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序章 俺は普通の高校生なので。
序章31 バイアスの種 ②
しおりを挟む先程までの怯えようとは打って変わって、彼はその瞳に挑戦的な色を灯し、ニヤリと唇を歪めた。
「おいおいおい、勘弁してくれよぉ、せんせぇ。冗談で済まそうだなんてそれこそ悪い冗談だぜぇ。だってそうだろぉ? 既に現実で可視化されている『差別』を法制度によって合法化しようだなんて、そんなこと冗談でも口にすべきじゃあないぜぇ」
「……法廷院」
「おっとぉ。ボクのことは苗字で呼ばないでおくれよぉ。これは前にも言ったことがあったはずだぜぇ、権藤せんせぇ? なんにせよ、誰に権限がなくともこのボクが許さないぜ。その権限を誰もが持てるようにするのがボクたちの存在理由なんだ。差別をする者が許せないんじゃあない。だってそうだろぉ? 人が人を見下す。その思想と発想こそが! ボクの――ボクたち『弱者の剣』の倒すべき敵なんだぁ!」
「法廷院。俺はまだお前に喋っていいとは言っていない。もう少し黙っていろ」
「なんてこった! 教師の立場を利用して生徒の発言を封じるのかい? こいつはきっぱりと『言論統制』だぜぇ。だってそうだろぉ? 『言論の自由』と『発言の機会』は全ての国民に『平等』に与えられた『権利』なはずだからねぇ」
「そうか。だったら自由に選べ。自発的に黙るか、俺に顔面を掴まれて黙らされるか、だ。ちなみに俺はリンゴを素手で握り潰すことができる」
どこかで聞いたような論調の権藤先生の説得に対し、法廷院は自らの自由な意思のもと、お口にチャックをして大人しくすることを選択した。
権藤から見て法廷院 擁護という生徒は弥堂とは違った意味で厄介な人物で、生徒という立場を弱者という位置に置いて、こちらに反論しづらい状況を作った上で一方的に喚き続けるという卑劣な生徒である――そういう認識である。
前に一度、気の弱い同僚教師などは、上記の状況で授業中に噛みつかれ好き放題に騒がれた挙句、反論の機会を与えられないままに『論破した』などと言い周られ、悔しさと不甲斐なさからくる自責の念で休み時間に職員室で泣いていた。とても痛ましく同情をした。
この手のガキにはとにかく喋らせないことが重要だ。どうせ話などまともに聞きはしないのだ。
幸いにも彼の保護者からは、多少無茶をしても構わないから厳しくいって欲しいと許可は得ている。
ならば、とっとと脅して従わせるのがスマートな大人のやり方といえよう。
首尾よく法廷院を黙らせた権藤は弥堂へと向き直る。聞き捨てならないことはまだいくつもあるのだ。
「弥堂。おまえ――」
聴取を再開しようとして、聞こうと思っていた内容とは別のことがふと頭を過り、口を閉ざす。
顎に手を当て、数瞬思考する。
「なぁ、弥堂。先生な、先日こんな出来事があったんだが……」
「はぁ」
突然、世間話でもするかのような語り口に変わった権藤の様子を、怪訝に思った弥堂の口からは曖昧な声が漏れる。
「ある日の放課後にな、突然緊急で予定にない職員会議を開くと招集をかけられたんだ。先生な、その日はジムを予約していたんだが、それはまぁいい。で、だ。どうも学園への意見箱に極めて不謹慎なイタズラが投書されたと、生徒会経由で回ってきたらしくてな……」
「ナメられたものですね。俺に犯人を捜し出して断頭台に上げろとの要請でしょうか?」
「うちの学校にそのような不謹慎な設備はない。仮にあったとしたらとっくに俺がお前に使っている――いや……まぁ、聞け。その投書の中身がな、簡単にいうと、不良生徒を断罪するための法廷を学園内に設置しろだのというイカれた内容だったんだ。当然その内容に怒り心頭となった職員は多かった。そのせいか、会議は相当に長引いてな…………あれは長かった……本当に長かったんだ……クソッタレめ……!」
語りながら当時の心境を思い出したのか、権藤は隠しもせずに毒づく。本当に長かったのだ。スポーツジムの予約をキャンセルしなければならなかったほどに。
「で、だ。先生さっきな、お前と話していてこのことをふと思い出したんだが。なぁ、おい弥堂」
「はっ」
「あのタチの悪いイタズラはお前の仕業か?」
教職に就く者とは到底思えない殺気のこもった鋭い視線で弥堂を刺す。
