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序章 俺は普通の高校生なので。
序章15 箱の中の猫 ②
しおりを挟む「とにかく、希咲。あなたが、あなた達が好んで黒のローライズTバックを着用して、軽率にガニ股スクワットなんてするものだから、同じ女だからってだけで、私までいやらしい目で見られているの。たまたま黒のローライズTバックを穿いていただけなのに。私とっても傷ついたわ」
「そういうことさ、希咲さん。キミが、キミたちギャルという強者がね、好き勝手に振舞っているその足元では、か弱い民衆が理不尽な重税を課されて苦しんでいるんだよ。これは『搾取』だぜぇ。そうだろぉ?」
白井、法廷院に追従するように西野と本田も希咲を責め立てる声を出す。
「そ、そんなこと言われたって……ギャルがいつもそれ穿いてるってあんた達が勝手に決めつけてるだけじゃない。てか、あたし別にギャルじゃないし」
「口では何とでも言えるねぇ。でもね、こっちはしっかり情報ソースを提示しただろぉ? 決めつけだなんて『ひどい』ぜぇ。だってそうだろぉ? 何せ『専門家がそう分析したんだ』、間違いなんてあるはずがないじゃあないかぁ」
「何よ、専門家って。バッカじゃないの? どこのどいつよ、そいつ」
「おっとぉ。それは軽々しくは明かせないよぉ。ボクは個人情報の扱いには特別厳しい男なんだ。だってそうだろぉ? 勝手に喋ったら『プライバシーの侵害』じゃあないかぁ」
「だったらそんなの言ったもん勝ちじゃない!」
狂信的な『弱さ』への信仰を掲げて不条理に断罪を迫る集団に、希咲はまた畏れを抱きつつあった。同じ言語で話しているはずなのに会話が全く成立しない。同じ人間、同じ生物に見えるのにその思考に理念に全く理解が及ばない。
しかし、勢いに飲まれるわけにはいかない。正しいのは間違いなく自分のはずなのだ。何か言い返さなきゃと、焦燥に駆られ彼らに言葉を投げ返す。
「で、でもだからって、あたしがそんなの穿いてるなんて、あたしがあんた達の言う変な女だってそんな証拠もないじゃないっ」
「へぇ? じゃあキミは黒のローライズTバックなんてそんな物は所有してはいないと、そんないやらしい女ではないと、そう主張するんだね?」
「そ、そうよ! あたし別に遊んでる女じゃないしっ」
「――嘘ね」
「え?」
法廷院との問答に白井が口を挟む。希咲の主張に異議を唱えた。
「嘘つくんじゃないわよ、このアバズレが。あなたさっき自分で言ったじゃない。黒のローライズTバックを持ってるって。しかも便利で重宝してるみたいに言ってたじゃない」
先程の白井との話の中で確かに希咲はそのように言っていた。そう証言してしまっていた。
まさか、あんなアホみたいな話の中で自分を嵌める為にこんな罠を張っていたのか――希咲は裏切られたような気分になって白井を見た。
「そ――それは……確かに持ってはいるけど、でもっ――「――謝りなさいよ」――えっ?」
「嘘をついたでしょ? いけないことよね? 謝りなさいよ」
「う、嘘って……そんなの……でも……」
「嘘をついたら、ごめんなさい。小学生でも出来るわ。あなたそんなこともできないの?」
白井を援護するように彼女の仲間たちからも「そうだ」「あやまれ」と次々に希咲を責め立てる言葉が飛ぶ。
納得など出来なかった。
確かに嘘を吐いたことになるのかもしれない。だけど、男の子との会話の中で自分がどんな下着を持っているかなんて、そんな事実を細やかに明かす必要なんてないと思っていた。しかし、同性である白井との会話では女の子同士だしという気持ちもあって、普通に気兼ねなくそれを話してしまっていた。
先程の法廷院とのやりとりだって別に彼を騙そうとして、言いくるめようとして本当のことを言わなかったわけではない。だが、自分の口から出た言葉は相手によって相違してしまっていて、証言に矛盾が生じてしまっていて。
嘘を吐いた。そこの部分だけを、事実だけを切り取ってしまえばそうなのかもしれない。
だが、希咲は認めたくなくて、到底納得など出来ようはずもない。しかし――
「――ごめんなさい……」
大きな、はっきりとした声ではなかった。しかし、彼女は、希咲 七海は確かに自分のその口で、その言葉を、「ごめんなさい」と、そう言ってしまった。
納得もしていないし、今でも自分は間違っていないと思っている。しかし、場の空気に、雰囲気に、この場に居る自分以外の全ての人間から「お前が間違っている」と、そう責め立てられる情勢に、希咲は屈してしまったのだ。
