俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章38 茜色のパラドックス ③

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 日本語の難しさから、不運にも勘違いをおこし恥をかいてしまった希咲だったが、顔を紅潮させつつもそれを誤魔化すように反撃に討って出る。


「だいたいっ! 一万歩ゆずって! あたしがあんたにケンカ売ろうと思いました! 『よぉ~し、これからビトーくんとケンカだからぁ赤いパンツにしぃ~よおっと♪』 そんな女いるかあぁっ! ぼけえぇぇぇっ‼‼」

「さぁ、それはわからないな、いるかもしれないし、いないかもしれない」

「いないからっ! そんなデートみたいな感覚で、ケンカするのにパンツ替える女なんて絶対いないから!」

「そうか」

「そうよ! ――って、あっ⁉ か、勘違いしないでよねっ! 別にあんたと帰宅デートって思って替えたとかじゃないから!」

「そうか」


 つい今ほど、親友の好きな人が自分に興味を持つという最悪の想像をしたばかりで、希咲はそのあたりに大変ナーバスになっていたが、年頃の女子同士の機微になど微塵も精通していない男は意味がわからず適当に流した。


「では何故おぱんつを攻撃用装備に換装したのだ?」

「女子のおぱんつに攻撃用装備とかないから…………いや、でもあながち完全に否定できない……?」

「ほう。ついにボロを出したな希咲 七海」

「ちがうからっ! そういう攻撃じゃないから!」

「どう違うんだ? 否定をするならきちんと俺を納得させてみろ」

「いや、だからっ! あたしがパンツ替えたのは――」


 厳しく追及をしてくる弥堂に説明を試みようとした希咲だったが、詳細を口走る前にハッとなる。そしてすぐに弥堂へジトっとした目を向けた。


「……ねぇ?」

「なんだ」

「ないと思うけどさ。あんたさ、あたしにえっちなこと言わせようとして、そうやってヘンなことばっか言ってわけわかんなくさせてるんじゃないでしょうね?」

「そんなことをして俺に何の得がある?」

「変態的な得?」

「さっきも言ったが自意識過剰だ馬鹿め。お前のようなガキに興味をもつか」

「ホンットむかつくっ! あたし今日までこんなにセクハラされたことなかったんだけど! ここまですんならせめて少しはキョーミもってろよ、逆にシツレーじゃ――って、あぁっ! 今のナシ! ダメっ! 絶対NGだからっ!」

「何言ってんだお前」


 またも複雑な乙女同志の仁義に抵触する致命的な失言をしかけて、慌てて希咲は訂正をしたがやはり弥堂には通じない。
 完璧に通じてしまってもNGなので乙女仁義は難しい。


 言うべきか、言わずにおくべきか。そもそもどうしてこんなことになったのか。

 希咲は悩まし気にお口をもにょもにょさせてからやがて、諦めたように息を吐く。


「……ヤだったの」

「あ?」

「だからっ! その、あんたとあいつら、みんなに見られたのそのまま穿いてるのがヤだったの!」

「……?」

「なんかすっごく恥ずかしいし、悔しいし、わけわかんなくなるからとにかくそのままはイヤなの! だから替えたの!」

「意味がわからん」

「でしょうね! だから言いたくなかったのよ…………っていうか、そもそもパンツ替えた理由をなんであんたに言わなきゃいけないわけ⁉ なんで答えてるのあたし⁉ いみわかんない!」

「俺に言われてもな」


 なにか激しい苦悩でもあるのか。

 またも頭を抱えて上体をぐわんぐわん回し出した彼女を見て、弥堂はそれ以上はもう聞き出すことを諦めた。

 理解はし難いが、とりあえず彼女の下着が赤いことは攻撃意思の発露ではないと判断をしてもいいだろうと思えたからだ。

 そうは時間はかからないだろうと、弥堂は目の前の赤パン女が落ち着くのを待つ。



「――はぁ……もう、ホントさいあく…………」


 肩を落としトボトボと歩く隣の少女を弥堂は横目で見遣る。


「せっかく忘れて……はいないけど、考えないようにはなったのに、なんで蒸し返すかなー。さいてーっ」


 ぶちぶちと零れてくる彼女の愚痴を聞き流しながら弥堂は視線を前へと戻す。

「……そんなに大ごとなのか?」

 愚痴を吐く女と会話を試みたところで何も建設的な話には発展しない。
 そう弥堂は考えているので、彼女に声をかける必要などない――そう判断した時には何故か口が勝手に彼女へ言葉を渡していた。