「イタズラか――と問われれば答えはNOですが、裁判所の設立を要請したのは俺か――と聞かれればその答えはYESです」
それでもなお何ひとつ悪びれる様子もなく堂々と自白する隣のクラスメイトに、希咲は目を見開いて信じられないものを見るような目線を向けた。
もうこれ以上彼に何か喋らせるべきではないのだが、驚愕のあまり止めに入ることを失念する。
「ところでその件の実施はいつからに? 可及的速やかに、と要請をしたはずですが?」
悪びれるどころか、まるで「お前らの決済が遅いせいで現場が迷惑してるんだが?」と言わんばかりに、逆に権藤を追及するような態度をとる弥堂に他の生徒たちの顔色は悪くなるばかりだ。
「いつからもなにもあるか。あれは否決された。当たり前だろうが」
「バカな――⁉」
「――ぶっ」
信じられないとばかりに弥堂は目を見開き驚愕する。
普段表情に乏しい男が不意打ちでかましてきた迫真の顔芸をすぐ隣で見てしまった希咲は、場の状況的には不謹慎なのだが、その顏がちょっと面白かったのでつい噴き出してしまった。
当然、ギロッと権藤に睨まれてしまったので、バッと素早く俯いて誤魔化す。小さく腰を横に振って弥堂の腿を尻で小突いて八つ当たりをした。された本人はまったく意に介さない。
「なにを悠長に平和ボケを…………っ! 手遅れになっても知らんぞ」
「お前……まさか本気なのか……? イタズラじゃなく? 頭イカレてんのか?」
「うるさい黙れ。貴様ら教員どもは、四の五の言わずにこちらが持ってきた書類に阿呆のように判を押していればいい」
「コ、コラっ! 口調っ……!」
「中学時代のお前の担任は一体どんな教育を施したというのだ……」
ついに敬語を使うことすらやめた問題児を目に映し、権藤先生は昨今の義務教育の現場に疑いをもつ。
「そんなことよりも、弥堂。お前さっき、こいつらが迷惑行為をしているという情報を予め掴んでいたと言ったな? 昨日委員会の集会に参加したが、俺はそんな報告を受け取ってはいないぞ。どういうことだ?」
「あぁ……それなら難しい話ではありません。俺が個人で所有している情報網に掛かっただけで、裏どり前だったのでまだどこにも情報を共有していなかっただけの話です」
「……それは、つまり、お前が私的な目的で他の生徒たちの個人情報を誰かに収集させて保管している、ということか……?」
「必要なことです。詳細や協力者については話す気はありません」
希咲が隣でハラハラと見守る中、弥堂と権藤のやりとりは段々と剣呑な空気になっていく。
「……それは、どうしてだ?」
敵兵を射程に収めた兵士のような表情で問い詰める権藤に対し、弥堂は心底くだらないことを訊かれたとばかりに「ふぅ」と、わざと大袈裟に溜め息をついてみせる。
「……いいか、権藤教師。俺はこう言っているんだ。お前には知る資格がない」
「ばかっ……ばかっ……! なんでそんなこと言うのよぉ……っ!」
あわあわしながら顔面をぺちぺち叩いて止めてくる希咲を無視して弥堂はそう答えた。
それに対して、権藤はすぐに言葉を返す様子もなく無言だ。だが、思わず、なのだろう。グッと右の拳を握りこんだ。
そうしたら――グバッと、その逞しい腕を収容したYシャツとその上に着込んだスーツの右袖が肩から弾け飛んだ。
弥堂以外の全員がギョッとした。
冗談の様に肥大化し二枚の生地を突き破って露わになったのは、膨大な時間と情熱の果てに完成した極上の肉だ。
頭蓋骨より大きいのではと錯覚するほどの塊となった上腕二頭筋は誘うように艶めき、まるで別々の生き物のように蠢いた前腕の屈筋群と伸筋群が、持ち主の闘争心を暗喩するように固まる。
「せせせせ、せんせいっ! あのっ! このバカにはあたしがあとでちゃんと言い聞かせますんでっ! その…………ごめんなさいっ……ごめんなさい…………っ!」
一戦交えだしそうな教師と生徒の雰囲気に危機感を覚え、希咲は弥堂を背後に押し遣るようにしながら、バカ息子が万引きで捕まったせいで呼び出しをくらった不運な母親のように必死にペコペコと頭を下げる。
そのあまりに不憫な姿を見て、罪悪感に苛まれた権藤は拳を解いた。
彼女はそのギャルっぽい見た目から自由に遊びまわっているように誤解を受けがちだが、実際はシングルマザー家庭で3人の弟妹たちの面倒を見ながらアルバイトまでこなして家計と家事を助けるという、同年代の他の学生よりも相対的に苦労がちな女の子だ。