悔しかった。
絶対に自分は悪くなんてないのに。
希咲はそのキレイで大きな猫目を揺らす。瞼の奥から溢れてくるもので視界が滲む。
だけど悔しくて、悔しいから、それだけは絶対に嫌だと、強く歯を噛み締めて堪えた。
「ふん。謝ったわね? つまり自分が悪いって認めたってことよね」
「そ、それは――あの、言ってることが食い違っちゃったのは認めるけど、でも、だからってそれであたしのせいになるなんておかしいじゃないっ」
「やれやれ、強情だねぇ。キミが黒のローライズTバックを穿いていやらしい活動をしてるせいで、白井さんはとっても辛い思いをしたんだよ? 彼女が『かわいそう』だと、彼女に悪いと思わないのかい? ボクなんかは怒りに震えて涙が止まらないよぉ」
「だって、あたしそんなの学校に穿いてきたことないもん!」
「おいおい、それをどうやって証明するんだよぉ? ついさっき自分の口で『嘘をついた』って、そう認めたばかりのキミの証言を、何の証拠もなく鵜呑みにしろって言うのかい?」
「でもっ、だってっ、そんなの証明しようがないじゃないのっ」
「その通りだよ希咲さん。証明しようがない。でもね、この法治国家では証明できないことは事実として認められないんだぁ。ボクだってキミを信じてあげたいよぉ。心が痛いね。でもさぁ、さっきキミは嘘を吐いたばかりだし、黒のローライズTバックなんて穿いてない、その口でそう言ってはいるけれど、もしかしたら今日――今のこの瞬間だって、そのスカートの下に黒のローライズTバックを着用しているかもしれないじゃないかぁ。だってそうだろおぉぉっ!」
追い詰めた犯人に名探偵がそうするように、法廷院は希咲のスカートを指さした。
希咲は彼の突きつける冤罪から守るように、明るみに出さぬようにスカートを手で抑え、言い逃れる。
「き、今日違うっ、そんなパンツ穿いてないもんっ」
「ふふっ、どうかなぁ? キミはそう言うけれどもボクにはわからないなぁ」
法廷院はすっかり調子を取り戻しニヤニヤと粘着いた笑みを顏に張り付けながら、その目を激しくギラつかせる。
「そんなこと言われても……じゃあ、どうしたらいいの……」
「なぁに、そう難しいことじゃないさ。証明できないことは証言にはできない。だからここは被害者に寄り添ってね、キミは過失を認めて素直に謝罪を――「見せなさいよ」――えっ⁉」
「――え?」
希咲にトドメを刺そうと締めに入った法廷院の言葉を遮って、冷たく静かな声でそれを遮る者があった。
希咲は何を言われたのかわからない、そのような茫然とした目で彼女を、白井 雅を見た。
法廷院を含む『弱者の剣』の男子生徒の面々も「この人何言い出してんの⁉」といった風に、全員がギョッとして白井の方へバッと顏を向けた。
「何よ? 簡単でしょ? 見せればいいじゃない。証明出来ないなんてことはないわ。今この場で、その短いスカートをちょっと捲り上げてパンツ見せればいいじゃないの」
「え? ……うそ……だって、やだ……そんなの、白井さん……」
希咲は信じられないといった風に白井へと縋るように異議を唱えようとするが、しかし動揺しすぎて上手く言葉にならない。
「あ、あのね、白井さん? ……さすがにそれはちょっと、その……どうかなって、ボクも思うんだけれど……」
仲間であるはずの法廷院が見兼ねて、白井と希咲の間で視線を往復させながら少々怯えたように、白井に向って希咲の減刑を嘆願する。
「そ、そうですよ白井さん。そこまでいくともういじめに……」
「セクハラってレベルじゃ済まないですし、というか、いくらなんでもかわいそうですよ……」
ここまで同調する時くらいしか喋らなかった西野、本田の二人の男子生徒も希咲を庇うように声をあげる。女に対して一番残酷になれるのは同じ女なのであった。
「なによ、この女の味方をしようって言うの? 弱い私を守ってくれるって言ったじゃない。私を騙したの?」
「それは違うっ! それは違うよ白井さん、騙してなんかいない。何というか……そう、それは違うんだっ」
「あなた達もよ。私たち仲間じゃなかったの? やっぱり顔がいい女の味方につくの? 簡単にヤらせてくれそうな女の方がいいわけ?」
「ヒッ、そ、そんなつもりじゃ、僕たちはただ……」
「ただ、何よ? どうせこのヤリ〇ン助けてやって優しくしてやればすぐにヤらせてくれるかもって思ってんでしょ? クソ童貞どもが!」