「――ん? 大事件よ。当たり前でしょ」

「当たり前なのか?」

「そうよ。そりゃ慣れてる子とか、そういうのが好きな人――いるかどうかわかんないけど! とにかく、そういうのが平気な子もいるかもだけど、そんなんでもない限りフツーはショックに決まってんじゃない」

「……だったら、そんなにスカートを短くしなければいいのではないか?」

「はぁ? なに言ってんの? そんなのしょうがないじゃん」


 弥堂は極めて正論を述べたつもりだったが、希咲から『自身のスカートの丈が短いのは仕方のないことなのである』と反論をされた。

「だってこの方がかわいいでしょ?」と言いながら、スカートの端を摘まみ僅かに持ち上げてみせて彼女は同意を求めてくる。しかしその希咲の仕草や主張は、弥堂には難解すぎて眉間に皺を寄せた。


「あに難しそうな顔してんのよ? そんな深く考えるようなことじゃないでしょ? てか、女子のスカートとパンツについて真剣に悩むな。変態か」

「……そうは言うがな……それでおぱんつを露出する度にいちいち着替えるのか? 効率が悪すぎないか? 理解に苦しむ」

「そっ、その話はもういいでしょ!」

「そうか」


 妙に拘っているように見えたが弥堂はそれっきり口を閉ざす。

 二人無言となり数歩進む。


 希咲としては触れられたくない話題なのだが、話が中途半端になっている気持ち悪さにもにょもにょと葛藤し、やがて溜息を吐く。


「もう、しょうがないわね。別にさ、その為に替えの下着用意してるわけじゃないから」

「そうなのか」

「女の子は色々あんの。今日はたまたまあーいうことがあって、たまたまおトイレ行った時にやだなーって思って、たまたま着替えられたからそうしただけ。他の子も同じようにするかなんてわかんないし、あたしだって次も同じようにするかなんてわかんないから。そんな真面目に考えなくてよろしい」