当学園に於いて生徒のアルバイトは、希咲のように家庭の事情などにより必要性があると判断がされた場合に許可がおりる。
当然彼女はその申請の手続きをして正式に許可を得ているため、必然的に権藤のような教職員の幾人かは彼女の家の事情を把握している。
チラリと弥堂を見る。
長年教師をやっている自分にはわかる。
こいつは間違いなく一級品のクズ男になる。
ここで怒りのままにこのクズをぶちのめすのは簡単だ。しかしそれは根本的な解決法にはならない。
教師としてはっきりと口に出してそう言うことは憚れるが、この男が改心し更生することは未来永劫ないだろう。
チラリと希咲に視線を戻す。
力を抜いた権藤の筋肉がわかりやすく半分ほどのサイズに萎んだのを、「人間ってそういう生き物だったっけ?」とどん引きしながら見ていた希咲は権藤と目が合ってビクっとなった。
この苦労性でがんばりやの今時珍しいいいこに、そこのクズ男の保護者のような真似をさせるのは忍びない。権藤は鉾をおさめることにした。
「法廷院。お前らのそのナイーブ……なんとかってのはなんだ? 暴走族か?」
「あ~はぁん?」
気分を入れ替えるために法廷院へ話を振ったら、イラつくイントネーションで返事が返ってくる。
「そうだねぇ。自由を求めて未来へ爆走するという点では暴走族と言えなくもないかもしれないねぇ。だってそうだろぉ? この道の先に広がる地平線は果てしなくまっ平らでとっても公平っぽいからねぇ。それなら征くさ、スピードの向こう側にね。ただし、ボクたちがご近所へお届けするのは排気音ではなく弱者の悲痛な叫びさ」
「……そうか。つまりサークルや同好会のようなもの……で、いいのか?」
「おいおいおい、せんせぇ~。勘弁してくれよぉ。そんな子供のお遊びと一緒にしてほしくはないねぇ。だってそうだろぉ? それらは学校という箱庭を卒業すればなくなってしまうものじゃあないかぁ。ボクたちは人生を賭して戦っていくと決めて活動をしているんだぜぇ」
『たち』という表現に対して、高杉以外の『弱者の剣』のメンバーが「えっ?」と法廷院の方へ驚愕の視線を向ける。
「……冗談、ではない、のか……そうか…………いいか? 極力、うちの卒業生であると言うんじゃないぞ? 我が校の教育が疑われる。あと他の生徒には迷惑をかけるな」
「迷惑だって? なんてこった。そうやって少数を切り捨て続けてきた結果が――はい、わかりました」
勢い勇んで口上を述べようとした法廷院だったが、権藤先生の左袖がハジケ飛んだのを見て了承の意を唱えると、お口を閉じて自由な意志のもとに『きをつけ』をした。
権藤は重苦しく息を吐く。
どうしてこの学園はこんな奴らばっかりなんだ、と。
ここ1.2年は特に酷い。しかし、一部のもはや手の施しようのない連中はともかく、他の極めて一般的な生徒たちだけはどうにか無事に社会に送り出してやらねばならない。
己の責務の重大さを再認識する。
そして今日はもう遅い。
この場はもう有耶無耶に済ませてでも生徒たちを帰宅させるべきだろう。最近は街の治安にも不安がある。
そしてこの後にスポーツジムの予約をしていることを思い出し、己の予定の逼迫さを再認識した。
「まぁいい。おい弥堂。今日はもう見逃して――」
『――やるから明日反省文を提出しろ』
このように告げるつもりが、途中であるものが目に入った権藤の言葉が止まる。
その様子を怪訝に思った希咲が「ん?」と彼の視線を追う。
権藤はコンクリート製の壁の一点を見て立ち尽くしていた。
その一点には大体成人男性の拳大ほどの大きさの破損があった。
希咲は「ぅげっ」と小さく呻きをあげると、慌てて目線をそらしキョドキョドした。
「弥堂。これはなんだ?」
「これとはどれのことでしょうか?」
弥堂は背筋を伸ばし目線を自分の正面から一切動かすことなく聞き返す。
「俺の目線を追え。わかってるんだろう?」
「これは――⁉ 気付きませんでした。壁に破損が見られますね」
希咲は思わずバッと弥堂の方を見てしまった。
表情に乏しいなりに、軽く目を見開いて「驚きました」といった雰囲気の小芝居をしつつ、正々堂々とすっとぼける隣の下手人を地球外生命体に向けるような目で見た。
「嘘だっ!」
「先生っ!」
「こいつがやりました!」
ここぞとばかりに法廷院、西野、本田が弥堂を指差して教師に真実を伝えようとする。
「――と言っているが?」
