「どんな感じだったんだ?」
「はじめはね、きみを観察してたんだ」
「観察?」
「うん。きみが怪異を狩って、何をするんだろうなーって思ったら、自宅に持ち帰って調理してたから、いやーびっくりしたぁ」
春休みの間は、結構そんな機会が多かった。
暇だったし、何より趣味である料理をしたかったし。
「わたしも食べられるかもーって思って怖くなってねぇ、だったらお近づきになろうって思ったわけ。それである日、きみに話しかけたんだ。同時に、能力も使ったの」
「そうだったのか」
「いやー、ドキドキしたねー。もし見破られでもしたら、食べられるのかなって」
「人型は食べないよ」
「うん、後からそれを知って、どれほどほっとしたことか」
久理子は黒い卵を軽く上に投げてはキャッチを繰り返してボール遊びのように扱う。
その黒い卵。
やはり、呪力が込められているのだろう、なんだか異質さを感じる。
久理子はいつもの微笑を浮かべる。
魅力的な細目。可愛いやつ。
この気持ちは、改ざんや思い出の植え付けによるものではないと思う。
「わたしはね、怪異としては非力なの。呪力がね、能力で得られるわけじゃないから、ほとんど人間と変わらないのよね」
「それで、その卵で呪力を得ようってわけか?」
「そんなとこだねぇ。それと古月家の娘としているのも、わたしの能力あってこそなんだ」
「じゃあ古月久理子というのは、本当は存在しないのか?」
「ううん、昔はいたよ」
「昔?」
「ほら、幽霊十字路、あそこで亡くなった子が、古月久理子だよー」
「そう、なのか……?」
「あの子は成仏したのか分からないけど、子供の頃に付き合いがあってさ。仲良かったんだ。でもあの子は交通事故で亡くなって、それでわたしは、ご両親の記憶を改ざんして、娘に化けたの」
そういうこともできるのか。
意外と、すごい能力なんじゃないだろうか。
「人間として生活するのは楽しいねー。きみとの学校生活も、悪くなかったぜぃ」
その言い方は、もうこれで俺達との学校生活は終わりだと、言っているようなものだ。
「久理子……」
俺は一歩前へ出る。
「来ないで」
しかし久理子は、いつもの陽気な口調ではなく、固い口調でそう言う。
思わず足が止まった。
いつもの久理子が持つあのほんわかな雰囲気はない。
笑顔もすっかり消えており、彼女は明らかに警戒心を見せつけていた。
できれば話し合いで解決させたい。
しかしそんな時に――突如として、広場に結界が張られた。
「――いや~、見つけた見つけた」
立花さんが、俺の後方からやってきていた。
以前に、俺からもらったあのお札を使ったようだ。
タイミング的には、最悪。
こんなの、俺と立花さんが協力して久理子を追い詰めようとしているかのような状況になってしまうじゃないか。
俺は久理子のほうを見やる。
案の定、久理子は眼光を鋭くさせ、神妙な面持ちで俺達を見ていた。
戦うというのならば、やるしかない。
そんな覚悟さえ、感じられる。
そして。
久理子は黒い卵を口へと運ぶ。
「久理子!」
一度彼女の名前を呼ぶが、卵は彼女の口の中へ。
空気が変わる。久理子から感じられるのは、異質な、そして重々しさのある空気。
「おおっと、タイミングが悪かったかねえ~」
「ええ、本当に……!」
立花さんを張り倒したい気持ちを堪えて、俺は身構えた。
立花さんの言葉を思い返す。
――戦闘が得意じゃないのならば、何かしらの手を打とうとはするんじゃないかな~?
