俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章26 蠱惑の縄墨 ①

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「ねぇ~? 七海ちゃん。あなた随分と可愛らしい趣味をしているのね」

 弥堂が撤収の算段をしていると薄ら寒い猫撫で声があがる。白井のものだ。

「はぁ? なによ」

 頭のおかしいセクハラ男と入れ替わるような形で絡んできた頭のおかしい変態女に対する希咲の態度にはかなり棘がある。
 床に座りこんだままの姿勢だが眦をあげて白井を威嚇した。

 白井の仲間ということになる『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』のメンバーたちも、「また始まったよ」と言わんばかりに顔を顰めた。


「なに、って……ふふふ…………決まっているでしょう? パンツよ。あなたのぉ、お・ぱ・ん・つ」

「なっ、なによ。べっ、べべべべべつにいいでしょっ」

「えぇ、もちろん悪いなんて言ってないわぁ。とぉってもかわいいと思うわよ」

「じゃあ、ほっといてよ。なに穿こうがあたしの勝手でしょ!」

 突如として始まった白井 雅による希咲 七海のパンツ弄りに、もううんざりといった様子だった法廷院以下3名は態度を改め、身を正して拝聴する姿勢を見せる。

 間接視野にてその彼らの動きを捉えると白井はますます笑みを深め、さらに希咲に言い募る。

「とってもかわいいパ・ン・ツ、だと思うんだけどぉ、でもぉ……そうねぇ、ちょっとかわいすぎじゃないかなぁとかも思ってぇ」

「うっ、うるさいわねっ。関係ないでしょ!」

「そうねぇ、関係ないわねぇ。だからただの感想よ、私が勝手に言ってるだけの感想。なんというかゴメンなさいね。あなたってギャルっぽいからもっと大人っぽいというかぁ、『キワドイ』デザインが好きなのだとばかり思っちゃっててぇ……」

「なんだっていいでしょ! てか、ねぇ、やめてよ。男子たちいるのに……」

 勢いづいていく白井の弄りに希咲は焦りチラチラと視線を弥堂や他の男子たちの方へやり顔色を伺う。

 つい先ほど実物を全員に披露してしまっているので、ここで下着に関する情報を隠しても今更という感はあるのだが、乙女的にはそういう問題ではないのだ。

 それを正確に理解した上で白井は希咲に詰問をしている。

 希咲がこの場で盛大にスカートの中身を晒したことで、また一人他の女を自分の居る場所まで引き摺り降ろしてやった。白井さん的本日の成果である。
 しかし、自分はパンチラというかパンモロ程度では済まなかった。複数人の男子を含む衆人環視の中で、他の女から下着について執拗にダメ出しをされたのだ。

 だから彼女は手を緩めない。

 この場で希咲の着用している下着を徹底的に貶めることで取り戻せない過去の自分を救うのだ。

 狂った女の妄執である。


「まぁ、趣味はひとそれぞれだと思うんだけどぉ……でもちょっと少女趣味すぎるかなぁ、とかぁ。あなたそういうのが好きなのかしら? 私はほらぁ、もうちょっと落ち着いているというかぁ、洗練されたもの? が好みだからぁ、ちょっとわからなくて……ゴメンなさいねぇ」

「べっ、べつにこういうパンツばっかじゃないしっ! 他のも持ってるから! 今日はたまたまよっ」

 少女趣味と称された希咲さんの本日の下着は、薄いパステル系のブルーに黄色いリボンやフリルにお花の刺繍などをあしらった意匠のものである。

 抜群の煽り性能を発揮する口調で謎のパンツマウントをとってくる白井に激しく苛つく。

 なぜならばその白井の本日の下着は、本人は洗練とか言っているが研ぎ澄ましすぎて下着として機能するための布地の大部分が削れてしまったかのような、詳細を語るのは道徳的に憚れるほどに非常に先鋭的なデザインであったからだ。