「そ、そんなこと考えてるわけないじゃないか! そんな言葉使っちゃダメだよ白井さん……」
白井は裏切った仲間たちを順に詰め倒し、やがて黙ってじっと法廷院を見た。まばたきもせずじっと。
その目はやっぱりマジだ。
すっかり怯え切った法廷院は彼女の視線から逃れるように、目玉をキョロキョロ動かし、ややあって助けを求めるように同志たちを見た。
西野君と本田君はサッと視線を逸らした。
そして法廷院は内なる己と戦っているかのように身を震わせ、そして――
「そっ、そうだぜぇ! 希咲さん! 簡単なことだぁ! キミがちょっとそのスカート捲って見せてくれれば総てが解決する。こんな簡単なことはないだろぉぉぉっ⁉」
ヤケクソ気味に声を張り上げた。
白井はじっと西野と本田を見た。マジな目でじっと。
「そ、そうだそうだ! キミさえ我慢すればそれで丸く収まるんだ! ……あの、ほんとすいません、犬にでも噛まれたと思って。僕達目瞑ってますから……」
「潔白を証明したければ大人しく見せるんだ! ……本当にごめんなさい。絶対見たりしませんし、映像に残したりもしませんので、ここは何ひとつどうか……」
西野君と本田君も続いた。
彼らは保身を選んだのだ。
「そ、そんなのできないっ……無理に決まってるじゃないっ!」
「ふん。いつもやってることでしょ? もったいつけてんじゃないわよ、クソビッチが!」
「無実を証明したいんだろぉ? いいかい? 事象は観測をするまでは確定はしないんだ。箱の中の猫はその箱を開くまでは生きているか死んでいるかは確定しない。そうだろぉ? だから、 スカートの中のパンツも捲って見るまではえっちかえっちじゃないかはわからないのさあぁぁ‼ だってそうだろぉ⁉」
「おかしいわよそんなのっ! ……だって、そんなのむりだもんっ……」
「無理? 何が無理だと言うの? スカート捲るだけの簡単なお仕事でしょ?」
「だって……男子だって居るのに……見られちゃう……そんなの絶対だめ……絶対むりぃ……」
「は? それは私をバカにしているの? その絶対ダメで絶対に無理なことをしてしまった私を侮辱しているわけ? 底辺女だって見下してるのかしら⁉」
「ちっ、ちがっ……けどっ、だってっ……あたし、やだもん……男の子たくさんいるのに……見られるのやぁ……」
「ハッ、泣けば許されるとでも思ってるの? どうせいやらしい下着を穿いてるから見せられないのでしょう⁉」
「ち、ちがっ、泣いてないもん……白井さんどうして同じ女の子なのに、こんないじわるするの……?」
希咲はその目に大粒の涙を溜めながら壁際へと後退る。白井さんはそんな彼女を、気が強そうで口の悪い希咲が今にも泣きだしそうな表情で、幼児退行したような口調で許しを請うてくる姿を見て、若干イケナイ気持ちが湧き上がってきた。
白井はハァハァと荒くなった自分の鼻息の音でハッと我に返り、一度息を吐き出し気を静める。
「――同じ…… そう、同じよ」
「え?」
そしてまた何やら語りだした。
「ねぇ、七海ちゃん。何故私がこんなクズどもと行動を共にしていると思う?」
「えっ? そっ……そんなのわかんないよぉ……」
鼻をスンスン鳴らして答える希咲を何故か白井さんは『七海ちゃん』呼びし始めた。
仲間だと思っていた白井に突然クズ呼ばわりされた男たちは、彼女へと「えっ⁉」っと驚愕の視線を向けた。
全員が自分に注目をしていることを確認し、白井は続きを語る。
「私ね。さっきは教頭のことバカにはしたけれど。男女平等――それ自体はとっても立派な考えで、これからの社会が性差なく公平なものになっていけばいいと。私自身そうしていこうって、そう考えているの――でもね」
白井は一度言葉を切り、七海ちゃんに絆され穏やかになっていた瞳を再度ギラつかせる。
「――でもね、男と女を同じにする前にね、やることがあると思ったの……それはね、女と女もまた平等でなくてはならない、そう思ったのよ……代表、そう思うでしょう?」
「え⁉ そ、それはまぁ……その通りだね! 『平等』はボクの最も好きな言葉の一つさ! だってそうだ――「黙れ」――はい、すみません」
法廷院は両膝の上に手を置いて姿勢をよくした。
「女と女もまた平等……フフフ……私って今さ、底辺じゃない? 大好きな彼の前でババアにエロ下着を説教された惨めで憐れな底辺女だと思うの……だからね、全ての女を私と同じ場所にまで引きずり降ろしてやるっ。この世界の全ての女が私と同じところまで落ちてくれば、それで私は普通になれるの! 普通に戻れるのよ! アハッ……アハハハハハハハハハハっ――」
