俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章24 膠着瞞着 ②

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「そうだ、繊維よ、化学繊維」

「なんだと?」

「こないだ動画で見たの。痴漢対策的なのでバズってたやつ。あんたも知らない?」

「バズ……? 意味不明な言語で煙に巻くつもりか? ナメられたものだな」

「えぇ……そっからかよ……」

 動画内容どころかバズるという概念から知らない、こいつホントに高校生かという点から怪しい共感能力皆無のクラスメイトに意気を削がれて、希咲はガックリと肩を落とす。

 しかし、すぐに気を取り直すとその細長い指を一本キレイに伸ばして立てて見せ、弥堂に向って解説を開始する。

「まぁいいわ……コホン。えっとね、化学繊維なんかで作られてる洋服を触るとね、目に見えないけど触ったとこに繊維? が付着するんだってさ。服に指紋も着くし」

「ほう。それは初耳だな」

「つまり! きっちりちゃんと調べればあんたの手にあたしの制服の繊維が着いてるし、あたしの制服にはあんたの指紋が着いてるってわけ。このままごねても行き着くとこまで行ってホントに調べることになれば、最終的に困るのはあんたなのよ」

 ビシっと指を突き付け、痴漢の下手人にドヤ顏で通告をした。

「その動画とやらは何かそういったことの専門家や機関が投稿しているものなのか?」

「ん? え? どうだったっけ……SNSのTLに流れてきたやつだし、多分なんかよく知らん人だったかも」

「よくもそんなものを信じられるものだな」

「あによ」

 ふふーんと得意げに勝ち誇っていた希咲に、弥堂は呆れの色を込めた視線を向けた。

「だって動画に付いてる他の人のコメントでもこれは間違いとか、嘘の内容だとか、そういう指摘のコメントなかったし、Goodも多かったもん。だから合ってるでしょ」

「コメントしてるそいつらが全員バカだったらどうするんだ?」

「はぁ? じゃあ、あんたはこの情報が間違ってるっていう根拠があるわけ? そうやってすぐに否定から入ってケチばっかつけるやつは嫌われんのよ、ばーかばーか!」

 件の投稿にしっかりGoodと拡散を押して、ご丁寧に『貴重な情報ありがとうございます』的なコメントまで付けていた希咲さんはムキになった。

 しかし、意外にも弥堂はそれには反論をしなかった。

「まぁいい。科学的にそれを否定する材料や知識も俺には持ち合わせがないし、仮にそれを事実とするとしよう。実際調べれば俺の手からはお前の制服の繊維とやらが検出されるだろうな。だが、それがどうした?」

「はっ、はぁ⁉ なんなのその開き直り方! どうしたもなにもあんたがあたしの胸触った証拠じゃないの!」

「それは違うな」

「な、なんて往生際が悪い男なの…………なにが違うってのよ。あんたの手にあたしの服の胸の部分から剥がれた繊維が着いてて、あたしの服の胸のとこにあんたの指紋が着いてたらもう何をどうやっても言い逃れできないでしょうが!」

「ふん、素人め」

「その論調でいくとあんたはプロの痴漢なのかしら?」

「今のは言葉の綾だ」

「こ、こいつ……」

 希咲はこのロクでもない男に声を大にして怒りをあげたかったが、圧倒的な疲労感からそれは叶わなかった。
 彼女のそんな様子を表情には出さずに確認をし、弥堂は思惑通りだと満足をする。そのまま休ませないように畳みかけていく。

「いいか。確かに俺の手からはお前の服の胸部の繊維が検出されるであろう。しかしそれは俺がお前に痴漢行為を働いたという証拠にはならない。なぜならば、あくまで俺はお前の服に触れたのであって胸に触れたわけではないからだ」