……手を、打ってきた。
黒い卵に含まれる呪力を取り込んで、久理子は力を得たのだ。
久理子の瞳が――白と黒が、反転する。
異質への変化。
凶悪な力を得た怪異、ぴりぴりと肌に伝わるその感覚――冷や汗が頬を伝う。
「さあて、どうしようかね」
「どうするもなにも、俺がやるしかないでしょうが」
「まあそうだね~」
立花さんは煙草に火をつけて、近くのベンチに腰を下ろした。
戦うつもりは毛頭もない様子。
立花さんからすれば、あわよくば俺と久理子が共倒れしてほしいってところだろう。
だからこそ、自分は戦う気なんてないのに結界なんか張ったんだ。
これから戦うぞと――久理子に、知らしめるために。
ただし戦う相手は宣言なんてしていない。自然と状況が作ってくれる。
その相手こそ、俺だ。してやられたなと思う。
立花さんを睨むように一瞥するも、彼女は微笑を浮かべるのみ。
まったく、ムカつく人だぜ。
「久理子、まさか戦おうだなんて思ってないよな?」
「……」
その双眸は、敵意を示している。
俺達が追手となるならば、早いうちにつぶしておきたい、そんなところだろうか。
「ここはちょいと話し合いをしないか?」
「……」
聞こえてはいるはずだ。
だがもう、話すことはないと、言いたげだ。
こちとらいっぱい話をしたいところなんだがな。世間話の一つでもどうよ。
久理子は、一歩踏み込んだ。
と、思った瞬間に距離が一気に縮まる。
縮地のような、瞬間移動のような――どうであれ、この一瞬の動き、普通じゃない。
彼女の爪は鋭く尖っていた。呪力を得たことによる肉体変化だ。
その攻撃を辛うじてかわすも、左頬には赤い線が走る。
直撃していたら、首が飛んでいたかもしれない。
「幸鳥もたいしたもんだね、呪力を溜めるだけ溜めていたようだ~」
「そのようですね……!」
続く連撃。一歩一歩、俺は後退してなんとかかわしてはいるものの、どれも紙一重。
ここで立花さんが加勢してくれたらいいのだけれど、立花さんは新たに煙草に火をつけて一服を始めていた。
くそっ、高みの見物ってところか。
俺がやられたら次はあんたなんだぜ、そこんとこ分かってんのか?
まあ、どうせ俺がやられたらとんずらをこくんだろうけどさ。
「久理子、やめろ!」
「――楽しい思い出、いっぱいあったねぇ!」
ふと彼女と視線を交差させるや、脳裏に様々な思い出が浮かび上がった。
途端に、一瞬の油断をしたその時、腹部に痛みが走る。
彼女の爪が、腹に突き刺さり、俺は後方へと引く――同時に、血が腹部から滴る。
「なるほどね~、記憶を植え付けて思考を混乱させるという戦法もあるのだね~」
「な、中々やるじゃん……!」
「ふふっ、ありがとう」
久理子は不敵な笑みを浮かべた。
戦闘を楽しんでいるかのような、初めて手に入れたおもちゃで遊ぶ子供のような、屈託のない笑顔。
力を得て、酔いしれているのかもしれない。
腹部が軽く燃え、回復する。
突かれたり、切られたりといった――この程度の攻撃であれば大丈夫だが、首を飛ばされたり頭部を破壊されたりしたら、流石に非鳥を宿している俺であっても、死ぬかもしれない。
……いや、どうなのだろう。
経験がないからその辺は分からない。
なので。一応、ちゃんと防御する。首から上は特に。久理子は今、俺の首を飛ばすか破壊する力を十分に得ているのだから。
困ったものだ。可愛いやつでか弱いやつが、強いやつになっちまった。
反撃に入るというのも、気が進まない。
久理子の顔を殴れるのか俺は。
そうこうしているうちに、また久理子は仕掛けてくる。
跳躍――俺のいた場所へと爪攻撃をまじえての着地、辛うじてよけられたが今の攻撃、恐ろしく速い。
その上、地面に深くえぐられた穴――威力も相当なものである。