「そうか」

「当然! 女の子はケンカする前に下着替えたりしないし、パンツの派手さと攻撃性がリンクすることもないから! わかった?」

「……だが、そうは言うがな――」

「――だあぁぁぁぁっ、もうっ! 融通きかないわね! そういうもんなの! わかれっ!」

「そういうものなのか」

「そうよ!」

「そうか。なら仕方ないな」

「……こ、この言い方だと納得するんだ…………何を基準に物事判断してるわけ……?」


 おかしな方向にやたらと理屈っぽくて頑固なヤツだと、そういう風に彼という人間が希咲には見えていたのに、ゴリ押しで通したらあっさりと納得をした。

 その掴みどころのなさに思わず脱力してしまう。

 しかし――


「――ふふっ」


 彼女は笑みを漏らす。


「なんなのあんた。ヘンなやつ」


 クスクスと笑う彼女が何故急に笑いだしたのか、弥堂にはわからない。


 そして今度はそれが気に掛かる。


「情緒不安定」

「は?」


 思いつくままに口に出した言葉は、その意味のとおり彼女を一瞬で怒り顏に変える。


「あぁ、いや、すまない。よく気分や表情が変わるなと思ってな。バカにしたつもりはない」

「ホントにぃ? またひとをメンヘラ呼ばわりしてバカにしたんじゃないの?」


 彼にしては珍しく素直に謝罪し訂正をしたが、今日彼女に対して見せてきた言動があまりに酷すぎたので、しっかり根に持っている希咲は懐疑的だ。


「……俺はあまり口がうまくない。キミを揶揄したつもりじゃなかった」

「悪いこと考えてるときはすっごいペラペラ喋ってたじゃん」

「慣れてるからな。慣れてないことを話す時は言葉の選択が難しい」

「悪いことを否定しろよ」

「正しいことに意味がないからな」


 それに関しては話すつもりがないとの意思表示に肩を竦めてみせる。

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「……ふーん。ま、いいわ。信じたげる。トクベツよ?」

「感謝する」

「で?」

「ん? あぁ…………情緒不安定。気分や表情がよく変わる。だが、一方で切り替えが早い。そうも言えるのではないかと、そう思ってな」

「えっ……と……もしかしてホメてるの?」

「あぁ。俺は切り替えがあまり得意な方ではない。だから感心をしたんだ」


 まさか彼からそんなことを言われるとは。あまりにも意外な言葉だったので、希咲はきょとんとした目を弥堂へ向けた。

 そして、どうせロクなことじゃないと、わりと適当な心持ちで話を聞いていたのだが、彼の顏を見てなんとなく姿勢を正す。

 どうも真剣に言っているようだと、彼の様子からそう見て取れたのだ。なので、ちゃんと答えてあげようと唇に人差し指を当て「んーーー?」と宙空から言葉を探しだす。


「切り替え早い、か…………いちおさ、意識してスパッと気分変えようとはしてるけど、あたしもあんま上手じゃないわよ? なんていうか、嫌な思いとかしても『それも経験!』ってことにして次に活かそうって思ってて……でも難しいわ」

「上手いとは言っていない。あくまで速度の話だ。あぁは言ったが、キミは感情の制御はもう少し出来るようになった方がいい」

「むかーーっ! だけど、耳が痛いわね。ちょっと怒りっぽいとこ、あるかも」

「すぐ落ち込むしな」

「ゔっ…………てか、ホメてるとこよりディスってるとこのが多くない?」

「そんなつもりはない」


 弥堂は腕を少し開き、空の掌を彼女から見えるように向けることで、真実だと強調してみせる。


「そのわりには立ち直りも早い。そう評価している。だが、すぐに同じことでまた落ち込みだすのは効率が悪いから改善することをお奨めする」

「カッチーン……だけど、そうなのよねぇ……それ、あたしの悪い癖」

「そうか。なら仕方ないな」

「仕方ないことないでしょうよ。勝手に即行であたしを諦めんなっ」


 唐突に自分を見限ってきた話し相手にジト目を向ける。が、それもすぐに表情を戻す。


「でもさ。それ言うならあたしよりあんたの方が切り替え、早い……? 上手じょうず……くない?」

「そうか?」

「んーー。切り替えっていうか……なんだろ? ほら、このガッコってヘンなヤツ多いじゃん?」

「そうだな」

「ちなみにあたし的に、今日であんたはそのヘンなヤツの代表格になりました」

「それはお前の受け取り方次第だ」

「んでさ、さっきのあいつらも頭おかしくてわけわかんないじゃん?」


 半眼で咎めるように見てくる希咲に屁理屈を捏ねてみたが、あえなく無視をされる。彼女はとりあわずに話を続ける。


「あたしちょっとどう対処していいかわかんなくなっちゃってたからさ。でもあんた、全然平気そうだったじゃん? あ! そうそう! 動じない! そんな感じのことが言いたかったの。動じないのはすごいなって」

「そうだな……」


 自分の探していた言葉に辿り着いた満足感から晴れ渡った表情で人差し指を立て、自分をそう称賛してくる希咲に、今度は弥堂が顎に手で触れながら返すべき言葉を探す。


「俺は切り替えが遅い。だからなるべくそれをしなくて済むように、一貫することと徹底することを心掛けている。なるべく、な」

「なかなか賢いっぽいこと言うじゃん」

「周囲がどう変わっても全て無視してしまえば、自分は変わらずに、変えずに済む。他人とのコミュニケーションのコツは、要はいかに相手を無視して自分の都合を押し付けられるか、だと考えている」