「こっこここここのやろうっ! なっんっなっのっよっ! あんたはぁっ‼」

 彼女の経験上類を見ないほどに口の減らないクソ男の屁理屈に、希咲は床をダンっダンっと踏みつけて強烈な怒りを示唆した。

「服の上からならセーフとかぬかすつもりか! このクズっ! それがオッケーなら毎年こんなにいっぱい痴漢で捕まる人が出るわけないでしょうが!」

「ふむ。確かにそうだな。では次にどこからがアウトなのかを話し合おうか。そのあたりお前はどう考えるのだ?」

「えっ? えっ? な、なんなのこの会話……」

「だから服の上から触れた場合、どこから犯罪になるのかという点だ。何も意見はないのか? ないのであれば俺の見解を話すぞ」

「だめっ! なんかよくわかんないけどだめっ! あたしが話すっ。あんたはちょっと黙ってて」

「そうか。早くしろ」

「えっと……ど、どこから……?」

 マジでなんなのこの議論、と希咲は首を傾げるが、このクズ男に自由に話をさせることに強い危機感を覚えたので必死に思考を巡らせる。

「てか、どこからとかどこまでとか関係なく、服の上からでも触っちゃダメでしょうよ。特に女の子の胸とかお尻とかは絶対ダメよ。当たり前でしょ」

「ほう。それは女だけか?」

「は?」

「女が男の胸やケツを触るのはいいのか、と訊いている」

「そんな女いるわけないでしょ。てか男がそのへん触られたからってなんだって言うのよ」

「ほう。つまりお前はこう言いたいのだな。身体に触れられて性犯罪として相手を訴えることが出来るのは女の特権であり、男にそれは許されないと。すなわち、この国では法によって明確に性差別がされていると」

「差別? なんでそうなるのよ!」

「なんでだと? お前が言っていることはそういうことだろうが。おい、お前もそう思うだろ?」

 そこで弥堂は外野に居た法廷院へと同意を求める。

「へ? なに? 差別?」

 長丁場になっていた弥堂と希咲の立ち話にすっかり蚊帳の外となり、話を大して聞いていなかった法廷院は突然意見を求められて慌てた。

「話を聞いていただろ? お前は専門家ではないのか? まさかお前は差別を容認するのか? どうなんだ?」

「そんなわけないだろぉ! ボクは断固として許さないよ! 何せこういった問題についてはボクはプロフェッショナルだからね! だってそうだろぉ⁉」

「うむ、ご苦労」

 専門家という肩書に気をよくした法廷院は勢いづいて吠えたが、同意ともとれない同意をしたあたりで弥堂が視線を強めて言外に黙るよう威圧すると、彼は車椅子上で両膝に手を置いて大人しくした。