更に久理子はすぐに体勢を整えて切りつけの連撃。
両腕を盾のようにして構えて防御する。
肉を、骨を削られていく。
「おいおい大丈夫かね~」
「大丈夫に見えますか!」
立花さんは心配そうに言う。
まったく……心配してくれはするけど加勢は絶対にしないんだねあんた。
「ここでの思い出、憶えてるぅ?」
ふと、また記憶がよみがえってくる。
子供の頃、久理子とこの広場で遊んだ記憶――おそらくこれは、植え付けられた思い出。
「楽しい思い出をありがとよ!」
「どういたしまして」
攻撃を受けると同時に、両腕であえて押し込む。
そのまま力ずくで押し倒したいところだったが、久理子は軽やかに後転して距離を取った。
俺の思惑をすぐに見破っての行動であろう。中々やるじゃないか。
しかし。
しかし、だ。
結果は、見えている。
久理子は再び連撃に移る。
時には避け、時にはそのまま攻撃を受ける。
彼女に、俺の回復力を見せつけてやる。
攻撃を何度受けても、炎が生じて回復するの繰り返し――久理子の体力と呪力は徐々に減っていくだろう。
彼女の攻撃もそろそろ慣れてきた。
次の攻撃――右手を振り下ろすやその手首を掴み、久理子はすぐに左手でも攻撃を繰り出すも、またその手首を掴む。
両手をふさぐことに成功した。
「久理子、もうやめろ!」
「くっ……」
呪力を得た久理子は強力だ、それは分かる。
分かるのだが、やはり俺の特性からして、久理子がそれを打破することは不可能だと、戦っている最中に感じた。
幸鳥の集めた呪力を得ても、結局のところ、非鳥の力のほうが上だった。
消耗戦になれば、おのずとこちら側の勝利。
久理子は表情を曇らせていた。
まだ戦うつもりらしい。拘束を逃れようともがいている。
しまいには首筋へ噛みつき攻撃をしかけてくる。普通に痛い。けど久理子が普段これほどまでに俺に顔を近づけたことがないので、ちょっと、なんだろう、うん、気分は悪くはない。
久理子を俺から引きはがす。
久理子の体には、少しずつ黒い亀裂が走っていた。
これは、なんだろう。
もしかして、呪力を大量に得たことで、体が耐えられなくなってきている――とか?
「――うぐっ!」
視界が、ぶれる。
久理子が俺の顎を蹴り上げた。そのまま両手の拘束を解き、また距離を取られる。
久理子の呼吸は、荒くなっている。
黒い亀裂も、増えている。
「おやおや、彼女の体……大丈夫かね~?」
「大丈夫じゃないでしょうよ、そうだろう? 久理子」
「……」
久理子は何も答えなかった。
しかしその沈黙こそ、大丈夫じゃないと言っているようなものだ。
久理子という器に呪力という水が大量に注がれて、溢れてしまっているかのような状態――であろうか。しかも器は亀裂が走り始めているという。
崩壊するまで、時間の問題だ。
「久理子、もうやめろ!」
「ううう……!」
それでも久理子は攻撃を仕掛けてくるが――動きにキレがなくなってきている。
今なら攻撃を避けるのも容易い。
久理子の体がほころびつつある。
「体が崩壊してるんだぞ! これ以上力を使うな!」
「わ、わたしは……! どのみち後がないの!」
「俺はお前をどうこうするつもりはない! 立花さんからも、お前を守ってやる!」
「おいおいそれは困ったね~。こちとら稼ぎになるから見逃したくないんだが~」
すっと、立花さんはベンチから腰を上げる。
煙草を携帯灰皿にしまい、指の骨をポキポキと鳴らしていた。
仕掛けるつもりだろうか。体力の回復は、もうできたのかもしれない。
だとしたら、単純に――俺にとっては、この状況は敵が二人に増えるということ。
そうなると、これは流石にしんどいか。
いや、でも一方のほうはなんとかなるんだ。久理子が戦うのをあきらめてくれれば、それでいい。
しかし彼女は、まだ戦意を喪失していない。