「たまたま……へぇ~……偶然……ふぅ~ん……」

「そっ、そうよっ! いつもこういうのだけ着けてるってわけじゃないんだからっ…………で、でも……こういうの着けてると愛苗がいっぱいかわいいって言ってくれるし……」

「は?」

 希咲を甚振るのが楽しくて仕方ないとニヤニヤしていた白井が、希咲の言葉を聞き咎めると真顔になり一歩下がる。

「あなたレズなの?」

「ちがうわよっ‼」

 もっと強く言い返したい衝動に駆られるが、希咲としては自分の下着に関する話題をこれ以上広げたくないがために、努めて我慢をする。


「でもぉ、ちょっとブリブリし過ぎじゃなぁい? なに? あなたオタクウケでも狙っているの?」

「はぁ? ちがうしっ。んなわけないでしょ」

 続いた白井の言葉に過剰に反応をしたのは返答をした希咲ではなく、目の前で繰り広げられるパンツ討論を傍聴していたオタクどもだ。3名ほどの男がピクリと肩を跳ねさせた。

『オタクウケを狙ってる』。ということは『希咲 七海はオタクが好き』。

 そして『自分はオタクである』。

 故に『希咲 七海は自分のことが好き』。

 論理的に考えるとそういうことになる。


 そんなわけはない。

 それはわかっている。

 だが、これは可能性の話なのだ。


『ギャルはオタクに優しい』『優しいということは好きなのである』。この論説は都市伝説だとされている。

 だが、しかしだ。

 そういうギャルが存在しないというデータもまた、どこの学会にも存在していないのも紛れもなく事実なのである。

 悪魔はいる。悪魔はきっと存在するのだ!
 オタクを甘く誑かすギャルという名の小悪魔はきっと……!

 夢は見るものではない。しかし可能性を根から否定することもまた非科学的なのである。

 童貞という生き物は脳の構造上そのように考える。そういう風にデザインされている。これは科学的に仕方のないことなのであった。

 3匹の童貞たちは身体の奥底から湧き上がるものを感じた。

 これは性欲などではない。愛と勇気だ。
 そして希望は彼女が――彼女のパンツがくれた。


「やめろよ白井さん!」

 吠えたのは本田だった。

弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』のメンバーの中でも、一番気が弱そうな本田があげた白井を咎める制止の声に、それまで上機嫌に満面の笑みで希咲を詰っていた白井はピタっと喋るのをやめてスッと表情を落とす。

 その様子に希咲はビクっと肩を跳ねさせて怯えるが、白井は希咲には構わずにゆっくりと仲間たちの方へと首だけを回した。

「あ゙?」

 ガンギマリの目ん玉だった。

「なにそれ? ねぇ、今の私に言ったの?」

 瞬き一つせずに瞳孔が収縮した目玉を剥きだして問い正すが、本田はすぐに「ヒッ」と悲鳴をあげると黙ってしまう。

 しかし、彼は一人ではない。童貞は一人ではないのだ。

「や、やめろって言ったんだよ、白井さん。これ以上希咲さんに酷いことを言うんじゃない」

 過呼吸気味に浅い息を吐き続け言葉を失ってしまった本田の後を引き継いだのは西野だ。

 常に人と目を合わせようとしなかった彼だが、はっきりと勇ましく白井の目を見ながら要求を突き付けた。

「…………」

 白井さんは無言であった。てっきり即座に激昂すると思っていた西野は死刑執行寸前の罪人のような面持ちで冷や汗をダラダラと流す。

 白井は無言で彼らの顏を暫し見渡すと「ふ~ん」と何かしらの納得を得たように声を漏らした。

「チッ、そういうことね……本当に気持ち悪いったらないわ」

 拗らせた処女である白井さんは正確に童貞どもの思惑を察した。

「あなた達、本気でやれると思っているの? その為に仲間を裏切るのかしら?」

 鋭い白井の指摘にやましい所だらけであった男たちはギクっと肩を揺らした。

「な、なんのことかな?」
「僕は別にあくまで一般的に考えてよくないことだなって思ったからそんなことを仲間にして欲しくないなってやっぱり組織として長期間健全に存続するためには自浄作用というものが――」