「く、狂ってる……」
希咲 七海は畏れた。目の前のこの怪物を。壊れたように哂いながら爛々とギラつく眼を向けてくる女が恐かった。
先程白井は、三田村教頭を指して「同じ女の足を引っ張るな」と言った。
しかし、その白井もまたこうして他の足を引っ張ろうとする。
同じにする。
自分は他人には為れない。だから他人を引きずり降ろして、違うモノも自分と同じにしてしまう。
知らない、わからないモノは恐い。だけどすべてを自分と同じモノにしてしまえば、もう恐れるべきものなど何一つないのだ。
怪物が怪物を生み出す。
それが社会の仕組みであった。
虚空を見上げ狂ったように哂い続けていた白井だが、ピタっと嗤うのを止め、首をぐりんと回して希咲へとその凶相を向ける。
「きぃさぁきぃぃぃっなぁなぁみぃぃぃぃぃっ」
「ヒッ――いやっ、こないでっ……こないでぇっ……」
希咲は怯え切り、白井から逃れようとするがその背が壁に当たる。これ以上はもうどこにも逃げ場はない。
「さぁ――見せなさい。見せて早く楽になるといいわ。大丈夫……ただ私と同じになるだけよ……」
「おな……じ……? でもっ……いやっ、やなのぉ……」
希咲を追い詰める白井の背後からは男子生徒たちから「みーせーろ! みーせーろ!」の大コールだ。
先は希咲を庇うようなことを言ってはいたが、気の強そうな希咲が泣きそうになりながら自分たちに怯える姿を見て興奮を禁じ得なくなってきたのである。
また、こんなかわいい女の子が目の前で自分でスカートを捲ってパンツを見せてくれる機会など、今後の人生で二度とないだろうとシビアに自己分析をした童貞たちは必死だった。とにかく今この瞬間に死力を尽くそうと一生懸命だった。
希咲 七海は恐怖した。
不条理に罪を着せられ、理不尽な罰を強要され。集団に大きな声で、血走った目で。
自分は場馴れをしていると思っていた。大抵のことは一人でどうにでも出来ると考えていた。
甘かった。ナメていた。
他人を。人間という生き物を。
暴力という手札が使えない闘争に放り込まれれば、自分という存在はこんなにも無力で、こんなにも小さく、こんなにも弱い。
身体が震える。足元は揺れ、視界は廻り、思考は定まらない。
こんなのおかしい。こんなの間違っている。
今でも思う。自分は間違ってなんかいないと。彼らの言っていることは滅茶苦茶なことで、おかしいと。
世間一般でも普通は誰でも同じことを思うだろう。
でも。その普通は今、ここには自分しかいなくて、自分以外のここに居る者は全員が希咲が間違っている、希咲がおかしいと、口を意を揃えている。
何が何だかわからなくなってくる。何が普通で、何が正しいのか。
(あたし、間違ってない、よね……? ……なんで……なんでみんなあたしを責めるの……?)
今も彼らは叫んでいる。
『お前が悪い』『謝罪しろ』『償え』と。
(こんな場所で……たくさんの男の子たちの前で……そんなこと、絶対ダメなことなのに……あたし悪くなんてないのに……)
思考と行動が定まらなくなってくる。
「ほんのちょっと、ほんの一瞬のことよ? たったそれだけで終わるの……楽になれるわ……」
白井の言葉に、希咲は彼らから守るようにスカートを抑えていた手で、その手でギュッと制服の青のチェック柄のプリーツスカートの裾を握る。
(あたし、間違ってない……絶対悪くない……でも――)
――でも、ここにはそう言ってくれる人は一人もいなくて、自分に同意、共感してくれる人は誰一人としていなくて、やっぱり自分を助けてくれる人なんか何処にもいなくて――
(ほんの、ちょっとだけ……ほんの少しだけこの手を上に持ち上げるだけ……ほんの僅かな間、恥ずかしいのを我慢するだけで……それだけで――)
『許してもらえる』
希咲 七海はスカートを握ったその手を上に――
「――全員そこを動くなっっ‼‼」
突如廊下を駆け抜けた声にこの場に居た全員がその身体を縫い留められる。
自分を助けてくれる人なんていない――そう諦めた時に、まるでヒーローのようなタイミングでここに来てくれた人。
下腹から響いてくるような低い音、低い声音で声を発した誰か。
希咲はその声が送られてきた方へと茫洋とした瞳を向けて、自分の危機に駆けつけてくれた、自分のためのヒーローの姿を見て――
「うわぁ」
希咲 七海はすっげぇ嫌そうな顔をした。
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