視線を移した俺を、隙をついての下から滑り込むように動き、腕を振り上げる。
寸前のところで、横移動してかわす。やはり動きが遅くなっている、これからの攻撃はもはや防御する必要もないだろう。
久理子は更に攻撃を仕掛けてくる、足払い――からの爪攻撃、だがどれも当たらない。
彼女の攻撃が終わると同時に、俺は前進した。
腰のあたりに突っ込み、そのまま久理子を押し倒す。
腕を振り上げて――しかし、振り下ろさない。
「久理子、終わりだ」
「そうみたいだね……」
黒い亀裂は更に増えている。
これ以上、久理子には攻撃をさせてはいけない。
「きみがやらないのならばわたしがやろうか?」
「立花さんは! 手出ししないでください!」
「おお、怖い怖いっ」
思わず凄んでしまった。立花さんが絡んでくるどどうしても、怒気が混じってしまう。
「久理子、帰ろう。お母さんも心配してたぞ」
「……わたしの、本当のお母さんじゃないし」
「でも、きみのお母さんにはかわりない」
「……」
久理子は、俺から視線を逸らした。
直視されることを嫌がるかのように。
おれは、お前の目を真っ直ぐに見たいぜ久理子。かわいいやつなんだから。
「甘ったるくて胸焼けするよ~。その子は幸鳥の呪力を得た危険な怪異だ、漏れ出る呪力を回収しておかなくちゃならないし――羽島くん、きみにはしばらく仕掛けやしないが、彼女には仕掛けさせてもらうよ~?」
「だったら、おれが相手になりますよ」
俺は立ち上がり、踵を返して立花さんへと立ち向かう。
「や~れやれ。結局こうなるか~」
「そのようで」
立花さんはポケットから銀色の――いわゆる、メリケンサックを取り出した。
ゴツゴツしていて、いかにも攻撃力を高められそうな道具だ。
それを彼女は両手にはめて、手を開いては閉じて感触を確かめていた。
なんというか――。
ごりっごりの武闘派な気がする。
想像していたのは、お札やらお祓い道具を駆使して戦う姿だったのだが、そんな雰囲気は一切ない。
これから殴りにかかる――そういう意思、意気込みを感じる。
「冬弥……」
すると久理子は、か細い声で俺の名を呼んだ。
振り返ると――久理子の体が、崩壊し始めていた。
まるで砂の山がサラサラと崩れるかのように、亀裂から徐々に――
「久理子!」
再度彼女の傍へと寄り、上体を起こす。
彼女の体が、軽い。手足も既に崩壊が始まっている。
「大丈夫か!」
「大丈夫じゃないかもー……」
微笑を浮かべていた。
いつもの、微笑だ。
「わたしが手を出さなくても自然と消えるかな?」
どうやら、そのようだ。
どうにかそうならないようにしたい――けれども方法が分からない。
ただ消えゆく彼女を見ているしかなかった。
「今まで、騙しててごめんね……」
「謝らなくていい。それにこの二か月の学校生活は、俺達にとって確かな思い出だろうが」
「だねー……」
たとえこれまでの思い出が植え付けられたものであっても、この二か月は、確かに久理子と楽しく過ごした二か月に違いないのだ。
「ばいばい」
「消えるな! 久理子!」
サラサラと――崩れゆく。
「ああっ! そんな……!」
久理子は最後まで、微笑を浮かべていた。
「久理子……!」
それからのこと。
悲しみに暮れる俺に対して、立花さんは語尾を伸ばした気の抜けたような口調で何やら語っていたが、俺の頭の中には入ってこなかった。
しばらくは仕掛けない、その約束はきちんとするということくらいか、頭に入ってきたことといえば。
それよりも。
――久理子が消えてしまった。
その事実が、心の中に大きな穴を開けてしまっていて、今は何も考えられない。
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