 惚ける本田と突然早口で何やら理屈を捏ねだした西野には目をくれず、白井は彼らの中心に立つ男に視線を向けた。


 その男は車椅子に鎮座し悠然とそこに居た。

 側近二人があっという間に馬脚を現したが彼だけは何も憚ることなく、白井の視線を受け止めた。まるで玉座に君臨する王のように。童貞の王、法廷院である。


 突然自分から矛先を変えた白井に戸惑う希咲は所在無さげにし、弥堂は少し目を離すとすぐに争いを始めるこの学園の生徒の民度の低さに辟易とした。
 弥堂が何かを要求するように、一人だけこの諍いに参加していない高杉に視線を遣ると、彼は瞑目してただ首を横に振る。弥堂はイラっときた。


「代表……あなたもなのね。もちろん本気――なのでしょうね。でも果たしてあなたにやれるのかしら?」

「白井さん。そうじゃない。そうじゃないんだよ。結果の保証なんてボクらは望んじゃあいないんだ。これは可能性の問題なんだよ。それを否定するなんてとっても『ひどいこと』だぜ? だってそうだろぉ? より良い未来を望むことは誰にだって許された『権利』なはずだ」

 まるで「テメェにワシが殺れんのか? おぉん?」というように聞こえもする会話だが、もちろん彼らの言う『やれる』とはそういう意味ではない。

 決別の気配が場に漂い、白井は少し寂しそうに薄く笑うと他の二人にも視線を向ける。

「あなた達も同じ、なのかしら?」

「…………」
「……確かに僕たちは陰の者かもしれない。でも、だからこそ光に焦がれるのさ。だって、仕方ないだろう? 彼女はっ……こんな僕たちにも……優しかった……優しかったんだ……っ……!」

 本田は黙って先程希咲に貸してもらったハンカチを大事そうにギュッと両手で握りしめ、西野は泣き笑いのような表情でそう答えた。彼も先程希咲に弥堂の暴虐から庇ってもらったことを忘れてはいない。


 普段なにかと悪目立ちをし、時には自分たちのような陰の者を蔑むような言動をする者もいる所謂ギャル系という陽の者ども。
 そんな陽の者どもに対して彼らは勝手にコンプレックスを抱き、時には陰口を叩き、恐れながらも内心で見下してみたり嫌いだと嘯いてみせたりもした。

 しかし、この場を借りて誤解を恐れずにはっきりと断言をしてしまえば、それでもギャルものが嫌いなオタクなどこの世に存在しないのだ。理屈ではなく真理なのだから仕方がない。

 それが真実であることは何よりも売上げが証明してくれている。一時期よりは衰えたとはいえ、しかし未だに根強くギャルものは売れ続けている。大きな声では言えないが、もちろんAVの話だ。

 アイドルは嘘を吐くし、Vの者だって嘘を吐く。

 しかしAVだけは自分に嘘を吐かない。人は時間を停止させることだって出来るのだ。信じれば1割くらいは本当になる。
 当然彼らは健全な高校生なので視聴をしたことはない。もしも仮に公式プロフィールを作成するのならばそう記入することになる。閲覧履歴の公開は諸事情により困難だが、そういうことになる。
 だが、見たことがないからこそ信じられるものもあるのだ。

 童貞たちは強くそう信じていた。


 しかし、それが許せない者もいる。

「……気に入らないわね」

 もちろん白井さんだ。

 ギリッと親指の爪を噛む音が静まった廊下に響く。

 腹の奥底から煮え滾るような温度の嫉妬と憎悪が湧き出てくる。氾濫した溝川から溢れてきた吐泥へどろのように、悪意で穢れたオーラが彼女から漏れだしその身に纏わりついていく――くらいの勢いで彼女は憤怒した。実際にそんなオーラのようなものは通常は人からは出ない。

 しかし目玉の白黒が反転しているように錯覚するほどの白井の凶相にはそれくらいの迫力があった。
 ガチガチと西野と本田が歯を打ち鳴らして怯える。

「私を裏切るなんて……あなたたち絶対に許さないわよ……」

 彼女は怒り狂っていた。

 もともと白井が彼らの組織する『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』に所属することになったのは、リーダーである法廷院に勧誘されてのことであった。
 そう目立つような存在でもない自分をどうやって見つけて選んで声をかけてきたのか、その理由は全くを以て不明だったが、彼女が参加することを決めたのはなにも彼らの目的や思想に感銘を受けたからなどではない。

