リエノリア-RienoliA- ~俺達の考えた物語の世界に転移してしまった件~

智恵 理陀

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第十四話.作り手ぽよよん

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 彼女はまるで希望でも見出したかのように表情が明るくなり、布団から出てきては地面を這いながら近づいてくる。
 腰まで伸びる金髪があらわとなり俺の前まで来るや、右手を差し出してくる。

「……握手」
「あ、うん」

 よく分からないが、とりあえず握手しておく。

「もしかしたら、もしかする?」
「そうだね、もしかすると思う」

 彼女の見た目は……そう、俺の想像通りのユフィではあるも、中身が違う。
 勘違いではないだろう、ユフィがいきなり布団から出てきて握手を求めるか? いいや求めないね。

「あの、き、気がついたらこんな世界で、しかも王女様になってて!」
「俺は主人公になってた」
「しゅ、主人公!?」
「実はこの世界は、俺の考えた物語の世界なんだ……」
「えっ、私の描いた登場人物がいるのは、どうして?」
「えっ?」
「んっ?」

 今……何かとてつもなく。
 そう、とてつもなく妙な事を言わなかったかこの人。
 彼女も俺と同じ気持ちなのか、互いに口を開いて、互いに聞き返して、互いに硬直してしまっている。
 そういえば、アリアを見たよな一瞬。
 彼女の描いた登場人物が……アリア?
 でもアリアのイラストはぽよよんさんが描いたはずで……待て、待てよ。

「ぽ、ぽよよんさん、だったりする?」
「そ、そういう君は……ユートン?」

 そうであれば、納得がいく。
 いや、もう答えは出ているであろう。
 彼女は引き返してベッドへと飛び込み、再び頭から布団を被ってしまった。
 先ほどと違うのは、顔は出してくれている事。
 話をする気はあるようだ。

「ど、どういう事なのか説明してほしい、かな!」
「説明といっても……俺もわけがわからないままこの世界に来ちゃったもんで……てか、あの、久しぶり。直接会うのは初めてだから初めまして? てか女の人だったんだね!」
「そんなのはどうでもいい!」
「そ、そうだよね!」

 俺の想像していたぽよよんさんは地味な男子高校生。
 昔チャットで見た目の話になってぽよよんさん自身も自分は地味だって言ってたし。
 ただ今では絶世の美女という文字から生まれたかのような美貌、もう王女として見劣りしない容姿になっている。

「お、お二人は、お知り合いなのですか?」
「知り合い、だね。って……その知り合いの意味もちょっと違うけど」

 彼女が出席しなかったのはこういう事だったのね、これは納得。
 そりゃあいきなりこんな世界に来て周りは誰も知らない人ばかりの食事会なんか出たくはないよなあ。

「後ろの二人は、席外して、くれない、かな。彼と二人で、話したい……」
「……畏まりました」
「待って、アリアはこのままいてほしいんだけど」
「何故?」
「ちょっとね」

 訝しげに口をへの字にするものの、了承してくれた。
 ミネリルルさんは室外へ出るや開口一番、ぽよよんさんは呟く。

「……この子を残した、理由は?」
「登場人物の中で唯一作り手の俺達を理解してるんだよ」
「達……という事は王女様も作り手様なのですか!?」
「王女……だった、けど、その……昨日の時点で作り手になった――って、説明が難しいな。まぁ、王女ユフィであって今はぽよよんさんでもある、かな」
「作り手様でございましたらこれは私にとって神! 神が二人も私の前におられるとは、奇跡を二度も目の当たりにしたようなもの! 貴方様がぽよよん様なのですね! お会いできて光栄でございます!」

 作り手と理解するやアリアは何度も頭を下げては最初に俺と出会った時と同じ表情を浮かべていた。
 ぽよよんさんはアリアをまじまじと観察。

「私の描いた登場人物が、動いてる」
「ご感想は?」
「とても、感動!」

 うんうんと頷いては、口元が緩んでいた。
 自分の描いた登場人物がこうして動いているのを見るのは嬉しいだろうね。

「で、でも何がなんだか……わかんない!」
「簡単に言うと俺達の考えた異世界に転移しちゃった件」
「現代によくある長いタイトル風に言わないで!」
「けど実際そうなんだし……」

 これ以上どう説明しろと?
 非現実的であっても起きちゃったんだから仕方がないじゃないか。

「あぁ~夢じゃないのね、しかもユートン君の書いたシナリオの物語だとすれば、あぁ~……」

 頭を抱えてまた布団の中に潜ってしまった。
 悪役令嬢の王女になってしまった事を悲しんでいるのかい? 最初はちょっと周りに敵は多いかもしれないね。

「私は王女様になっちゃったのね、あぁ~……」
「だ、大丈夫かい?」
「大丈夫に見える!?」
「い、いえ……」

 布団を巻き込んで一人で団子状態になってしまっている。
 それはそれで、可愛いなおい。

「こうなったのは君の仕業なの!?」
「違う違う! 俺にそんな事できないよ!」
「じゃあ誰の!?」
「さあ……?」
「元の世界に戻るには!?」
「俺に聞かれても困るよ……俺だって知りたいさ」
「ぬわぁん……」