「ということだ。恥を知れ、差別主義者め」

「あ、あんたってば、屁理屈こねるためには何でも使うのね……」

 視線をこちらへと戻し強い言葉で非難をしてくる弥堂に、希咲は怒りよりも呆れが勝った。

「差別するわけじゃないけど、でも実際のとこ男の子と女の子の胸とかお尻じゃ話が変わっちゃうじゃないのよ。それはあんたもわかるでしょ?」

「何故だ? 俺にはわからんな。説明してみろ」

「嘘つくんじゃないわよ…………えっと、なぜって、その……え、えっちだから……とか?」

「お前はふざけてるのか?」

「ふざけてないわよ! だってこんなの答えづらいじゃない! 他にどう言えってのよ!」

「答えづらい? それはやましいことがあるということか? おい、どうなんだ」

「うっさいっ! あんた絶対あたしに変なこと言わせて遊んでるでしょ! いい加減にしなさいよ、へんたいっ!」

「それは言い掛かりだが、まぁいいだろう。つまりお前ら女の胸や尻に触れるのは性的な行為であるから同意が必要であると。そういう主張なわけだな?」

「え? うん、まぁ……そう……なの、かな……?」

「そして男のそれらに触れることは性的ではないと」

「だってそうでしょ?…………えっと、そう、じゃないの? ごめん、実はよくわかってないんだけど、あんたたちも胸とかお尻触られたらイヤなわけ?」

「想像してみるがいい」

「え?」

 疑問の声をあげる希咲には応えずに、弥堂は無言でゆっくりと視線を動かした。希咲は釣られて弥堂の視線の先を追う。

 そこには白井さんと高杉君が居た。


 希咲は想像した。

 先程の高杉が供述した部の先輩にホモ的な乱暴を働こうとしたという内容と、さらに白井さんが物陰に線の細い気の弱そうな美少年を連れ込んで彼の胸をまさぐっている情景を。
 余談だが、弥堂もこの時同様の光景を思い浮かべていたが、彼の脳内で再生された白井さんに悪戯をされている気弱な美少年役には、隣のクラスの山田君がキャスティングされていた。特に誰にも語られないどうでもいい余談である。


 顔を曇らせた希咲は黙って弥堂の顏へと視線を戻す。

「ごめん、あたしが間違ってたわ。発言を取り消します」

 そう言ってペコリと頭を下げた。

「うむ、いいだろう」

 弥堂はそれに鷹揚に頷いた。

 外野から白井さんの「どういう意味よ」という不満の声が聞こえていたが、弥堂も希咲も取り合わなかった。



「でもさ――」

 しかし、言いながら顔をあげた希咲はジト目で弥堂を見遣りながら続ける。

「男にも勝手に触っちゃダメって認めてもさ、あんたがあたしに触ったことは変わらないし、それが許されるってことにはなんないわよね? この会話必要だった? あたしがイヤな絵面想像させられただけで一歩も進んでない気がするんだけど? なんだったわけ、この時間?」

「…………」

 都合の悪いことを尋ねられた男は質問には答えずに何もない空間を見るともなしに見た。つまり無視した。

「では一つ問題が解決したことだし話を戻そうか」

「無視すんな。あんた、もしかしてあたしが折れるまで話を逸らし続けるつもりじゃないでしょうね?」

「無駄口を叩くな。真面目に話をする気がないのならもう終わりにしてもいいのだぞ?」

「こ、このやろぉ……」

 さらに都合の悪いことに気付かれそうになった男はさらに話を逸らして誤魔化すことを決断した。

「仮に俺がお前の胸を触ったとしよう。それは俺の手がお前の胸に触れた瞬間に成立すると仮定する」

「ん? なに当たり前のこと言ってんの」

「それは逆にこうも言えるのではないか?」

「は?」

 めんどくさい男がまたややこしいことを言い出したので希咲は眉根を寄せる。

「俺の手がお前の胸に触れたのではなく、お前の胸が俺の手に触れたのではないか?」

「はっ、はぁっ⁉」

 あまりにわけのわからない主張にびっくりして希咲は素っ頓狂な声をあげた。

「いいか? というのも、お前ら女どもは無用に乳だの尻だのが突き出しているだろう? お前は然程でもないがな」

「あんた今なにか言ったかしら?」

「言葉の綾だ」

 せっかく混乱させた相手の目が一瞬で攻撃色に染まりかけたので弥堂は適当に誤魔化した。

「そうだな、例えば水無瀬だ」

「は? なんで愛苗がでてくんのよ」

 大好きな親友の名前を出されてそっちに全ての関心が移り、わりと簡単に七海ちゃんは誤魔化された。

「それはな、あいつはガキみたいな顔をしたチビのくせに不釣り合いに乳がデカいだろう?」

「あんた、愛苗のことバカにしてるわけ?」

 水無瀬を表現する弥堂の不適切な言葉の選択に希咲の雰囲気が剣呑なものになる。

「チャーミングな顔つきに加えてとてもグラマラスであると褒めたんだ」

「とてもそうは聞こえなかったけど? …………まぁいいわ、で?」

「うむ。そんな不用意に突き出した乳房にゅうぼうをぶら提げたあいつが幼児のようにちょこまかとその辺を動き回れば、平均的な体型の男が同じ行動をするよりも、あの突出した乳房にゅうぼうを何かに接触させる確率は高いだろう?」