「冤罪ですね。胸が痛みます。いいですか、先生。こいつらは普段からこうして在りもしない罪と加害者をでっちあげて一般人に絡んでいるのです。事実、先程も希咲に対して同様の犯行に及んでおり、それを俺が現行犯で押さえたというのが本日この場での事件です。つまりこのような前科者どもの証言は信用に値しません。常軌を逸した精神構造です。恐らく薬物――でしょう。責任を持って俺が追及をします」
「……急に口数が増えたな? 俺はお前がそんなに饒舌に喋っているところを初めて見たぞ」
「誤解です。必要があれば喋るし、逆に必要がなければ――それは当然のことであり、先生、貴方も同じでしょう?」
「……では、何故壁が壊れているのかをお前は知らない。そう主張するんだな?」
自らの生徒のことを微塵も信用などしていないという鋭い視線で嫌疑を投げかける権藤に対し、理路整然風に嘘を並べたてる弥堂。
その二人の問答を聞きながら、弥堂の隣に立つ希咲はダラダラと汗を流す。
「俺を見てください、先生。丸腰です。これでどうやってコンクリを砕けと? 仮に俺が犯人だったとしても、その証拠を出すどころか破壊に至った手段すら挙げることが出来ないのであれば手落ちでしょう。カーテンやガラスならまだしも、まさか一介の高校生が素手でコンクリートを破壊したとでも? 先生、あなたは疲れているんです。有給休暇をとられてはいかがでしょう」
「弥堂。俺は『犯人』の話など一言もしていないぞ。俺は『何故壊れているか知らないのか?』と訊いただけだ。語るに落ちているぞ」
「まだるっこしい話はなしにしましょう。効率が悪い。権藤教師――あんたは俺を疑っている。そうだろう?」
「そうだ。俺は、お前を、疑っている。確かに普通に考えて素手でコンクリを砕くなど無理だろうな。状況的に実行は難しい。動機もわからん。証拠は何もない。だが――いいか、弥堂。それでもだ。それでも俺はお前が犯人だと確信している」
ギスギスどころでは済まない弥堂と権藤の会話に、強制的に傍聴人にさせられている希咲はおなかが痛くなってきた。
希咲の記憶にある自身も経験してきた生徒と教師の会話とは、こんなに緊張感いっぱいなものではなかったはずだ。
『普通』に考えると、権藤の言っていることは相当に酷い。
およそ教師が生徒へと向けるような言葉ではなく、極めて相応しくない。仮にSNSなどでとりあげれば間違いなく炎上するだろう。
しかしそれは、ここに居る者の固有名詞を全て取り除いて、『登場人物A』『登場人物B』などの記号に発言内容を紐づけて語った場合の話だ。
弥堂なのだ。
生徒とはいえ相手は弥堂なのだ。それを考慮すると不思議と権藤の対応が適切なもののように思えてくる。
希咲は今日何度めかの、何が正しいのかという自身の価値観の揺らぎに眩暈を感じた。
弥堂 優輝。
高校二年生となったこの4月に初めてクラスメイトとなり、とはいえ今日まで然程は絡む機会がなかった男子生徒。
自身の親友である水無瀬 愛苗との関係性上、色々と彼女から彼について話には聞いていた。
しかし、彼女は頭にお花がピコンと咲いているような、ぽやぽやした女の子だ。基本的に水無瀬はポジティブなことしか言わないし、そもそも他人に対してネガティブな感情を抱くことすらないのだろう。
そのため、水無瀬自身が語る話の内容は、彼女以外の生徒から聞く弥堂の人物評とは大きく乖離をしており、彼に対しての個人的な興味が希咲にはまったくなかったことも相まって、今日までその人物像を上手くイメージ付けることが出来ないでいた。
ちなみに他の生徒からの悪評とは、まぁ、ひどい。しかし、それらをここで改めて頭の中に並べて思い浮かべる必要はないだろう。
なぜなら、さすがに盛っているだろうと今まで話半分で聞き流してきた噂ですら好意的な意見に思えるほどに、今日ここでこれまでよりも濃密に関わった弥堂 優輝という男は、その実態の方が噂よりも遥かに酷かったからだ。
たったこれだけの短時間でそう決めつけては、それは早計だとお叱りをうけるかもしれない。
だが、希咲は確信をしていた。
この男はきっとこんなものではない。
おそらく知れば知るほどに嫌いになる。
そうに決まっている。
だから、権藤の対応も、今自分が抱いている『弥堂だから』という――法廷院に謂わせれば差別的になるであろう――感情もきっと間違っていないはずだ。
弥堂の発言は一見すると筋が通っているように聴こえる。『登場人物Aさん』が発言してさえいれば。