 白井 雅は地味な少女であった。それは容姿が特筆して優れているわけではないという点だけでなく、性格的にも騒ぎを起こしたり他人に迷惑をかけるようなことをしたりすることもなかった。

 そんな彼女が『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』などという特級迷惑集団に加わったのは、先に彼女自身が述べた他の女性に対して逆恨みをぶつけるという理由よりも先にまず、なによりも自らの承認欲求からであった。

弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』の男子メンバー達は謂ってしまえば冴えない男子たちである。とてもそうとは思えない過激な活動をしているが、基本的に各々の所属クラスでは陰キャとして日々の生活を慎ましく送っている。

 白井から見ても、そんな程度の低い所謂カースト下位の者どもではあるが、だからこそそんなメンバーの中でなら少しだけ地味めだから目立たないだけの自分のような女子でも、きっと下に置かない扱いをしてもらえると、そう期待をしたためである。

 要するに、彼女は男にちやほやされたかったのだ。こいつら程度だったら容易にオタサーの姫的ポジションに納まることが出来る。当時の彼女はそう安易に考えた。そして多少キモイ連中ではあるが、実際に高杉以外の者たちはとりあえず優しくはしてくれた。
 それに味を占めて調子にのり段々とエスカレートしていった結果が現在の人間関係である。

 オタサーの姫というか完全に悪の女幹部とその手下のようにしか傍からは見えないが、白井本人はそれなりに現状の立ち位置に満足をしていた。

 もちろん白井が恋する相手は、この学園内や町内に留まらずもしかしたら市内都内でもトップクラスと云っても過言ではないかもしれない、ウルトライケメン紅月 聖人さまである。

 仮に『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』のメンバーの誰かが自分に告白をしてきたとしても、交際を承諾することなどは決してありえない。
 しかし、例えそうだったとしても、それでも彼らが他の女に色目を使うことなど断じて許さないのだ。


「飼い犬に手を噛まれるとはこのことを言うのかしら」

「ぼっ、僕達は白井さんの犬なんかじゃないぞ!」
「そっ、そうだ! 白井さんは優しくないんだよ! 最初はあんなに大人しかったのに……」

「黙りなさい!」

 口答えをしたことで白井に一喝されるが、本田も西野も退かなかった。震えながらも視線を強めて彼女を見返す。

「なによ。私のこと可愛いって言ったくせに……本田? じっとり湿った気持ち悪い手で私の手を握りながら言ったあれは嘘だったのかしら?」

「おごぉっ――」

「西野、あなたもよ。僕だけはどんな時もキミの味方だよって言ったわよね? 言っておくけど、恋人でもない男に頭を撫でられて喜ぶのはあなたが愛読している気持ち悪い小説に出てくる女だけよ」

「ひぎぃっ――」

 勇ましく立ち向かった彼らだったが、過去にとられていた恥ずかしい言質を暴露され即座に白目を剥いた。


 白井も白井で『アレ』な女だが、彼らも彼らで大分『アレ』であった。

 今でこそ『一生推せる』くらいのノリで希咲を庇っているが、それは自分たちとは対極の陽キャの権化のように思っていた、見た目は可愛いがちょっと怖いギャルに優しくしてもらったり、気が強そうで性に奔放だと決めつけていたら、ちょっとしたことで恥ずかしがったり泣いてしまったりと、そういった彼女が見せたギャップに簡単にコロッといってしまっただけのことである。

 以前は以前で初期の出会ったばかりの白井に対しても、こんな自分の話も聞いてくれるし大人しくて話しかけやすい子ということで、簡単にコロッといってしまいその結果少々燥ぎすぎてしまったら、この度無事に黒歴史として暴露されてしまった。
 モテない男の宿命である。


 つまりは、彼ら彼女らの人間性とは所詮そんなものであり、彼ら彼女らの人間関係とは所詮こんなものであった。
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