 声にならない声を絞り出していた。

「ぽよよん様、どうかそう興奮なさらずに……」

 落ち込んだり憤ったりと情緒不安定だ。
 ここはそっとしておいたほうがいいのだろうか。

「……落ち着け、落ち着くんだ私」
「そう、一旦落ち着こう。深呼吸は大事だよ、ほら、すーはー」
「すーはーでございますよぽよよん様!」
「す~……はぁ~……。飲み物は……」

 傍に置かれてたカップを彼女に手渡した。

「ふう……何か、お菓子は?」

 ビスケットがあったので彼女にまた手渡した。
 彼女なりの思考の整理なのか、それらを飲み食いしてようやく布団から出て落ち着いた様子だった。

「ここは……私達の作った世界、リエノリアなのね?」
「そうだね、今は物語の序盤」
「序盤? どれくらい?」

 ぽよよんさん、意外と薄着。
 そんな薄着でベッドの上をごろごろと動き始めらて、少し目のやりどころに困る。
 少しは王女らしい振る舞いをだな……ってそんなの無理か、俺が彼女の立場なら、いきなり切り替えなんてできない。
 よし、その辺は何も言わんでおこう。

「えーっと、ロルス国が襲撃して、それを阻止したとこ――なんだけど、ジュヴィさんが死んじゃって……」
「彼女が死ぬのは予定通りじゃないの……?」
「そうならないように動いたんだ、彼女が死なないような展開に」
「じゃあどう行動しても物語通りの運命を辿るの?」
「いや、物語とは違う行動をとったら違う筋書きで進んだから、物語通りになるわけじゃないのは確認できたよ。でも、誰かに殺されて……」
「ジュヴィは私、結構気に入っててあわよくば生きて動いてる姿を見れると思ったけど、もう亡くなっちゃったのね」
「ご、ごめん……」

 アリアは俺達の話にはついてこれず、さっきからずっと頭上にクエスチョンマークを浮かべたままだ。
 作り手の話など聞いていても理解できないのは当然ではあるが、それでも一言一句聞いては思考を巡らして律儀に理解しようとしているのがまた彼女らしいな。

「貴方の書く物語は、良い性格してる登場人物が死ぬから、そこがちょっと嫌だった」
「盛り上げ要素としてってのがあって……」
「ジュヴィが死んで、まだそんな気持ちが抱ける?」
「……全然盛り上がらないよね。でも盛り上がりといっても話的な盛り上がりであってだな! その……えっと、いや、なんでもないです」

 ずっと睨んでいる彼女を見ていると言葉もこれ以上出さないほうが吉であろう。
 ただ作り手視点からするとほら、登場人物には時として物語を盛り上げるための、必要な死というのは作るべきであって。
 ただ。
 ……ただ、俺がこの物語を書いている時、ジュヴィさんが死なない展開を書いていたら、少しは違っていたのだろうか。

「ジュヴィのために、祈る」
「ベッドの中で? 魂送の儀に参加したほうがいいんじゃないか?」
「今はいい、私は目立ちすぎるらしいから。この世界じゃあ安々と出歩いちゃ駄目っぽい。少し時間をずらしてから行く」

 王女という立場があるんだもんな。
 確かに行くのは後にしたほうがいいだろうな。

「アリア、ジュヴィの死で凹んだ私を癒して」
「い、癒すといってもどうすればよいのです?」

 手招きするぽよよんさんにアリアは恐る恐るながら傍に寄ると、彼女はアリアの手を引いて布団の中にまるで魔物のように引きずり込んだ。

「抱き枕」
「ひぁぁあっ!?」
「この豊満な胸、お尻、私のデザイン通り」

 もぞもぞと動き回っているが布団の中ではどのような行為がなされているのやら。
 すんごい揉みしだいているような気がする、布団を剥ぎ取ってみたい衝動に駆られるもここは我慢しておこう。

「はぅあ~! ぽよよん様、お戯れをぉ!」
「よいではないか、よいではないか」
「こんな光景を見せられて俺は一体どうすればいいんだ」
「ゆ、悠斗様ぁ!」
 助けを求めているし、話も進まないからここは助けよう。
 ぽよよんさんは最後まで揉みしだき、救い出したアリアはどこか満身創痍でへたりこんでいた。
「満足した」
「よかったね」
 チャットでやりとりしていた時でのぽよよんさんは淡々とした口調だったから真面目っぽい人なのかと思ったけど実際は全然違うもんだな。

「話を戻していいかな?」
「いいわ、物語的にこの後はロルス国の人達と話をして、ロルス国に行って国を救う展開?」
「それに加えて――」
「ジュヴィ殺しの犯人探しも物語に加わってきたから、そっちも進めないといけないってとこ?」

 俺の言葉を先に拾うぽよよんさん。
 今後に関してはもう整理しているようだ。

「そ、そういう事になるね、飲み込みが早くて助かるよ。俺の書いた物語、しっかり読んでてくれたんだね」
「第一部だけよ、それもさらっと読んだだけ。キャラを描くにはある程度どんなキャラかは理解しておかないといけないから」