「……だから?」

「だから必ずしも男が性的な下心を以てお前らに狼藉を働くわけではなく、お前らの突き出した乳房にゅうぼうの方から接触をしてきたという事例が絶対にないとは言い切れないと俺は考える」

「……つまり?」

「つまりは、今回の件に関しては俺がお前の乳を触ったのではない。お前の乳房にゅうぼうが俺の手に無許可で触れてきたのだ。よって今回の被害者は、触れたくもないものに無理矢理触れさせられた俺の方であると主張する」

「…………」

 極めて特殊な理論を展開する弥堂に対して、希咲は怒るでも呆れるでもなく、ぽかーんと口を開けて言葉を失った。
 弥堂はその様子を見て『効いている』と判断する。

「どうやら返す言葉もなくなったようだな。ついに己の罪を認めたか、この痴女め」

「んなわけないでしょ…………や、ごめん。なんか怒る気にもなれないというか……人ってここまで開き直れるのかーって、なんかびっくりしちゃって。人間ってすごいわね」

 一周まわってどころか、グルグルと何周も周回遅れにするほどに怒りを超越してしまった謎の感心を抱く希咲の言葉を、弥堂は事実上の敗北宣言と受け取った。
 しかし今この時が希咲 七海の知っている人間の中での『あたおかランキング』堂々の一位に弥堂 優輝の名前が燦然と輝いた瞬間であった。

「ちなみに、あたしがさっき言ってた、あんたの手が触れてからあたしの胸を押し込んできたっていうのはどう言い訳するの? あんた色々ごちゃごちゃ言ってたけど最初のこれに答えてないの、あたしちゃんとわかってんだからね」

「それは誤解だ」

「急に口数が減ったわね」

 希咲に胡乱な目を向けられながら、何がどう誤解なのかについては語らないが、とりあえず誤解であるとだけ弁明した。

「そんなことはない。そうだな、押されたとお前が乳房にゅうぼうで感じたという話だったか?」

「だから言い方っ! あとスルーしてたけど『にゅうぼう』って読み方やめて! なんかやだ」

「注文の多い女だな。じゃあ乳房ちぶさと読めばいいのか? それで何か変わるのか?」

「胸でいいでしょうが……あんたいちいち単語のチョイス変なのよ…………てか、話そらすな!」

「逸らしたのはお前だろうが」

 弥堂は己を客観的に見ることのできない、理不尽な物言いをする女を軽蔑した。

「あぁ、もうっ! じゃなくて! あんたの手が押してきた感触したって言ってんの! むにってしたもん!」

「『むに』だと? 『ぷに』でも『ふに』でもなく確かに『むに』だったのか? おい、どうなんだ?」

「だあぁぁぁっ! もう、あんたはあぁぁぁぁっ‼ そのパターンはもういいわよっ! その3つで何がどう違うってのよ!」

「さぁな。ただ物事は正確である必要があると思っただけだ」

「論点を正確なままにしといてもらえないかしら……んで? どう言い逃れるのかしら?」

 腕組みをしながら見下ろすように強気な口調で問い詰めてくる希咲だったが、しかし、この時すでに弥堂は己の勝利を確信していた。

 現在議題に上がっている件についてもどうにでも言い逃れが可能であるし、なによりも、先程希咲が見せた疲れて諦めたかのような態度。
 弥堂の腐った経験上、口論相手があのような状態になった場合、かなりの高確率で相手の妥協を引き出すことに成功してきた。
 彼の尊敬する上司である廻夜部長風に言うのならば、『パターン入った』というやつだ。