普通に考えて、弥堂の言う通り、ただの高校生が何らかの道具もなしにコンクリの壁を破砕するなど、まぁ出来ないだろう。それは間違いない。
だが――
(――目撃、しちゃってるのよねぇ…………はぁ……)
どれだけ筋が通っていようとも、実際に現場に立ち会ってしまったのならばその限りではない。
これに関しては相手が『弥堂 優輝』であろうと、『登場人物A』であろうと関係ない。
現行犯で抑えてしまっている以上は、いくら相手が『登場人物Aさん』であっても、無実を信じてあげることは出来ないのだ。
(ごめんね、Aさん…………うぅ……)
誰とも知れないAさんに詫びて心中でおよよと泣く。
つまりこの場は、学校の建物を壊した生徒が先生に追及されているけどすっとぼけている――という構図だ。
ではなぜ、希咲がこのように煩悶憂苦しているのかというと――
(やっぱ……言った方がいいのかなぁ…………)
――教師である権藤に真実を告げるべきか、という問題のせいだ。
まず前提として、嘘はよくない。
ただ希咲とて潔癖なまでに、全ての嘘に対して即座にアレルギー反応を起こす程までに、『嘘』を否定するつもりはない。
今日この場に来る前に、放課後になってすぐに昇降口棟で思い悩んだ自分を取り巻く環境への憂いのように、希咲自身の言動についても思い当たることはある。
誰彼構わずという訳では当然ないが、しかし確かに自分もあちこちで真実ではないこと、心にもないことを日常的に言っている。
それについては、人間関係を円滑にするためという言い訳は出来るし、それを建前としてトラブルを未然に防ぐために使っているという正当性を主張することも出来る。
だが、それでも、嘘は、正しく、嘘だ。
ただ、一つだけ声を大にしても云えることがあるとすれば、決して悪意を以てその嘘を吐くわけではなく、人を傷つける意図もそこにはない。それだけは神にも誓える――ということだ。
対して今回の弥堂の言動はどうだろうか。
不可抗力の事故でもなければ、緊急性や必要性に駆られて仕方なく――というわけでもない。
ただ法廷院たちを脅しつけるためのショーとして、学園が所有する建築物を贄とし、悪意を以てそれを破壊して見せた。
その行動の中に正当性の存在を主張するのは難しいだろう。
つまり、彼はわるいことをした。
ならば、法廷院たちが今しがたそうしていた様に、希咲も教師である権藤へと真実を伝えるべきなのだが――
(――でもなぁ……こんなんでも一応クラスメイトだしなぁ……)
先述のとおり彼とは友人でもなんでもない。なんなら仲が悪い部類だったかもしれないし、今日の出来事のことを含めたら、脳内の『キライなヤツ』のフォルダにバッチリその名前が入った。
それでも、『クラスメイト』というだけでそうでない他の者よりは何となく特別な関係性のように感じてしまうし、何故だかわからないが庇ってあげなくてはいけないような気もする。
感じ方に大小はあるだろうが、おそらく学生特有の価値観だろう。
しかし、かと言って悪いことは悪いことだし、それをなかったことにするのが正しいことだとも思えない。
こんなことを――今月高校二年生となり、あと数か月で17歳の誕生日を迎える今の年頃に――改めて真面目に思い浮かべるのは、それ自体が恥ずかしいことだが、先生に嘘を言うのはいけないことだ。
相手が教師でなければ嘘を言ってもいいのかという問題では当然ないのだが、それでも教師が相手だと特別忌避感があるように感じられてしまう。
これも学生特有の価値観なのだろう。
去年の今時分には『クラスメイトだから――』とか『先生だから――』などと考えていられないくらいの酷い『事件』に巻き込まれ、それを乗り越えるために相当に形振りの構わないようなことをしてきた自覚がある。
それからたったの1年ほどで、このような学生らしい葛藤で躊躇うのは「なんだかなぁ」と思う一方で、くだらないことだが喜ばしいことなのかもしれないと、困ったような呆れたような不思議な感慨を得た。
そんなことを今この時に思い悩むのはもちろん、現実逃避なのだろう。
遅かれ早かれ、希咲も権藤から聴取をされる。その時にどう応えるのか、自分の返答を選択しなければならない。
そして、その時はくる。
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