 ぽよよんさんは登場人物は相当な数を描いていた、て事は物語も相当読み込んだのだな。
 なんだか嬉しいね、作者冥利に尽きるって感じ。

「その他にこんなものも出てきた」
「……原稿?」
「書いてある内容は読んだ後に実際に起きたんだ、アリアのは……確認してないけど、多分その通りの行動をしてたと思う」
「私? どうかしました?」

 この際確認してみようか。
 ……聞きづらい内容ではあるが。

「あー……アリア、そのだな。来客用宿の部屋に君が最初に入った時さ、壁に耳を当ててた?」
「え? はい、悠斗様のお声が届かないかと思いまして。しかしどうしてそれを?」
「他には枕を抱きしめて転がって、何度も……その、枕にキスして俺の名前を叫んでたり……?」
「はぅわっ!? どこかで見ていたのですか!?」
「やっぱり……原稿の書いてある通りのようだ」
「興味深い。まるで誰かが君の書いた物語を書き直しているかのようね」
「書き直してる……か」

 そういう見方もできる。
 その上俺に拾わせるよう仕向けているとして、その第三者は何者なのか。
 目的も分からないが、一つ引っかかるのは――ジュヴィさんを殺害した人物は本来物語には登場しない。
 この原稿も物語には当然登場しない……原稿を置いていっている者と、ジュヴィさんを殺害した者は同一人物の可能性も……?
 ……どのように考えても推測の域から出ないな。

「そのゲンコウというものは書かれている文字も読めないのですが、作り手様の貴重なものなのですか?」
「貴重といえば、貴重……だね。見つけたらすぐに教えてくれ」
「は、はいっ」

 室内を隈なく探し回るアリア。
 本来は賢い登場人物のはずなのに、作り手が絡むと本当にキャラ崩壊もいいとこだ。

「物語が進んでいくけど、元の世界に戻る方法は、あるのかしら」
「物語を進めていけば見つかるかも?」
「どれくらい進めればいいの?」
「それは……分からないけど」
「ユートンはどれくらい書いたの?」
「三部ほど。ロルス編と、人獣種編と、世界獣編」

 しかしまだ完全には書き終えているわけでもなく、修正もしていない。
 内容は確定していないのだ。

「それら全て片付けたら、元の世界に戻れるのかしら」
「かもしれないね。そういえば、俺や君がこの世界に来てるならちゃんぽん達も、来てるのかな」
「可能性は、あるわね」

 探したいけれど、今はオルランテの事で手一杯だ。
 全てが片付いたらにしよう。
 しかし俺は主人公でぽよよんさんは王女、他の皆もこの世界に来ていたとして――どのような立ち位置になっているのであろうか。
 ……人間じゃあなかったりもして。

「この世界でオフ会ができるかもしれないわね」
「おふかいとは、どのような会なのですか?」
「ネットで知り合った人達と実際に会って集まる会よ」
「ねっと?」
「んー……長年手紙だけでやり取りしてた人達と会うのを想像して」
「それは……心躍りますね!」

 問題は集まる場所が異世界って事。
 それさえなければきっと楽しいオフ会になってただろうに。

「そういえば創作チャットに皆来なくなったから結局オフ会できなかったね。どうして来なくなったんだ? 俺一人でずっとリエノリアの事考えてたんだぜ?」
「忙しいかったのよ、私だって。コミケに……参加したいなって思って絵を描いてたの。他の人は、社会人だったりしたら、忙しくて行けなくなるのも仕方ないんじゃない?」
「そ、それもそうだけどさ。皆で意気投合して初めてから一年も経たずに集まりが悪くなっていくもんだから……」
「そういうものよ、私はまだ学生だから、時間はとれて行ける時は行けたけど」

 あ、学生なんだ?
 学生といっても大学生だったりする?
 そうであれば俺より年上の可能性もあるけど、今はそんな詮索はしてる場合じゃないな。

「それより物語を進めましょうか。話したい事は多いけど、話が脱線していくだけだわ」
「そうだね、んじゃあ……ロルス国の人達に会いに行く?」
「ユフィはどうしてたっけ?」
「ロルス国の人達を嘲笑いに行ってストレス解消してた」
「最悪ね」
「でも主人公に少しずつ更正させられる設定だし……根はいい子なんだよ」

 ユフィは街の人達には良い王女としての一面しか見せてはいないが、メイドを中心に城内関係者達には畏れられる存在となっている。
 プライドも高く頭も切れて、他人を常に見下している――けど、更正した彼女は可愛いのだ。
 今やそんなユフィは見れないのは少々残念である。

「周囲には印象の悪い登場人物になっちゃってるのは、変わりない」
「ごもっともで」
「まあいいわ。出かけましょうか」

 ユフィの中身がぽよよんさんというのも、悪くはないかも。
 気が合って何度か二人でチャットしてた事もあって、話しやすいし。
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