「お前の言うその手を押し込んだだか押し付けただかというのは、お前の乳房ちぶさが形状を変えるほどの圧力を俺がかけた状態を指すということでいいのか?」

「は? え? まぁ……うん……」

「では、先程お前は乳の形状を変えたのだな?」

「だからそうだって言ってんじゃ……違うっ! あんたまたそうやって変なこと言わせてイチャモンつけようとしてんでしょ! あたしじゃなくて変えたのはあんたでしょ!」

「どういうことだ? 意味がわからんな」

「だーかーらーっ! あたしじゃなくて、あんたがあたしのおっぱいのカタチ変えたんでしょうが‼…………ちょっと待って……あたしなに言ってんだろ…………もうやだ……あんたマジでもう…………もうっ……!」

 頭痛を堪えるように額に手をあてながら、文句なのか自問なのか不明なことをつぶやく少女に、弥堂は「お前が勝手に喋ったんだろ」と反射的に言いたくなったが自重した。

 仕留めるのならばこのタイミングだと判断したためである。

 ここまで長い時間をかけてこの面倒くさい女との問答に付き合ってきたが、それもようやく終わる。

 しかし、あくまで目的は今後この女で金を稼ぐために友好的な関係を結ぶことにある。こいつを言い負かすことが目的ではない。とは云え、譲れないものもある。

 こちらが痴漢行為を働いたという点は認めるわけにいかないが、こいつが気分を害さない程度の勝ち方に留めなければならない。それには――

(――そうだな)

 騒ぐほどの大層なモノでもないくせに、頼んでもないのに勝手に乳を押し付けてきた痴女的行為を許してやる。

 こちらからの譲歩する部分はこんなものでいいだろう。

 奴からしてみれば、禁止薬物の使用を見逃してもらっている立場だ。この程度譲歩してやれば喜んでこちらに従うであろう。それに加えて、稼いだ売上げからきっちりとこの女にも分け前をくれてやるつもりだ。勿論それには口止め料も込められてはいるが、だがそうだったとしても――

(――俺も随分と甘くなったものだ……)

 弥堂はそう自嘲した。

 希咲は目の前で突然、フッとか言って遠い目をしだした男をとても不審に思った。同時に絶対にこんな男の言いなりにはならないと強く心に決める。

 決める、が――

(――あたし……マジでなにやってんだろ…………)

 希咲もフッと遠い目になった。


 目の前のこのアホ男との口喧嘩に勝ったとしても、それが一体何に繋がるのだろうか。

 希咲 七海は苦労性な女子高生だ。

 彼女が生まれ育ち現在も共に生活をしている家庭環境で多少の、彼女と交友関係にある幼馴染たちや彼らのご実家関連で多大な、多種様々な苦労や迷惑を被ってきた。

 今まで矢面に立たされてきたトラブルは、彼女の記憶にある限りは他から持ち込まれたトラブルで、そういった意味では現在直面してるこのトラブルは初の自身発のトラブルであるかもしれない。
 そんなトラブル慣れしている彼女であっても、今日の放課後だけで起きた出来事は、今まで経験したすべてのそれをひっくるめても超えている――というのは過言だが、肉体的な負担はともかく、精神的な疲労度ではぶっちぎりでワースト1を更新したと、そのように今の彼女には思えた。

 気分の浮き沈みの多い希咲ではあるが、割とポジティブな思考をしているので、ひどい目にあったと感じたとしても、意味のない出来事はなくどんな経験も後々なにか役に立つ日が来ると――そう考えてこれまで色々と乗り越えてきたのだが、今日のこいつらとのあれこれに関してはどう前向きに変換すればいいのか、そんな彼女を以てしてもその術は思いつかなかった。

 何の為に今自分は戦っているのかさっぱりわからなくなったが、このクズ男の言い分を受け入れるのも癪なので退くに退けない。

(もう帰りたい……バイトも休んで、おうち帰ってお風呂入っておふとんでまるくなりたい……)

 自分にとって今日の放課後は一体何の時間だったのだろう。

 答えの出ない、出す必要のない無駄な問いが彼女を只管苛んだ。

 遠い目をしながら無言で向きあう男女を、すっかりと存在感を失くした『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』のメンバー達が居心地悪そうに見守る中で、4月16日の放課後の時間は誰からも確実に失われていく。
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