「前言撤回。速攻で知性さんがいなくなって言葉の腕力が上がったわね」

「色々考え試したが、これが効率がいいと結論づけた」

「そんで、その代償に頑固で無神経で融通がきかなくなったのね」


 僅かに上体を折り、こちらの顔を覗き込んでくる希咲の揶揄うような目を、弥堂はただ肩を竦めて受け流した。

 希咲も追い打ちはせずに前を向き、二人無言で数歩歩く。


 学園の正門はもう見えている。出口へとたどり着くのはもうじきだ。


 弥堂が前方の風景を見てそう考えていると、横からまたクスクスと笑い声が聴こえる。隣の彼女へと目を向ける。


「なんだ?」

「ふふっ……ごめん、ちょっと思い出しちゃって……」


 目尻を指で拭いながら軽い謝罪のようなものを告げる希咲に弥堂は顏を顰めた。


「またおぱんつの話か? いい加減にしろ。あまり公然とするような話ではないぞ」

「ちがうわよっ! あたしが悪いみたいにゆーな! パンツが好きなのはあんたでしょ⁉」

「そのような事実はない」


 泣いていた猫が笑ったと思えば、今はもう怒っている。

 コロコロ表情が移り変わる彼女の様子を見て、自覚なく弥堂の唇が僅かに緩んだ。

 気を取り直すために「もうっ」と毒づいた希咲は余程その『思い出したこと』を喋りたいのか、彼女の表情もすでに緩んでいる。


「あいつらのことよ」

「あいつら?」

「法廷院たちのことっ」

「あぁ。連中がどうした?」


 ナイス相槌! とばかりに希咲は瞳を輝かせる。


「あいつらチョー頭おかしいじゃん?」

「まぁ、そうだな」

「あたし不良とかにはよく絡まれるからそっちは慣れてるんだけど、あーいうタイプと揉めるのは初めてでさ。すんごいやりづらくって」

「……それは、そうだな。俺も業務の性質上、不良生徒とはよく戦闘になるが、奴らはとりあえず殴っとけばそれで済むからな。楽でいい」

「…………」


『それもどうかと思う』と言いたかった希咲だったが、自分もその件に関しては、弥堂のことを咎められないような対応の仕方をしていたので口を噤んだ。
 なにより、『めっちゃわかる!』と共感してしまっていたので、罪悪感に駆られた彼女はおめめをキョロキョロさせた。


「んんっ。そんなわけでさ、あいつらに絡まれて、あたしマジでわけわかんなくて、パニックになっちゃってさ。でも、あんたときたら……ぷぷっ」

「? 俺がどうかしたか?」

「ふふっ…………や。あんたさ、あいつら以上にムチャクチャなんだもの。リアタイだと『なにこいつー⁉』ってあたしもびっくりしちゃったけど、今思い出したらなんか可笑しくなってきちゃって」

「何が面白いんだ?」


 話しながら段々と笑いが加速していき希咲はお腹を抑えだす。しかし弥堂には彼女が何をそんなに面白がっているのかが全く理解できない。


「えーー、わかんないかなぁー? あいつらの顏思い出してよ! あんたの方が頭おかしくってあいつらってば、めっちゃあわあわしてたじゃん? マジうけるんだけど」

「……あれは面白いのか?」

「うん。めっちゃおもろい」

「俺にはよくわからんな」

「そういうものなのよ」

「そうか」

「そうよ」

「…………それなら。面白いな」

「ふふっ。なにそれ。ヘンなの」


 自分と話をして本当に楽しそうに笑う彼女を見て、そう見える彼女を見て、弥堂は胸の裡の奥の方にある芯に小さな刺傷感が走り、痺れるような不安感に似た騒めきを感じる。

 感じたような気がした。

 だから、気がしただけなら気のせいだと片付ける。


「あんたっていっぱいヒドイこと言うし、するし。絶対ダメなことだから、もし次に同じようなことしてるの見たら『やめなさい!』ってまた止めるけど――」

「…………」

「――絶対にダメなことだけどさ。でも、今日は、なんかスッキリしたわ。あんがと」

「……別にお前のためにやったわけじゃない。勘違いするな」

「なにそれ、ツンデレ? ださーい」


 そう言ってまた笑いだす彼女が何を面白がっているのかは、やはりわからなかった。

 だが、これもきっと、そういうものなのだろう。
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